碌でもないお話
「これだからフランちゃんは困るんですよ。頭が固いったらありゃしない」
「まったくだな。盛り上がるべきところで盛り上がれないとか社会に取り残されても文句は言えないぞ!」
ゴブリン騒動も収まり、歩みはひたすらに目的地である村へと一直線である。そんな中またしてもというよりいつものごとくフランはおもちゃにされていた。
「そ、そんな!? あんな抑揚のあり過ぎるテンションについて行ける訳ないじゃないですか!?」
「メラニーよ」
「はいはい」
「今の挙動、どう思う?」
「え、あの……」
「ふむ……。『そ、そんな!?』の手の広げ方、その後のセリフのテンションと首の振り方、と。随分と芝居掛かってますねぇ」
「いや、待っ——」
「なるほど、努力はしてみた、と」
「フランちゃんも頑張ってるんだねぇ〜」
「密かに努力してるあたり好感が持てるよなぁ」
「…………た、たすけて」
突如として不本意な形で褒められる事となってしまったフランは顔を真っ赤に染めて誰にともなく助けを求めるが期待するだけ無駄な事であった。
妙な努力をしてしまった過去の自分を恨む他ない。
しかし、それでも彼女はなんとか反撃がしたかったのだろう。往生際が悪くも悪足掻きの一つでもしなければ気が済まなかった。
フランは俯きながらメラニーにポツリと言った。言ってしまった。
「め、メラニーのばかあほ……貧乳……っ!」
「……ほう?」
メラニーの目が妖しく光る。
この時、一紀はふと考える。こういう問答時の貧乳の立場は割と低いだろう、と。
少なくとも高くはない。故に定番の反応としては怒るなり、恥ずかしくなって胸を手で押さえたりして怒鳴る、などが良くあるのではないだろうか?
しかし——
——それをメラニーがやるか?
フランを相手に? と。
否。断じて否であろう。
一紀はメラニーのそんな姿を想像する事さえ出来なかった。
フランの勇気を称えたい程。
「フランちゃん」
「は、はい」
メラニーの異様な気配を敏感に察知したのか声が若干上擦る。
「私達はね? 完璧な姿形なんだよ。一紀様のお陰で。だからこそこれ以上に完璧な姿なんてないの。それぞれ自分の個性があるんだよ、わかる? わかるよね?」
「わ、わかりましゅっ」
「それに人の身体的特徴をそういう風に言うのは流石に人としてどうかと思うんだよね。うん。やっぱり最低だなぁ。フランちゃんは」
「うっ。いや、あのでも……」
「それにね? そういう所を弱点に思うのは恥ずかしいと思ってる人ぐらいなんだよ。私はなんら恥じる事はないと思ってるから関係ない話なんだけどねぇ。だけど、だけどだよ? 私はそこを口撃しようと思ったフランちゃんの根性が気に入らないのだよ」
「ご、ごめ——」
メラニーが圧倒的に正しい為かフランはまともな反論が出来ずに困った表情で右往左往としている。
それをメラニーは優しげな表情でまるで聖母のようになんでも許す雰囲気で「いいんだよ」と言ってるかのように見据え、手でフランの謝罪を遮る。
「いいの。何も言わなくていいの。わかってるよ。私もこれは言いたくなかったんだけど……でも、仕方がないよね? 根性を叩き直す為だから……うん、私には大義名分があるの」
「な、なによぅ」
フランは身構えてはいるがメラニーに気圧されてもはや涙目である。今にも零れ落ちそう。
フランの闘う姿勢に一紀も心の中でエールを送っていた。
頑張れフラン。負けるなフラン。もぎ取れ初勝利! こっからの逆転劇を! フランちゃん大勝利!
