ジンキの休日

 ジンキの休日は街を見て周りながら食べ歩きを実行する事から始まった。

 フランのようにギルドに向かうついでのように食べ歩くのでは無く、目的が食べ歩きと観光だ。

 今までゆっくりと街を見ることもなかったのでちょうどいいと思ったのだ。

 とはいえ明確にどこに行こう、というのがないのも確かだ。

 とりあえずバスキーのいるサーティアイスに顔を出そうと歩みを進める。

 その道すがら、屋台やら露店やらを冷やかしつつ、たまには小腹を満たす為に買ったりとまったりした時間を過ごす。

 印象に残ってるのはパン・デ・カフレという所だろうか。

 冒険者達に兄貴と呼ばれている店主には空恐ろしいものをジンキは感じていた。

 なんというか、こう。言われる度に妙な寂しさを纏うというか……、それ以上はやめた方がいいだろう。

 きっと高名な元冒険者なのだろう、とジンキは納得した。

 パンもまた美味だった。

 ポイナが滞在しただけあると何故か少し誇らし気になる。

 そんな感じに寄り道に次ぐ寄り道で道草を食いながらではあるが歩みを進めているとついに目的地へと到着した。


「おー、繁盛してんなぁ……。声を掛けるのはやめとくか」


 客を捌いているバスキーを見かけ依頼を受けて良かったなどと思う。

 大変そうにしているが嬉しい悲鳴という奴なのだろう。

 どことなく充実しているように感じられる。

 夕方頃になるとジンキは街の大体は回れただろう。


「流石に貴族街は無理だったかぁ〜」


 ポイナも一目見たかったんだけどなぁと少し残念そうにしている。

 彼女は現在、領主の屋敷で働いているのだ。

 そんな事を思っていると突如、凄まじい雷音が轟いた。


 ——たいちょ〜…………、ちょ〜……ぉ〜。


 僅かにこだまする声。

 空は晴天なので……、と少し思考するとなにが起きたのかは察せられる。


「……ポイナだったりしてな」


 冗談まじりに呟き……。


「いや、マジであり得そうだな……」


 隊長さん申し訳ない、と心の中でこっそりと謝罪しておくジンキ。

 そこでふと、なにかを思い出したように立ち止まる。

 そう言えばギルドの酒場は利用したことがないな、と。

 思い立ったが吉日。

 そんなわけでジンキはギルドへと足を運んだ。

 そろそろ日も落ちようという時間であるが酒場の騒がしさはこれからが本番といった所。

 カウンター席に案内され品書に目を通していると背後から声を掛けられた。


「あらぁ〜、見ない顔ねぇ? おねぇさんと飲みましょ〜?」


 色っぽい声と共に酒の臭いを漂わせる女性だった。

 ロングな黒髪にドレスのようなローブを羽織っている。トロンとした泣きぼくろとその大きな胸が彼女の艶を最大限に高めており、酔ってるためか顔も少し赤みを帯びている。

 ジンキの肩にしな垂れ掛かると必然的に腕に胸を押しつける形になった。


「お、俺は……幸せもんだ……ッ!」

「フフッ……面白い子ね〜。名前はなんて言うのかしら? 私はシーラよ」


 今にも涙が溢れ出さんとするジンキにお姉さんもとい、シーラが蠱惑的に笑うとジンキに名前を尋ねる。

 思えばこんないい思いをしたことがあっただろうか?

