ゴブリン村への潜入

 ゴブリンの村への潜入作戦は日が沈んで直ぐに行われる。

 それはまでは夜に備えて休息を取るのを優先し、日が沈む前に貴狼団の皆が村を囲む。

 ジンキ達5人は潜入自体は共に入り中でバラける手筈となっている。

 ジンキは準備が整ったと戻ってきたレンドルへと言葉を投げる。


「やけに時間が掛かったな?」

「想定より村が大きくなっているんだ。気を付けてくれ」


 村の規模が大きくなっていたらしい。

 カイルは訝しそうな目を向けた。


「早いな……上位種か? いや、それでも早い」

「上位種がいると思われるが、想定外の事が他にもあるやも知れん」

「んー、この依頼C級の範囲超えてない?」


 2人の緊張した面持ちにますます警戒を怠る事が出来なくなっている。

 そんな中メラニーは気楽そうにそんな事を言い出した。


「なんだ、怖気付いたか?」

「そんなわけないじゃん。ただギルドにはなんて言えばいいのかなぁって」

「コイツらがいる時点で余り公にできないけどな」


 レンドルを指しながらそういうカイル。

 義賊の力を借りたなど余り大きな声で言えないのは事実である。


「でも、メラニーの言う通りギルドの怠慢とも言えるんじゃ?」

「わあ、フランちゃん厳しいねぇ!」

「ちがっ!」


 メラニーがフランをからかうとフランは慌てて否定しようとする。

 そんな中、カイルは頭を掻きながら弁解しようとする。


「まあ、フランちゃんの言いたい事もわかるけどよ。こりゃギルドも把握できなかった異常事態って事だ」

「まあ、確かにイレギュラーって事は暢気に笑ってられないな」


 気を引き締めるようにジンキが言うと皆が頷く。


「でも、カイルさんがギルドを庇うとは……」

「メラニー、それは多分違うぞ」

「え?」

「アレはセイリンさんのためだ」


 そういうジンキにしかしメラニーはイマイチ納得せず首を傾げる。

 フランもまた不思議そうに口にする。


「ギルドを守るイコールセイリンさんを守る……?」

「流石に拡大解釈が過ぎるよねぇ〜?」

「あの顔を見てもか?」


 ジンキがカイルを指差すと頬をほんのりと赤く染めて顔には真剣な表情を保とうとして若干失敗してしまっている。

 流石の2人も嗚呼、とハモった。


「好意をあんなに向けてるのにその上、迂遠過ぎるよ!」

「めんどくさい! フランちゃんレベルのめんどくささだよ!」

「バッカ、メラニー! ここはフランを巻き込まずに奴だけを攻撃だ! なんて奇怪な拗らせ方をしたピュアさなんだアイツ!」

「しまった、つい癖で!」

「聞こえてるけど無視だよっ、私!」


 力強く心を鼓舞するフラン。そして顔を真っ赤にしてプルプルと肩を震わせている男が1人、吠えた。


「うるせぇぞっ!! 早く行くぞ!」

「カイル、そんな大きな声を出すな」

「レンドル……ッ!?」

「行くぞ」

「くっ、俺は……ッ! 俺はぁぁ……」


 膝から崩れ落ちるその姿はまるで誰にも理解されない孤独に絶望してしまったかのようであった。


「やっぱレンドルはわかってんな〜」

「なんというかうまく自分が弄られないように立ち回るよね」

「……ますます貴狼団の結成秘話が気になるわよね」


 フランの最後の呟きによりピクリと反応するレンドルに3人はますます興味を沸き立てられるのだった。



 ゴブリンという存在は群れれば群れる程、飢えており狂暴性が増しているものだ。それと同時に数が増せばその分慢心する。

 それは単純にその数に安心しているのと数に対して食糧と性の捌け口の供給が間に合わないからだ。

 彼等は欲望に忠実である。忠実であるからこそ底無しの欲望を満たせず、常に不満を垂れ流している。

 例えばゴブリンの子どもがいたとしよう。

 家族意識がなくとも群れならば育てはするだろう。それぐらいは手間ではないのだ。それ程彼等の成長は劇的であり著しいものだ。

 だが、その中にメスの個体がいた場合、彼等は大事に育てる。

 大事に育てて……最終的に食糧に成り果てるのがオチである。その過程の事は言うまでもない事だろう。

 故にゴブリンの群れの中にメスの個体はいない。

 同種族に異性がいないのならば他に意識を向けなければなるまい。

 その濁りきった眼は人のみならず数多くの動物や魔物へと向けられる。そこに性の捌け口としての差はなく、食糧としてもまた同じだ。それは好みの範疇で完結しているのだ。辛い物、甘い物、酸っぱい物、好き嫌いはそれぞれある。それは性癖もまた同様である。

 レンドルは忍足で走りながら蛇足だな、と考えていた事を振り払う。

 要は今回ぐらいに膨れ上がった群れは危険だが見張りは雑だ。

 真面目に見張りをするわけがない。凶暴でもそれは見つかってからの話。

 なので5人は難なく潜り込む事に成功しており、無事単独行動に移行している。


(まあ、奴等ならば問題あるまい。実力は確かだ)


 今はひたすらに探索するのみである。

 隠れられるような場所を見つけるとレンドルはそこへ音もなく潜り込む。


「さて、どうしたものか……」


 敵の数が多いのは承知している。

 彷徨くゴブリンが予想してたよりも多いが想定内ではある。

 レンドルはここからの行動方針を決めあぐねているのだ。

 村と言っても実際には普通の村ではない。

 ゴブリンが住みやすいようにある程度整備された森の中であり、所々汚く切り崩されたであろう切り株が散見できる。

 周りに立つ木々の太さは様々であり、隠れる場所は割とありふれている。

 丸太を使って下手くそに組み立てられた家や大樹に空けられた大きな洞、いわゆる樹洞を利用した家もまた数多くあり、ゴブリン達は基本的にそこで騒ぎながら屯していた。

 数が多くやはり近づけない状況だ。


「……おかしい」


 レンドルは周りを見渡し疑問に思う。

 自分達の目的である人質の場所を未だに特定できないでいた。

 たしかに、だ。簡単には見つからないと手分けをしたのは事実だ。

 しかし、それでも手掛かりぐらいは掴めると思っていた。なのにそれすらない。

 家も樹洞もどれも同じような大きさで違いがあるようには見えない。

 それではボスがいるだろう場所の特定もまた困難を極める。

 ゴブリンの特性上、ボスが目立たない所にいないはずがないのだ。


「……まさか」


 1つの可能性に行き着き、十分にあり得る仮定だとレンドルは確信する。

 しかし、その通りならば難易度がまた跳ね上がる事になるだろう。


「これは面倒な事になってきたやもしれんな……」


 レンドルは別の場所の様子を探る為にそのまま移動し、その場を去った。



 上の立場の者が居座る場所と言えばどこか?

 そう考えた時にまず思い浮かべられて想像しやすいのは城、ではないだろうか。

 王はその玉座に座り堂々と威厳を保とうとするはずだ。

 要は格好というものが必要である。

 下の者を最低限従わせるぐらいの格好が欲しいだろう。従っていて恥ずかしくない者を笑われない者に身を預けたいはず。

 特にゴブリンにとって力だけで従わせる事はできない存在だ。

 力はわかりやすい物差しに見えるかもしれないが実力を見せなければ傍目にはわからない。

 さらにゴブリンは身の程知らずである。己が分を弁えるような存在ではない、力に対しては特に。

 彼等は従うのに値するわかりやすい基準を欲する。

 つまりは格好だ。

 王が小汚い家で普段住まいなど彼等にとっては言語道断である。

 では現在、この状況で上に立つ者が居る可能性のある所は何処か?

 最も大きく立派な家だろうか?

 最も広い樹洞だろうか?

 否。

 否である。

 見渡した所で家に大した違いはない。

 樹洞なんかはあり得るかもしれないが、それにしてはどうにもゴブリンの数が少なく感じる。やはり決定打に欠ける。

 では、この状況で考えられるのは何か?

