イケメン共との再会

 次の日、ジンキ達は約束通りカイルと共に依頼を受けた。

 街を出て、しばらくして森の中を移動すると、カイルが合わせたがっていた人物というのがようやく分かった。

 ジンキもまた会いたがっていた人物でもある。


「久しぶり、でもないか。元気していたか? 我が友、ジンキよ」

「レンドル!」


 以前、不幸な勘違いによって少し対立してしまった貴狼団の長であるレンドル・フリーグとそのイケメンな仲間達である。


「合わせたかった奴ってレンドルの事だったんだな」

「おうよ。昨日ちょっくら頼まれごとをされた次いでにお前の事を話したらな」

「それで我から一緒に誘ってはどうか、とな」


 それが今回の依頼。

 ギルドにも貼り出されていた討伐依頼だ。


「でも、ゴブリンの村の討伐だよね? 私達だけでもできるけど貴狼団の皆さんだけでもできるよね?」

「それがな、フランちゃん。討伐だけなら簡単なんだが……今回は囚われている奴もいる」

「無論、被害者は保護したいのだが、ゴブリンもまた逃したくはないのでな。確実に行きたい」


 そう言われ、フランは青い顔をした。

 ゴブリンに捕まった者の末路など有名な話なのだ。


「なるほどな。確かに人数も欲しくなるか」


 ジンキはマリーを助けた時と似た感情を抱いた。

 しかし、やはり手遅れなものは仕方がないしどうしようもない。

 何でもかんでも手は伸ばせないのだ、と。

 せめて、自分の大切なものだけは守れればいい。


「とりあえず移動しようよ。まだ離れているんだし」


 何も言わずに考え事をしていたメラニーはそうやって先を促した。



 今回の依頼で求められるものは何か?

 ギルドの意向としては危険なゴブリンの村殲滅だ。

 レンドルはできる限り被害者を保護したいという希望がある。

 ならば必要なのはゴブリン数体を圧倒できる戦闘能力と気付かれない隠密能力だろう。


「そして、事前準備は怠れないな」


 と、レンドルは口にする。


「今回は綿密な作戦を立てた上で奇襲を成功させなくてはならない。奴等に勘付かれて準備をさせると色々と厄介だ」


 よって総合的に考えれば貴狼団には村を囲んでもらわなければならない。

 戦闘力に自信がないわけではないが今回はゴブリン数体を圧倒し続けるという荒業をやってもらわなければならない。それも被害者を守りながら。

 よってそれは決定事項である。

 レンドルは流石に潜入班に分けられるが。


「ゴブリン共にバレる前に囚われてる人達を見つけて保護する。後はひたすら叩くのみだな」

「まあ、今回のメンツだからできる作戦でもあるがな」


 カイルが簡単にまとめるとレンドルがそう締めくくる。

 今回の作戦は案外大雑把だ。だが、言うは易く行うは難しである。

 あらかじめゴブリンの村を囲み外への逃走経路を潰しておく。コレは貴狼団が担当する。

 そこから少数精鋭で村の中へと潜入する。

 これはレンドル、カイル、ジンキ、メラニー、フランの5人が担当する。

 潜入後は村の中を5人が個人で動く。


「なんでバラバラで行動するの?」

「フランちゃんは見つかるのが不安なのかな?」

「そういうわけじゃないけど……」


 フランとしては当然の疑問ではある。

 実際、せめて2人組ぐらいにはなった方が良いのだろう。

 だが、とレンドルは説明する。


「戦闘面に不安があるなら別だが、今回はゴブリンだ。数以外は然程問題にはならないだろう。それに村をくまなく探すためでもある。仮にゴブリン共に見つかった時、1人で陽動を頼みたい。他が動きやすくなるからな」