 いや、ない! とジンキは感動を胸の中で噛み締める。

 なんだかんだと可愛い子達過ごして来たジンキだが、未だかつて嬉しいハプニングに見舞われる事がなかった。

 それがこんな形で、とジンキは来たばかりだというのにこれからの酒場通いを決意する。


「俺はジンキです! 最近D級に上がったばかりの新人だけどよろしく」


 わかりやすく上がっているジンキ。

 しかし、名前を聞いたシーラは特に気にする事もなく続ける。


「ジンキくんねぇ。貴方が噂の子かぁ、案外可愛らしいのね〜、好みよ」

「噂? ……あー、できれば触れられたくない部分だなぁ」


 どんな噂なのかは大体察しがついたのか、ジンキは苦笑いを浮かべる。メラニーに嵌められたあれだ。


「あら、面白いからいいじゃない。今はC級を目指してるのかしら?」

「そんな感じだな。今日は息抜きに色々回ってたけ——」

「おい、シーラッ! 新人からかってんじゃねぇぞ! テメェときたら依頼から帰ってくれば直ぐこれだ。今回の反省もまだなんだぞッ!」


 会話を続けようとしたら突如背後からドスの効いた怒声が轟く。

 背後を見ればそこには顎に長い髭を生やした、小さな厳ついオッサン。しかし、腹はそれなりに出ているがその腕や脚にはこれでもかと大きな筋肉が主張している。

 いわゆるドワーフという奴だろう。

 シーラは彼を見るとウンザリしたような表情を浮かべる。


「いいじゃないの〜。ワルドも飲んだくれてるわけだし。それにこれは調査よ、調査。有望な新人君のね。ね、ジンキくん?」


 そう言ってジンキに寄りかかるシーラ。

 ワルドと呼ばれたドワーフはジンキを見て顔を顰める。


「あ〜? まだ酒も飲めねーガキじゃねぇか」

「そんな事ないわよ〜、ねえ?」

「え、あ、おう!!」


 飲んだことはないがなんとなく引き下がれなかったジンキである。

 腕に押し付けられた柔らかい感触で頭の中がいっぱいである。

 ワルドはフンッ、と鼻で笑うとカウンター席のテーブルに腕を叩きつける。


「威勢がいいのは良いんだがよぉ。ホラ吹き野郎は嫌いなんだ。おい、マスターッ、『龍殺し』ありったけだ!」


 龍ですら一発で酔わせてしまう、実際どうかはともかく、そのぐらい強い酒だという事だ。

 それが目の前に出される。それだけだというのにジンキが顔を顰める程に充満する濃厚なアルコールの気配。

 ワルドはそれを躊躇なく互いのグラスが注いでいく。


「わかりやすい話だ。飲み比べといこうじゃねぇか」

「はあぁ〜、結局ワルドが飲みたいだけじゃない。でも面白そうね〜。私も参加するわ」


 なるほど、とジンキは頷く。

 酒なんて飲んだことはないが、と心の中で呟くと威勢よく声を張り上げる。


「ハッ! 後悔してもしらねぇからな! 俺の呑みっぷりに慄きやがれ、野郎ども!」

「あ、俺これ知ってる。負けフラグって奴だ……」

「1時間持つかなぁ〜」

「いやぁ、ワルドには勝てねぇだろ」

「外野は黙ってろ!!」

「語りかけてたじゃねぇか!」


 その様子を隣で見ていた、シーラは頬に手を当てて笑っていると、いい事を思い付いたとばかりに言う。


「そうだわ。私に勝ったらご褒美をあげようかしらぁ? ワルドはドワーフだから除外よ?」

「テメェはオレの好みじゃねぇんだ。もっとドワーフ好みになってから言いやがれ!」


 2人が言い争っていると、ジンキと外野人はその間静かになっていた。

 いや、闘志を燃やしていたのだろう。その場の熱気が段違いなのだ。


「まったく、俺のやる気を更に上げてどうするんだか……」

「新入りがカッコつけるんじゃねぇよ」

「……漢が立ち上がるのに、理由なんて要らないよな?」

「飲み比べなんて柄じゃねぇんだがなぁ」

「たとえ負けが濃厚な勝負だったとしても、やっぱその壁に立ち向かわずにはいられないよな……っ!」


 各自、自分の席から立ち上がりながらやけに真剣な面持ちでの発言だ。ちなみに1番最初がジンキである。

 女性陣は冷めた目を送っているが気にする素振りはないようだ。


「みんな凛々しい顔ねぇ〜」

「御託はいいんだよ、始めっぞ! 冒険の後だ! 1日の終わりだ! 自由の時間だ! ならば当然……」

「「「「「宴の時間だッ、乾杯ッ!!!!」」」」」



 客が飯を食って酒を飲み好き勝手に騒ぐ時間。

 マスターはその時間が割と好きである。

 迷惑だと思うものもいるだろうがやはり、ギルドと繋がっているその酒場のマスターならば、嫌いなはずもなかった。

 物静かな彼だ。

 穏やかな微笑みを浮かべてその時間に身を委ねる。

 その日はここ数年で1番の盛り上がりだったのではないだろうか?

