閑話 ポイナ・ネルヘンの職探し・後編

 翌日。

 ポイナは『パン・デ・カフレ』で看板娘として客を集めることになった。

 ただでさえ人気のあったパン屋が一晩で更に美味しく、且つ可愛い看板娘が登場したのだ。

 完売するパンが続出したのも頷ける話だ。

 さて、そんなカフレ夫妻と共に一晩を過ごす事となったポイナに1つ。問題があった。

 それは昨日、ポイナの虜になってしまった冒険者達が発端である。


「おい、カイ! お前よ、あんな美人な嫁さんがいるってのに俺らのポイナちゃんに手を出すとはどういう了見だ。アァンッ!?」

「出してねぇよ! お前昨日もいたよな? いったい何を見てたんだ。節穴どころじゃないぞ!」


 昼間から冒険者の男とカイが言い争っているのだ。

 ジオゴも冒険者達に何を言っているんだという目を向けていた。

 彼らは自信ありげに続けた。


「うるせえッ! こっちにはちゃんとした証人までいるんだ」


 そう言ってその冒険者は禿頭の細マッチョである冒険者を連れてきた。


「昨日の夜。何があったのかを言ってくれ」

「おう! 俺はあの時、確かに聞いたんだ」


 そんな語り出しで彼は続けた。



 そう、あれは深夜になるであろう時間帯の事だ。

 ポイナちゃんがこの店で働くことになったというのをこの目で見た時、俺はどうしようもない不安に駆られてしまったんだ。

 あの美人な奥さんを持っている小太りがあの可愛いポイナちゃんにも手を出すんじゃねぇか、てな。

 だから俺はその夜に偶然を装って何回かこの店の周りを通りがかったんだ。

 すると、だ。

 不思議にも厨房の灯りが点いていたんだ。

 俺は思ったね。


「アイツ、初日でやりやがったッ!!」


 てな。

 今にも飛び掛かろうとも思ったがもしも最中……誤解だったら少し悪いと思ったからよ。窓際で中の音を聞いていたんだ。

 まさか……あんな事になっていたなんて、な。



「待て待て待て待てっ!! 鼻っから疑ってるじゃねぇか! てか妙な性癖拗らせてんじゃねぇよ!」

「やめろ! コイツは見て楽しむ派なんだよ!」

「知らねぇよ! てか、昨日はポイナとパンを作ってたんだ。不思議でもなんでもないだろ」


 カイの言い分は最もだろう。

 しかし、冒険者達はハンッと鼻で笑う。


「最もな言い分だよなぁ、おい続けてくれ」

「おうよ」



 俺は聞いてしまったんだ。

 中でパンッという力強い音が響いていたのを、そして、ポイナちゃんの悲痛な声も。


「カイさんっ! 乱暴だよっ!」

「うるせぇ! 腰を入れてやんなきゃダメだろうが」

「ソーナさんが、寝てるのに……ッ」


 俺は震えたね。

 いったいどんなプレ……どんな弱みを握って従わせてんのか。



「これでも言い逃れできると思ってんのか、カイッ!!」

「それはパンの生地だろうがッ!! 教えを乞うていたんだよ!」

「まだ足掻くかエロ豚! ポイナちゃんを呼んどいて正解だったぜ」


 いつのまにか現れていたポイナに彼らは優しく問い掛けていた。


「ポイナちゃん、昨日の夜、何があったのか教えてくれないか……?」

「お、おいポイナ! 昨日の生地のアレだ! わかるよなっ!?」


 皆が見つめる中でポイナはあたふたとしながら説明を試みる。


「あ、あのえと……」

「何故戸惑う?」

「う、うぅ〜……」

「何故頬を染める?」

「その、ですね」

「何故チラリとこちらを窺う?」

「すごく、激しかった……」


 顔を両手で覆い隠してそうこぼした。

 そうか、と冒険者達は優しくポイナに声を掛けた。


「ありがとう、ポイナちゃん。君の勇気に感謝を」


 一転。


「カイ、テメェゴラァーーッ!!」

「誤解だチクショーが!!」


 やはり納得いかないのかカイはポイナに詰め寄って同意を求めた。

 気が動転していたのだろう同意を求めた後に己の失態に気が付いた。


「なあ、ポイナ。生地がだよな? 生地を叩きつけてたのが激しかったんだよな!?」

「え、う、うん!! そ、そうだよ!! えへへ……」


 まるで言わされているような同意だった。

 カイの顔から力が失われた瞬間である。


「確信犯かお前……」

「カイ、テメェ!!!!」

「だから誤解だッ!!!」


 カイの胸倉を掴んで怒鳴り込む冒険者に尚もカイは抵抗を試みる。


「往生際の悪い奴だ。まだあるんだぞ。おい、頼む」

「ああ、あれはまだ始まりに過ぎなかったんだ」

「なあ、頼むから先にこの変態をなんとかしてくれよ……」


 むしろコイツが先だろとカイは疲れた表情で嘆いた。



 カイのやつもポイナの可愛さに理性を飛ばしちまったんだろうなって思うね。

 アイツの行為は苛烈さを増すばかりでポイナちゃんに聞く耳を持たなかったんだ。


「も、もう少し優しく、揉んでください」

「強く捏ねた方がいいに決まってるだろ」


 ポイナちゃんの胸を揉んでいるんだろうな。だが、あの小ささだ、きっとそれを恥ずかしがっている姿が奴にはたまらなく刺激的だったに決まってる!


「いやです! 触りたくない。まだネバってしてて」

「今更だろうが! どうすれば良いのか、お前が1番わかってるだろ。早くしろ」


 なんって野郎だ。あんの鬼畜の豚めっ!

 しまいには、


「なあ、これ、どう思う? 正直に言ってくれ。良いと思うか?」

「は、はい……。すごく、大きいです。とても良いと思います」

「へへ、そうかよ。あと、なかなかの技巧派だろ?」

「う、うん……」


 アイツ、なんって事を聞いてんだよ!

 あとちょっと嬉しそうな声だしてんじゃねぇよ!!

 大層なテクニシャンだことね!!