「陽動なら俺が担当した方がいいんだろうけどね。拳1つで守り切れるか不安だ……」


 ジンキの不安にメラニーはそれならと提案をする。


「その時は隅に移動して派手に暴れればいいんだよ! 被害者が見つかったならどちらにしろわかりやすい合図があった方がいいしね」

「連れ出す時点でバレるのは避けようがないからな。それが1番だ」

「わかった」


 後は決行時間だが、深夜になる。

 ゴブリンは夜行性な上に夜目も効くが勤勉ではない。

 数が増えれば増える程怠惰な姿が見受けられるはずだ。

 それも村の規模ともなれば文字通り、酒池肉林の宴が開かれている事だろう。


「想像するだけでなんか嫌よね」


 フランは顔を顰めてそう言う。

 女性としてはやはりキツいものがあるだろう。メラニーもまた嫌な思いをしているはずだ。

 本来なら村の中で単独行動はあまりさせたくないと言うのもあるが、本人達がそれを拒んでいる。


「そこらへんは盗賊もゴブリンと変わらないよね〜」

「やめてよ、メラニー」


 数日前に捕らえた盗賊達の様子を思い出しゲンナリとするフラン。思い出したくもないのだろう。


「まあ、今から嫌な想像をしてもアレだ。明日、夜襲を掛けるつもりだから今夜はその前の宴とするか!」

「……ゴブリン脳めっ」

「おい! メラニーその発言は流石にどうかと思うぞ!?」


 カイルの抗議の声を無視してこそこそ話をする様に手をフランの耳に当てた。とはいえ、声を潜ませる気は全くないようだった。


「フランちゃんこの事はしっかりとセイリンさんに伝えるんだよ?」

「えっ!? あ、うん」

「フランちゃん!? よくわからないまま頷かないでくれ! 俺の為に!!」


 急に騒がしくなった作戦会議にレンドルとジンキは互いに視線を交わすと吹き出すようにして互いに笑みを浮かべる。


「いつまでも堅苦しいのもなんだな」

「いやぁ、ウチのが申し訳ない……」


 背後で「ジンキ! 悪女が俺の恋路を邪魔するゥゥッ! 助けてくれぇぃ!!」と聞こえてもジンキの笑顔は微動だにしていなかった。


「お前さんも強者よな……色々と」

「レンドルも負けてないと思うぞ?」


 そう言って別の所に意識を向けると……。


「さぁ、張った張った! 大人気メラニーの姉御か泥臭いカイルの旦那かぁ!?」

「俺は大穴だっ! 巻き込まれたフランちゃんで頼む!! コレで今夜の酒は俺の独り占めにしてやる!」

「おおっと〜、ここに勇者現る!?」


 ………………

 …………


「お互い様か……」

「……んまあ、カイルとメラニーがうまくやっててよかったかな」


 益のない話はやめにしてジンキは懸念していた話をする。

 結果、杞憂だったのだろう、と安堵の息を吐く。

 

