メラニーとフランの休日
翌日、連日冒険者の仕事をこなしていたという事に加え、お金もそれなりに貯まったという訳でその日は息抜きの為の休暇を設ける事となった。
その日は、珍しい事に3人は各々別に行動していた。
ジンキはふらふら街を食べ歩きなどして楽しむ事に、フランはギルドを覗きに向かい、そしてメラニーは図書館へと向かった。
メラニーの向かった図書館はフェベレルの街で唯一の図書館だ。
とはいえ、特別広いと言うわけでもなく、大きいと言うわけでもないだろう。
本の貯蔵量もまたそこまで多くはない。
この国、マルカルダ王国の王都ならばそれもまた違ってくるのだろうが、現状は仕方のない話だろう。
そもそもアーカディア王国の誰かがいずれ調べる事だろう。
知識はやはり大事なものである故に。
とはいえ、メラニーが図書館へとやって来たのは調べ物をするためではない。
本日の彼女はあくまで休暇なのであって仕事ではない。ただの暇潰しで来たのだ。
入館料として5枚の銀貨を司書に手渡しメラニーは中に入る。
通貨の単位は『イル』である。
今まで触れる事が無かったので一応簡単に説明しておこう。
貨幣には7つの硬貨が使われている。
まず、
壱
金貨までは一般に流通している貨幣であり、馴染み深いものである。
そして、商会や国が主に動かすのが残りの大金貨と白金貨である。
大金貨が佰萬イル、白金貨が壱億イルとして用いられている。
大体10万イルもあれば1つの家庭が一月暮らしていける額だ。
日本では通常無料なのだが、図書館の入館料としては多少高めで入れるような額ではあるだろう。
そもそも識字率の関係で図書館を利用する者が少ないのだ。
書物の貴重さからもその保管には力を入れているというわけだ。
そう考えれば5千イルもまた割高なわけでもないだろう。
閑話休題。
中に入ると、紙とインク、装丁の心地良い古本の匂いがメラニーの鼻腔をくすぐる。
奥にはゆっくりと本を読むスペースがあり、全体的に本棚に囲まれた空間だ。
メラニーはしばらく題名を流し読みしていき、気になった本を複数手に取ると席に座る。
周りに人はいなくゆったりと寛げそうである。
本を取り、読み、元に戻しそしてまた取りを繰り返す。
「ふぅ〜……およ?」
何冊かを読み終え、では次をと開こうとするメラニーだったが不意にその手が止まる。
ピンッと脳裏に不思議な反応が走り、それに意識を向ける。
「あっ、あみるんからの着信だ。どうしたんだろ?」
マナフォンにアミル・キスリットからの着信だった。
珍しいと思いながら「もしもし」と小声で呼び掛けると応答があった。
『めらにん……世界は、今日も平和だった……よ?』
まるで絶望しているかのような声音である。
ガタリと席で両手を着き立ち上がりかけ、愕然とした表情でメラニーが答えた。
「なん、だと……っ!?」
『私は、使命を、全うしようと、した……。けど、悪魔が、悪魔がぁ……私の、夢を散らしやがった』
「あ〜、それは災難だったねぇ」
『ん……残念、至極』
2人のおふざけな会話は今に始まったことではない。
これはこれで会話は成立するので彼女ら的には困ることもないのだろう。
アミル曰く、今日も暇で仕方がないとの事だ。あまり仕事がある訳でもなく時間を持て余したのが今回の電話に繋がった経緯である。
あとアミル的な不満があるとすればヒュールに睡眠を邪魔された事、らしい。
『めらにんは、なに、してるの?』
とはいえ、アミルもメラニーが休日だという事は知っていたからこそ電話をしたのだ。でなければメッセージなりを送るだろう。
彼女は当然、メラニーの様子も気になり尋ねた。
「図書館で暇潰し……って思ったんだけどね〜」
『気になる事、見つけた?』
「そうそう! なかなか興味深いというか面白いというかさ」
メラニーが声を弾ませて喋る。
アミルはそれを静かに聞く。
「まずはお金の事なんだけどね。これがなんとも不思議な物だよね?」
『ん、紙幣がないの、ちょっと不便。でも、コレすごい』
「そうすごいんだよ。全世界共通のお金なんて普通なかなかできる事じゃないよね? それも偽装不可なんて」
『確かに、功労者は、きっとすごい人』
「そう、その功労者の事が気になったんだけどね? どうも人じゃなくて神が作ったらしいんだよね」
『……神様』
まるで「うへぇ」と顔を顰めていそうな呟きだ。
アミルはこれは一体どういう類の話になるのだろうと身構える。