 怒りが上限を超えるとかえって冷静になるという現象がある。

 カイの目の前で起きた事はまさにそれだ。


「俺は優しい男だ、ビッグマグナム。テメェの言い分も聞いてやる。最初のやりとりは、なんだ?」

「き、生地を捏ねてたんだ。それ以外にないだろ」

「ふむ、ポイナちゃん。本当かい?」

「は、はい。私はまだこの店では新米も良いところ。新人は揉まれてなんぼって聞くので!」


 だから大丈夫だよ! と目をウルウルとさせて冒険者を見つめるポイナ。

 それは彼らにとって涙を誘う眩しい光景だった。


「次だ。なにかを強制していたようだが、あれはなんだ、テクニシャン?」

「だ、だからだな……。色々教わってたんだ。生地がまだ粘っこくて触りたがらなかったから急かしたんだ」

「ふむ、ポイナちゃん?」

「なあ、頼むからそいつに聞くのはやめてくれよ……」

「やましい事でも——」

「ない! ないからこそだ。ちくしょうわかった諦めるよ、クソ」

「あ、あの! 無理矢理ではないんです! だからっ!」

「もういい、ポイナちゃん! みなまで言わないでくれ!」

「うん、わかってた……」


 ポイナがわざとらしく必死になにかを訴えようとしていたが冒険者達に涙ながら止められる。

 カイは全てを諦めることにした。しかし、最後が1番危険度が高い会話だ。

 それだけはなんとかしたい、カイだった。


「さて、腐れ外道。最後の会話、は、なんだ」

「……お前、泣いているのか……?」

「答えやがれ!」

「わかった。あれは俺の手の話だ! それと腕前だな。俺に才能あるのかなって言ってたんだ!」

「そうだよ! 私もメイドの端くれ。手伝える事があるならなんでも言って欲しいって言ったのは、私なの! カイさんは、悪くないっ!」

「お前は何故俺の邪魔をする!?」


 冒険者達がついに行動に出ようとしていた。

 最早、反論の余地もないだろうとカイをタコ殴りにしようと勢いづく。

 そしてカイは必死に頭を働かせて、妙案を思いついた。

 ここはもう1人の当事者に話を聞くべきだろうと。


「ま、待て! ソーナに話を聞いてくれ! 判断はそれからでもいいはずだ!」

「ソーナさん! 俺達にコイツをッ! このファンタジスタを締めさせてくれ!!」

「なぁ、頼むからその妙な呼び方をやめてくれないか!?」


 いきなり視線が集中したソーナだがそれを気にすることもなく気怠そうにカイに言う。


「えぇ? アンタ自慢するほど大きくないでしょ。そこ否定すれば収まるでしょ」

「プフッ」


 少し吹き出してしまったのはポイナだ。

 しかし、それを加味しても、これはなんとも。


『……………………』


 嗚呼、これはなんとも悲哀に満ちた静寂だろうか。

 カイは天を見上げ目端にキラリと輝く清廉な水滴。

 そして、彼を囲み、綺麗に頭を下げる集団。

 そこにあるのは敬意と畏怖、そして1人の男の綺麗な昇天を目の当たりにした純粋な感動が見て取れた。

 その場はまるで天から白い光に包まれているかのようだった。

 それを遠目から見ていたジオゴはまるで高価な絵画のようだったと感想を口にしていた。

