届かぬ英雄へ

 貴狼団と別れ、一晩が明けた。後は帰るだけとなったジンキ達。


「まあ、今回の依頼は俺がギルドに色々と報告しておくさ。面倒な事態になったし報告も時間を取られるからな」


 4人で歩きながらカイルはそんな事を言う。

 ジンキ達の依頼の達成を報告してくれるらしい。

 今回は依頼の内容に大幅なズレがあったのでその報告も面倒になるのは確かだ。

 それを自ら買って出たのはありがたい事だ。もちろん自分達も報告自体はするつもりだが、細かい部分はカイルがするのだろう。むしろ彼がより詳しい事を知っているというのもあるのかもしれない。

 しかし、メラニーはやれやれと肩を竦める。


「…………」

「こんな事言ってるけど絶対セイリンさんと話したいだけだよねー」


 図星だったのか肩をびくりと反応させ顔が引き攣る。


「何時も思うんだが妙に鋭いよな……」

「わかりやすいだけだよ。今回は特に」

「セイリンさんには誠実に向き合うのよね、この人。ちょっとぐらいその誠実さをこっちに向けてもいいと思うのに……」

「…………」


 フランは己の扱いに今更の不満を口にしていた。

 しかし、全員後半の呟きは聞こえないフリをしていた。フランは反応したら負けだと溜まる涙を拭う。


「お前らこの依頼が達成すればC級に上がるんじゃないか?」

「かもしれないねー」

「…………」

「い、一瞬だったような長いようなそんな気分よねっ」


 思えば冒険者になってもうすぐ2ヶ月程が過ぎようとしていた。

 その冒険者の階級が上がるスピードは異常に早いと言えるだろう。


「お前らの実力ならそんなもんだろうさ。もっと早く出来るぐらいだろ」

「…………」

「ま、まあねっ! このままS級まで一直線ですぜ!」

「いろんな仕事がしたいわよねっ、ねっ!?」


 わかりやすく調子に乗って見せるメラニー。

 しかし、そう簡単ではないのもわかっているのだろう。彼女は彼女なりに出来る限りのことをするはずだ。

 フランもこれからに想いを馳せてワクワクが止まらない様子。

 カイルもそういう時期があったものだと笑う。そこに馬鹿にした感情は見えない。不思議と不快には感じない暖かさがあるように思える。


「…………」

「ハッハッハッ……それにしてもいい天気だよなぁッ!?」

「う、うんうん! こんな日は何をしたっていいよねっ!!」

「こんな素晴らしいお日様ならきっとさぞかし晴れやかな気分になれるわよねっ!!」


 さて、何故かテンション高く天気の話へと移行してしまった一同。

 誰もが胸の中で「ああ、わかっているさ。わかっているとも!」と苛立ち紛れの納得を吐き捨てていた。

 冷や汗を掻きながら苦し紛れの笑顔を貼り付ける。


「…………」


 1人だけ沈んだ表情を浮かべる。


「…………」

「…………」

「…………」


 無言の時間が続く。

 時が止まったかのようである。

 しかし、道を進むその歩みだけは止まらない。

 風が吹き、コツコツと足音が連なり、時折聞こえる可愛らしい小鳥の鳴き声。

 一瞬の隙、静寂が降りる。

 ジンキの口が開いた。


「——」


 カイルはゴクリと唾を呑み込み、メラニーは両拳を固く握りしめ、フランは祈るように手を重ねる。

 各々がジッとその時を待つ。


「——ああ、そうだな……」


 …………………………。

 ………………。

 ……。


「ッだぁー! めんどくせぇな、めんどくせぇ奴だな、オイッ!?」

「こっちがどっっっっれだけ盛り上げようとしてるのか!! こっちは必死だよっ!? 必死なんだよっ!?」

「それを『ああ、そうだな』って……っ! この苦労がわかるかな!? かなぁっ!?」


 ジンキはわかりやすく落ち込んでいた。

 さながら乙女のように。

 しかも、周りを巻き込み沈鬱な空気を撒き散らす大変迷惑なタイプである。

 自分の事はいいのでどうぞご勝手に、と周りに配慮しようとしてまるで配慮のできてない配慮である。

 そもそも4人なのにそんなものが通じる訳もないだろうに。

 3人が心配通り越して憤るのも自然だろう。その中にフランまでいるのだから相当なのではないだろうか?