『宗教系の、話?』
「あー、安心して! あみるんの嫌いそうな話ではないよ」
『ほら、めらにん、結構……悪食、だから』
「大丈夫だってばっ! てかひどくない? 否定はしないけどさ」
多少ショックを受けながらも「ともかくっ!」とメラニーは続ける。
色んな物に食いついてしまうのは自覚しているのだろう。
「つまりお金は神様の創造物だって話。そこで気になるのはその神様。あみるんは神様の事どのくらい知ってる?」
『……皆無』
「だよね。だけど少なくとも七柱は知ってる」
そう言われてアミルはハッとすると答える。
『……お金、の?』
「そう! どれも人物が描かれてるよね? どれも神様であって、そして全員でもある」
『七柱、だけ?』
「んー、これを少ないのか多いのかで議論するのはちょっと不毛かな。ここではそれが常識なんだよ。そんでね、実際に実在しているのも常識」
『……顕現、してる、の?』
「そうなのですよ、キスリットくん! て言っても彼らは私達に干渉しない。絶大な力を持っていてもそれを使う事はあまりないらしい」
『使う事も、ある?』
「まあ、私達が実際に使われた結果なんだと思うよ?」
『確かに……』
アミルは何故? とは聞かなかった。メラニーが知るはずがないのだから。
彼らの目的など、まさしく神のみぞ知るところなのだ。
変わりに別の疑問を口にする。
『その神達は、なにしてる、の? 暇潰し?』
この世に顕現しているその理由。特になにもせず、悠久の時をどう過ごしてるのか。
「正直わからないんだよね。いるのは確か、かと言って見た人はあまりいない。でもね、暇潰しをしてるって線も勿論あるんだけどねそれ以外に答えを探してるらしいんだよね」
『答え?』
「そ! 一説によると答えを求めて旅をしているの。放浪の旅をね。数ある疑問や矛盾に答えを探して人に問い掛けたりしてるんだって。ただ一つだけ、神々は明確に答えを提示してるの。それは——」
それは、とアミルは相槌を打つ。
「『この世に善悪は存在しない』だってさ」
『……理想論?』
「どうだろうね〜。あみるんは善ってなんだと思う?」
『……優しさ?』
「かもしれないね〜。んじゃ、悪ってのはなんだと思う?」
『……むぅ〜、こういうの、苦手。めらにんは?』
「あはは、だよね。あみるんが答えた優しさが善なら、私の答える悪はきっとその優しさかな」
『……難しい』
「何事も表裏一体だって事」
例えば貧しい人がいたとしようその人に金を与える事が優しさと言えるだろうか?
人によっては有難うと感謝もしよう。
それと同時に憐むなと激昂する人も存在する。
周りもそうだ。あの人はなんて優しいんだと言う人がいれば、自分にはくれないのか酷い人だと罵る人がいる。
「1番の優しさは無関心だって言うけどね。それはそれで反感は持たれるし、人と関わった時点で無関心なんて無理なんだよね」
『……めらにんは、極端』
「そう、極端な例えだよ。極論であって、だけど曲論じゃあない。間違った事は言ってないよ?」
『ん』
アミルは確かにと思った。
それはジンキの言った正しさがただの規則なのと同じようなことを言っているのだろう。もっと言えば武器であり、盾だ。
何事も使い方次第ではあるとメラニーは思う訳だが。
メラニーは机をバンッと叩く。
「違うよ!? こんな話がしたかったんじゃないよ!?」
『えっと、神様の、お話……?』
「そう! 善悪なんてどうでもいい!」
そしてメラニーは硬貨に描かれた七柱の神について話す。
まずは鉄貨に描かれた神。
唯一、孔の空いた硬貨であり、中心にある訳でもない。
中心から少しズレた場所に空いたその孔は描かれた人物が手で形作った円にくり抜かれており、こちらへイタズラっぽく微笑む少年。
遊戯と悪戯の神・ケイオル。
次、銅貨に描かれた神。
薄く微笑みを浮かべており、どこか活発そうな雰囲気の女性。
愛憎の神・シノリス。
銀貨に描かれた神は筋骨隆々の禿頭で厳つい顔立ちが印象的であり堂々と腕を組んでいる男性。
道理と無理の神・ノーガイ。
大銀貨に描かれた神はどこか頼りなげに下げられた眉で目線がイマイチ定まっていない女性。
感情と理性の神・マヨエル。
金貨にはどこか達観しているというか何事にも同時なさそうな雰囲気を感じられる女性。
生と死の神・ミトメ。
大金貨は細身でどこか眠たげに細められた目元、儚げに薄く微笑みを携えた男性。