 後に1人のパン屋の店主を兄貴と慕う冒険者達が散見されることとなるが、それはまた別のお話。



 さて、なんだかんだと楽しく働かせてもらっていたポイナである。

 仕事も伊達にメイドを自称しているだけの事はあり、かなりの手際であった。

 しかし、楽しい時間はそう長くは続かないものだ。

 いよいよ、本命のお仕事をする時間が来たのだと察していた。


「おい、ポイナ。こんな時間にどこに行くんだ?」

「あ、カイの兄貴」

「それやめろ」


 日が沈み、店じまいも済ませた。

 そんな中、外に出かけようとするポイナをカイは目敏く見つけたのだ。

 ポイナはえへへ〜と笑うと答える。


「少し用事を思い出したので片付けようかなって」


 訝しげにポイナを見つめたカイだったが彼女から何かを探ることなど自分には無理だと早々に諦めた。

 はぁ、と溜息を一つ。


「気を付けろよ。どうも最近、人攫いがいるみたいなんでな。どういうわけか容姿だけは一級品だ。格好の獲物だろうよ」

「……兄貴がデレた。だ、ダメだよ! 私には大切な——」

「ちっげーよ! ああ、調子狂うな。まあ、あんま遅くなんなよ」


 背を向けて部屋に戻ろうとするカイ。

 ポイナは彼に向かって言う。


「えへへ〜、ありがとうございます。でもごめんなさい。多分、店はやめる事になるかもしれません。ご迷惑をお掛けしました」

「…………ほんとだよ。じゃあな」


 ポイナは店を出て行き、扉はバタリと静かな空間に音を響かせた。


「本当に調子狂うな……」


 2色の髪色に2色の目色。

 それぞれが違う色でありながらどれも凄まじく主張の強い色だ。

 個性のぶつかり合いと言ってもいい。

 だからこそ、その毒々しい印象は脳内に酷く鮮明に刻まれる。

 確かに可愛らしいが甘ったるくてキツイ。

 そして、今。

 暗い部屋の中で月明かりに照らされる彼女は昼間の印象とは打って変わって落ち着いたものだった。

 暗闇で月に照らされ輝くその髪と目には静謐で怜悧な雰囲気を否応なく匂わせる。

 だから、彼女が最後に目を細めて薄く微笑んだ時、カイは不覚にも見惚れてしまったのだ。美しいと感じてしまったのだ。

 たくっ、と頭を掻いて歩く。

 やはりどう考えても。


「アレは、猛毒だな」


 カイは強くそう思う。

 あの魅力的な笑顔にぶるりと背中を震わされた。

 その事実に改めて、背筋に冷たい水を流し込まれたような、そんな感覚を得た。



「あそこにいたら迷惑かけちゃうからね」


 夜、人気のない道でそう独り言つ。

 そして、自分に近づいてくる人達の気配を感じながらマウリナ達からもらった情報と照らし合わせる。


「うん、この人達だね。誘拐の準備はできたよっ!」


 される側の言葉ではない。

 ポイナは背後から袋を被せられて2人の男に抱え込まれながら運ばれていく。


「きゃあぁぁ〜〜!!」

「おい、静かにしろ! でなきゃ、わかってるなぁ?」

「ナニするんですか!? はなしてぇ〜! きゃああ〜〜っ!」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよッ!?」

「いいから黙らせろ!」


 ドスッと鈍い音がすると、ポイナは黙った。

 気を失ったように見せかけて。

 それと誘拐されるのちょっと楽しいかもしれないと少し思ってしまった自分をいけないいけないと戒めていた。

 どれぐらい移動させられたのだろうか。

 などという疑問はポイナにはない。

 移動先の目処はある程度絞ってあったからだ。

 しかし、


(まさか、いきなり屋敷に連れてくるとは……)


 どこかの小屋に一旦、預けられるなりすると思っていただけに少し拍子抜けである。

 思ってたよりも楽に仕事を終わらせられるとポイナはご機嫌になる。

 とはいえ、今はしっかり〝囚われの身〟をしなきゃなのでやれやれと思いながらも荒くれ者の相手をする。

 足音の響き方から察するに恐らくそこは地下なのだろう。

 そして、ポイナは袋から出され、鉄格子の牢に放られる。


「いったーい! なにするんだ! ばーか!」

「お前、自分の立場をわかってないようだな。……まあいい、どうせすぐ思い知るだろうしな」

「な、なぁ。やっぱりなんか余裕そうじゃないか……?」


 若干、怪しみながら2人は直ぐに上へと上った。

 サウスバーグ子爵に報告しに行ったのだろう。


「……もう、行ったかな? そんじゃ、やりますか!」


 そう言って胡座をかく。瞑想をするように目を閉じると大きく息を吸い込み、ゆっくりと口から吐き出す。

 ゆっくりとたっぷりと時間をかけながら吐き出していく。

 それを数回。

 時間にすれば4〜5分程度の事だ。

 終わるとパチリと目を開けた。


「うん、もう良さげかな」


 そこで立ち上がって鉄格子に近づき、そのまま何事もなくすり抜けた。

 仮にもスライムに最も近い種族だ。それは造作もない事だろう。

 そして、しばらく地下牢を歩き回り数人の少女達を発見。

 それに対して特に何も言わず、ただ能面のように表情を変えず、変わらず行動していた。

 中に侵入して、眠っている少女達に自分の指を針のように鋭く伸ばして突き刺して血を吸い出していく。


「複数の薬の過剰摂取による依存、んで……様々な病、性病、ね。打撲も酷いなぁ……」


 うんうんと唸りながらそんな事を言う。

 採血をして出した結論はそれだった。

 想像通りだったといえばその通りだろう。

 裸同然の姿を見れば一目瞭然の事だ。

 少女達全員が全員、同じ症状が出ているわけではない。

 別の薬品に別の病気、進行具合もまた違う。

 ポイナはそんな彼女達に再び近づき先程と同様にチクリ、と指を突き刺し、今度は何かを注入した。


「よし、これで終わりっと!」


 地下での用事を済ませたのかポイナは先程男達が上がっていった階段を進む。

 その足取りは軽やかであり、そこに警戒の様子はない。

 地下を抜け、屋敷を探索していく、というより、サウスバーグ子爵がいる場所を探しているのだろう。

 屋敷は依然静かであり、足音はポイナのものだけが響き渡っている。


「うんうん、みんなグッスリでとても健康的だねっ!」


 部屋に限らず、廊下にまで深い眠りについているもの達が大勢いた。

 それは勿論、偶然などではなく疑いようもなくポイナの仕業である。


「おお、見つけた。ここだね」


 扉を開き、ようやく目的の人物を見つける事に成功する。

 でっぷりと太っているのはわかるが例の如く寝ているので机に突っ伏していて顔は見れない。


「興味はないんだけどね。ほい、ぷすり」


 血を吸い出し調べる。


「……うーん、性病だけかぁ。ま、これをぷすり、とすればいいかな。お仕事終了だね!」


 ぱんぱん、と手をはたき、さてと、とポイナは今しがた自分が入ってきた扉に目を細めて顔を向ける。

 そして、ドドドドッと騒がしい足音を立てながらそ扉は勢いよく開け放たれた。


「はぁ、はぁ、お、前は……何をしている? 何者だ?」


 それはジオゴのものだ。

 監視していた人があっさりと拉致されていくのを見て、そして彼はその後を追っていた。

 囮としては十分であった。後は動かぬ証拠を掴むだけのはずである。少なくともジオゴはそうするつもりだったのだろう。