「険悪というわけではないな。いい喧嘩友達じゃないか」

「喜ぶべきか悲しむべきか……」


 悩ましいが嘆く必要もないか、と肩を竦ませて見せる。


「それよりもこれからの話だな。明日は夜襲の為に昼間は体力の温存をするとして、今日は夜までどうすんだ?」

「なに、単純な話だ。実力があるのは知っているがそれだけだ。色々と確かめる必要があるだろう?」

「ああ、なるほど」


 確かに、カイルがどんな風に戦うかもジンキ達はわからないのだ。

 剣を持っている事からそれが得物なのは見て取れるが……。

 と、ジンキがカイルに視線をやっていると隣から「ふむ……しかし、そうか」と納得の声が耳に届けられる。


「? どうした?」

「いや、なに。メラニーはなかなかどうして、カイルの事をよく見ているのだな」

「揚げ足を取るのに夢中なんだろうさ」

「いや、彼女なりの好意の表し方、だろうな」

「……好、意……?」


 ジンキは見た。

 悪戯っぽく細められた目、にやりと楽しそうにカイルをからかうメラニー。

 なるほど……。

 確かに、そう見て取れるかもしれん。


「…………後でフランと一緒に積極的にカイルを虐めようと思う」


 ふらふらと立ち去りながらレンドルから離れる。


「? 程々にな……。まさか情報を共有していなかったとは……。要らぬ勘違いをさせたやも知れんな」


 メラニーが何を考えているのか、レンドルにはわからない。だが、自分が立ち入るところではないのだろうとジンキの背中をそのまま見送った。

 その日、互いに模擬戦や魔物の討伐をある程度こなすと夜をあっさりと迎える事となった。


「……なんかジンキとの模擬戦、アイツガチで俺を殺ろうとしてなかったか……?」

「私が愛されてる証拠だよねっ!」

「俺どこの悪漢だよ……」



 冒険者という存在はともかくお祭り騒ぎというのが大好物である。

 命を張る仕事ということもあり、悔いのない生き方というのが自然とそこら辺に行き着く訳だ。

 そう考えれば、自由で勝手な冒険者が多くなるのも自然なのだろう。

 それはそれでどうなのかと思わないでもない。

 しかし、我慢などしていられない、と開放的に今を全力で楽しむその姿は人によっては目を細めたくなる程に眩く輝かしいものだ。

 いっそ妬ましくも羨ましい、憎たらしくも愛おしい。

 そんな日々を過ごす。

 故に騒がしい夜というのは珍しくはない。

 たとえ屋外であろうとも同じだ。

 酒を酌み交わしながらカイルはジンキ達に向かって口を開く。


「しっかし、アレだな。お前ら連携が取れないのな」


 それは日中の様子を見てカイルが素直に思った事である。

 たった3人のパーティーでそれは珍しいものだ。


「なんつうかぎこちないんだよな」


 しかし、とジンキは反論する。

 周りが騒がしく、火を5人で囲む中でジンキはグイッと手にした酒を飲み干す。


「いや、なんていうか3人で合わせる事ってなかったんだよな……」

「ま、基本私とフランちゃんが後ろでサポートとかしてるしねぇ〜」

「相性もあるよね」


 メラニーとフランもそう続ける。

 依頼達成の為の手段にはあまり頓着しないのだが、2人以上が戦闘に参加せざるを得ない状況がそもそもないのである。

 それもその筈だ。

 まだD級ということもあり、魔物の討伐自体やる事がない。

 実力がある分、魔物の討伐が簡単であまり互いの連携にまで気が回らなかったのもあるだろう。


「討伐依頼自体、コレが初めてだしな」


 メラニーに最初ギルドで言われた事を思い出しながらジンキはそう言う。

 最初、ランクを上げる事を優先するなら討伐依頼は避けた方がいいだろうというもの。

 事実、早く上がったのは確かだ。


「でも、ゴブリンくらいなら倒した事はあるよな?」

「ああ、うん。あるね……一回たくさん」

「苦い思い出そうなのは聞かないでおくわ……」


 ゴブリンってそういうもんだし……、と気を遣うカイル。

 その時も、ジンキ達が連携して倒したわけではなくあくまで個々各々で圧倒していただけである。

 守る対象もいなかった。

 今回はその時とは勝手が違うのは間違いない。


「まあ、連携に関しては今更だな。明日に必要不可欠ってわけでもないだろうし」

「でもあって損はないと思うぞ。な、レンドル」

「損はないだろうな。我等の場合は必要不可欠ではあるが、な」


 話を振られたレンドルは頷くと貴狼団の団員へと視線を向ける。

 好きに騒いでいる彼等だがチームワークは並大抵のものではない。