「すまん」


 ジンキが御座形おざなりに謝罪するとカイルは「ったく……」と仕方なさそうに溜息を溢す。

 ジンキに目線を寄越さず前を向きながら進む。


「何故乙女チックにしょぼくれてんのかは知らねぇけどよ。その原因くらいは把握してるさ」


 それは紛れもなくカイル自身の事だ。

 首を突っ込みたいわけだ、と苦笑いを浮かべる。


「心配せずとも俺が直々に語ってやるさ。どうせ調べれば簡単にわかる事だしな」


 ジンキはそう言うカイルの横顔を見る。


「……勝手に調べるのも違う気がしてな」

「意外にも律儀というかなんというか……。まぁ、いいか。他ならぬ友人の為だ。だからあれだ、これからちっと付き合ってくれ」

「おう」


 笑うカイルにジンキは控えめに頷く。

 なんとも見合わないアンバランスさだがそれもまたジンキなのだろう。

 話もまとまり、進路を変更する事になった。


「あ、私は断じて友人じゃないので間違えないように。フランちゃんがどうしても来て欲しいって誘うから仕方なく野次馬根性で拝見及び拝聴します」

「お前には言ってねぇんだよな……」

「うーん……どうツッコもうかしら。友人か、誘引か」

「……地味に傷つくんだがフランちゃん」

「あれは独り言に見せかけたボケとツッコミの表裏一体の合わせ技……ッ!? フランちゃん、腕を上げたねっ!」


 途端にいつものような空気に変わり、ジンキもまた思わず笑ってしまう。

 まったくこれじゃあ、まともに落ち込めないな、と。



 4人が足を向けたのはフェベレルと少し離れた場所に存在するちょっとした山だ。

 シグリー山と呼ばれる山。

 道など整備されてなく、あるのは精々が獣道程度だ。

 魔物も動物もいる中、山頂へと向かう。

 危険が無いわけではない。

 しかし、特に遭遇する事もなく山頂へと辿り着く。

 カイルが安全なルートを熟知していた為だ。

 そこで一行が山頂近くの崖から目にしたのは。

 絶景とも言える景色。


「なんか、不思議な気分よね」

「そういえば私達、ロクに景色なんて楽しんで来なかったもんねぇ」

「これが、フェベレル……」


 眼下に広がっていたのは自分達が住む街、フェベレル。

 高く聳え立つ白い外壁。

 自然の神秘さとはまた違う、計算で並べられた人工的な美しさもまた一興というものだろう。

 朝、昼、夜とその姿を変え、与える印象もまた豹変する。感嘆の息も溢れる。

 ジンキからすればアーカディア王国で、目覚めた初日以降で初めて見る絶景と言っても差し支えない。

 良くも悪くも目紛めまぐるしい日々だった。メラニーの言うように景色など見ようとも思わなかった。

 初めて尽くしの日々に、すぐ側にあるその感動に目を向けようともしなかった。

 失念していたのだろうか?

 思えばそう。誰よりもジンキが……いや、神野一紀こそがそれに目を向けたがるはずなのに、だ。

 ぜひ、絵にしたい景色である。

 言いようのない悔しさにジンキは目を潤ませ歯噛みする。

 カイルは3人に背を向けるながら崖の近くで胡座をかく。


「ここはよ。俺の大事な場所なんだ。ここから見る街が結構好きなんだ」


 ジンキ達は特に何も言わず、続きを待つ。

 返事を求めてる風でもなかったのだ。

 ジンキが話を聴くために少しカイルに近づこうとしてふと、彼の目の前にある物体が目に入った。


「好きだったんだ。俺も……親父も、な」

「……それ」

「ああ、コレか?」


 そこには木材で組み立てられた簡易的な十字架に側に石が積み上げられていた。

 まるで即席で作り上げられた墓だ。あまりにも稚拙な手作りの墓である。

 胡座のまま顔だけを背後に向けて苦笑いを浮かべる。


「恥ずかしながら昔、俺が作ったんだ。身勝手に逝きやがったクソ親父のな」


 そう言ってカイルは再び正面へと顔を向き直る。

 ジンキからは表情は窺えない。

 そこに特別な事を話すような雰囲気はない。まるで過ぎた事であるかのように淡々と言葉を紡ぐ。


「親父が死ぬ前はな? 俺と親父とカイトで3人暮らしだったんだ。母親はカイトが生まれた頃に死んで、記憶なんざほとんど残ってねぇ。それなりに楽しく過ごしてたからか寂しいってこともなかったな」