 依頼を終えて久々に顔を見せた高ランクの冒険者と新人の冒険者が発端であった。

 新顔の冒険者達を見守っていられるのもその仕事の醍醐味の1つだ。

 彼等が大騒ぎしてからかれこれ3時間と言った所だろうか?

 度数の高い酒を何種類も飲み続けている。

 脱落者は多数出ており、店の中は凄惨たる有り様だ。

 そして、現在飲み続けているのはたった3人である。

 なんと意外にもワルドはその中にはいない。

 ジンキを認め現在は楽しく酒を飲みながら、勝負を見守る事にしたようだ。

 その方が楽しそうだと豪快に笑っていたのが印象的である。

 では誰が残っているのか。


「カァ〜ッ! ついにここまできたんだ今更引き下がれんよなぁ!」


 1人目はジンキである。

 顔を真っ赤に染めてまだまだと酒を呷り続ける。

 ジンキの種族であるからこそできる芸当だ。その高スペックな身体が無駄に活かされている。

 続いて、残っているのは、


「ハッハッハッ、シーラ。煽るだけ煽って負けそうになって焦ってんのか? 減るもんじゃねぇんだ、ちったぁサービスしてやれよ!」

「んぅ〜、すこし甘く見てたかもぉ……。でもぉ……まだまだよぉ!」


 強いと言っていただけあり、シーラである。

 トロンとした表情がなんとも男達の心を擽る。

 そして、最後に謎の男。


「それとぉ、カイルには負けたくないのよねぇ〜……可愛くないものぉ〜」

「俺の近くで勝負してたのが運の尽きだ! ついに、その胸が俺の手の中にっ!!」

「……そんな約束してなぁい〜」


 マスターは彼の事を知っている。

 カイルという冒険者。

 彼は有名な冒険者だ。良い意味でも悪い意味でも。しかし、酒場に居るからにはマスターには関係の無い話だ。

 最近なんかはよく1人で酒を呑んだくれているのを見かけている。

 そして、そろそろ勝負も終わりに近づいている頃。……いや、ジンキの限界が近づいている頃。

 ジンキは気付いた。


(あれ? なんか妙な魔力の流れを感じるな……)


