閑話 ポイナ・ネルヘンの職探し

 ポイナ・ネルヘンという少女は一紀が知るところ最も毒々しい存在の1人だ。

 そういう存在を描いたのだ。

 もちろん、一紀がりを掛けて描いたキャラではあるので、その可愛さに疑いの余地はないだろう。

 毒々しいという表現は決して悪い意味で用いているわけではない。

 それは単なる事実である。

 ……といってもやはり悪い意味に聞こえてしまうのは仕方のない事だ。

 しかし、彼女を一言で表すなら毒々しい以上にピッタリな言葉もそうそうないだろう。

 彼女はネルヘン三姉妹、三つ子の末っ子だ。

 長女のハイナ、次女のロウナ、三女のポイナだ。

 これは彼女を知る事の出来る、またとない良い機会だろう。

 時は一紀が目を覚ましたその日から始まる。



 嗚呼、またか。

 男はそう思わずにはいられない。

 いい加減不自然だ、と。

 彼の雇い主……いや、今や上司であるが、ともかくその上司は彼の目の前で資料を広げて頭を抱えていた。

 執務室には彼とその上司である貴族のみだ。

 貴族は男に視線を向ける。


「どう思う?」


 彼はこの街、フェベレルの領主だ。

 辺境という事もあり、それなりに栄えた都市といってもいい場所だ。

 ぐるりと囲われた外壁は魔物を寄せ付けず鉄壁を誇る。彼の自慢だ。

 信頼できる部下を待ち、部下からも慕われた良き領主。

 そんな彼は30代前半という若さだ。

 未だ経験不足は多少あれどフェベレルを運営してきた確かな自信と自負がある。

 そんな彼、フルエ・フェベレル辺境伯が困った表情で信頼できる1人の部下にどう思う、と問いかけたのだ。


「……明らかに明確な狙いがあるように、自分には思えますが……」

「数は多くない、が無視していいわけではない。いや、すまない。原因はわかっているんだ。被害者の大半が女性の時点で明白だ。何より狙われた彼女らはどれも例の落雷の被害者だろう。この短絡さは奴しかいない」