 そう言って上を向いてハッと笑い「そんなタマでもないんだがな?」と続ける。

 笑みを深めて懐かしそうに目を細める。


「まあ、親父のお陰って事もあるのかもな。子供の頃から鍛えてもらって忙しない日々を送ってた。ただ俺とカイトじゃあ、才能に違いがあってな。俺には剣、カイトは魔創。アイツは大したことないつって卑下するけどな」


 独白するようにカイルは語っていた。

 もちろんジンキ達に向かって話しているのだが、視線も合わさず、しかし言葉はまるで言い聞かせてるようである。

 ジンキは楽しそうに話すカイルの背中を不思議そうに眺めていた。

 カイトの事を語る彼に嫌悪感が少しも見られないのだ。


「親父が剣しか教えられなかったからだろうな。カイトはスゲーよ。独学で着々と実力をつけてたからな」

「仲のいい家族、だな」


 聞いてる分にはただの仲のいい家族の話だ。そこから何故、弟と敵対するような事態になったのか。

 カイルは嬉しそうに笑う。


「当たり前だ。俺の自慢の家族だからな!」

「その、そっからなんで今の状況に……?」


 気まずそうに先を追及しようとするジンキ。

 大笑いしながらカイルは答える。


「わあってるよ! ったくせっかちな奴だなぁ。状況が変わったのはご想像の通り、こんのクソ親父が死んでからだ」


 そう言いながら目の前の墓にデコピンをお見舞いする。


「こんなでもな、コイツは有名な冒険者だったんだ」

「……マジで?」

「おう、マジマジ。その名も——」

「——その名もイドル・アインクリーク。あの街では1番有名なS級冒険者だよね」


 カイルを遮ったのはメラニーである。彼女は得意げにふふんと鼻を鳴らす。

 カイルとジンキはそんな彼女に振り返って見つめた。

 ハンッと笑うとカイルはジンキが思っていた疑問を口にした。


「なんだ、知ってるじゃねぇか」

「当たり前だよ! 私はいろいろ調べてたんだから」

「メラニーは図書館に通ってたものね。私もメラニーから聞いてたから知ってた」

「フランも知ってたのか……」


 自分だけその事を知らずにいたジンキは少なからずショックを受ける。

 その様子にカイルは不思議そうにしていた。


「なにショック受けてんだ、ジンキ。俺らは知り合って間もないし、お前はここに来たばかりなんだ。知らない方が自然だろうが」

「そうだよ、まったく! 私もS級冒険者に興味を持ったから知っただけだし。……まあ、まさか調べたその日にS級と知り合うとは思わなかったけど」

「は? ……てことは」

「あん? ああ……そういや言ってなかったな」


 何かに気づいたらしいジンキまさかと目を見開きカイルを見つめる。

 カイルもまた立ち上がり、んじゃあ改めて、と続ける。


「俺はカイル・アインクリーク。親が悪目立ちしたしがないただのS級冒険者だ、よろしくな」


 そう言って彼はニッと笑みを見せた。

 不機嫌そうに腕を組んでいるメラニーの隣でフランは苦笑いを浮かべている。

 頭の整理が追いつかないジンキだが、そんな事実は割とどうでもよかったりするのだ。

 確かに知らなかったのは少し悔しい。しかし、知ろうとしていなかったのも事実だ。

 それに周りの冒険者が近づかないのも少し納得というもの。……なのだがどうもそういった感じでもない気がする。

 彼の悪口を聞いた事があったのもそうだが、まるで腫れ物を扱うような周りの対応に疑問を抱かざるを得ない。

 いろいろ考えるのは話を全て聞いてからでも遅くはないだろう。

 落ち着くように息を吐き出しジンキは口を開く。


「本当に驚いた……。けど話が逸れてるよ」

「おっと、そうだったな」


 カイルとカイトの関係を語るには父親の話をしなければならないらしい。

 気を取り直してカイルは再び腰を下ろして語る。


「さて、イドル・アインクリークという冒険者はかつて【孤豪】と呼ばれ〝英雄〟と称えられていたんだ。当時、俺とカイトはそんな父親を尊敬していたし誇りに思ってた。もちろん、目標でもあった」