 シーラとカイルから微量な魔力が滲み出ているのだ。

 僅かだが、それは普通の滲み出方ではないのはジンキの目から見れば一目瞭然だった。

 全てを察した瞬間、彼は立ち上がり、カイルの側へ近寄る。

 その手には黒く纏わり付いた魔力。


「お、なんだジンキ、ついにギブか?」

「いやなに。やっぱそろそろフェアな勝負にする必要があるよな〜……」


 ポンっと背中を軽く叩くと黒い魔力は霧散した。

 そのままカイルが酒を呷る。


「なに言って……ッ!? ……カハッ……」


 カイル、ダウン。

 白眼を向いてテーブルにて泡を吹く形に……。

 ジンキは振り返るとそこにはシーラがいた。一部始終見ていたのだろう、額には汗が滲み出ており、相当焦っている様子だ。

 ジンキはニッコリとした、シーラもニッコリだ。みんな幸せだ。

 何も言わずにシーラの横に移動するジンキ。

 手を肩に回す。黒い魔力が霧散した。

 シーラはしばらく魔力を探ると同じ事をやっても意味が無いとわかると脱力。


「あらぁ、私の負けかしらぁ〜……?」


 遠くから見ていたワルドは大したものだと感心した。シーラの手口はもともと知っていたのだろう。だが簡単に気づけるものでも無いことも知っている。


「すごいわぁ。おねぇさん、あなたの事気に入っちゃったわぁ」

「わ、ちょっ!」


 勢いよくシーラに抱きしめられ、その頭は彼女の胸の中に埋まることとなる。

 ジンキは形ばかりの抵抗を試みていた。


「ウフフ、ご褒美よぉ〜」

「わぁー、ヤーメーローよー! でへへ〜……」


 だらしない顔を晒すジンキ。

 酒から復活した冒険者はその様子を見ていた。


「なんっつう幸せそうな顔をするんだコイツ!」

「この後殴っていいよなぁ!? いいよなぁッ!!!!」


 それは勝者の常という奴だろうか?