 行方不明など珍しくはない。だが、定期的に女性がいなくなっている。不自然でない程度の数というのがタチの悪い所だ。

 しかし、随分と長い間やっているようなので被害者の数は相当な数がいるのは悲しい事実だ。

 今の門番長を務める彼が居なければこの事実には気が付けなかっただろう。

 そういうフルエにジオゴ・ゼルファスは頷き同意する。


「サウスバーグ子爵、ですか……」

「ああ、あの腐れ貴族だ。いつまでも盛った豚が珍しく頭を使い始めたらしいな」

「それは……ないかと」

「わかっているっ!! 皮肉だ皮肉!」


 怒りを抑えながらの発言。

 ジオゴは確かにと納得していた。

 サウスバーグ子爵は決して頭のキレるような人物ではない。

 証拠さえ見つかれば直ぐに取り締まれるのだがそれすらも見つからない。

 明らかに裏に誰かがいるのは確実だろう。

 余計な入れ知恵をした者が。


「無所属なのが幸い、ですかね?」

「いや、違う。必然だ。そんな頭の足りない奴はそもそも他の派閥が不要と断じる」


 派閥に属していないサウスバーグ子爵は自由ではあるが、後ろ盾が無い。その分処理しやすいが仮にも貴族。

 証拠不十分では逃げられる。

 問題は誰が入れ知恵をしたか、だが。


「他の派閥の者でしょうか?」

「なくは無いがお粗末だな。いや、豚の暴走も視野に入れないと、か。ならば陽動になるが……他になにか問題はあったか?」

「貴族間の小競り合いはあれど特に問題はないかと」

「ならば、商会か、盗賊の類の可能性が高いな。いずれにしろヤツは利用される側だろうが、な」


 裏を炙り出したいところではある。

 しかし、だ。


「放っておくわけにもいかないかと」

「ああ、だからジオゴ、頼む」

「承りました」


 ジオゴは一礼をし退室する。

 その際に一言。


「それとフルエ様。メイド達が怯えてましたよ。それでは、失礼します」


 バタン、とドアが閉まる音が響く。


「わかっている。はあ……胃が痛い」



 世の中は立ち回り方次第で如何様にもなる。

 仕事への取り組み方も心持ち次第だ。

 何事もちょうど良い具合というものがある。

 どんなに好きな仕事でも、やはり四六時中そればかりというのはいただけない。

 息抜きが必要であるし、時にはサボらなければならない。

 ここで注意しなければならないのはどちらも一緒に捉えがちだ、という事だ。

 違う。全然違う。

 否も否だ。

 息抜きには口実が必要だ。

 それならば仕方がないと皆を納得させねばならない。

 サボりには技術が必要だ。

 少し休んだら? と思われるぐらい、誰にもバレない上手いサボり方をしなければならない。

 もちろん、理想だ。それはまさしく理想の形で手に入れられる至高の時間と言えよう。

 故に、と。


「両方を同時に手に入れた私は最強に天っ才……っ!!」


 そう豪語する少女が一人。

 仕事をほっぽり出した?

 いやいや、そんな訳がない。

 気を利かせて自ら仕事をしたのだ。志願したのだ。この満ち満ちたやる気を、この溢れんばかりの意欲を、そして迸る積極性は加点に他ならない。

 評価はうなぎのぼりもいいところ。


「でも、仕事は仕事! まずは街に潜入だねっ!」


 とはいえ、大前提として仕事はこなさなければならない。

 メイド服を着たハーフツインの少女、ポイナは愉快そうに歩き出す。



 仕事を任されたジオゴが早速向かった場所はフェベレルの出入り口である門だ。

 ジオゴは南にあるその門へと向かった。

 そして、しばらくはそこで張り込みをすることになるだろう。


「情けないが誰かを囮にするぐらいしか、現状できないからな」


 誰が狙われるかはわからない以上、ここで1人の女性を選ばなければならない。

 そして、選ぶ際その判断基準に丁度いい男というのがここで門番長を務める男だ。

 彼のお陰で事件が露呈したのだからそれも当然ではあるのだが。


「頼んだぞ」


 ジオゴは陰に隠れて門の様子を眺めていた。

 いつもと変わらない普段通りの様子であった。

 朝早くから見張り、冒険者や商人、貴族が出入りを繰り返しているのを眺めていた。

 そろそろ昼食にしようかという頃。


「ん? あれは……随分と派手だな。だが、決まりか?」


 彼が見つめる先には一際注目を集める少女がいた。

 遠巻きに彼女を見守る……いや、見惚れる、といってもいいだろう。男女問わず彼女を見つめていた。

 順番を待っているのか列に並んでいる。

 彼女の前後の冒険者が少しソワソワしていたのは見ていて面白い。

 しかし、門の方へと視線を向ければ門番を務めている衛兵達が強張った表情で彼女を見ていた。例外なく皆が緊張している様子であった。

 そして、彼女の番がやってきて部屋に通される。


「見ない顔だな。この街は初めてか?」

「はいっ!」

「……そうか。この街へは何をしに?」

「働きに来ました!」


 元気に受け答えをする可憐な少女。

 見ていて和む光景である。

 衛兵と少女の身長差の関係で衛兵は働きに来たと言う彼女を見下ろして観察する。

 髪型は少し大人可愛くハーフツインテールだ。ふわりとしていて、しかしどこか煽情的な印象をこちらに与え、どことなくあざとい、透明感のあるそれはやはり小悪魔という言葉がなによりも似合う。

 左右で紅紫マゼンタ青紫バイオレットと髪の色が違うのも印象的だろう。

 目を細めた悪戯っぽい笑顔にはこちらをぞくりとさせるような魅力を放っており、思わず身構えてしまう。

 力のある瞳もまた髪と同様に2色だが黄緑ライムグリーン青緑シアンとこちらは別の色になっている。

 給仕服はやたらと質の良い生地が使われている事がわかる。

 デザインもまた奇抜だ。

 活発そうな彼女に合わせたかのようなメイド服。立っているだけでまさに絵になるという表現が相応しいだろう。

 門番の衛兵は派手だと思った。

 格好が、ではなく見た目がである。

 毒々しいにも程があった。

 しかし、誰をも魅了できる程の魅力がそこにはあった。

 街に来る人としては怪しい。それもかなり。

 しかし、冒険者を受け入れている時点で許容範囲ではある。

 だが……。


「身分証はあるか?」

「ありません!」

「無くしたのか?」

「私がいた村では与えられてないんです」

「な、なるほど」


(こんな給仕服を持っている時点でそれはないだろう! それに若い。どこかの貴族様の道楽か? いや、この派手な娘ならばかなり噂になっているはずだ。違う……)


 とまぁ、どうにも訳ありのご様子だ。

 しかし、そういう問題ではない。

 衛兵が困った様子で相手をしていると部屋に1人の若い男が入室した。


「呼ばれたんだけど。君、どうかしたかい?」

「ふ、副隊長! それが……」


 衛兵は今までのやりとりなどの事情を話す。

 副隊長と呼ばれた男がチラリと少女を見ると顔を顰めた。マジかよ、と。


(うーん? 私の知らない何かがあるっぽい?)


 どうにも話が進まないと少女は首を傾げる。

 そんな彼女に副隊長が相対する。


「やあ、お嬢さん。とりあえず名前を教えてくれるかな? 私はミラルだ。よろしくね」

「あ、ポイナですっ! よろしく!」


 爽やかなイケメンだなぁ、とポイナが考えていると、ミラルは声を潜ませて話し始めた。


「うん、よろしくね。それでなんだけど身分証がないと通行料と仮の身分証を発行するために銀貨1枚が必要なんだけど大丈夫かい?」


 なるほどと思ったポイナはどこからともなく出した袋を開けてポンと銀貨を手渡す。

 受け取ろうとして一瞬手が止まる。


(き、金貨? 本物か? いや、貨幣はどこも統一されているし偽装も不可能だ。まさか本当に貴族なのか? ……いや、そんなことよりも早くしないと)


 それをありがとうと受け取ったミラルは袋の中からキラリと輝く金の輝きに内心驚くがそれをどうにか表には出さずいそいそとポイナを通す手続きをしていた。

 それを眺めていたポイナはやはり不思議そうにしていた。


(怪しく思っても特になし。それよりも何か切羽詰まってる感じはなんだろ? それに小さな声で喋る必要あったのかな?)


 どうにもわからない。

 怪しくて街に入れさせないならそれで良いのだ。しかし、冒険者などがいるような世界でそれを言ったところで仕方がないだろう。

 犯罪者なら人相書きなどがあったりするのでそれもまた疑われていないだろう。


「……まいっか」


 考えてもわからずそう小さく呟いた。

 そして、手続きを終わらせたミラルの案内で外に出る。

 すると。


「しまっ!」

「ゎっ!」


 瞬間、ポイナはミラルによって彼の背後に庇われる。

 何故と疑問が湧くが状況は待ってはくれない。


「ミラル、探したぞ!」

「た、隊長!」


 どうやら隊長らしい。

 年は20代半ばだろうか。非常に若い。


「なんでも怪しい娘がいるらしいな。俺にも見せろ! 俺が判断してやる」

「エルク隊長、落ち着いてください。私が手続きを済ませたので大丈夫です!」

「何を言う! 俺はこの街の番人だ。怪しい奴は顔と名前だけでも覚えておかなければならんだろう!」

「で、ですが!」


 余程優秀なのか信頼されているのか、その年で隊長を任されているのはそれだけの事をしてきたということのはずだ。

 僅かに緊張するポイナ。

 しかし、ふと思う。

 この副隊長さんは一体私を何から庇っているのだろう、と。

 貴方はあっち側なのでは、と。

 2人のやりとりを眺めていると背後から数人の衛兵が隊長を必死な様子で追いかけてきた。


「た、隊長待ってください!」

「少しは信用してください!」

「エルク隊長! 私共は、あなたを尊敬しています。憧れているんです! 追いつきたくて必死なのです。なのでここはどうか任せてもらえないでしょうか!!」


 疑問符が頭を埋め尽くす勢いのポイナではあったがなんだか面白いな、と事の成り行きを見守る事にした。

 なんだか楽しめそうな予感がすると少しワクワク気味だ。

 エルクは困った表情をする。

 当たり前だ。

 彼としては当然の事をしようとしているだけなのだ。それがこの騒ぎ。ほとほと困ったものだ。


「だから任せているだろう! 俺は間違った事を言っているか?」

「し、しかし!」

「くどいぞ!」

「うっ」


 エルクと隊員達のやりとりがそろそろ終わりそうであった。

 こちらへと隊長は振り返ろうとすれば彼らは必死に止める。

 ポイナはミラル副隊長に庇われた状態で尋ねてみる。


「あの隊長さんは嫌われてるの?」

「……いや、そんな事はないさ。実力はもちろん人望も篤い人だよ。私もまた慕っているよ」

「じゃあ、なんで?」

「あの人にも欠点はあるって事だよ。少々困った魄技と性質を持ってしまった人なんだ」

「おお、魄技!」

「エルク隊長にもいい加減自身をわかってもらいたいんだけどね」

「なんかわかんないけど頑張ってください! 来ますよ!」


 ミラルは乾いた笑い声をこぼした。


「いい加減にしてくれ、ミラル!」

「……隊長はバカです。大馬鹿者です」

「ははは、なんだ観念したのか」


 エルクの背後を覗けばまさに死屍累々の惨状。

 ボロボロの隊員達がいた。

 隊員達はミラルに声援を送る。


「み、ミラル副隊長! 諦めないでください!!」

「そうです! まだ希望があります!」

「力及ばずすみません!! 頑張ってくださいッ!」


 しかし、届かなかった。


「すみません。手遅れのようです……」

『そ、そんな……』


 ミラルは膝をつき、倒れる。


「全く手間のかかる部下だ」


 そして、ようやくエルクはポイナの事を見る事が出来た。出来てしまった。


「え、えと……。怪しい人じゃない、よ?」


 今までの態度とはいくらか違うポイナの様子。上目遣いで庇護欲をそそらせ、可愛さも演出するあざとさだ。

 彼女は今までの出来事を振り返り、どうやら自分になんらかの原因があるらしいとわかった。

 ならば何か?

 女性だからか?

 否。

 怪しいからか?

 否定できないが皆が隊長を止める理由ではない。否だ。

 これは隊長の魄技の問題であり、彼の性質の問題だ。

 故に今後に支障はないと思われる。

 ならば自由に行動していいだろう。

 自分が出てこれば何故こうなったのかもわかるはずだ。


(私の勘が言ってる! 絶対おもしろい!)


 それはポイナがこの世界で一番のおもちゃを見つけた瞬間であると後の衛兵は語ったという。


「な、んと……」


 エルクはポイナを見て固まった。



 さて、ここでフェベレルの門番長、エルク・ドロットという男について少し、語らせてもらおう。

 彼は真面目な男だ。

 ガッチリとしたガタイに整った野性味溢れる顔立ち。

 門番としても街の住民に親しまれている。

 気さくであり、その部下達からも尊敬を集めている人物だ。

 実力も門番長ということ、その街の番人と自負している事から決して弱いわけではない。

 信頼の置けるいい奴だ。

 しかし、これには一つ悩みがある。

 モテないのだ。

 その原因は一目瞭然ではあるがそれは彼にもどうしようもできない衝動であった。

 志は高く生真面目な性格。

 そんな男が確たる理想を求めて門番をやっている。

 それを駄目にするほどの欠点だ。

 部下達にも恐れられる程の欠点。

 彼は、凄まじく惚れっぽいのだ。

 それだけならまだ良かったのかもしれない。

 しかし、奇跡的に彼の魄技がそれを助長させてしまう。

 更に良くなかったのが彼の惚れる原因である。

 彼は——



 目を大きく見開きポイナを見つめるエルク。


「か、可愛い……」


 その口から発せられた単語を耳にし、耳を疑ったポイナ。


「……え? そ、そんな……」


 両手を頬に当て赤く染めた事実を隠そうとしてテレテレと上目遣いでエルクを見つめた。

 副隊長ミラル他隊員達は思った。わざとらしすぎる、と。しかし手遅れだとその顔が物語っていた。

 そう、エルクは……彼は。


 ——面食いだったのである。


 そして、それだけでは収まらないのが彼だ。

 晴れ渡っていた空に突如として曇天が立ち込めた。

 稲光を煌めかせ今にも落雷が落ちそう。

 ポイナは目をキラキラさせて上を見ていたついでに嫌な予感もしてエルクから離れた。

 あと、稲光が桃色なのがポイナ的になんとなくオチを察した瞬間でもあった。

 隊員達は顔を青く染めて、立ち上がり慌てていた。


「は、離れろーーーーッ!!!!」

「こ、これは今までの最大級の奴なんじゃ……」

「だ、だから俺は止めろって言ったんだ!!」

「俺があの時、睡眠薬を盛っていれば……ッ!!」

「言ってる場合かッ! 行くぞ!」


 彼らに残るのは後悔の念だけだった。ある程度離れることができた時ふと背後を振り向いた瞬間それは起こった。


「かんわいすぎるだろぉぉーーーーッッ!!!!」


 その叫びと共に雷鳴の凄まじい轟音を伴った桃色の雷がエルクに落ちた。

 真っ黒焦げになり、プスプスと音を鳴らしながらも満足げな表情で彼は後ろにバタリと倒れこんだ。

 一瞬の静寂。

 次ぐ轟音。


『隊長ーーーーーーーッッ!!!!!!』


 隊員達は直ぐ様に彼に駆け寄った。


「しっかりしてください隊長!」

「クソッ! なんて満足げな表情なんだ!」

「これでは貴方の身が持ちません!」

「運べ運べ! 医療班はまだかッ!?」


 その魄技の名を『堕恋だれん霹靂へきれき』と言った。

 彼が惚れた瞬間、桃色の雷が落ちてくる自動発動の呪いである。

 担架で運ばれていくエルクを眺めながらポイナはすごいものを見たといった雰囲気だ。


「えっとポイナさん」

「ミラル副隊長さん! 私、多分この街の事すごい好きになったかもしれない!」

「早く入ってください!」


 急かされるようにポイナは街の中へと入れられた。

 さて、そんな光景を一部始終眺めていたジオゴだが、彼はある意味安心し、戦慄していた。


「この規模の雷鳴なら間違いなく囮にはもってこいだ。だが……クセが強過ぎないか!?」


 とりあえずクセの強過ぎる毒々しい謎の少女を見張るのは不安を抱えながらも決定事項にはなったらしい。

 なにやら職を探しに来たというポイナの尾行は意外な程すんなりとこなせていた。

 しかし、どうもポイナの様子を見る限り、今日は職探しというよりも……。


「観光……だな。こりゃ」


 あっちこっちへと自由気儘に渡り歩いている。

 彼女が最も重視しているのはどうも食のようで、いろいろな屋台を渡り歩いている。


「おぉっ!? これはオーク肉の串焼き! おっちゃん、塩とタレ一本ずつ!」

「あいよ、嬢ちゃん! どうだ、うちの串焼きは?」

「ありがとう! えへへ〜……んぅ〜っ! こ・れ・は!? 37点っ!!」

「可愛い顔してなかなか言うな、嬢ちゃん……」

「えへへ〜……美味しかった!」


 串焼きを手にその屋台を離れてまた別の屋台に顔を出してとなかなかに忙しなく移動を繰り返していた。


「ふぅむ〜、『豚肉より弾力があるし美味しいけど素材の味では負けているように思える。あくまで食感を楽しむ為の名脇役に徹すべし!』っと。あ、『(ポイナの好み)』……追記っと。次はどこ行こうかなぁ〜?」


 食べた後にメモを取ってはまた、別の屋台や店に行くのを繰り返している。

 一瞬、聞こえた彼女の感想はジオゴを微妙な表情にする程、真面目風であったのがなかなかシュールだった。

 後、なかなか辛口だったりするので彼が好きだった店の感想を聞いた時は反論をしそうになったりと尾行が少し大変になったりもした。


「たく、なにが特殊な舌の持ち主しか好まないと思われる、だ! たしかに人は少ないが隠れた名店だろうに……」


 ブツブツと文句を言いながら尾行を続けるジオゴだが次の店はどうだろうか、とポイナが次に向かった店を見た。

 それはここ最近、人気急上昇中のパン屋である。

『パン・ド・カフレ』という看板が掲げられている。

 バリエーション豊かなパンが売りの店だ。

 今まで硬い黒パンがほとんどだったこの街に新たな風を吹き込んでくれた素晴らしい店である。

 サンドイッチなどの主食を張れるパンも人気だが、なによりも人気が出たのが菓子パンと呼ばれる甘いお菓子のパンである。

 ジオゴもまた良く買いに来ていた。

 ここなら文句は出ないだろうと緊張した面持ちでジオゴはポイナを眺めていた。

 お上りさんの如くキョロキョロと店内を見回していくポイナ。

 パン屋というよりはカフェに近いような店ではあるが、パンが主軸にコーヒーなども提供しているようだ。

 昼を少し過ぎたぐらいの時間だが、それなりに混んでいた。

 彼女を見守る視線もどこか暖かい。

 そして一つのパンを見つけて目を見開く。


「おお!! こ、これは…………メロン、パン……っ!?」


 それは、ポイナの好物である。

 彼女は急いで店主を呼び、注文する。

 若い夫婦で共に営んでいる店だ。

 恰幅の良い男の店主、カイ・カフレに美人で少し気の強そうな奥さん、ソーナ。


「これ! これちょうだい! メロンパン!!」


 そんなポイナの様子が微笑ましかったのだろう。

 カイは上機嫌にポイナに話しかけた。


「ちょい待ちな! 嬢ちゃんここら辺は初めてかい?」

「はい、今日着いたばかり!」

「そうか。旅の最中だってことか」

「いえいえ。実は仕事を探しにきたんですよ〜」

「ほう、初日は観光って事か。頑張れよ! それと嬢ちゃん可愛いからそこら辺の男に気をつけろよ」

「えへへ〜、ありがとう」


 愛らしい笑顔と共にメロンパンの入った袋を受け取り、空いている席に着いた。

 流石の可愛らしさというべきか、注目の的である。

 彼女がそのパンにどんな反応を示してくれるのか……。ゴクリと幾人かが唾を飲み込む。

 そして、ゆっくりと小さな口にパンが持っていかれる。

 咀嚼。

 パンを置きテーブルに両手を置き、立ち上がると店主の元へと歩み寄る。


「お、おうなんだ、嬢ちゃん。そんな良い笑顔で……」

「厨房、借りて良いですか?」

「え、いや」

「厨房、借りて良いですか?」

「その……」

「あんた、貸してやんなさい」

「そ、ソーナ……」


 戸惑いを見せるカイにソーナがビシッと指示を出すとポイナはとびっきりの笑顔をカイに見せた。


「ありがとー」


 ポイナが中に入り、しばらく店内はしばし静寂が満ちていた。

 なにがあったのか。誰にもわからなかった。

 ただ、カイにはポイナのあの笑顔に薄ら寒いものを感じていた。

 時間が経ち、新しい客が来るごとに元の喧騒を取り戻し始めていた。

 1時間が経ち、ようやくポイナが出てきた。

 大量のメロンパンと共に。

 カイもソーナは厨房には入っていたのでなにを作っていたかはわかっていたがその出来栄えに驚きを表していた。

 カイはプライドのせいか少し不機嫌そうにしていた。

 ポイナは1つをカイに差し出す。


「食べて……」

「は? いや……」


 なにかを言おうとしたがニコリと有無を言わせない笑顔を向けられるとなにも言えずいう事を聞く。

 ソーナはカイが戸惑っている間に口に運んでいたのか目を見開いていた。


「す、すごい。美味しい……」


 他の客にもメラニーはメロンパン手渡していき、ソーナに賛同する声が続出する。

 いよいよカイも食べなくてはいけなくなり、サクッという食感と共にパンを口内へと送り込んだ。


「どうだった? 私のメロンパン」

「……外はサクッと中はふんわり。魅惑の食感が口を楽しませてくれる。それだけじゃない、メロンの優しい風味や甘さがなんとも素晴らしくて……ハッ!?」

「ふふん〜♪」


 カイの様子にポイナは誇らしげに胸を張り、残酷な採点を彼に要求した。


「このパンを食べた上で貴方のメロンパンは何点ですか?」

「グッ……よんじゅ——」

「私の好み的に25だねっ!」


 個人差は仕方がないよね、と笑顔を見せる。

 カイは怒りたくても怒れずにいる。自分のパンが劣っている事は認めているのだ。

 そして、この少女は何故ここまでしたのかが気になり始める。


「なにが、望みだ」


 そこでポイナはハッとするとばつの悪そうな顔をした。

 テレテレモジモジえへへ、としていると不覚にも可愛いなと思ってしまった自分にイラッとしたカイ。

 そして、ポイナは頭を下げた。


「私をここで働かせてください!」

「なっ!? そんなもの認め——」

「あなた」

「……ソーナ」


 ニコリと笑顔を浮かべ。


「プライドは捨てなさい」

「あ、うん……」


 ポイナも彼女に倣った。


「捨てよ♪」

「おまえ……ッ!」


 その笑顔が可愛かったのは確か(怒)

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