夢と現の神・ココチヨ。
そして、最後、白金貨には長い髭を生やしたお爺さんが描かれている。
創造と破壊の神・ジーノイド。
「“矛盾した神々”なんて言われてたりしてるね〜」
『宗教は、どうなの?』
「そりゃ気になるよね? 勿論、神様を信仰してるよ。いや、いるんだし拝んどこうって感じに」
『ふーん?』
「でもね、宗教にもいろいろあるんだけど、主要なのは2つみたいなんだよね」
『ふむ……』
「あー、興味なさそうだね。でも説明しちゃう!」
『さすが、だぜ、めらにん……っ!』
まず1つ目は国にまで発展した宗教。
当然、広く布教している為、最もポピュラーな物だ。
神様、全員を祀っている宗教だ。
他の宗教はここから派生しており、それぞれ1柱の神が祀られていたりと求めている物が違う。
一般的な宗教だと言えばそれまでだが間違ってはいない。
広くは七神教と呼ばれる宗教。
それをまとめ上げるのがフレイドル教国という国だ。
2つ目に勢いのある宗教、それはインワム帝国という国の国教に指定されている宗教。
頼心教。
神を頼り、縋り、希い、心に寄り添い安寧をもたらすのが七神教だとするならば頼心教は根本から違う。
なにせ神を崇める七神教とは違い、頼心教という宗教には神は介在していないのだ。
勿論、神を信じていないとかそういう話ではない。神は存在しているのが常識だ。
しかし、神はなにもしない。ならば神を頼るのは間違いであるとするのが頼心教である。
要は、神を頼らず、己の心を強くするべし、と。
神から力を分けて貰うか、自分で力を手に入れるか。
「ま、細かい事は省いたけど信仰にとやかく言うのはお門違いだよね」
『ん、めらにん、結構、調べた、ね?』
「まあねぇ。でもほら、私達にも興味を持つ人がいるでしょ?」
『……確かに』
「それにしても、あれだね。頼心教は帝国の国教って感じがこれでもかってするね。イメージというか」
『ん、私は、嫌いじゃない』
「まあ、何事も一長一短だよね」
なんだかんだとメラニーの休日はそのままアミルとの話に花を咲かせて終わることとなった。
起きた時、ジンキに抱きつかれていたというメラニーの話題が1番盛り上がったのはここだけのお話。
★
メラニーが図書館で読書に勤しむなかフランはギルドへと歩みを進めていた。
特に用事がある訳でもなく、屋台やらで食べ物を摘みながら、目的なく向かっていた。
「ん〜、美味しい! ポイナちゃんの食レポは馬鹿にできないなぁ……」
頬を緩ませながら感心と呆れを
食べ歩きを繰り返していく内にギルドにも近づいていく。次の屋台だと思った時フランの視界にとある人物が映る。
「ふんふーん……あれ、セイリンさん?」
「フランさんじゃないですか。こんな所で奇遇ですね」
受付嬢のセイリンである。
いつもとは違いお団子にしていた髪を下ろしており、ギルドの制服などではなく普段着である。
キッチリした印象が少しやわらぎいくらかラフな感じだ。
「なんだか新鮮ですね。いつもと印象が違ってて綺麗です」
「ありがとうございます。フランさんに言われるとなんだか気恥ずかしいですね」
「う、うぅ……ぅ〜っ!」
「ど、どうしたんですか!? いきなり泣いて!」
「ぅ、私、初めてまともな扱いをされた気がしますぅ〜っ! 虐められないなんてぇっ」
「なんて不憫な子なの!? 虐めませんよ!」
「ゼイ゛リ゛ン゛ざん゛〜っ!?」
フランは思わず涙を流しながらヒシッとセイリンに抱きつく。
彼女の中でセイリンの株が爆上がりである。
困惑の表情を浮かべるセイリンだが、さすがはベテランの受付嬢というべきなのだろう。
いろんな冒険者を捌いてきた力量が発揮された。
上手くフランを落ち着かせると彼女に話を振る。
それは酔っ払いを相手にするのとそう変わらなかったのは本人の談。
「ところでフランさんはどこに向かっていたんですか?」
「……なんだろう。物凄く馬鹿にされてた気がする……」
「気のせいですよ」
「ですよね! 私はギルドに向かってたんです。休日になったのはいいんですけどする事もなくて……」
「ああ、その気持ちよくわかります」
休めるのは勿論嬉しいのだが、これといって趣味もなく、用事もない。そうなるとやはり暇になりがちなのだ。
なので2人が共に行動しようとなるのも自然な事だった。
近くのカフェに寄り、話に花を咲かせる。