 彼等の結束力がどこから来るのかは想像もできないが、やはり1つになれる程の要因はあるのだろう。

 それをジンキ達は推し量る事ができるわけではないが何かしらの決意を感じる事はできた。

 仲間を見つめて想い耽るレンドル。

 カイルはそんな彼を見て笑う。


「案外、バカバカしい理由だけどな」

「結成理由知ってんのかよ」

「今は言わないでおくよ。格好が付かないしな。とにかく、チームワークはあってなんぼだって話だろ?」

「うわ、話題逸らした上にソロに言われるとかなんか屈辱……」


 そこで何やら深く考え込んでいたメラニーが閃いたのか、立ち上がる。


「でも、ジンキさん。面白いかも知れないよ、チームワーク! 見ててよ」

「お、なんだ?」

「なんか、嫌な予感がするわ……」


 メラニーは騒いでいる貴狼団のメンバー達に向き直る。彼等はメラニーにはまだ気付いていないのか変わらずジャレ合っている。

 メラニーの様子にジンキは興味深そうに見やり、カイルとレンドルもまた同じように見ている。

 ただフランだけは危機感を覚えて警戒心をあらわにしながら震える。

 メラニーは仁王立ちをしてスゥー、と息を大きく吸い込む。


「野郎どもぉぉーーっ!!」


 その一声でメラニーに注目が集まる。ジンキが「おおっ!」と感心する。迫力はバッチリである。

 メラニーは満足そうに鬼教官よろしく真面目な顔で頷く。

 おもむろに右の拳を掲げて見せる。

 その手には黒い布が握り締められていた。


「よく聞け! 明日は勝負の日。負けられない戦いがそこにあるっ! そこで私は1つ、余興を用意した」


 突如現れた教官殿。

 彼等はその教官を見て何やらヒソヒソと密めきあっている。

 ざわざわしだした者共に対してメラニーはふんっ、と鼻を鳴らす。


「どんな信念の元でここで集ったのかは知らない。でも、確かに今! 我々は此処に居る。明日の夜の予行演習だと思え!」


 ブンブンと拳を振り回し、皆の視線をその拳に集中させる。

 注目の的となったその拳を再び上へ掲げればもう誰もそこから目を離せなくなる事だろう。


「お、おい。まさかアレ……!」

「嘘だろッ!?」

「……興味深いですねぇ」

「なるほど……戦争、てわけか」

「今日の敵は明日の友。今日はライバルを蹴落とす日のようだな」


 貴狼団の団員達がコレから何が始まるのかを大体察しがつき始めた。

 メラニーはそれに確信を与える。


「コレはサバイバルだ。奪い合いだっ!」


 天高くまで届く程に吠える中、メラニーの視線は己の掲げた拳へと注がれている。

 瞬間、横から突風が吹き荒れる。

 握り締められた布が勢い良くはためいた。

 ゴクリとどこからともなく唾を飲み込む音が響く。

 ジンキは手で目を覆い、レンドルは悔しそうに唇を噛み締めて天を見上げた。

 フランはプルプルと体を震わせ、顔を赤く染めながら野郎共の所へと混ざりに行く。

 カイルに関しては既に野郎共の輪の中だ。

 メラニーはニヤリと笑い、正面を向くと戦争開始の宣言を叫ぶ。


「心して掛かれっ!! 生き抜いた者にはこの布切れを進呈するっ!」


 小さく静寂に木霊したのちの一瞬の間、まるで押さえつけられていたその反動かのような怒号が響き渡った。


「「「「ウォオオオオォォーーーーッ!!」」」」

「返してっ! 私の下着を返してよっ!?」

「何言ってやがる! あれはオレのモンだ!」

「欲が出てるんじゃなくて返却を求めてるの!」

「もう勝った気になっているとは……侮れませんね」

「ちーがーゔぅ〜……」


 その数多な叫びに紛れて何やら抗議の声が聞こえてくるがメラニーはニヒルに笑い、満足そうに立ち去った。

 ジンキの下に戻ってくるとメラニーはドヤ顔をかます。


「ね?」

「……いろいろ言いたい事はあるけど……まあ、面白かったと思う」

「私は認めんぞ……ッ!」

「団結力って素晴らしいよねっ!」

「同意するがアレは断じて否だ!」


 何やら憤っている様子のレンドル。

 その傍でジンキはメラニーに呟く。


「……しっかし黒か」

「うん、フランはあれでもいろいろ持ってるんだよね……」

「印象変わるなぁ……」

「いやいや〜印象通りのムッツリさんだよぉ〜」

「……無意識に頷きそうになったわ。フラン、すまん」


 かなり酷い言われようであるがフランは下着争奪戦で気にする余裕もないようだ。

 しばらくすると死屍累々の様相を呈したそこにはたった1人の男が立っていた。

 レンドルとジンキはうわぁ……とドン引きの様子でその姿を見ていた。


「ハァハァ……しぶとい、奴等だぜ……」


 たった1人の勝者はボロボロで今に倒れそうである。

 フラつきながらも一歩一歩と歩みを進め、メラニーの下まで行く。


「よ、よぉ……メラニー。例のブツをくれ……」

「カイルさん……」


 メラニーは勝者の名前を呼び、嬉しそうな表情を浮かべる。さながら子供の勝利を祝う母の如き微笑みだ。

 そのまま手渡してあげるとカイルは満足そうに手で握り締める。

 黒く、それでいて薄く軽い。ジンキをしても衝撃を感じざるを得ないフランの意外な大胆さと言った所、か。

 下着を真剣な表情で見つめているとそれに水を差すように声がかかる。


「でも、良いのかな、アレ」

「え?」


 メラニーに指差され、振り向いたカイル。そこにはボロボロで横たわりながらも立ち上がろうとしていた勇ましい姿の女性。

 今にでも射殺さんとするその鋭い眼付き。しかし、目の端に溜まる水滴がなんとも切ない悲愴感を感じさせる。


「——てやる……ッ」

「ま、待てフランちゃん」

「セイリンさんに言いつけてやるぅっ!!」

「違うんだ! 話を聞いてくれ!!」


 両手を突き出して否定、弁明しようとするカイル。

 しかし、その手にはしっかりと握られた下着……。

 これでは何を言おうと説得力は皆無だ。


「これは他の奴等に取られないようにする為なんだ。俺はお前に返すつもりだったんだ!」

「ほん、とうに……?」

「勿論だ!」


 上を見上げながらカイルを見つめるフラン。そんなフランにカイルは微笑みを返す。


「カイル、お前……」


 ジンキは感動に打ち震えて、カイルに近づいていく。

 良い友を持ったぜ、とでも言っているかのようだ。


「カイルさん……」


 メラニーもまた同様に近づいていく。

 まるで私が間違っていました、と今にでも言いそうな表情だ。

 しかし、カイルの表情は悲しそうに歪む。


「だがっ! 1つ聞いて欲しいことがあるんだ」


 顔を背け、俯き、覚悟を決めたかのように下着の握られた拳を強く握りしめ再び真っ直ぐにフランを見つめる。


「俺のこの手がっ!! この魅惑の下着を掴んで離さないんだっ!!!!」


 衝撃の告白であった。

 カイルの肩に手の重みが追加される。

 フランは力強く叫んだ。


「ジンキくんっ!」


 その叫びは指示と同義である。


「おうよっ、メラニー!」

「ぉわっ!?」


 背負い投げの要領で近くにいたメラニーへと向かって投げ飛ばす。

 その際、カイルは見事な受け身を披露したが起き上がる事は叶わなかった。

 メラニーに顔面を押さえつけられ、咄嗟に何かを言わなければと慌てる。


「待ってくれほんの冗談——」

「ボンっ!」

「——だったんほぉぐぁ……」


 冗談だったんだという彼の言い分は残念ながら最後まで言えずそれどころかメラニーからもたらされた爆炎により掻き消されてしまう。

 カイルはグッタリと仰向けに横たわり夜の星が綺麗な空を見上げる。


「フランちゃん、トドメだよっ!」


 メラニーの声によりカイルの顔に影が差す。

 フランが見下ろしている。

 その目には言い残す事があるのかと聞いているようだ。

 カイルはフッとニヒルに笑う。


「……グッ……俺、は——無実だッ!」

「そんなわけないでしょ!?」

「アアァァーーーーッ!!」


 ピシピシッという音と共にカイルは全身氷漬けにされた。

 顔のみが氷から出ており、唇は寒さにより紫に染まっている。


「はは……お前ら……いいチームワーク、じゃ、ねぇか……」


 ガクリッ、と力が抜ける。


「いや、てかコイツフランを押し除けて勝ち上がってたよな?」

「……上から押さえつけられた事は絶対に忘れないよ」

「面白かったね!」

「…………」

「やだ、フランちゃん怖いなぁ〜」

「今度こそ逃さないんだから!!」


 盗人猛々しいとはまさにメラニーの事だろう。ジンキは2人の追いかけっこには関与せず自分がいた場所へと戻る。

 レンドルはどうやらカイルの下へと向かったようだ。

 カイルは凍えながら自分を見下ろすレンドルを視界に入れる。


「派手にやられたな、カイル」

「クソォ〜……絶対ウケると思ったのに」

「……いい受け身では、あったな」


 先程の光景を思い浮かべながらそう返すレンドル。

 まるで見本のようだったと感心する勢い。


「想定ではドカーンって笑いに包まれるはずだったんだ……ッ!」

「……ドッカーンとはなったようだが……」


 そう。

 目の前が真っ暗になる程の爆発力だったのではないだろうか?