 結局、1度も勝つ事ができず勝ち逃げされたわけだが、と悔しそうに笑う。


「そんな親父だがなS級になり、妻を亡くしてカイトがある程度物心がついてから親父は依頼を控えるようになったんだが、ある依頼だけは必ず受けていたんだ」

「ある依頼?」

「そう。とある村の依頼全般だな」


 疑問を視線で問いかける。


「まあ、簡単な話。愛おしい妻の故郷だ。どんな条件でもその依頼を受けていたよ。亡くなっても尚な。俺とカイトは割に合わないつってついて行くことはなかったけどな」


 一途な男だったのだろう。別の女性を愛する事もなくただ1人を愛していた。亡くなっても尚、忘れられない程に。

 悪く言えば囚われていたとも言えるだろうが、そんな事を指摘する野暮な人はいなかっただろう。

 その妻の形見とも言える2人の息子を大切にしていたのだからなおさら。


「そんな村の依頼がな。いつしか増えるようになったんだ。村を襲う魔物が増えてきてそこに赴く事が必然的に多くなった」


 それは一つの異変だとも言えるだろう。

 明らかにおかしいい異常事態だ。


「当時は群生暴走スタンピードの予兆かも知れないつってたな。親父は1人で村を護りながらその原因を探していたよ」

「は? 1人で?」


 驚くジンキ。

 それはいくらなんでも無茶というものだろう、と。

 同意だとばかりにカイルは笑みを零す。

 S級の向き不向きによるものもあるが、やはり無茶ではあるのだ。

 先日まさに数から人を守る事の難しさを痛感したばかりだ。フランとメラニーもまた驚きに呼気が一瞬乱れる。


「そう、無茶だよな。だけど、村の方からすれば安い金でギルドに依頼が出せてそれにS級冒険者が来てくれるんだ。それで十分だと思ったらしい。親父が言っても村長は聞く耳を持たなかった。家で良く愚痴ってたよ」

「なら、依頼を受けなければよかったんじゃ?」


 ジンキの疑問はもっともだ。

 冒険者なのだ。依頼を受けるも受けないのも自由。

 カイルも心底そう思っている。しかし、頭を横に振ってジンキの意見を否定する。

 イドルが依頼を受けなければいいというだけの話だ。

 だが、そうはしなかった。


「親父は、アイツはやっぱり囚われていたんだろうな。負い目があったんだと思う」


 娘を幸せにすると誓い、みすみす亡くしてしまったのだ。

 意志を尊重した結果とはいえ簡単に受け入れられるものではないだろう。

 パートナーの立場でも親の立場でも。


「結局、1人で調査を続けていたよ。だが、さすがはS級と言ったところか調査は遅々として進まなかったが村は見事護りぬいていた」


 だが、無茶は続いてはいたのだ。

 そんな日々が続き。

 とある事件が起きた。


「事件?」

「そう、メラニーはどの事件か見当はついてるんじゃないか?」

「……〝催害の乙女〟事件、だよね? 英雄がいなくなった事件」

「それってまさか」


 フランはそう言ってカイルへと視線を向けた。


「まさかもなにも、な。親父が死んだ事件だ」


 彼は変わらず笑みを浮かべたまま首肯する。


「どんな事件だったんだ?」

「えっとね、簡単に説明すると、とある村の実験で暴走した魔物が引き起こした大規模な群生暴走スタンピードって内容だったかな」

「そ、れは……」

「…………」


 ジンキもフランも言葉が続かなかった。

 察してしまった。なにがあったのかを。

 だが、疑問も残る。

 S級冒険者がそれだけで亡くなるだろうか。

 カイルは話を続ける。


「簡潔にし過ぎだ。その時、親父も俺もカイトもフェベレルにいたんだ。俺とカイトが互いにB級冒険者に上がったばかりの頃、ギルドに緊急依頼が舞い込んできたんだ。スタンピードから街を護る依頼だ。俺達3人は当然それを受けた」