「そう言えばフランさん達にはパーティー名とかって決めました?」
思い出したように問いかけられたフランはあははと作り笑いに失敗したように笑う。
「実は決めてないんです。というかジンキくんと一緒にその話題を避けてると言いますか」
「それはまた……」
「絶対にメラニーが暴走するので……」
「なんか想像できました。本当に面白い人達ですね」
「割と深刻な問題ですよ! せめて心の準備って物が欲しいです!」
控えめにセイリンは笑う。フランもまたぷりぷりと怒るが本気ではないだろう。
楽し気な雰囲気なパーティーではあるとセイリンもまた思う。
「珍しいパーティーですよね。たった3人というのもそうですけどメラニーさんやフランさんみたいな可愛い人と男1人のパーティーって」
周りの冒険者達が結構羨ましがってましたよ? と悪戯っぽく笑う。
「えへへ、そうですかね?」
「実際どうなんですか? 恋愛関係とかにはなったりするんですか?」
真面目そうなセイリンもまたやはり女性なのだろう。恋話もまた好物だったようだ。
ましてやフランのような可愛い子の話となると好奇心はますます刺激される。
「い、いえいえ、そんな! 興味ない訳では無いんですけど……。今は難しいですかね? そんなセイリンさんはどうなんですか? 受付嬢ともなるとたくさん迫られませんか?」
顔を真っ赤にして否定するフラン。予想通りと言えば予想通りの反応を見せるが、素直に見せるその表情を見て、彼女には彼女なりの訳がありそうだとセイリンは察する。
逆に問われたセイリンは「そうですね」と少し考える。
「自慢では無いですけど、割とモテるんですよね」
「……結構言うんですね。嫌味には感じないですけど」
「否定するのもなんですし。ですが、冒険者ばかりなんですよね……。接点がそこしかないので仕方がないんですが」
「冒険者は嫌なんですか?」
セイリンは少し間を置くと答える。
「……嫌、ですねぇ……」
「それはまた……理由を伺っても? 冒険者って粗野な方ばかりではないと思うんですけど」
「構いませんよ。隠すほどのものではないですし……。ほら、冒険者って職業柄危険な仕事と隣り合わせじゃないですか。なので帰ってこない人もまた当然いるんです。それを思うとどうしても難儀な事態になるんですよ」
フランを見て少し苦笑いを浮かべると本来なら、と続ける。
「友人を、誰かと親しくなるのも避けるべきなんです」
「…………」
考えてみれば、いや、考えるまでもないことだ、とフランは納得した。
必ず生きて帰れるほど甘い依頼ばかりではないのだ。
依頼を吟味できる人ばかりでもない。
夢のありそうな仕事だが夢見心地ではどうしようもない現実が目の前に横たわっているのだ。
絶対に死なないなどという無責任な言葉ならいくらでも吐けるだろう。だから言っても意味がない。
そういう意見は勿論ある。だが、だからこそとフランは思う。
「私は、いなくなりませんよ」
「……っ」
真剣な表情に一瞬、息を呑むセイリン。
出会って間もない少女に少し申し訳なさを感じた。だが、不思議と信じる事ができる気がした。そんな力強さがあった。
「そう、ですね。心強いです」
「あ、ごめんなさい。こんな雰囲気にするつもりはなかったんですけど」
「いえいえ、私こそ気にしないでください」
「いえいえ——」
妙な遠慮をお互いにしているとふと目が合い、思わず同時に吹き出してしまう。
「じゃあ、そっか。セイリンさんは好きな人もいないんですね〜」
「いませんよ。いる訳がないです」
セイリンはキッパリと否定すると話題を変える。
その時に少しチラついた寂しげな表情にフランは少し引っ掛かりを覚えた。
「フランさんは何故冒険者になったんです?」
「大方、多くの方とそう違いはないと思いますけど、ジンキくんが夢のある職だ、浪漫だ〜、とそのまま成り行きですね」
「なんかますます3人の関係が気になるところですね?」
「ん〜、なんとも言えません」
「ふふ、すみません。困らせてしまいました。しかし、その感じですとやはり
「ダンジョン?」
同じ単語を問い返し首を傾げるフラン。
それに頷きながらセイリンは続けた。
「はい、ギルド側としてはC級から入る事を推奨されてますけどね」
「ダンジョンかぁ。多分、いずれ行くんでしょうけど……セイリンさん! ダンジョンってなんですか?」
「何って言われると困りますね……。でも簡単にですが——」