 しかし、流石に屋敷内に入るのは問題があった為に準備に手間がかかってしまったわけだが、来てみればその必要すらなかった、門番だけでなく、屋敷の誰もが眠っていたのだ。

 方法はわからないが明らかに何者かの手によって眠されていた。

 密かにまさかという予感はあった。

 それに衝き動かされるように屋敷を駆け回り、ようやくたどり着いてみれば書類を物色するポイナと机に突っ伏したサウスバーグ子爵の姿だ。

 警戒と共に身構えるのも当然だろう。

 しかし、ポイナは笑みを深める。


「おや? 私に随分とご執心のストーカーさんだね! 門で一目惚れした?」


 ふざけた態度ではあるがその内容はジオゴの警鐘を鳴らすのに十分なものだった。


「……どこのもんだ」

「いやだなぁ〜。私は仕事熱心なしがないメイドさんだよ?」


 信じられるはずがなかった。

 そこで、ジオゴはサウスバーグ子爵の異変を察した。


「死んでるのか……?」


 ポイナは悲しそうに表情を崩して頷く。


「……どうやら、性病の一種に原因があったみたい。長く放置しちゃったんだろうね……」

「信じられるわけないだろ。俺は地下を覗いてきたんだ。あの少女達は健康体そのものだったじゃないか!」

「まあ、私が治したからね」

「信じられるか」

「疑り深いなぁ〜」


 ジオゴは混乱の只中だった。

 しかし、監視していたという事もあり、安易に悪者ではないと、そう思えた。

 例え、どんなに危険な香りのする怪しさ満点な少女だったとしてもだ。

 だからジオゴは息を整え真剣な表情で、問いかける。


「……敵じゃあ、ないんだよな?」

「敵になる理由はないよ」

「それならいいが……質問、いいか?」

「どうぞ?」

「なぜ殺した? 仮にも貴族だ」


 その質問にポイナは人差し指を口元に当ててうーんと悩む。

 特に時間をかけずに答えた。


「殺してないよ? 病気があったのは本当だしそれがちょっと早まっただけ、それにこの人がいなくても特に困らないよね?」

「……」


 ジオゴは答えない。

 たしかにサウスバーグ子爵ならばいくらでも対処ができるのは事実だ。

 しかし、そうではない。

 あくまでシラを切ろうとしているポイナを放っておくわけにもいかない。

 何もしていない訳がないのだ。

 溜息が溢れた。


「あの人は私が大事にしてる姉の初めてできた友達の仇なの、これでいいかな、おじさん?」

「……毒殺か?」


 ポイナは頭を横に振る。


「毒は得意分野なんだけどね? 違うよ。そんなの誰かに殺されたって言ってるようなものでしょ? ただ本当にあった病気を酷くしただけ」

「それは……」


 凄まじい。

 あっけらかんと話すポイナだが、それは簡単にできる事ではない。

 むしろ、それができる方法が思いつかない。

 いや、一つだけ。


「随分と恵まれた魄技だな」

「えへへ〜、でしょ? あ、そうだ! これとか他にも色々あったけど使えるよね? どぞー!」

「ちょ、おま、やめ」


 ジオゴが次々と手渡されているのは言わば証拠だ。

 今回の事件だけでなく、横領やその他犯罪などの証拠。

 本人が死んだとはいえ使えない事もないだろう。


「お前、どっかの暗殺者か?」

「違うよー、見ての通り私はメイド! ちょっと色々得意なだけだよ! ……疑わしげな目で見つめたって事実は覆りません!」

「わかったよ、ったく……」


 頭をガシガシと掻き、自分の主人に報告する事が増えた事を少し憂鬱に思う。

 主従共々胃の痛みに耐え忍ぶ他なさそうである。


「あっ、そうだ! 私、今絶賛売り出し中のデキル新米メイドなんですよ!」

「……そ、そうだな」

「…………」

「お前……」

「ポイナ・ネルヘンだよ!」

「……ポイナは薬も得意分野か?」

「もちろん!」

「胃薬をたの……速いな……」

「効果も覿面てきめん!」


 フルエ様にも報告しやすいしな。

 本人がいた方が監視もできるし余計な心配もせずに済むだろう。薬を無理矢理飲まされながら、ジオゴはそう思う事にした。警戒を潜り抜けられれば諦めもつくというものだ。

 薬は滅茶苦茶効いた。