 大量の魔物がフェベレルへと向かっていた。数多くの冒険者がそれに備えていた。

 そんな中ある事に気が付いた冒険者がいた。


「親父は魔物が来る方角を見てまさかって漏らしていたんだ。俺とカイトも察したよ。親父が足繁く通ってた村からだってな」


 イドルは当時フェベレル唯一のS級冒険者だった。もちろん、対魔物に備えて指揮も取っていた。

 領主もまた私兵を出して冒険者と協力して準備をしていた。


「そんな中、あのクソ親父は飛び出したんだ。全てをほっぽり出してな」


 大混乱に陥ったのは言うまでもない。

 元々厳しい戦いになると予想されていたのだ。当然、冒険者も民間人も多大な被害を受ける事になった。

 とはいえ、悪い事ばかりでもなかった。

 スタンピードの原因を迅速に仕留めたおかげか魔物の数は予想より少なく、戦闘も長引く事はなかった。


「スタンピードが終わっても親父は戻ってこなかった。焦れたギルドは調査依頼を出したのも当然だな。その中に俺とカイトも含めた冒険者の捜索隊で調査に向かったんだ」


 事件の真相は簡単にわかった。


「結局、囚われていたのは親父だけじゃなかったって話だ」

「それって……」

「村長もまた自分の娘の死に囚われていたのさ。いや、認められなかったのかね」


 魔物の襲撃が増えていたのは娘を生き返らそうとしていた実験のせいだ。

 だが、ただの村の村長がそんな実験ができるとも思えない。きっと別に協力者はいたのだろうが見つける事は出来なかった。

 問いただそうにも壊滅してしまった村で生存者もいなかった。村人達の死体が確認できたのだ。

 実の娘を生き返らせる事は出来たのだろうが魔物としてだった。多くの魔物を操り、村を壊滅させてフェベレルへと進行させた。


「親父は村長の家に隠された地下で死んでた。腕に綺麗な魔物を抱いて、自分諸共剣に貫かれて」


 ふぅ〜、と息を吐き出して上を見上げる。

 明るかった空は赤くなり、もうすぐ黒く染まりそうであった。青い月がうっすらと見え始める。

 カイルは続けた。


「俺とカイトはその時初めて自分の母親を見たよ……」

「「「…………」」」


 ジンキ達に返す言葉はなかった。静かに息を飲むだけだった。

 初めて見る母親の姿が魔物の状態だった。思う所がないはずがない。


「親父はきっと勝てない戦いじゃなかった筈なんだ。相手が悪かっただけなんだ」


 英雄色を好む、ではないが……そう。言ってしまえば。


「親父は女に弱かったんだろうな。世界でただ1人の女に。事件はそれで終わった」


 事件はそれで終わった。

 終わったのは事件だけだ。


「でもそれがきっかけでカイルさんとそのカイトさんが喧嘩したわけじゃないよね?」

「ああ、その後だ」


 その後、カイルとカイトの周囲の人間が変わったのだ。


「当然だよな。街に沢山の死者が出た事実は変わらない。原因も明白で事件の真相なんざ他の奴等からすれば関係のない話だからな」

「それは……」


 ジンキの言葉は続かない。

 どうしようもない感情の押し付け合いだ。

 そこに道理が通るかは別の話になる。

 周りの声がどんなものだったのかは想像に難くない。

 メラニーから納得の意味合いを込めて一言が溢れる。


「それで〝裏切りの英雄〟に〝輝けぬ英雄〟ね」

「その通り。ほら、裏切りの英雄の息子がS級になっちまっただろ? 世間様の目が厳しいんだコレが」


 簡単な敵を作れば、責めやすいのだ。標的がいれば心を落ち着かせられるのだ。自分を騙せるし納得もできよう。


「ただな、カイトはそれを認められなかったんだ。アイツはもちろん俺もなんだが、親父を尊敬していたからな」

「お前も尊敬されてるよな?」

「いつも俺に付き纏ってたからな、嫌われてはいなかっただろうな。だからこそ許せなくてこの街から出て行ったよ。俺も誘われたけど断った」


 カイトは出ていきしばらくしてから1回戻ってきたらしい。


「考え直してくれって説得しに来たのさ。俺が〝輝けぬ英雄〟なんて呼ばれてアイツはそれに大層怒ってたよ。一緒に出ていこうってまた誘われて断ったんだ」

「なんで断ったんだ?」


 その問いにカイルは少し照れ臭そうに笑った。


「俺はこの街がわりかし好きなんだ。んま、お陰でアイツは敵になっちまったみたいだがな」


 それで話は終わりだった。

 カイルは立ち上がり、服に付いた埃を払うと大きく伸びをした。


「……なるほど、な」

「ったく、アイツはなにを考えてんだかな」


 それは、誰が悪いという話ではないのだろう。わかりやすい悪人などいなくて、ただただ不幸が不幸を呼んでしまった結果だ。

 なにを企んでいるかはわからないカイトだが、1つだけハッキリとしていた。

 それが善悪を問われれば主観によるのかもしれない。しかし、人様に多大な迷惑を掛けるのは間違いない。

 しかしだ。ただ、それは恐らく。

 ジンキは口を開く。


「去り際、アイツはお前の為だって、言ってたな」

「……聞こえてたとも」


 遠くを見て、大きく息を吸い込み吐き出す。

 自然の清々しい空気が胸一杯になる。


「押し付けがましい善意だ」


 そう切って捨てるように言うカイル。しかし、その表情は憂いてる様には見えない。

 迷惑極まりない、とカイルは心から思う。


「……嬉しいもんだねぇ」


 だが、最後に漏れ出た言葉もまた、紛れもない本音だった。


「そういえばよ、ジンキ」

「ん?」


 軽く伸びをしながらカイルはなんでもないように問い掛ける。


「なんでもないならそれでいいんだけどよ。俺にはどうにもお前は振り切るように何かを忘れようとしているように思うんだ」

「それは……」


 言葉に詰まるジンキ。

 紛れもない事実だったからこその反応である。地下での戦いで疑問を持たれていたのはなんとなく察していたのだろう。

 今、カイルが踏み込んできたのはジンキが踏み込んできたからこそだ。


「お前さんに……いや、お前らにだな。隠し事があるのはまあ、わかる。誰だって秘密の1つや2つあるもんだ」

「…………」

「だからそれを問い詰める気はねぇよ。ただジンキ、お前のそれは違ぇだろ。今回の俺の話を聞きたがったのもおそらく納得を求めてたんだろうさ」

「……っ!?」


 目を見開くジンキ。

 決してないとは言い切れないのはたしかだ。見透かされたようで居心地が悪い。動揺を隠せず、さらに言い淀む。

 それに構わずカイルは尚も続ける。


「お前のわかりやすい反応で大体の察しが付く。ただわからないんだ。……家族を忘れようとしているのか?」


 地下での戦いでジンキの混乱っぷりは流石に見逃されなかったわけだ。

 ただ純粋に疑問を口にするようにカイルは言った。何故そうするのかがわからない、と。


「身構えないで欲しい、別に無理に聞き出すつもりはないからよ」


 カイルは肩を竦めてみせる。


「フェア、じゃないよな……」


 口の中で小さく呟く。

 顔を上げカイルを見た。


「正直わからないんだ、なにがしたいのか。家族や友達は大事だけどもう会えないかもしれないって思った時、今は忘れた方がいいと思ったんだ。無意識に考えるのをやめてた」

「亡くなったわけじゃないんだよな?」

「おう。ただ遠い所にいておそらく二度と会えない。連絡の手段も一切ない。だから忘れて今を楽しむべきだと開き直ろうとして、失敗して……」

「…………」

「ゴブリンすらそれを大事にする所を見せつけられて、なんか惨めに思えてきて……」


 要領を得ない話だ。

 カイルとしてはなにがなんだかよくわからない話だ。

 それ故にカイルはジンキに対して明確な答えは返せない。元々返す気もなかっただろう。そんな深く関わろうとは思うまい。


「よくわからないんだけどよ……」


 だが、彼は頭を掻きながら困惑気味に己の言葉を口にする。


「大事なモンを忘れようとすんのは、なんつーか……ちっとばかし勿体ないよな」

「……勿体ない?」


 ジンキのオウム返しにカイルは照れ臭そうに苦笑を浮かべて「ああ」と肯定する。


「んなもん忘れ用がねぇんだよ。たとえ忘れられたとしてもどうしようもなく思い出しちまう。そんな無駄な事に費やす時間が勿体ない」

「……現実的というか効率的というか」

「だが事実だ。それに相手もお前自身も可哀想だ。忘れちまったら誰に胸を張るつもりだ? 思い出が、過去があって初めて誇れるもんができんだよ。でなきゃ理想も目標も道半ばで言い訳を探して並べるような奴になっちまう」