一口に〝ダンジョン〟と言ってもダンジョンには色々ある、とされている。
謎が多く、方向性や必要とされている難易度故にあまり確かな研究成果が挙げられていないのが現実である。
しかし、全てではないがその中にある資源は貴重で有用であり、まさに宝の山である。
危険だが挑む価値はある。
それが一般的な見解だ。
「それ以上の事は専門家に聞いた方がいいと思いますね。なんでもダンジョンは生物だとする説もあるとか」
「はあ〜、興味深いですね〜」
ジンキもメラニーもぜひ潜りたいと思うのではないだろうかとフランは思う。
そんな楽しく歓談する2人の女性。それも抜群の容姿を兼ね備えた存在となれば否応なく目立つ事だろう。
そして、中には放って置けない男もまた現れるものだ。
2人がオープンテラスの席にいるということもあり、2人組の男の目に着いたのだろう。
バンッと2人の話を遮るように男がテーブルを叩くと話しかけた。
「よぉ、ねぇちゃん達。俺らとちょっと遊ばねーか?」
「こんな時間だし、そちらさんも安心ってもんだろ?」
フランが空を見上げれば、そろそろ日が沈もうという頃合いだった。
もうこんな時間だったのかと僅かに驚く。
余程楽しかったのだろう。
しかし、前を向けばセイリンさんの顔にはウンザリしたような、はたまた悲しそうな表情が僅かにうかがえた。
「結構ですので気にしないでください」
彼女は冷たい表情でキッパリと断る。
しかし、男はまるで何も見えていないかのように気にせず馴れ馴れしく肩に手を回しながら下卑た表情で答える。
「おいおい、そんな悲しい事言うなよなぁ。これでも傷付くんだぜ?」
もう一方もフランの顎をつまみながら迫る。
フランは溜息を吐いた。
「そっちのねぇちゃんも楽しくやろうぜ?」
「そう、ですね……」
「お、物わかりがいいじゃないか」
男が機嫌よく笑っているとフランは自分の手を己の顎を摘まんだままの男の手に重ねる。
顎から離してそのまま指の一本、人差し指を親指と人差し指で優しく摘んで見せる。
「? なにやってんだ、ねぇちゃ、って冷たッ!」
「ええ、楽しい事です。例えばそう——」
フランは笑顔を浮かべる。だが、目は少しも笑っていなくて、いつの間にやら周りには冷気が立ち込めていた。
男にほぼ一方的に話しかけながらも依然として指を摘んだままだ。
しかし——
——パキッ
と、男の人差し指がその付け根からポキリと折れた。
なんの前触れもなく、突然に。
「——手品、とか」
「……え、は…………ッ!? あ、お、おおい、俺の指ッ! 返せッ!」
感覚が麻痺していたのだろう。
痛みは無く、しかしだからこそ現実離れした現実に男の理解が追いつかない。
フランの顔を見れば男は思わず息を呑んだ。同じ人を見るような目ではない、と。
「私、友達は大事にしたいんだよね……。だから」
動きが止まった男の手に指をそっと近づけてくっつける。
パッと手を離してフランは言う。
「やめてくれないかな? ……ね、今なら手品で済むから」
「……あ、ああ、すまねぇ」
フランと相対していた男は冷や汗をかきながら引き下がった。
しかし、セイリンに肩を回していた男は強気に出ようとした。
「お、お前、なにしやがアヅッ!?」
「いやーいやー、お兄さん。私達はあまり暇じゃないからさ。ここら辺で帰ってくれないかな? 私はフランちゃん程優しくはないよ?」
しかし、そこには
「メラニー!」
「メラニーさん!」
「やや! お2人さん。こんな時間にこんな所でどうしたのかな?」
メラニーがいた。
人差し指の先端でピトッと男の肩に触れるとジュッと何かが焼けるような音と共に臭いまで漂う。
男の肩に小さな黒点が一瞬で焼き刻まれたのだ。
「く、クソッ! お、覚えてろよ!?」
恐怖で顔を歪ませながら2人の男は退却していく。
「すみません、助かりました。ありがとうございます」
セイリンは頭を下げると感謝を伝えた。
「いえいえ、むしろ一緒にいてよかったなって思います」
「えへへ〜、たまたま通りかかっただけですよっ!」
それはそれとしてとメラニーは2人をかえるように促す。
「流石にもう遅いし、帰ろっか。だからこそ絡まれたんだろうしね」
「あ、うん。そうよね」
「はい、途中まで一緒します」
そのまま3人は共に帰路に就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます