理解者たり得る人

 カイルが1人で奮闘する中、それに1番最初に気付くのは耳の良いジンキであり、そのジンキが最も早く駆けつけなければならないだろう。

 事実、耳に届いていた音の違和感になんらかの変化に気付いたジンキはそうしようとした。間違いなく辿り着いた者がいると確信したが、そう簡単に進ませて貰えないでいたのだ。


「ニン、ゲン、カ……! フザケルナッ! ジャマ、シヤガッテッ!」


 洞窟全体が震える程の怒り。

 その怒りの権化と化した者とジンキは相対していた。


「この群れのボス、かな」


 ジンキより少し高めの身長に引き締まった体。

 背後に控えるゴブリン達と同じ緑色の肌を見る限りではきっとゴブリンなのだろう。

 イボだらけの顔に歯並びの整っていない鋭い犬歯。

 そして、他のゴブリンとなによりも違うのはその額に聳え立つ真っ直ぐ大きな角となにより……。


「……てか、喋ってんのか」


 人語を介するその知性だろう。

 それらは紛れもない強者の証だ。

 対して、そのゴブリン改め、『幽角ホーンテッド餓精ゴブリン』は眼を爛々とギラつかせて怒り狂っている。


「ユルサナイッ、ニンゲン、ユル、ユルサナイゾッ!!」

「奇遇だな。俺も許せないんだよ。ぶち殺してやる」


 ジンキはしばらく本来の目標の元へ駆けつけられそうにないと少し申し訳なく思いながらも、目の前の敵へと向き合う。



 汚い悲鳴と生々しい音が地下で騒がしく反響し、やかましい。

 幸か不幸かゴブリンの数はカイルの予想に反してそこまで多くはなかった。

 それは偶然にもジンキやメラニーが派手にゴブリンを引きつけていた為にカイルは楽ができた訳である。

 とはいえやはり1人で対処するには難しい所だろう。

 時間稼ぎとしてカイルはゴブリン達にトドメを刺さずに行動不能程度に痛めつけていた。

 後方の邪魔をさせて楽をする為だ。

 しかし、限界もあるだろう。


「クソッ、準備がいいなッ!」


 カイルは後方に控えるゴブリンアーチャーとゴブリンメイジを捉えてそう吐き捨てる。


「ギョィアッ?」

「かっ飛べ!」


 近くにあるゴブリンの頭を掴み、勢い良く投げ飛ばすがただの時間稼ぎにしかならなかった。

 統率が取れていないのが唯一の救いだろうか。

 取れていれば今頃既に攻撃されていただろう。

 指揮を取る者がいない。

 本来、それはこの集団のボスなのだろうが、そのボスはジンキが相手している。

 とはいえ、時間が差し迫る。

 カイルは1人で戦っているわけではない。保護しなければならない存在がいる。


(クソッ! 仕方ねぇ、使うか)


 人質がやられたら元も子もないとカイルは覚悟を決める。


「ジジィには大目玉食らうだろうがな。《英雄のと——」

「先越されたアアァァぁぁーーーーッ!?」


 何かをしようとしたカイルを遮るように響き渡る爆音と悔恨の絶叫。

 その声はドップラー効果により徐々に大きくなり、カイルの背後にある壁へと衝突する。

 激しい衝撃に人質達から悲鳴が上がり、ゴブリンアーチャーとゴブリンメイジ達は爆心地にいたのか派手に吹き飛ばされていた。

 ゴブリンやホブゴブリン達は呆気にとられていてしばらく動きそうにない。

 カイルは呆れた様子で背後を振り返る。


「素敵な着地だな、メラニー。それと身長に見合わない刀も見事だ」


 砂煙が舞い、徐々に視界が開けてくる中、返答が戻ってくる。


「カイルさんにいじられるのは屈辱だなぁ。でもピンチぽかったし、私がヒーローだねっ!」


 返答、というよりは独り言の延長、いやほぼほぼ独り言であるが、壁面に作ったクレーターに張り付いた状態でそんな事を言われれば、顔を引き攣らせつつもカイルは少しカッコいいな、と思わないでもない。

 反論はせず話を進める事にするカイル。


「んで、早速で悪いんだがこいつら一気に蹴散らせるか?」

「無理!」

「え?」


 ようやく今の状況を脱せられると後ろ指にゴブリン達を差すが、勢い良く否定されて気勢を削がれ疑問の声を上げてしまうカイル。

 それに対して、「何を馬鹿な事を言っているんだろう、この馬鹿は」という顔と共に口にもしてキョトンと腹立たしく首を傾げてみせた。


「え、死ぬ気?」

「あ、あ〜、うん、確かに……や、役立たずめ……」

「フランちゃんがいればまだなんとかできるんだけど……」


 あまりの辛辣さに少し落ち込みながらも僅かばかりの抵抗をするカイル。

 地下という時点でメラニーは余り派手な音や炎を駆使して戦う事はできないのだ。

 ゴブリンが掘った粗だらけの脆い地下などいつ崩れてもおかしくない上に炎で自ら息を吸う手段を手放すのは余りにもアホらしい。

 しかし、メラニーはふふん、と鼻歌交じりに余裕の笑みを見せる。


「まぁでも、カイルさんよりは余程役に立ちます」


 そう言ってパチンッと指を鳴らすと地面から小石程度の火の粉がメラニーの目の前へと浮遊する。

 それをコイントスの要領で打ち上げればヒュルルゥゥゥと花火のように鳴りながら天井へと吸い込まれていく。


「後は待つだけかな」


 パンパンとホコリを払うように手を叩き、しばらくすると地上の方でドーンと地下にも響くぐらいの轟音が鳴る。

 合図としてはこれ以上ないぐらいの派手さだろう。


「芸の細い奴だな、お前は……」


 小さな穴が空いた天井を見上げて呆れて見せる、カイル。


「本来はフランちゃんに小粋なメッセージを添えたかったんだけどねー」

「意地の悪い奴だな……できなかったのか?」

「かえって無粋かなって」


 小さく「ちょっとかっこ悪いしね……」と呟き、危ない危ないと困ったように頭を掻く。


「……よくわかんねぇけど、これ以上は待ってくれないっぽいぞ?」

「もう、せっかち!」

「ゴブリンが人気ないはずだな、モテねぇモテねぇ!」

「……ああ〜!」

「俺を見て納得すんじゃねぇッ!!」


 ともあれ、先程よりも楽に戦線を維持できる。

 仲間の到着はそう遠くはない。



 花火が上がった。

 それに風情もなければ風流でもない。

 ただただ派手で図々しい程に悪目立ちしたなにかである。


「……まぁ、奴らしいのか」


 レンドルをしてメラニーらしいと言わしめたソレは、果たしてフランに怒りの記憶を呼び覚ました。


「メ、メラニィィ〜……ッ!」



 天が割れ、地が割れ、そして、柔らかく青い光が差す。


「メラニーッ!!」

「うぉっ、なんだっ!?」


 戦闘中のカイルとメラニーの元に空からの怒り心頭の援軍が1人。


「題して『来たれ! 憤怒のT!!』」

「……こんな時にまでふざけるなと怒っていたぞ」


 シリアス顔で何やら題していたメラニーの背後にフランの後を追うように入ってきたレンドルが声を掛ける。

 メラニーはそれに応えるように肩を竦ませる。


「やれやれ、要点を纏めただけなのに〜。ここに来てるって事は伝わってるだろうに」


 現に本気で怒ってないみたいだし、と。


「む? アレにメッセージなんてあったか? 精々が矢印だろう」

「あ、失礼だなぁ。まず矢印はもちろんだけど、『下』着でしょ? パンティはパンT、Tって下に向かってぶっ放せ! て感じあるし、ちょっと無理矢理だけどショートカットを訛らせて『ショーツ』カット、みたいな」

「無理矢理どころではないが……フム、そうか」


 フランへと視線を移すとその眼に憐憫を宿らせる。


「とっくに毒されていたのだな……」


 まともだと思っていたのに残念だ、とでも言いたげである。

 ゴブリンなど、もはやほとんどおらず人質達の中にも弛緩した空気を感じられる。

 しかし、一生消えぬ傷を負った者が大多数だ。助けに来た側が直ぐに出来ることなどたかが知れている。

 今はただ身の安全を迅速に確保してやる事しかできない。

 レンドルの指示の下、地上へと誘導を始めた。

 地上も最後の追い込み作業が残っているはずだ。

 さて、まだ1人合流出来ていない者が1人。


「俺はジンキの所に行ってくるわ。この様子だとこっちに来なかった分のゴブリンやこの群れの長を1人で受け持ってるだろうしな」

「あ、お願いします」


 カイルはまだ通っていない道へと進む。

 隠す気のない強い魔力の反応を追えば迷うこともない。

 そして、カイルがジンキを見つけた時にはジンキが派手に壁へと吹き飛ばされている瞬間だった。



 幽角ホーンテッド餓精ゴブリンの一撃はゴブリンのそれとは比較にならない。

 ジンキの身体能力には及ばないが力のみならば僅かに拮抗する程のものだ。

 その体格、角、力、そして知恵。

 これだけのものがあればゴブリン達もまた王として祭り上げるだろう。

 奥にはさぞかし立派な玉座でもあるであろう。あくまでゴブリンの審美眼でだが。

 とはいえ、本来ならそこまで苦戦するような相手ではないはずなのだ。

 人質の保護が終わった事はジンキもまた察している。

 つまり、それだけ長い間、足止めを食らったという事だ。

 理由は2つ。

 まずは当然その数だ。

 ジンキを常に囲んでいるのだ。たとえ倒しても次が直ぐくる上にその倒したゴブリンの死体がジンキの動きを阻害する。

 そして、ジンキがその包囲網を抜けて、更に致命的な打撃を与えたとしても……。


「マタッ、マタカニンゲンッ!! ナカマコロシタッ!!」


 異常な回復力で直ぐに立ち上がってくる。

 しかし、徐々にその回復力も衰えてはいるのだが、ダメージを一気に与えられないのが痛い。


「またかはこっちのセリフだよ。てかなんだその仲間意識」

「ナカマハカゾク、オマエバカカ!?」

「……そうだね」


 ゴブリンには言われたくなかっただろう言葉だ。

 チクリとジンキの胸を刺す自責の念。

 不快感に顔を顰め、憂さ晴らしに近づいて来たゴブリンを吹き飛ばす。

 幽角ホーンテッド餓精ゴブリンはそれを見て怒りを表すように地団駄を踏む。

 しかし、不意にその動きを止めて別の怒りを燃やし始めた。


「ニンゲンメッ、オマエラハカッテダ。ワレワレヲ、ソウヤッテブジョク、スル!」

「はぁ? 何言ってんだ。こっちから行くぞ!」


 踏み込み、一気に距離を詰めにかかるジンキ。幽角ホーンテッド餓精ゴブリンもまた真正面から殴りかかってくる。


「そんなんでやられるか……なっ!?」


 しかし、ジンキの動きが止まる。

 周りのゴブリンが原因ではない。

 ジンキの足を掴む複数の手。今まで死んでいたはずのゴブリン達のそれだ。

 気を取られた隙にジンキは顔面を横殴りにされ吹き飛ばされた。

 勢いよく吹き飛ばされ何度もバウンドしながら体勢を整えようとして、背中から壁に衝突する。

 砂塵が舞い、ジンキの姿が消える。


「まあ、ゴブリンなんだし手段なんて選ばないんだろうがコレはちょっとおかしいよな」


 ジンキの声ではない。


「ダレダッ!?」


 振り返ればそこにはカイルの姿があった。

 カイルは誰何の声に構わずジンキの下へと歩みを進める。


「ゴブリンが仲間をどう扱おうがどうでもいいが、大概はそれはもうってぐらい、割と酷いもんなんだが、それはあくまで環境に左右される部分でもあるんだ」


 実際、ここのボスは少なくとも仲間を大事にするが使い捨てにもするあたり割り切っているのだろう。

 弱い事を知っている奴だ。

 しかし、だ。

 その亡骸まで使う事ができるかどうかは別だろう。

 そういう能力があったとしてもだ。


「そもそもコイツにその能力があるとも思えねんだよな。異常な回復能力が限界なんじゃないかなぁ。少なくとも今は」


 幽角ホーンテッド餓精ゴブリンとの間にジンキを守るような構図でジンキに背を向けると「だからまぁなんだ」と頭を悩ましげに掻く。


「何があったかは知らねーけどそう荒れるなよ、ジンキ。ちっと魔力を抑えろ。裏に誰かいるぞ、この件」


 砂塵が晴れていく中でバチバチと黒い魔力が迸る。

 圧倒的なプレッシャーを放ちながら他に静謐さを強要させる。

 魔力は魂という器の中に入っているものだ。

 魂の中で心と同居しており、だからこそ魔力はイメージや精神の影響を強く受ける。

 現在、ジンキの魔力に感情が強く出ている。

 怒りだけではない何かをカイルが感じ取れる程に。

 しかし、次第に魔力の勢いも衰えてくる。

 ジンキが冷静さを取り戻してくる。


「ごめん、取り乱した。それとお前の言う通りだと思う。アイツ、さっきから俺に対してだけ怒ってる感じじゃないしな」

「まあ、まずはここを切り抜けるのが先だ」


 とはいえ、不死者と成り果てたゴブリンが増えた事により面倒な事態になった。

 上にいる連中の避難が整うまではここを離れるわけにもいかず、敵を減らすのも一苦労だ。

 しかし、カイルはジンキに焦るなと喚起する。


「つってもコイツらはまだ不死者アンデッドにはなりきってない筈だ。いくらなんでも早過ぎるからな。恐らく操られてるだけの状態だ」

「それでも状況は変わんないだろ」


 通常、不死者アンデッドというのは処理のしにくい存在だ。

 死んでいる相手を再度殺すのだから当然とも言えよう。

 故に対処の仕方も魔力を用いたり、頭部を潰したり、身体を粉砕したり、火炙りなどと限定的になってしまう。

 今回の場合は動く屍である、ゾンビだ。素体がゴブリンなので脅威は少ないが数がある。しぶとい上に数があるのはやはりやりにくいだろう。

 しかし、それでもカイルは状況は変わると言う。


「いや、変わるんだそれが。死体はまだゾンビにはなってない。ただ、死体が操られているだけの状態なんだよ。詳しい仕組とかは俺に聞くだけ無駄だからな、ただ言いたい事はわかるな?」


 幽角ホーンテッド餓精ゴブリンとその取り巻き、そして動く死体に囲まれている為か早口気味に捲し立てるカイル。

 ジンキは拳を再び黒く猛らせて頷く。


「コイツらは魔力を用いて魔創で動かされている、て事は——」


 役割分担もまた自然と決まると言うものだろう。


「つまり、俺がぶん殴れば良いわけか」

「ズバリだな」


 そこからは2人になったということもあり苦戦らしい苦戦はなかった。

 ジンキが起き上がってくる死体に攻撃を加えながら魔力をぶち当てて魔創の効果を打ち消していく。

 数が数なので魔力も体力も大分減り、ジンキの息もかなり上がっている。

 カイルもまた縦横無尽に駆け巡りながら剣を振るう。

 生きたゴブリンを斬り刻み、再起不能に陥れる手間をなるべくしながら幽角ホーンテッド餓精ゴブリンとの戦闘を行っている。

 時間を掛けるごとにゴブリン側の敗北が濃厚になっていく。

 操られている死体とゴブリンの数は見る見る減っていき、幽角ホーンテッド餓精ゴブリンは回復が間に合わなくなってきたのか生傷が増えていく。


「ナゼダ、オレハ、イキテイタダケダゾッ!?」


 彼は叫ぶ。

 なぜ攻撃するのか、死にたくないと。

 なぜ、なぜ、なぜ、と。

 現状をもがいて足掻いて拳を振るい叫ぶ。

 しかし、ジンキには拳をすり抜けられ吹き飛ばされ、カイルには腕を斬り飛ばされる。

 いよいよ、回復しなくなっていた。


「そうだよな、必死だよな。みんな生きるのに必死なんだ。ただ生憎と、生きにくい世の中でな」


 カイルは敵を睨みつけ、剣先を恐怖に歪んだ顔へと向ける。

 遂には幽角ホーンテッド餓精ゴブリンが背を向け逃げ出した。生物として当然の選択だ。

 しかし、振り向いた先には脚を振り上げたジンキが待ち構えていた。


「良い勉強になったよ」


 顔面で蹴りを受け止め、背後へと吹き飛ばされる。

 カイルは居合の姿勢で待ち構えていた。


音刃おとば流・居合静閃


 キンッという甲高い音が響き、カイルの振り抜かれた剣はまるで見えなかった。

 幽角ホーンテッド餓精ゴブリンはただ吹き飛ばされるがままにカイルを通り過ぎただけだ。

 しかし、地面に倒れると共にその首は胴体から離れていた。


「終わったか」

「後は残党狩りだけだな」


 静かになった空間で2人の声が響く。

 上で待っている人達の元へと戻ろうとするとコツッコツッと2人のではない足音が近づいて来る。

 そこに視線を向ければジンキは訝しげにコイツが黒幕か、と目を細め、カイルは驚愕に目を見開く。

 黒いローブを身につけ親しげに柔らかな笑顔を携えてこちらに歩み寄ってくる。

 怪しい男である。

 しかし、とジンキは疑問に思う。


「……誰かに、似てる」


 誰だろうかと思考していると向こうから話しかけてきた。そして、すんなりとジンキの答えが見つかる。


「いや〜、さすがだね。やっぱり敵わないな、兄さん」

「兄さん!?」

「……こんな所でなにをしてやがる、カイト」


 言われてみれば確かに似ている、とジンキが困惑を露わにする中、カイルは己の弟、カイトに険しい表情を向けたままだ。

 しかし、にこやかにまるで兄と話すのが嬉しくてしかたがない、とカイトは応対する。


「やだな、兄さん。久々に再会した弟にそんな怖い顔しないでよ」

「状況が違えば態度を改められたんだがな……」


 まったく事態の変化についていけないジンキ。しかし、敵対している事は嫌でもわかる。

 警戒を怠らず、そのまま様子を伺う。


「ひどいな。僕は兄さんに会えて嬉しいんだ。今の兄さんがどうなってるのかちょうど気になってたんだよ」

「そうかよ」

「うん。それで驚いたよ! 本当に。昔から強かったけどもっと強くなったんだね。このくらいの戦力だと力の底がまったくわからないんだから。シェル爺のおかげかな?」

「かもな……、世話になってる」


 カイトが嬉しそうに饒舌になっていく一方で反比例する様にカイルは悲しげに言葉少なに返事をする。

 その素っ気ない様子は確かにどこかにありそうな兄弟の会話だ。


「驚いたと言えばもう一つ。……仲間を連れてるなんて、ね」


 そこでカイトは初めてジンキに目線を移す。

 特に冷めているわけでもなくかと言って熱があるわけでもない。無感情と言うには少々羨ましげな視線だろうか。

 特に言葉を発する事なく直ぐに視線を戻す。


「?」


 一瞬でそんな複雑怪奇な視線に気付ける程、ジンキは敏感ではない。だが、何かしら違和感は覚えたのはさすがと言えよう。

 対して家族ならば嫌でもその意味に気付いてしまえる。

 カイルの苦々しい表情からそれが伺えた。


「うん。強い仲間がいると心強いよね。だけど、参ったな……。僕はてっきり兄さん1人だけだと思ってたから……ちょっと困る、かな」


 たはは、と予定が狂ってしまったと笑うカイト。


「カイト、お前なにを企んでやがる」

「企むなんて人聞きが悪いよ、兄さん。僕は悪い事なんてしてないよ? ただ、ゴブリン達と戯れてただけでね。じゃあ、そろそろ僕は帰るからね。急いでるんだ、予定も変わっちゃったしね。会えて嬉しかったよ、兄さん」

「待て! 俺が行かせると思うか?」

 

 行手を阻む様にカイルは剣を構える。

 ジンキもまたそのカイトを挟む様に移動する。


「よくわかんないけどさ。お前が今回の件の首謀者ってのはわかってるんだ。カイルの弟だからって大人しく行かせるわけないだろ!」


 しかし、カイトに慌てる素振りはない。

 困ったように溜息を吐く。


「僕は2人ほど強くはないから相手はしたくないな。でも逃げるのは簡単だよ。流石に無策では出てこないからね」


 悠長に喋るカイト。何かをする前にジンキは踏み込み距離を詰める。


「グァッ!」

「……え?」


 そのまま拳を振るい無抵抗のままカイトは顔面を殴られ吹き飛ばされる。

 背中から壁に衝突し、そのあまりにも呆気ない事態に思考が追いつかないジンキは呆けたように情けない声を出す。

 カイトはゆっくりと立ち上がるわけでもなく胡座をかくと少し腫れた頬をさする。


「痛いなぁー。兄さん、僕は暴力的な友達は許さないからね?」

「ソイツとは知り合って間もないんだ。ここまで野蛮だとは梅雨程も……」

「言ってる場合かっ! 後で覚えてろよ」

「……な?」


 その軽い感じのカイトにどうも調子を崩される。

 緊張感がまるでないのだ。ここで戦うつもりがないのが否応なく伝わる。

 しかし、逃す訳にも行かない。

 ジンキとカイルは今度こそ捕縛を試みるがカイルは立ち止まり違和感に気付く。


「おい、ジンキ」

「なんだよ?」

「揺れてねぇか?」

「……あー、うん。嫌な予感がする」


 地下全体が小さく揺れていた。それは徐々に大きくなっている。それの意味する所は口にせずとも明白だろう。

 カイトは笑いながら仕方がないよね、と2人に朗らかに語りかける。


「いやー、参ったね。このままじゃみんな生き埋めじゃないかな?」


 いけしゃあしゃあと芝居掛かった様子で嘯く。

 それでは確かにカイトに構ってる暇ではなくなる。

 現在地は地下の奥の方でもあるのだ。


「クソッ、急ぐぞジンキ!」

「お前、戻ったらいろいろ説明してもらうからな!」


 大慌てで駆け出していく。

 カイトは余裕そうに立ち上がる。彼は彼で脱出の手立てがあるのだろう。

 そして、走り去る兄の背中へと声を掛ける。


「兄さん、忘れないでね。僕は兄さんの為に動いてるんだ。僕は何時いつだって兄さんの味方だよ。今も昔も、これからも!」

「…………」


 その声に応えず、カイルはチラリと背後を見やるだけに留め、無視して足を速めた。



 2人は無事脱出を果たし、崩れゆく地下を後にするとレンドル達と合流した。

 仮眠を少し取るとそのまま帰路に就いた。その帰りの道中で起きた事を話していた。


「なるほど、つまりカイルさんはブラコン、と」

「違うよ、メラニー。話を聞く限りコレはアレだと思うの」

「アレって……まさか!?」


 フランとメラニーがそう言って見つめ合うと考える事は同じだと驚愕の表情で共にハモりながらカイルを見つめた。


「「禁断の、愛……っ!?」」

「チッゲーよ!! 人の家の問題に勝手に首を突っ込むなっ!」

「そ、そうよね。こういうのはセンシティブな問題だもの……」

「う、うん。同性同士だけならまだしも、兄弟、だもんね……」

「お前らにデリカシーってもんがないのか!?」


 馬車の後方で馬鹿な会話を繰り広げていてその馬車の中には貴狼団と人質達がいる。

 貴狼団の面々は保護した者達の対応で少し忙しそうにしている。本来ならメラニーやフランが対応した方が良いのだろうが彼女らは彼女らで地下での戦いでそれなりに恐怖を植え付けてしまった部分もあり、辞退ということになった。

 とはいえあの3人の馬鹿騒ぎは気を紛らわせるにはちょうどいいとも言えるだろう。

 馬車の先頭を行くジンキとレンドルは呆れた表情である。


「だがまあ、その態度も態とであろうな」


 不器用な気遣いだ、と苦笑を浮かべる。

 ジンキは若干複雑そうに顔を歪める。


「うーん、多分本気で馬鹿にしているのが7割なんじゃないか……?」

「…………結果オーライだ」

「気になる間だな」


 そう言って互いに笑う。

 しばらく進み、2人の間に無言の時間が流れる。

 それを打ち破ったのはジンキだ。


「……レンドルはさ。アイツの事情は知ってるのか?」

「……カイルの事か。……何を悩んでるかと思えば」


 ずっと気になっていた疑問である。

 レンドルはどう答えたものかと少し思案する。


「さてな、私は奴とはそんな長い付き合いではない。それに奴の過去に踏み込んだこともない。……だがまあ、おおまかな事情は察せられる」


 有名な奴ではあるからなぁ、とレンドルは上を見上げる。


「……話してくれないか?」

「ジンキはそこに首を突っ込もうとするのだな……。だが、私も奴の友だからな。口は割れないな」

「…………」

「だが、お前も奴の友だ。直接聞けば良い、奴も渋りはしないだろうさ」


 それもそうか、とジンキは頷く。

 影でコソコソと探るのはそれこそデリカシーに欠けるというものだ。

 もうすぐレンドル達ともお別れである。その時にまたカイルに訊く事にした。

 保護した人達は彼等に預け、そのまま任せることになるだろう。

 ジンキ達は馬車で依頼に向かった訳ではないので門番などに突っ込まれても困るのだ。


「では、またな。戦友達よ」


 レンドルがそう言うと貴狼団の面々もそれぞれ別れを告げ、今回助かった人達も感謝を述べた。

 依頼はなんとか達成した形である。



 レンドルは歩みを進め、最早見えなくなってしまった背中を見つめるように背後を眺めた。

 景色を眺める無意味な行為に頭を振り、前を向く。

 軽い溜息を吐く。


「……そうか。君は踏み込むのか……」


 人の内心に踏み込むのは勇気のいる事だ。

 誰にだって出来る事ではない。

 その行為の引き金がなんであれ、相手を傷付ける可能性を孕むものだ。

 好奇心は勿論のこと、好意でも愛情でもその結論は同じだ。

 理由がなんであれ人の領域を踏み荒らす行為に違いはない。

 それが出来るのは余程の小賢しいバカか或いはお優しい薄情者だろう。


「存外やるものだな」


 とはいえ、人の領域に入れるのは他人たにんにしかできないものでもある。

 そう、他人だ。

 ズケズケと土足で踏み荒らす事に躊躇する理由のない彼ら。

 部屋を破壊し、汚し、見るも無残な状況にした所でなんの感慨もないどころか悪意を切り刻む。

 悪意ある者の方がまだマシだ。

 善人だと妄信する奴の方がタチが悪いのだから。

 強盗の如く掠奪りゃくだつして好奇心を満たし、置き所のない好意を押し付け、破壊し暴力を見せつけ愛を嘯く。

 欺瞞だ。

 欺瞞に満ちている。

 救いが無いように思える。

 しかし、時折いるものだ。

 踏み込み、踏み荒らされた足下に気付き、周りを見渡し、端の方にそっと立てられた大切で大事な小さな写真を見つけられる、そんな人が中にはいるのだ。

 そんな〝他人〟が〝理解者〟になる人がいるのだ。

 自分は知り過ぎているとレンドルは口にする。


「いや……そもそも私にそんな資格はないんだったな……」

「どうしたんです、隊長?」

「……いやなに、面白い友人ができてしまったと思ってな」

「違いないですね!」


 悪を騙る盗賊達は今宵も楽しげに使命ある悪行に頭を悩ませる。

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