丸められた紙の中のお話

 それは6年前の出来事。

 当時8歳だった彼女にとって小さな村での暮らしは幸せに満ち足りたものだったと言えるだろう。

 小さな村故に同年代の友達は少なかったがそれでも楽しかった。

 両親も愛情たっぷりに育ててくれていたのも小さいながらも彼女、マリー・カイラは良く覚えている。

 力持ちで優しくいつも味方でいてくれた父に厳しくも心地良いぐらいに暖かく抱き締めてくれた母。

 家族揃って食べる食事も共に寝起きした寝室も幸せな家族そのもの。

 嫌な事も当然あって、喧嘩をする事もしばしば。

 しかし、それでも家族なのだ。

 村人もみんな顔見知りで活気のある村だった。

 しかし、ずっと続くと思っていた幸せな日々は唐突に終わりを迎えた。

 それはマリーと母親が共に夕食の準備をしている時だった。

 なんだか外が騒がしいと思い始めた時、突如として勢い良く開かれた扉。


「あなた、どうしたの?」

「母さん、マリー隠れろ! 今すぐッ!」


 顔を真っ赤に染めて叫ぶ必死な形相の父に落ち着かせようとする母。

 マリーは不安そうに両親の会話を黙って聞くほかなかった。

 父は焦っているようで説明をする時間がないとマリーと母の手を乱暴に掴み隠れさせようとした。

 事情もわからず、寝室まで移動し窓の近くにあった物入れに身体の小さいマリーが父に押し込められた時、彼女は両親の向こう側、寝室の扉が開かれるのを見た。

 母はまだ隠れておらず、父に手を握られたまま2人は扉の方へと顔を向けるとそこには1人の男が立っていた。

 腰には刀を差しており、身軽な格好の男。


「おやおやぁ? 窓からお出掛けかい? 珍しい風習だねぇ」


 彼は口をニヤリと軽薄そうに笑いながら一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。


「窓だ! 速く!」

「あなたっ!」

「速くッ!!」


 窓から母を逃がそうとする父。

 その様子を見ながらその男、グラット・セントは嗤う。


そそるねぇ〜」


 そう言った瞬間、彼の姿が消えた。

 そう思う程の速度だった。

 グラットがどこに向かったのか、それは悲痛な声と共に明らかになった。


「イヤァァァァっ!!!!」

「——ッ!!」


 肩から血が飛び散り壁に付着する。

 グラットは意外そうに眉を上げるとすぐさま愉快そうに笑みを浮かべた。


「男だねぇ〜。こっからどうしようか……」


 男は悲鳴も上げずグッと堪えた父を転がし片足で押さえてなにやら悩みだした。

 そんな男の背後から声がかけられる。


「おい、グラット。速くしろ!」


 そこには眼鏡を掛けた1人の男がいた。


「おお、エイテム。今回はここで楽しませてもらうわ」


 グラットがそう返すと視線を母へと視線を向ける。

 今にも倒れそうなぐらいに顔を青くして震えている。

 エイテムがその様子を見ると仕方がなさそうに息を吐き出すとそれだけだぞ、と付け足してその場を去った。

 グラットはそのまま刀を父の脚に突き刺し、弄くり回す。


「ぐ、ぅぅぅゔぅぁっ!!!」

「イヤ! やめて! 私達がなにをしたのよ!」


 グラットは笑みを浮かべて、あっけらかんと答える。


「いんや、とくになにも。これは俺の趣味だ。んで、ここの村に来たのは大将、あ、さっきの奴な? の実験って所かねぇ」

「た、ただでは済まないわよ!」


 グラットはそりゃそうだわなと可笑しそうにすると。


「ただまぁ、貴族様ってのはいろいろいるもんだよなぁ?」

「…………ぇ」


 暗になにを示しているのかを理解する。


「手回しはしてあるってこった」


 絶望に染まる母にそんな事よりと彼は嗜虐的な笑みを刻む。


「コイツが死んでもいいのか?」

「や、やめて!」

「だよなぁ〜。ならわかるだろ。こっち来いよ」


 なにを仄めかしているのかわかり、母はフラフラと歩みを進める。

 それを見た父は叫ぶ。野太い声で、今までにないくらいに。少なくともマリーはそんな父の姿は見たことが無かった。


「ヤメロッ!! 手を出すんじゃねぇッ!! オイ! オイッ!! 聞けよ! 聞けよォッ!!!!」

「おーおー、元気になったなぁ」


 ズブリと刀を再び差し込み、グラットは父を黙らせる。

 両足には酷い傷ができており父はもう立てそうになかった。

 グラットはそのまま母をベッドに組み伏せて無理矢理服を剥ぎ取ると母の身体を乱暴に蹂躙する。

 それはどれくらい続いたのだろうか。

 体感ではとても短いなどとは思えないだろう。母の悲鳴は枯れ果てており、その悲痛さは増すばかりである。

 そして父は叫び続けた。しかし、そう長くは持たなかった。

 最後の力を振り絞るように右手を伸ばす。


「……や、め……ろ……」


 彼の限界だった。

 血はずっと流れていたのだ。肩に両足。その目にはもう光はなかった。


「おや、くたばっちまったかぁ」

「い、いや、いやあああああぁぁァァッ!!!!」


 母の叫びにグラットは顔を顰める。


「もう用済みかなぁ。結構楽しめたぜ?」


 スパッと実にあっさりと胴体から首が離れた。

 グラットは特にそれに目を向けず窓を見ると悩ましげに、けれども口元にはうっすらと笑みを浮かべる。


「エイテムに怒られるかもなぁ……。1人逃しちゃったし。他の野郎どもは気付いてないよなぁ」


 ん〜と体を捻りながら考え込んでいたが彼はすぐに思考を放棄した。


「うん。でもやっぱ、楽しみだなぁ。復讐するかなぁ? 唆るねぇ」


 楽しそうにそして当然のように己の享楽に耽る事にしたグラットだった。



 マリーは窓から外に逃げていた。

 隠れた場所が偶然、窓の近くだったのが不幸中の幸いだ。

 必死に走る。無我夢中で駆ける。彼女の知っている村はもうそこには既にない。

 目端に映る惨劇を彼女は見て見ぬ振りしかできない。

 その時、背後から母親の悲鳴が聞こえた。


「——……ッ」


 唇を強く噛みしめ、血が流れる。

 悲鳴の不自然な途切れ方に想像できる結末も数えられる程、僅かだ。

 だが、決して振り返らない。振り返ってはならない。

 彼女にはただ走る事しか出来ないのだ。

 父親があんな目にあって、母親があんな目にあって。たかが8歳の少女が声に出さずにいられる訳がない。

 涙で視界はボヤけるがそれを気にせずひたすらに足を動かした。

 不幸中の幸いと言えば誰の目にも留まらず、村から逃げ切れた事だろうか。

 そんな彼女の足を止めたのは枝につっかえて転んだ拍子だった。

 息も絶え絶えで今や指先一つ動かすのでさえ億劫。

 動きを止めた事でようやく周りを見る事が出来た。森の中だ。

 どの森かはわかったがどこまで入り込んだかはマリーにはわからなかった。

 涙は未だに止まらず溢れていた。


 ——助けられた。


 両親は自分の悲鳴を声を己の声で掻き消してくれた。己の怒号で自分の声を抑制してくれた。

 それを理解すると。

 どうしようもなく、情けなくて声を上げて泣き腫らした。

 泣き疲れて、ようやく冷静になると今度は途方に暮れる。

 五里霧中に放り込まれてしまった。

 動けるようになった体を起こせばまだ倦怠感が残るが幸いな事に痛みはない。

 これからどうせればいいのか、なにをすればいいのか。マリーにはわからない。

 村にいたならばやりたい事が多過ぎて困っていたぐらいだったのに。幸せだったのに……。

 どうしてこうなったのだろう。堂々巡りの思考は意味を何一つ見出さず、時間が無駄に消費されるだけ。

 そして無意味な思考を劇物のように乱す、感情が注がれた。


 ——許さない!


 それは怒り。

 しかし、怒りを発露させる場所がない。方法がない。

 真っ赤に染まった怒りは熟成されていくように黒く濁る。


 ——パキッ


 乾いた音。

 マリーは泣き腫らした顔をハッとさせる。

 彼女は森の中へと逃げ込んだのだ。動物や魔物がいてもおかしくはない。

 顔に緊張が走る。

 目の前に現れたのは1匹の狼。マリーの身長ほどある黒い狼だ。

 ジッとマリーを見つめている。

 そこでふとマリーは気付いた。


「けが、してるの……?」


 よく見れば右前脚と右後脚が血で汚れていた。

 その狼は影狼シャドウウルフと呼ばれていて、普段は群れて行動する。

 おそらく怪我で群れからはぐれたのだろう。

 近づこうとしたら低く唸るがマリーが警戒されないようにゆっくりと近づき、自分の服の布を引き裂いて怪我を軽く手当てした。


「あなたもひとりなの?」


 手当てが終わり、膝を抱えて座るマリーに感謝をするように頭を寄せる。

 マリーはくすぐったそうにしながらそう問いかける。返事を期待してのものではないが狼は側で横たわってくれる。

 少し寂しさが薄れた気がする。


「私も、ひとりなんだ」


 泣きそうになるのを堪える。

 あったばかりの不幸が脳裏に焼き付いて離れない。

 膝に顔を埋める。


「ぜん、ぶ……うば、われ……ちゃったなぁ……っ」


 悔しさが顔に滲み出る。

 虚しさが心を飢えさせる。

 全てを失ってドン底まで辿り着いたマリーが最後に手に入れた唯一の救いは影狼シャドウウルフが側にいた事だろう。

 それだけで彼女には強くなる切っ掛けができたのだから。

 それからマリーは身を削るように復讐に取り憑かれ、時は過ぎていった。



 ——……無茶だろ。


 サイトル村のいてはマリーの事情を聞いた一紀はまず最初にそう思った。

 僅か8歳でそんな目標ができてしまった事も、一紀達が倒したあのゴブリン達でエイテム等に打って出ようとした事も、余りにも無茶だったのだ。

 目を見開き驚くも、一紀はそれを口にはできなかった。

 マリーの側には現在、ロウナが彼女の背中をさすり、レイヴがマリーの膝に顔を擦り付けながら控えていた。

 嗚咽を漏らしながらも語ってくれた彼女にそんな事を言うのは失礼だろう。

 あの時、ロウナに任せたのは正解だったのだろう。でなければ今頃一紀はこの話を聞くことはできなかった。

 一紀がマリーの元に現れた時、彼女は怯えて震えていた。警戒されたのだ、一紀は。

 一紀にとってそれはショックを受けるのに十分な出来事で己の愚かさを再び打ちのめす事実である。

 ロウナが仲を取り持ってくれたおかげだ。なにやら2人が友達になっていたのは意外な話ではあったが。


「本当にごめん」

「大丈夫、だ、から……」


 一紀は腰を折り、謝罪する。何度口にしたかもわからない言葉。

 それに対してマリーは弱々しくも許した。

 一紀は顔を上げて、感謝を述べると今までずっと考えていた事を彼女に提案した。


「それで、もしよかったらだけど協力させてくれないか? 君の復讐に」

「……ぇ?」

「ダメかな?」

「なん、で……?」


 どう言った意図の質問なのかマリーには分からなかった。

 何故協力するのか、何故復讐に手を貸すのか、関係無い上にメリットもないではないかとそういった諸々の疑問が頭に混乱招いていた。

 メラニーやフラン達はずっと事の成り行きを見守って静観している。彼女達はあくまで今回は一紀の行動を共にするだけと決めているようだ。

 全員に見つめられ、答えを求められた一紀は、情けなさそうに笑う。


「あー、いや大層な理由はないよ、うん。ただまぁ、自己満足かな」


 その答えを聞いたマリーは納得こそしなかったがそれ以上の事は聞かなかった。

 自虐的な笑みを浮かべた。


「そっか……。それだけで復讐に手を貸すんだ。悪い人、だね」

「かもな」


 復讐は悪である。マリーには漠然とそういった思いがあった。だからこそ、無謀とも言える復讐で命投げ捨てようともしていた。

 復讐は正義か悪かで言えば間違いなく悪だ。だから自分はあの村の彼らと同じ悪人だというのがマリーの考え方だった。

 一紀は妙な事を言っていると思う程度で特に気にもしなかったが。


「もういいかな? もういいよね? いい加減この空気嫌なんだけど!」


 協力する事も決まり、妙な空気になっていた場で我慢の限界とばかりに叫ぶ人物が現れた。


「はぁ……メラニーはもう少し空気を読んでもいいと思うな」

「無理! これは無理。これは違うよ!」


 それに同意するようにロウナが相槌を打つ。


「そうですね。悔恨は多少あれど切り替えるべきですね。ほら、マリーも立ってください」

「う、うん。ありがとうロウナさん」


 2人の様子を見たメラニーは本当に仲良くなってるなぁとは感じながら思い出したようにマリーに声を掛けた。


「そうそう、マリーちゃんマリーちゃん」

「は、はい!」

「マリーさんいいんだよ? こんなのに緊張しなくても。馴れ馴れしかったよね?」

「ボンッ!」

「はぅっ!?」

「それで、いいかな?」


 素晴らしいメラニーの笑顔の背後で黒煙が上がっていた。


「は、はいぃ〜〜!!」

「怖がらすなよ」

「いてっ」


 一紀がすかさずチョップでメラニーの頭を叩くがこれにはメラニーからの手厳しい反撃があった。


「一紀様の方が怖がるのでこちらに来ないでください! ほらこんなビクビクしちゃって……」

「す、すまん……」


 一紀も涙目である。

 2人を撃退したメラニーはそれでだよ、とマリーにようやく聞きたい事を訊く。


「早速、作戦とも言えない作戦で昼頃に復讐をしようと言う事なんだけれども!」

「早い、ですね」

「早いよ! スピード勝負だよ! 明日あたりには村から居なくなっちゃうみたいだからね。それで、だよ。マリーちゃんの復讐相手はそのグラットて人でいいのかな?」

「……それは、そうだよ」


 そう答えるとメラニーは困ったように笑う。


「だよねー。どうしよっかぁ……」

「問題があるの?」

「いやね。その人今、村にはいないんだよね。馬車でお出掛け中。でもそれ追いかけたら多分村の方が場所を移る準備を終えそうなんだよね。スピード勝負って言ったでしょ?」

「そ、れは……」


 マリーは少し考え込むと、いろいろ振り切るように首を振る。


「大丈夫です。そもそもの元凶はエイテムって人です。友達もおじさん達も全部その人のせいなんです。だから……」

「うん、わかった。私達は村に直接行こうね。んで、ロウナちゃん」

「はい」

「グラットの所お願いね」

「かしこまりました。では早速行ってまいります」


 情報はもともと共有されていたのだろう。特に慌てる事もなくロウナは移動を開始しようとするがマリーが引き止める。


「ま、待って! ロウナさん1人で行くの?」

「ワゥ〜……」

「私は大丈夫ですよ。レイヴもありがとうございます。こう見えてそれなりに強いんですよ?」

「でも」

「大事な友達の仇ですからね。気合も入りますよ。レイヴもマリーをちゃんと守ってくださいね」


 レイヴを一撫でするとそのまま立ち去る。

 ある程度メラニーやロウナで情報の共有があるようだが、一紀やマリーは何も知らないのでそれなりの不安はある。

 しかし、いろいろ知ってるであろうフランが何もできていない現状が不安を多少和らげてるのがなんとも言えない所である。

 それからメラニーはその場を代表してこれからの動きを簡単に説明した。

 説明したが軽い衝突があった。


「そんなの作戦とも言えないじゃない!!」

「最初にそう言ったよ?」

「でも!」

「大丈夫だよ、マリーちゃん。少なくともゴブリンよりはずっと」

「うっ……」


 最終的にはメラニーの説得に応じてマリーが折れる形で昼の時間までに諸々の準備をすることになった。

 お互い休眠も必要だろう。


「なあ、フラン」

「……なんでしょうか?」

「そんな聞きたくなさそうな顔しないでくれよ……」

「いえ、自覚したくないんです」

「俺らって役立たずだよな」

「すみません。思ってた以上に酷い言い方だったせいか涙が出そうなんですが」

「ごめんな」

「そんな儚い笑顔を向けないでください!!」


 野営の就寝前にそんな事をしているとメラニーが迷惑そうな顔をしていた。


「一紀様もフランちゃんも切ないコントしてないで寝てください」

「「ごめんなさい……」」


 哀しそうに背を丸めて寝入る姿は涙を誘うものがあった。


「レイヴ、私たちあんなのを怖がってたんだね……」

「クゥーン……」


 メラニー以外、ちょっとした悲愴感に包まれていた夜であった。



 ——まず最初に伝えるべき事があるだろう。

 もしも、それが物語なのだとしたら最低の部類に入るものだ。

 救いなどあるかどうかもわからず、混沌とした曖昧な状況に身を投じて周りを巻き込み、にも関わらず収拾をつけるにはまやかしのような希望に縋るしかない。

 善というには余りにも悪質で悪というには余りにも優しい。

 だからきっと、物語だったのならそれは丸められた紙が大量に入っているゴミの内の1枚に描かれた世界の話だろう。

 誰かに捨てられたちょっとしたお話だ。——



 4人と1匹がサイトル村の近くに来ていた。

 村人が見える場所ではないがそれでも中がなんとなく忙しなくしているのを感じられるぐらいには声が聞こえる。


「本当に2人だけでやるんですか?」


 頼りない声でフランとメラニーに声をかけるのはマリーだ。

 それにメラニーは心配ないと両手を顔の前で振る。


「大丈夫大丈夫! 私とフランちゃんならこのぐらいの村の大きさはなんとかなるよ」

「それに直ぐにエイテムさんの所に連れてってあげるからね」


 マリーはいくらか心配そうにするがレイヴが彼女を宥める。


「俺は手出し無用なんだっけか……」

「はい。一紀様は私達と一緒にいてください」


 メラニーに即答されて一紀は頭を掻きながらも言い訳がましく参加を表明しようとするが。


「別に心配とかしなくても……」

「——心配なんかしてませんよ」

「お、おう……」


 食い気味である。

 悲哀に満ちた空気が1人の男の周りを漂った。

 流石に気の毒に感じてマリーとレイヴが元気付けようと声を掛けるレベル。

 そんな事などお構いなしにフランとメラニーは魔創の準備を始めた。


「フランちゃんフランちゃん、カッコつけよう? てか、カッコつけたい!」

「え、えぇ〜?」

「せめて言葉と表情は一致させて。賛成でオッケーね? それじゃ、ゴニョゴニョ……」


 ふむふむと嬉しそうな照れ臭そうな奇妙な表情のフランに耳打ち。

 はい、仕切り直すよー、とばかりにメラニーが手を叩く。

 2人の少女が並んだ。


「「嗚呼、壁よ。形を成さぬ壁よ」」

「汝は歪み、万物を昇天す虚無の壁」

「其は漂い、万有を粉砕す虚飾の壁」

「「我が言霊に依りて、此処に双璧を為せ」」

「《火華牢かげろう》」

「《凍檻霧こおりぎり》」


 決めポーズ、キメ顔共にバッチリである。

 一紀達へと振り向いた時のスッキリとした表情はなんとも華々しく瞳に映る。


「フランが乗るとはなぁ」

「これ、魔創なの? すごい……」


 しかし、ふざけているようで、マリーが驚く程にその効果は凄まじいものだった。

 一紀が周りを見れば自分達も含め村全体を囲った2種類の壁があった。そこで一紀は1つの違和感に気づいた。


「フランとメラニーは別々の魔創を使った、て事だよな。いや、でもさっきの詠唱……詠唱?」


 一紀はなんだか気づきたくはなかった事実に顔を顰めた。

 だが勘違いかもしれないと頭を振る。


「なあ、そこでドヤ顔決め込んでるお二人さんや」

「「はい!」」

「うん、元気があってよろしい、んだけど聞きたい事があってね?」

「「はい?」」

「いつになく息ピッタリだなぁ。今の魔創ってもしかして『詠唱』、じゃないよな?」


 フランは瞳を輝かせた。

 一紀様は勤勉でいらっしゃいますねと大きく頷き、我が事のように喜んだ。


「さすがは一紀様です!」


 メラニーは自慢気に手を腰に当て、胸を張った。

 そこに気づくとはお目が高いと胡散臭く笑い、一紀に確証を与えた。


「その通りです。言葉に魔力を含ませていませんからね!」


 一紀はなるほどなと納得して頷いた。

 当たっていた事少し嬉しかったのだろう。

 一拍。


「えっ、マジでいらなかったじゃんさっきの!!」

「失敬な! 大いにカッコつけたいじゃないですか!」

「必要性は?」

「ないですけど、盛り上がります!」


 妙にヒートアップしていく一紀とメラニー。それを鎮めるためにフランは仏顔で間に入った。


「まあまあ、落ち着きましょう」

「フランお前珍しく一緒にやってたなぁ、て思ったけどそうだった。お前、見栄っ張りだったな!」

「この見栄っ張り屋さんめっ!」


 しれっと紛れ込むメラニー。


「な、なんかいろいろひどいっ!」


 もはや混沌とした状況で事態に追いつけずにいた1人と1匹はと言えば。


「…………付いてくる人間違えたのかな」

「クゥーン……」

「今って一応すごく大事な場面のはずだよね?」

「ワゥ」


 現実逃避気味に会話をしていた。


『おい! どうなってやがる!』

『なんなんだよあの空間の歪みは! アレにアランが飲み込まれて消えちまった』

『は? どういう事だよ。西門の方は白い煙だったぞ! 調べさせたら誰も戻ってきやしねぇ』

『マジでなんだよ!!』

『知るか! 俺に聞くんじゃねーよ!』


 マリーには村の様子は窺えなかったが中から聞こえてくる喧騒からとりあえずすごい魔創を使ったらしい事はわかったがやはりあの態度には不安を覚えるらしい。


「すごい人達だなぁ……」


 マリーはようやく騒ぐのをやめたらしい3人を見ながら羨ましそうに眺めていた。

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