 レンドルは顎に手を当ててそんな事を思う。


「うぅ……みんな冷血だ……」

「……言い得て妙、だな」


 カイルの現在の姿を眺めながらレンドルは答えた。

 カチコチに氷で固められた姿はなるほど、心身共に冷たいな、と。


「さっきからなんだよ、レンドル! 少しは慰めろ!!」

「ははは、自業自得だろう……。だがまぁ、慰めてくれる奴らもいるようだぞ?」

「え?」


 そう言ってジンキの元へと戻るレンドル。

 何かを言う暇もない内にカイルへと光が差した。眩しくなる程の。


「お、お前ら……!?」


 笑顔で差し伸べられる手。

 その笑顔はどんな女性でもうっとりしてしまう部類のものではないだろうか。

 夜なのにこれ程眩しい光景を目の当たりにしてしまったカイル。

 更に加えて優しい言葉の数々。


「カイルの兄貴! 俺らがついてるぜ」

「水臭いじゃねぇか、旦那」

「ま、俺らだけじゃ役不足かも知れないけどね」

「たまには僕らを頼ってもいいんじゃないですか?」


 なんと感動的なシーンだろうか。

 なんと胸を打つ1ページなのだろうか。

 カイルもまた同感なのだろう。

 ワナワナと唇を震わせている。

 凍っているカイルを持ち上げる為に彼らの1人が頭を抱えようとした時だった。


「アアァァーーーーッ!?」

「レオナルドォォーーーーッ!!」

「コイツ噛みやがったぞ!?」

「ちょ、落ち着けカイル! 俺らは仲間だルゥァアああっ!?」

「ラインハルトッ!?」

「クッソ、コイツ優しくしてれば」

「よ、よせ、ジャック!」

「つけ上ガアァァああっ!?」

「チクショウ、まるで狂犬じゃないか!? アレックス、ジーク気を付けろ!」


 荒ぶるカイル!

 困惑を隠せない貴狼団メンバー!

 一旦、カイルから距離を置き事情を訊こうと試みる。

 カイルは唯一動く首から上を器用に使いながら猛威を振るうが届かないと分かると天高く吠えた。


「なんでイケメン共に慰められなきゃ行けねぇんだよ! 無駄にキラキラした笑顔を向けてんじゃねぇよッ、やたらと無駄にカッコイイ名前呼び合ってんじゃねぇよッ! ちのめすぞッ!」