 両手を腰に当て、フゥーと息を吐き出す。

 ジンキが何かを言う前にカイルは指を突き差す。


「まあ、俺がどんな言葉を並べようがこんなもんお前の匙加減だ。だから言いたかねぇがこれだけは言わせてもらう……いいか? お前が思い悩むそれは忘れてない証拠だ。それは大事なモンだという証左だ。そしてその時間は決して無駄じゃねぇ。有意義で特別な時間で、お前をお前たらしめる最高に胸を張って誇れる道だ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ジンキへと楽しそうに言ってのける。


「お前はまだ情けない奴じゃねぇ。それを証明する絶好の機会はそうそうないぞ」


 思わず吹き出してしまう。

 しきりりにジンキは笑う。


「……簡単に言ってくれるな〜」

「他人事だからな」

「ムカつくわ〜……」

「ハハハッ!」


 弱々しく拳をぶつけて見せる。

 日も完全に隠れて月明かりがフェベレルの街を照らす。

 ジンキはやはりと想う。

 家族の事は忘れられないしどうすればいいかもわからない。

 だが、心は少しは晴れやかになれた気がした。

 道はなんとなく開けた気がした。せめて、自分に恥じないように歩くべきだろう。

 家族を心配させないように、生意気な友に笑われないように。

 ジンキとカイルが下山する為に足を踏み出すとそれはすぐに止まる。


「……私は何を見せられてたんだろう……」


 メラニーが頬を気恥ずかしげに赤く染めながら難しい顔でそんな事を言う。

 その隣にはフランもいる訳で……。


「うぅぅ゛……良い話だよぉ゛〜……ずずぅ゛っ」


 涙をこれでもかとポロポロと落とし鼻からも水がたらたら流されていた。

 慌ててメラニーがハンカチを手にする。


「ああ、もうフランちゃん。はいチーンだよっ!」

「ズビィィーー……青゛春゛の一ページだよ゛ぉ゛〜……」


 もはやこれ以上言う事はない。


「締まらないなぁ〜……」

「だいぶ恥ずかしい事をしていた自覚はあるんだがなぁ……」

「……それは言わない約束だろ」


 暗黙の了解というやつだ。

 それから一行は再び帰路に就く事となった。



 門番に注意を受けながらも門が閉まるギリギリに門を潜り、ギルドに簡単な報告をすると詳しい事はカイルに任せ、そこで別れると宿へと戻った。

 その翌日の朝。

 未だに3人で1つの部屋を借りている訳だが、それは偏にフランとメラニーがなんだかんだと理由をつけているからだ。

 そして、ジンキとしても別に嫌なわけでもなくそこら辺がなあなあになってしまったのである。

 部屋の中でジンキはそういえばと2人に話しかける。


「【孤豪】イドル・アインクリークの【孤豪】って二つ名って奴だよな?」

「うん、S級になると必ず付けられてるみたいだねー」


 ベットに腰掛けて足をぶらぶらとさせながら答えるメラニー。


「じゃあ、カイルのはどんな二つ名なんだ?」

「たしか〜……あれ? なんだっけ、フランちゃん?」

「メラニーが私に教えたんだから絶対に覚えてるでしょ」

「いいじゃん、ほれほれ」


 仕方なさそうに短く息を吐き出しフランは答える。


「メラニーは【独爐どくろ】って言ってたはずよ」

「おお、そうそう。そんな感じ〜どうでもいいけどー」

「お前ら仲良くできんのかねぇ」


 メラニーのあまりにも酷い態度にジンキはそう言うがメラニーはなおも気怠そうに背中からベットに身を預けながら即答する。


「むぅ〜りぃ〜……」

「もう、だらしがないよ、メラニー」

「平常〜運転〜」


 いつものやりとりだとジンキは笑う。

 だらしなくベッドに背中を預けてるメラニーはふと、あっと声を出すと起き上がる。


「あ、そうだった。私、今日一旦アーカディアに戻る」

「急だな、なんで?」

「ちょっとした野暮用でっす!」

「まあ、今日はギルドに顔を出すだけだし、俺とフランだけでも大丈夫だろ。みんなによろしくな」