 いや、それにしては色々と汚れすぎているだろう。醜い嫉妬と羨望である。

 カイルもやがて起き上がると目の前でシーラとジンキの姿が。

 顔を悔しさに歪め拳を握った。

 胸に埋もれながらも目敏くカイルの姿を見るとジンキは顔の向きだけ変えた。


「カイルくん、世の中は不公平だよなぁ。不平等だよなぁ。不条理だよなぁ。勝者と敗者、強者と弱者がいるこの理不尽な世の中を……俺は許せそうにないよ……ッ!」

「うるっせぇわっ! だらしねぇ顔でキメ顔決めようとすんじゃねえ!」

「おっと、コレは申し訳ない」

「ムカつくから普通に喋りやがれ!」

「あー、シーラさん! いけない、シーラさんやめてくださーい」

「ぁあ゛ぁあぁぁァッ! この野郎!」


 ジンキが高笑いをし、カイルが悔しさにテーブルを涙に濡らす。

 周りの冒険者達もなんだかんだと楽しみながらやはり騒がしい酒場の様子だ。

 しかし、マスターはのちに語るのだ。

 その日はもっとも騒がしい日だった。そして、悲劇で1日の幕を閉じた喜劇であった、と。


「クソッ! 俺が、堪能する筈だったってのに!」

「……何を堪能する筈だったんです?」

「そりゃあの、シー……ょうしゃの余韻って奴に決まってるじゃないか!」

「では、シーラさんの胸の余韻ではなく、ですか?」

「あ、あ当たり前じゃないか、セイリンちゃん!」


 カイルの背後には冷ややかな眼差しで彼を見つめるセイリンの姿があった。

 フラン達と帰る途中で用事を思い出し、顔を出した次第である。


「俺はセイリンちゃん一筋だからな!」

「そうですか、まぁ、私には関係のない事ですので……。あ、私に近づかないで貰えると幸いです」

「ちょ、ちょっと待ってくれぇっ!! ほんの出来心なんだ!」

「いいじゃないですか、人間誰しも魔が差すものですよ。笑って行きましょう」

「願わくば君を笑顔にしたい!」

「ふふ、来世に期待ですね」

「待ってくれー!」


 セイリンの後を追うカイルのその背中はあまりにも悲哀の漂うものだった。


「ハッハッハッ! 滑稽よのー」

「ジンキくんはとことん調子に乗るのねぇ〜」

「存分に乗らせてやれ、シーラ。乗れる時に乗らんとな! まあ、時期天罰が降る気もするがな」

「ワルドの言う通りだ、シーラさん! あ、いけない、ダメになるぅ。や、やめろ〜……」

「この、格好だけ抵抗してる素振りはなんなのかしらぁ〜……あらぁ?」


 ワルドの予想が的中した形だろうか。

 ジンキとシーラに重なるように影が差す。

 シーラは疑問の声を上げて、首を傾げた。

 ジンキは違和感を気にする事なく夢にうなされるが如く無抵抗の抵抗を続けていた。魘されると言うにはあまりにも幸せそうではあるが……。


「や、やめろ〜……へへっ」

「ほんっと、滑稽よね」


 静かで冷たい声がジンキの耳をつんざく。

 目線を声の方に向けるとそこには無表情のフランと苦笑いを浮かべるメラニー。


「セイリンさんが酒場にジンキくんがいると言うので来たら、何をやっているのかな、あなたは」

「嗚呼、哀れだよ、ジンキさん! あまりにも哀れ! うぅ……」


 よよよ、と天を仰ぎ、大仰に振る舞うと嘘くさく涙ぐむメラニー。完全にこの場を楽しむ算段のようだ。

 セイリンさんの用事になんとなく付いて来たら間抜けを見つけてしまった2人である。

 しばらくの間、静寂がその場を支配した。

 野次馬の冒険者達はゴクリと生唾を呑み込み、緊張の一瞬に目を凝らす。

 シーラは可愛い子達ねぇ、とジンキのパーティーメンバーに目を丸くし、ワルドは言わんこっちゃないと無邪気に好好爺のような笑みを浮かべた。

 ジンキはと言えば……。


「や、やめろオォォッ!! 離してくれ、俺はこんな事をしている場合ではないんだ! シーラさん離してくれ!!」


 これには周りも絶句である。

 言葉も出ない。シーラの胸から飛び跳ねるように脱出を果たしたジンキ。


「凄まじいな、アイツ……」


 ポツリと呟かれた1人の冒険者の一言に全員が心の内で同意する。

 ジンキは身嗜みを整え、真剣な表情で彼は訴える。


「ご覧の通り、俺は何もしていない!」


 堂々と嘘を言った。

 フランはニコリと笑う。


「それは本当なのかな?」

「……勿論だ!」

「今の間は?」

「フランに見惚れました!」

「そ、それはズルい……」

「えぇ……フランちゃん、ちょろすぎでしょ」

「う、うるさい! とりあえず今日は帰りましょう。明日も早いし」

「そ、そうだな!」

「んー、まあいっか」


 メラニーはとりあえずノータッチで行くらしい。

 ジンキは立ち上がり、帰ろうとするがそこで彼を遮る者が……。


「ちょっと待てよ……」

「か、カイル……お前、ボロボロじゃないか」


 酷く短時間でやつれてしまったカイルだ。

 彼はその濁った眼でキッとジンキを睨む。


「嬢ちゃん、フランと言ったか」

「えぇと、うん」

「コイツは何もやっていない。確かにそうだ」

「カイル……お前って奴は……」


 ジンキがいい奴だなぁと鼻を啜る。

 その姿を見てカイルはふっと優しい笑みを浮かべる。