 心の叫びであった。

 フツメンの非モテであるカイルの心の慟哭であった。

 惨めで遣る瀬無い彼の八つ当たりである。

 しかし、それを叩き付けられた彼らは笑顔を向けた。心の籠もっていない笑顔だが。


「野郎共……火炙りじゃああぁぁーーッ!!」

「ウオオォォォォッ!!!!」

「メラニーの姉御、最大火力でおなしゃす!!」


 まだフランに追いかけられていたメラニーは立ち止まりフランへと対面する。

 バッと両手を広げて芝居掛かった振る舞いで説得する。


「フランちゃん、復讐は何も産まない! でも世の中は何かしらの犠牲で成り立っているんだよっ! ここはこの生贄でなんとかその怒りを鎮めようよ!!」


 最後に自分の背後にいる哀れなカイルへと視線を誘導した。

 カイルは最後の望みだとばかりに目をウルウルとさせてフランを見つめた。頑張れば子犬の懇願に映らなくもない……かも知れない。

 フランはそれを見てイラッとした。


「…………肴としては下品だから他にもちょうだい」

「「「「イェス、マムッ!!!!」」」」

「テンメェ、メラニーッ!!!! ちょ、待てお前ら、俺が悪かった、すまん、だからやめてくれ!」


 フランの了承と共にイケメン共はカイルを担ぎ上げてメラニーはそれの音頭を取る。

 フランは冷たい笑みを携えて女王様よろしくと脚を組んで座り、酒を片手に眺めている。今だけはその手に持ったコップは高級なグラスに見えてしまうのがなんとも恐ろしい。

 一部始終を遠目に見ていたジンキとレンドルはというと……。


「どう収拾をつけりゃいいんだ……」

「コレが……混沌」


 途方に暮れていた。



 ジンキとレンドルは己の無力差をここぞとばかりに見せつけられていた。

 混沌とした場を収める事も出来ず、考えるだけ頭の痛い事実が乱立するばかりだろう。

 よって、目を逸らす事にした。

 2人で話をする事で現実逃避を選択したのである。

 背後でカイルの助けを求める声が聞こえたような気がしても、やはり気の所為に他ならないのだ。


「そう言えば、カイルの事なんだけど」

「なんだ?」

「アイツって嫌われてんのか?」


 ジンキの突拍子もない質問にレンドルは少々面食らう。


「それはまたなぜ?」

「いや、アイツ良く1人でギルドで酒を飲んだくれてるらしいんだけど……」


 1人で酒を飲むのは別に悪い事ではない。そういうのが好きだって言う人も勿論いるだろう。

 かと言ってカイルの様子を見る限り、ワイワイと騒ぐのが最もしっくりくる気がするのだ。

 だが、それは少し疑問に思った程度でただの取っ掛かりだ。

 1番嫌われているのだと思わざるを得ないのが周りの反応である。


「なんていうか、距離感があるんだよな、他の冒険者と。いや、2人程例外がいるんだけど、妙な距離感というか……」

「ふむ……そう言えばジンキが来たのは最近だったな」

「おう」

「正直私の口からはなんとも言えん」


 人の個人情報という点もそうだし、それはカイルの問題だ。本人から聞くのが1番なのだとレンドルは思う。


「だが、そうだな。私は街に入る事が殆どないから奴がどう過ごしてるかなど知らんが、嫌われているにせよそうじゃないにせよ……近寄り難い存在ではあると思うがな」

「それってどういう……」


 ジンキの疑問にしかし、レンドルは答えず少し複雑そうに微笑んで見せる。


「さあな。人にも色々あるものだ、本人に聞くのが1番だろうよ」

「……それもそうだな、すまん」

「なに、いいさ」


 それじゃあ、とジンキは別の質問をぶつける事にした。

 割とかなり気になっている部類のものだ。

 本人に聞くのが1番だ、と本人が言っていたのだから。


「最後に1つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」


 レンドルはそう答えながら酒を傾ける。

 そんなレンドルにジンキは口を開く。


「レンドル達はなんで義賊なんてやってるんだ?」

「ゴフッ!? ゴホッゴホッ……」


 何故か咽せた。

 ジンキは首を傾げる。

 どうしたのかと訊こうとするも自棄に静かなのが耳に付く。

 周りを見渡すとイケメン共がなんとも言えない顔でこちらを見ている。その背後で火に炙られている男は事情を知っているのか盛大に笑っていた。


「ハッハーッ! そりゃ言えないよなぁクソ童貞共ッ! まさかあんな理由で、ってイテッ、こら、石投げんな! って待った待ってくれ帰るなこのまま放置しないでくれ申し訳ない言わないから安心してくれ!」

「なんか興が削がれたな……」

「ああ、今日はもう寝るか……はぁ」


 貴狼団のテンションが一気に下がり、既に就寝モードである。

 火に炙られているカイルが忘れ去られる程だ。

 メラニーとフランは互いに視線を交わらせると共に疑問符を浮かべる。


「なんだろうね?」

「さあ? 聞ける雰囲気でもないし……でもまぁ面白そうな気配がするよねっ」

「メラニーは楽しそうだね……」

「もっちろん」


 今日はもう色々とお腹が一杯なのもあるのだろう。

 別の日にも探ろうと思うメラニーである。


「なんか、すまん」

「いや、いいんだ。仕方のない事だ」


 ジンキもまた謝る他なかった。

 誰もジンキを責め立てないあたり余程訊かれたくない事なのだろう。

 ただジンキとしてとてつもなくくだらなそうな答えなんだろうなというのを察せられた。

 カイルがあんなに笑っているのだから、と。

 その日はそのまま夜が明けた。襲撃の日である。

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