 フランは上を見上げる。

 枝葉が擦れあっていて暗い夜の空を隠している。心許ない月明かりを遮るが探していたものはない事にひとまず安堵を見せる。

 上で待ち構えているわけではない。

 だが、それでも信じられない気持ちは隠しきれない。

 要はゴブリン達に示しが着くぐらいには格好のつく場所がそこに用意されているという事だ。


「たしかに村の大きさに対して数が少ないと思ってたけど……」


 どうしたものか、と木に背を預ける。


「これは、めんどくさくなったよね……。まさか地下があるなんて」


 上でなければ下。

 それも恐らく奥深く。

 という事は、どこかに入り口があるわけだ。


「虱潰しに家を調べるしかないよね……」


 そう言って踏み出した一歩に不安はない。

 入り口は一ヶ所とは限らないだろう。

 目立たず速やかに無力化すれば問題無い。

 手始めに目の前の比較的ゴブリンの少ない家への奇襲だ。

 音なく走り始め、徐々にフラン自身の高度が上昇していく。武闘会で見せたアレである。

 空を駆けて目標の屋根に飛び乗る。

 雨が降れば確実に雨漏りするだろう屋根の上から覗き込み、フランは中の様子を窺う。

 中には5匹のゴブリンがおり、会話をする者、取っ組み合いの喧嘩をしている者、酒に呑まれ大の字にいびきをかく者がいた。

 見事にバラバラであり騒がしい一面だ。

 フランは片手で輪を作ると小さく発声。


「《冰張ヒバリ》」


 作った輪の中から一粒の小さな青い水滴が落ちた。

 小さく、だが揺らぎがない。非常にわかりにくいがその小さな一粒の液体は薄く氷でコーティングされている。

 音もなく、疑う余地もなく徐々に地面との距離を縮め、地面に触れる。

 パリンッというにはあまりにも衝撃はなく、ピチャリと表現するにはあまりにも硬い。

 そんな小さな音は誰の耳にも届きはしないが訪れる結果は明白であった。

 突如、部屋が一瞬閃光に包まれる。

 その間、フランは懐から指輪を取り出し、それを指に嵌めながら自由落下に身を投じる。


「来て、《雪飛沫ゆきしぶき》」


 それは武器の呼び出しである。

 その声に呼応して武庫指環アーモリーリングが僅かに光り、フランの両手に彼女専用の武器が顕現する。

 対双斬ついそうざん・雪飛沫。

 それは二本で一対となる短剣である。双剣と言ってもいいだろう。

 それは柄の両端に刃がついた、いわゆる双頭刃でもある。

 蒼白い刀身は美しく、薄暗い中の僅かな光源でもその輝きは失われてはいない。

 薄く鋭利であり、純然と刃物としての性能を突き詰められた計四枚の刃。

 その武器はどこか雪の結晶を思わせる魅力を備えていた。

 軽やかな着地と同時に周りの視界はクリアなものとなる。

 そこには氷像とかしたゴブリン達がいた。しかし、それもほんのひと時である。

 ピシリと氷面に亀裂が入り、今にも破れそうだ。

 フランの使った魔創はあくまでも足止め用のものであり、隙を作るのが目的。

 そして、それだけ無防備な姿があるのならばフランにとってはなんの問題にもならない。


「《併刀・雪華》」


 何かをしたようにはとても見えなかった。

 くるりと軽やかに回っただけのようである。

 しかし、シンッという澄んだ風切音が攻撃の意志を知覚させる。

 ゴブリン達の首に切れ目ができたにも関わらず血は噴き出すことなく彼等は地に倒れ、絶命した。

 倒れる事で表面から剥がれた氷が首から滴る血に赤く染め上げられる。


「……ハズレかな?」


 あたりを見回し地下に続きそうな所がないのを見るとフランはそう呟く。

 まあいっか、と肩を竦めるとそのボロ家を後にする。

 後々の事を考えれば損ではないのだ。


「数は減らしてなんぼだよね」


 両手に握られた武器を手にそのままフランは走り去った。



「私は多分ツイてるねっ!」


 メラニーの声は僅かに反響しそれに応えるように風の音が返ってくる。

 たまたま見つけた人気の無い樹洞の中を覗いてみれば、そんな隠し通路を見つけた彼女は笑みを溢す。

 耳を良く澄ませば僅かに騒がしい声が聞こえて来る。

 一本道という事はないだろうが迷う程入り組んでもいないだろう、彼等の知能的に。


「んま、ここからは隠れる必要はないよね。てか無理っ! ……指輪、指輪〜っと」


 地下へと続く洞窟を進むにあたりメラニーは暢気に準備に勤しんでいた。

 隠れられる場所などほぼ皆無に近く、半ば自棄だ。

 懐から武庫指環アーモリーリングを取り出し人差し指に嵌める。

 フランもまた身につけていたようにその指輪はアーカディア王国の国民全員が持っている魔道具である。

 武器を収納できる指輪だが、アーカディア王国で作られた物が専用の倉庫に置けば各個人の元へと届けられている仕組みだ。

 他にも収納系のアイテムは存在するのだが制限が多く、武庫指環アーモリーリングのようにある程度限定しなければ上手く機能しないのだ。

 食糧、道具などと大まかに区切ると収納量が少なくなってしまう。

 閑話休題。

 アーカディア王国の国民は最低でも1つは専用の武具というのを持っている。

 メラニーは1つを取り出す。


「《陽刀・コクテン》」


 視線が吸い寄せられる程に黒い刀。

 それを彩る熔岩のような紅い刃紋。

 そして、その長さ。

 メラニーの小柄な身長に対してその刀は刀身だけでも2mはあるだろう。

 いわゆる大太刀、だ。

 その異様なコントラストは一種の魅惑の光景に見える程に様になっており、なによりも絵になる。

 メラニーは刃のある方を下にしてガリガリと引きずりながら歩き始める。

 音が洞窟の中で響き、異変を察したのかゴブリン達が向かってくる気配を感じられる。

 暗闇の中、刀は僅かに赤熱し光を発し始めた。引きずられた後もまた僅かに赤熱している。

 その光はメラニーの散りばめられた白い髪を際立たせ暗闇で一層映える。

 場所などを考えなければ異様に綺麗な瞬間であった。


惰堕ダツイノ構ヘ」


 ドプン、と入水するように刀が地面に沈み込む。

 地面の抵抗などまるでないかのように刀を滑らせ、メラニーは歩く。事実感じられないのだろう。


「ギギィッ!」

「ギブィャッ!」


 奥からゴブリンが駆け寄ってくる。メラニーの容姿を目にし喜色を浮かべる。

 奥から続々と続いてくる中、メラニーは淡々とその歩みを乱さず歩く。

 いよいよゴブリンが襲い掛かれる距離に到達した瞬間。


「《裂焦》」

「ギャゥッ」


 無雑作に斬り上げ、ゴブリンを真っ二つに裂いた。

 まるで突如、地中から刃が生え出てきたかのような斬撃。

 それは後続に足を止めさせるに足る光景であった。


「邪魔くさいなぁ」


 そんな隙をメラニーが逃すはずもなく次の攻撃へと移行していく。

 通常、狭い洞窟の中ではメラニーの手にしている長物は適さない。しかし、メラニーは気にする素振りもせずに振り回している。

 刃が抵抗なく地面や洞窟の側面に沈み込むのならばその必要もないのだろう。

 メラニーが一歩進む毎に紅い斬撃がゴブリン共々刻まれていく。


「最後に《斬昇》」


 地中から刀を振り上げ、その軌道上に熱の籠もった赤い斬撃を飛ばす事でゴブリンをまとめて切り捨てた。

 ふぅ〜、と一息入れるとメラニーは再び歩く。

 とりあえず波は収まった。

 その静けさから奥まで騒ぎは届いていない事を確認する。

 一呼吸。


「早く見つけてあげないと……でもカイルさんには絶対活躍させないよ」


 意地の悪い発言だ。

 対抗心にも見えるだろう。

 しかし、そこに敵意も悪意もないのが意外にも不思議な所だ。



 村に侵入して割と早い段階からジンキは地下の存在に確信を持った。

 その鋭い五感でほぼ間違いない、と。

 入り口もまた簡単に割り出せていた。

 そして、人質がいるであろう場所もなんとなく、悪臭を辿っていけば自然と行き着くはずだろうと予想していた。


「まあ、どこも酷い臭いなんだけどさ……」


 そもそもゴブリンの体臭自体が酷いものだ。

 だが、それとは違うチーズや生ゴミが腐ったような……それでいてそれよりもなお酷い肉が腐ったような臭い。

 それを死臭と呼ぶのだろうか。

 全体的に酷いが明らかに異質な臭いが漂う場所が1つあったのだ。

 死臭など当然嗅いだ事がないジンキだが、その臭いは嫌な想像を否が応でも脳裏へとチラつかせる。


「ゴブリンの生態とかよく知らないけど、ご丁寧に食糧とか分けたりしないよな、多分」


 メラニーとは違い洞窟を隠れながら移動していく。その余地が僅かにある。

 むしろ、メラニーもそうするべきなのだが何やら面倒になったのだろう。

 ジンキは慎重に歩みを進めていく、ゴブリンに見つかる事なく、別れ道に突き当たれば微かに悲鳴が聞こえる方へと足を運ぶ。


「嫌な進み方だ……」


 死臭や腐臭などの臭いと悲鳴の音を頼りに進む。

 気持ちのいいものではないのは確かだろう。

 人の不幸を頼りに進んでいるのだ。

 道中で死体を積み上げていく殺人犯を追うような、それよりも尚、悍ましい感覚。

 顔を歪め、苛立ちを露わにする。

 そうして、進んでいると少し広い部屋へと行き着いた。

 そこには多くのゴブリンがいた。

 通常のゴブリンよりも尚も小柄なゴブリン達。もちろん普通のゴブリンもいるが比較的少ない。

 おそらく子供を育てる為に設けられた空間なのだろう。

 命を弄び、汚し、踏み付けにする傍らで命を育む。

 ジンキからすれば間違いなく理解のできない悍しい実態だ。

 しかし、彼等からすればそれは疑いようのない常識であり、それ故に行われる非道は無垢だ。ここまで来れば相容れない。

 子供だろうが、殲滅するべきである。

 彼等の傍らに転がる食糧の残骸。その正体に目を向け……。

 ギリリと歯を食い縛る。


「悪く思うなよ……」


 隠れるべきだ。

 我慢するべきだ。

 黒い魔力で手を、《侵磨しんま》を覆いながらジンキはそう思考する。

 しかし、その光景を前にして何もせずにはいられなかったのだ。

 ジンキの拳は2倍程の黒拳を模った。

 以前より練度が確実に上がっていた。

 ゴブリンでひしめく中、ジンキは堂々と真正面から挑み掛かる。

 1匹に気付かれた時点でジンキは地を蹴り、あっという間に距離を詰めて拳を振り下ろしてゴブリンを吹き飛ばした事で巻き添えの被害者を数多く出した。

 そんな物音を立てれば当然視線が集まる。


「かかってこい。俺がまとめてぶっ飛ばしてやる!」


 挑発と同時にゴブリン共が動き出した。

 ジンキに向かう者、弓や魔創で遠距離攻撃を試みる者。

 その連帯感は少しゴブリンというには些か優秀だ。

 しかし、ジンキはそれを嘲笑うかのように尽くを迎え撃つ。

 近づく者には認識できない程のスピードで圧倒する。飛んでくる弓矢は仲間共々貫く無慈悲な雨であったが、軌道を逸らし、叩き割り、掴んで投げ返す。慣れる事で反撃まで一瞬でして見せる。