「だがそれは当たり前だ。アイツはされるがままだったと言うだけの話、それどころかこんな事は初めてだと嬉しそうに受け入れていたんだ!」

「ありがとうございます。カイル、さん、だったかな。でも——」

「ちょっ、待っ——」


 カイルが言った事を誤魔化そうとしたジンキ。

 しかし声をかけることができなかった。

 ゴトッという音に次いでジンキの倒れる音が酒場内で響き渡る。

 ジンキの足元を見れば氷塊で全く身動きができなそうな状態だったのだ。


「え?」


 誰もがそう口にした瞬間である。

 フランは笑顔を浮かべて続ける。


「そんな事は百も承知だから大丈夫です。全く、なんで隠そうとするのかな。やましいことがあると言っているようなものじゃない……」


 目的がやましいので当然と言えば当然だ。

 そのままフランに酒場の外へと引き摺られていくジンキ。しかし、たとえ自業自得の結果だったとしても、そのなんとも言えない悔しさと怒りは誰かにぶつけたいものだ。

 濁った眼をカイルへと向けた。


「カイルゥゥゥッ!! お前って奴はアアァァッ!」

「いや、俺なんも——」

「死なば諸共だアアァァッ!! ジンキィィッ!!」


 バタンっという音で酒場に再び酒場に静寂が訪れた。

 カイルは隣の少し下に目線を動かす。

 側にはメラニーの姿が。


「えっと、嬢ちゃん……」

「はい!」


 キラキラした瞳と元気の良い声が返ってくる。

 怒るに怒れずその気力も湧かず、なんとも言えない顔になるカイル。


「その、なんだ。芸達者だな。俺そっくりだ」

「えへへ〜、それほどでもないよっ! でも、ありがとうございます! それでは皆さんお騒がせしました。それでは!」


 メラニーも帰り、カイルもなんだかこれ以上飲みなおそうという気持ちにはならなかったのだろう。


「俺も帰るか……」


 その日の酒場はなんだかいつもより物悲しげな雰囲気で閉店したという。

 ちなみにメラニーの叫びでセイリンさんに更なる誤解をさせ、カイルが苦労するのはまた別の話。



 カイルが店を出て、冒険者達も自分達の席へと戻った。

 少しずつ喧騒が戻ろうとしていた頃、ワルドとシーラは彼等の反省会を終わらせていた。

 ワルドは思い出したようにシーラへと話題を振る。


「久しぶりじゃないか? お前が負けるなんざ」

「ん〜、最後ズルしたのにぃちょっと悔しいわぁ〜」


 酔いから醒めても相変わらずネットリと艶めかしい話し方のシーラは言葉通り悔しそうにしながらもワルドの言葉を肯定する。

 ワルドもだろうな、と豪快に笑う。


「ジンキくんの事気に入ったのねぇ」

「ま、多少はな。それよりも気付いたか、アイツら?」

「そうねぇ〜、随分と有望な新人達よねぇ。カイルもぉ気付いてるのかしら〜……?」

「気付いてるだろうよ。嬉しそうにしてたわ、アイツ」

「久々に見たわよねぇ〜彼のあんな姿」

「どうしようもねぇ事だが、良い兆しなんだろうよ」


 少し暗い雰囲気になりそうな所をワルドは話を戻す。


「それよりも、だ。最近噂のジンキ、メラニー、フランって奴らだ。依頼から帰ってこれば妙に目立ってるだけの新人かと思ってたが……」

「相当な実力者よねぇ〜……。聞いた事もない上に若い。どこに隠れてたのかしらぁ?」


 ワルドの言葉を継ぐシーラ。2人の中では3人が実力者なのは間違いのない事実となっていた。


「探ったところで実りはないだろ。それよりもあのパーティーはどういう構成だと思う?」

「えぇ? 見た感じは魔創師2人と……ジンキくんはわからないわねぇ。近接系でしょうから〜、前衛1人の後衛2人かしらぁ?」

「んまあ、俺も概ね同意見だった。だが、おそらく実態は前衛3人だろうな」

「勘?」

「勘だな」


 嫌そうな顔をするシーラ。

 勘という答えはお気に召さなかったようだ。


「でもぉ〜、ジンキくんはどうにも特異な魔力を持ってるみたいねぇ。量も多分、多いでしょうねぇ」

「魔力か、そういうのには鈍感なんだが……なんだ? アイツは魔創師だって言いたいのか?」


 ワルドの問いにシーラはんーん、と首を横に振る事で否定する。


「あんな魔力じゃあ魔創は使えないわねぇ。でも力にはなるはなるかもぉ」

「俺みてぇに身体能力を上げたりか?」

「それもあるけどぉ〜。アンチ魔創とかねぇ」

「そんな事できんのか?」

「普通は無理よ〜。でも、理論上はできるわぁ。それには膨大な魔力と……」

「特異な魔力ってか?」


 シーラが先程表現していたジンキの魔力。ワルドはそこから答えを抜き取る。

 しかし、シーラは正解とは答えなかった。


「実際の所、誰もが持ってる魔力ではあるのよねぇ。加工してあるかどうかってだけで」

「よくわからんが、まあいいだろ。詮索するもんでもねぇしな」


 いずれ組むかも知れん相手だしな、と酒を煽り豪快に笑う。

 シーラもまたクスクスと笑い、ワルドに同意した。


「そうねぇ。きっと楽しいわよねぇ〜……」

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