「おまかせあれ! フランは友達いないから大丈夫だよね?」

「ひどいっ!? せめてロウナちゃんにだけでもお願いね!?」


 そう言うフランを見ながら2人は何故か目元を押さえている。


「「否定しないあたりが……もう……うぅ」」

「ち、ちが」

「てか、ロウナちゃん絶対何か勘違いしてるよ」

「メラニー、気楽に夢を壊しちゃダメだぞ?」

「もちろん!」

「…………トイレ行く」


 フランは涙を流した。



 行きにも使用したアーカディア王国で開発された移動用の乗り物、レビテイトボードに乗りながらメラニーは移動していた。

 少量の魔力で推進力を発揮する事ができるのでジンキ達は人目のないところでは頻繁に使っていた。

 それぞれの魔力を糧にする為、出力される推進力は割と人それぞれだ。

 ジンキは無理矢理魔力で押し出されるだけだがフランなら氷を積み重ねながら進む。

 火を噴きながら森の中を器用に突き進むメラニーはマナフォンを耳に当て、人を呼び出していた。



 ——スーちゃん〜はーやくで——ッ。


「め、珍しいじゃないか、メラニー」

『うん。スーちゃん今、大丈夫?』

「……あ、ああ、問題ない。少し移動させてくれ。……居た堪れないんだ」

『え、うん』


 スーワイアはいそいそと自分がいた部屋から出て行く。


「えっへへぇ〜……」

「お前らやたらと仲が良いよな……いや本当、ビックリするぐらい」


 だらしなく笑みを浮かべながら、出て行ったスーワイアを見ていたミネアレを見つめてマウリナは片肘を突いて手で頬を歪ませながら呆れて言う。



「結構な事じゃないですか」

「で、でも……ちょっと、変……です」

「そうですねぇ。確かにスーがあれを登録するのは不自然ですね」


 首を傾げるユレンに微笑ましそうに同意を示しすシルネ。

 マウリナはなんとなく犯人を察した。


「どうなんだ、ミネアレ?」

「え〜? アレにするとね〜? スーちゃんはす〜ぐ出てくれるんだぁ〜」

「スーも大変だな……」


 嬉しそうに言うミネアレにマウリナはスーワイアを少し不憫に思った。

 まあ、それでも仲が良い訳だからダメージは少ないんだろうなと、納得する。

 そうこうしてるとスーワイアは部屋に戻ってきていた。


「ミーネ、頼むから勝手に着信音を変えないでくれよ!」

「い〜や〜!」

「この前寝落ちしたのは謝るよ!」

「んー、わかった〜」


 一同は思った。

 本当に仲が良い、と。

 若干取り乱しているスーワイアにシルネはメラニーの用事を訊く。


「何があったんですか?」

「ん、ゴホン、いやなに、ちょっとした心の準備さ。本当はデールへの用事だ」

「あー、アイツと話してると調子狂うよな」


 気持ちはわかるとその場にいない塔の管理者を思い浮かべながらしみじみと頷くマウリナ。

 それを聞き流しつつシルネは尚もスーワイアに質問する。


「いきなりデールの事を訊かれた訳ではないでしょう? なにを訊かれたんですか?」


 その質問にスーワイアは少し困ったように息を止め、やれやれと肩を竦め首を振る。


「下らない馬鹿な質問さ」


 そう前置きをするとこう続けた。


「『人を生き返らせる事はできるか?』ってな……」


 そう言うとその空間は少しだけ静かになった。

 ミネアレは珍しく驚く素振りを見せ、マウリナはポカンと口を開き、シルネはふむと考え込むように手を口にやる。


「……ふ、不穏……です、ね」


 ユレンの呟きは部屋を小さく木霊した。

 スーワイアは席に戻り、ミネアレが再びその膝を占拠する。

 スーワイアは難しい表情を浮かべながらボヤいた。


「少々、怒らせてしまったな……」

「……よしよ〜し」


 ミネアレは何も言わず、ただただスーワイアの頭を撫でるだけであった。

 誰も茶化しはしなかった。

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