 同日、もうじき夜も明けようという頃、2人はフルエ・フェベレルの執務室に来ていた。


「——と、いう訳なんです……」


 事の顛末を報告していた。

 ポイナからもらった資料の情報やサウスバーグの死因が不思議な事にポイナの言う通りな事もあってか、後始末としてはかなり楽に片付く事だろう。

 その点はフルエにも良かったとホッとするものだった。ただそれ以上に、頭を抱える事になるだろう少女が全てを帳消ししている気がしないでもない。

 というか、得体の知れない少女を領主の側に置こうとするな、とジオゴを怒鳴りたい気持ちが沸々と湧き上がるのだが、その少女の有用性もまた不要と捨て切るには余りにも惜しい。

 特にフルエの身分上、毒殺に怯え無くなるのはかなりの事だ。

 本人に狙われたらそれまでだがそれをするメリットは彼女にはない上にデメリットが大きすぎるだろう。

 それにジオゴも側にいる。問題はない。


(そう思いたいな……)


 願望である。

 まだまだ若いのだろうなと我ながら自分の甘さに内心呆れるフルエ。


「お前が締めくくるな、ポイナ……」


 面倒な事は全部ジオゴに任せつつ最後の最後に全てを持っていったポイナにそういう。


「そんな!? ほぼ全部私の手柄なのにっ!!」

「——ッ!?」


 グサッと心を貫通して体がピクリと反応を示したジオゴ。


「それに街に入ってからずっとストーカーされてた私の心労は!?」

「……ゴフッ!」


 これぐらい、いいじゃないですか!?

 そのぐらいでいいんじゃないかな?

 フルエの心の声がポイナの言い分に反応していた。

 そういうポイナの傍らで心に深刻なダメージが入り始める者にポイナは気付かないフリをする。

 間違ってないのがまたタチが悪い。

 やりにくいと思うばかりだ。


「わかったよ……。とりあえず今日はもう休んでこい。明日は他のメイドとかとも顔合わせなども済ませるとしよう」

「うんうん、わかればいいです!」


 そうして退出するポイナ。

 部屋に2人は残り、他にも色々と話し合う事があるのだ。

 そして、その最たるものが。


「ポイナ・ネルヘン、か。聞いたことがないな」

「はい、俺も聞き覚えがありません。それと安心してください。暗部に彼女の監視を頼んでおきますので」

「当然だ。まあ、私も甘いのだろうな」

「いえ、彼女はそれ程の人材かと」

「……かもな」


 余りにも有益な謎の人材、ポイナ。

 街に野放しにするには、勿体無く、そして危なっかしい。

 側に置くのが1番いいだろう。

 それにあの見た目である。外聞的にも見栄と言う意味では貴族らしいだろう。


「しかし、その監視もバレているんじゃないか? お前も気づかれたのだろう?」


 ジオゴは気まずそうに目を逸らした……。


「……念の為です。それにどうせ護衛兼側仕えなので一緒にいる機会は多いので」

「ははは、悔しそうだな。ちょうどメイド服を着ていた訳だが以前は誰かに仕えていたと思うか?」

「どうでしょうね……。まあ、そうだとしたらその主人は」


 ジオゴがそう言うとフルエもうむといっしょに頷く。


「ああ、きっと……」


 2人はこの先に想いを馳せた。


「「相当な苦労人だったに違いない」」


 2人が見事に共鳴した瞬間だった。

 フルエは頭を抱えて溜息を吐いた。


「はあ、先が思いやられるな。それに胃も痛くなってきた」

「…………胃薬、要りますか?」

「…………例の、ポイナ、のか?」

「はい、効き目はバッチリ」

「……頼もうか」


 それは一種の好奇心だ。

 怖いもの見たさにその薬にフルエは手を出した。


「……めっちゃ効く……」


 静かに呟かれた一言にジオゴは目を閉じでしんみりと頷くのだった。

 こうしてポイナ・ネルヘンはしばらくフェベレル辺境伯家で迷惑をかけながらも仕える事となった。


「この完璧な仕事ぶり……。息抜き口実サボり技術を組み合わせた結果ロウナ姉にも心配された……。やっぱり天ッ才!」


 彼女はいつだって気楽なものである。

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