 魔創に関しては風の刃や火の玉、水の刃などと多少豊富ではあったが大した威力もない。

 ジンキはその漆黒の魔力を纏わせた拳で難なく魔創を中和し、叩き割った。

 ジンキに息の乱れはなく至って冷静だ。

 そう、所詮はゴブリンなのだ。

 頭が悪く、しかし悪知恵が働くヒョロガキ。

 小柄で力もなく数が脅威なだけの烏合の衆。

 数が取り柄であるにも関わらずあっさり味方を見捨てる薄情者。

 所詮は、ゴブリンだ。

 強いわけではない。

 ゴブリン達は力が及ばない事を悟ったのだろう。

 彼等は別の動きを見せた。

 その動きにジンキは顔を歪める。

 人質を盾替わりにするのは彼等の常套手段だ。ジンキも覚悟はしている。

 しかし、盾を用意する程の時間をジンキは与えていない。近くにないのも感覚でわかる。

 だが、彼等が取った行動は盾の用意などではなく……。

 彼等は——


 ——子供を背にジンキから守っていた。


 それはおよそジンキがイメージしていたゴブリン像とはかけ離れた自己犠牲の姿だった。


「……ふざっけん、なよ」


 ゴブリンがどういう意図でその行動を取ったのか、ジンキにはわからない。

 しかし、何かが溢れ出るのだ。

 筆舌に尽くし難い……その言いようのない焦燥が、衝動が、感情が……まるで恐怖を焚き付けられたかのようにジンキを突き動かし、ゴブリンを蹂躙していく。


「なんだよ……それ。散々人を、尊厳を弄んどいてッ……なんなんだよ、その図々しさはッ!」


 吐きださなければ決壊しそうな、目の前のゴブリンを醜い感情の捌け口にでもしなければ今にでも倒れそうな弱々しく刺々しい言動。

 まるで家族、仲間のようではないか、とジンキは思ったのだ。

 ゴブリンがその行動をしたという事実がジンキを駆り立てる。

 自分がこの世界で生きていく為に、忘れるという選択をしたのが滑稽で醜く薄情だと突き付けられるようなそんな気がしてしまったのだ。

 自責の念に押し潰れそうなその姿はなるほど、あまりにも痛々しい……。

 それは明確な八つ当たりである。

 蹂躙する名分がなければきっと今頃立ってはいないだろう。

 そう思える程の疲弊っぷり。


「ハァッハァッハァッ、フゥ〜……なーにやってんだ、俺は……」


 どれほど荒れ狂っただろうか。

 部屋を埋め尽くさんとしていたゴブリンが今や立っている者など1匹もいない。

 相当騒がしくしていたはずなのにいつの間にかジンキは静けさと対峙していた。


「思いのほか気にしてたんだな……」


 呆れ気味に自嘲し、少し冷静になる。


「今は考える場合でもない、な」


 目的を見失っていた。

 音に釣られてゴブリンが押し寄せるかもしれない、とジンキは先を急いだ。



 生きていればいろいろあるもの。

 楽しい事も辛い事も。世の中にはそれはもういろいろと。

 そんな世の中でカイルは割り切る事が大事なのだと考える人間だ。

 区切りというものはやはり必要である。

 ずっとこの時間が続けばいいのに、などと思う事もあるのだろうが、実際に続けば飽き飽きするに決まっている。

 だから割り切るという事は情緒を豊かにしてくれるという事、人生に彩りをくれるちょっとしたテクニックだ。

 そんなカイルは人質達を見つけるに至っていた。


「やっぱり胸糞悪い仕事だなぁ……」


 ウンザリした表情で割りの合わない仕事をしているものだ、と心中で吐き捨てる。

 報酬と苦労が基本的に合わないのがゴブリンの依頼なのだ。

 単独行動になったカイルは他のゴブリンとは少し体格のいいゴブリンを見つけた。

 ゴブリンの上位種であるホブゴブリンだ。

 尾行した結果、早く目的の場所を見つけたという点は幸運であっただろう。

 目の前で起きている光景は地獄絵図の一種であろうが早いに越した事はないのだ。

 男や雄は踊り食いされながら、あるいは命を弄ばれながら、今もなお命はなんとか繋いでいる状態。

 女や雌に関してはそれと同じ仕打ちの上に凌辱の限りを尽くされている。妊娠までしている者もいる。

 声を上げる力すら無くした者、死んだようにされるがままの者、様々だ。

 カイルが胸糞悪いというのも当然だ。


「さて、まず全員を助けるのは無理、だな……」


 それは割り切る他ないだろう。だができる限りを尽くす。

 カイルは腰に差した剣に手を掛け、抜く。

 スタンダードな、それでいて鋭く力強い剣だ。カイルの愛剣、グラムダス。

 この広間に続く道は全てで3つ。

 幸い、人質を逃さない為に壁に追いやっている為か、人質を背に戦えるポジション取りはできる。


「問題は今、致している奴等か。……まあ、俺がどうにかするか」


 呼吸を整え、集中力を高める。


闘氣術|斂磨《れんま》ッ!」


 するとカイルを赤いモヤみたいなものがその体を包む。

 足を一歩出したかと思えばいつの間にか人質達の前に陣取っていた。

 既に何匹かのゴブリンは頭と胴体が離れており血を噴き出して倒れていた。

 片手に3人の女性を抱えて、それを背後へと下ろす。その場にいる人質達を一箇所にまとめる事は混乱している間に容易にできた。


「後ろに控えてろ。こっから助けてやる」


 そうして複数のゴブリンやホブゴブリンと向き合い、カイルは考える。


(さて、こっからどうするべきかね……。正直派手な攻撃がねーのよな)


 負けるような戦いではないのは確かである。

 とはいえ後ろにいる人達を完璧に守るには今のままでは手に余る。

 派手に他の奴らに場所を知らせる方法がないのが問題だ。


(アレを使うとそもそもこれなくなるしな……。しばらくは耐えておくか)


 剣を握りしめ、闘氣を纏わせる。


「テメェらを悪くは思わねぇよ。だが、運が悪かった。《昂一閃》」


 そうして、横薙ぎに剣を振るい剣撃を飛ばし、複数のゴブリンを一撃で屠る。

 それがきっかけだったのかゴブリン共は汚い雄叫びを上げてカイルへと襲い掛かった。

 この場に悪い奴などいない。

 運が悪かったのだ。

 納得できるかはともかく、誰もが皆、生きるのに必死なだけなのだ。

 相容れないのなら仕方ないのだ。

 カイルはそう考える。

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