貧乳が話題ならなんとなくフランにも勝利の可能性もある筈だ、と心の中で拳をブォンブォンッ! 振り回している。
たとえ、表面上ではメラニーの言葉に「うんうん。そうだぞー」などと頷いていても応援はしているのだ。
そしてメラニーの口がゆっくりと開かれた。フランの耳元で小さく囁いたのはたった一言。
「か・ん・ぼ・つ」
「!?」
フランの目が見開かれた。
表情には何故それを、と書いてある。
そして、次第に顔色が悪くなっていく。焦燥、羞恥、憤怒、悲哀。
「人って色々いるよね?」
「ご、ごめんなさい……」
「うーん、なんだろうな。フランに弱点が多いのかメラニーが強過ぎるのか……」
何を言ったのかはよく聞き取れなかった一紀であるがなんとなく両方なんだろうな、と天を見上げながら思うのだった。
「型破りなだけです……」
フランは小さく補足した。
★
「おお、着いたか!」
目的地にしていた村は意外な程あっさりと着いた。
森を抜けて数分で簡素ではあるが頑丈そうな柵に囲まれた村を視認できるぐらいには近い場所である。
「なんて言うか……。結構小さい村だな。俺らを受け入れてくけるか、あれ?」
一紀がそう指摘するのも当然だろう。
村、とは言っているが世帯数がそもそも少ないのだ。
かと言って近くに畑のようなものがあるようにも思えない。
おそらく近くの森などで生き物なり植物なりで生計を立てているのだろう。
通常、それだけでは難しいはずなのだが、それができる程に小さな村であり、少ない人口だと言う事だ。
見ているだけでは始まらないという事で一紀達は村の門の前で立っている門番の男に近づいていく。
当然、一紀一行に気づいた門番は警戒の為に槍を構え、
「止まれ! オメェら何もんだ」
「いや、怪しい者ではないですよ!」
「格好から怪しさが滲んでんだよ!」
やけに殺気立っている、とは思いながらも自分らと門番の服装を見比べてごもっともでと納得するが引き下がるわけにもいかない。
どうしたものかと一紀が悩むとメラニーがいつもの調子で割り込んだ。
「まあまあ、そう言わないでくださいな、お兄さん。これでも私達は旅人でしてねぇ? 服装もまぁ色々渡り歩いたからって思ってくれれば嬉しいなぁと思うんですが……」
「お、おう」
なにやらメラニーの勢いに若干たじろぐ門番の男だったが一応は理解してくれたらしい。
奇抜な格好にも目は瞑ってくれたと見ていいだろう。
(『道は口八丁と勢いで切り拓くものである!!』狙ってたんだろうなぁ……)
メラニーの今日の格言? Tシャツシリーズの文字である。
フランなどは馬鹿を見る目でメラニーを見ている事から彼女も色々と察したのだろう。
識字率があまり高くないのか門番はその文字が読めず、特殊なデザインにしか彼の目には映らなかった。読めていたらきっと1番怪しいのはメラニーだと叫んでいた事だろう。
それでもやはり、物珍しいのは確かであり、やけにいい生地だというのは一目見てわかった。
「ま、まあなんだ。とりあえず村長を呼んでくるから待っててくれ」
「はーい!」
そう言って男は立ち去り、メラニーはにこやかに手を大きく振りながら見送る。
しばらくするとメラニーはなにかを考えるように黙り込むと一言ポツリと溢した。
「13点!」
「お、自分に厳しいねぇ」
「そうだよね。口八丁って言うよりは見た目と勢いだけだったもんね!」
「…………」
その時パチンと音が鳴る。
「ちょっ——」
フランの顔付近で小さな爆発が起きるもフランはギリギリで避けた。
「危ないじゃない! 八つ当たりはどうかと思います!」
「……チッ」
「舌打ち!?」
「煽るからだバカ」
ショックを受けているフランを他所に一紀は少し首を傾げる。
「まあ、仮にも門番があっさりと引き下がってくれるとは思わなかったけどな。あんな風にメラニーとフランに視線を向けて……」
それで門番が勤まるのか、と。
一紀が物申したくなるのも納得だろう。魅了されたとは少し違うのだろうが一紀との対応の違いに明らかな差があった。
とは言え彼も男だったのだと一紀は深く考えるのはやめた。
その後、現れたのは一紀より4〜5歳年上の眼鏡を掛けた男だった。
彼は先程の門番とは違い、穏やかで理知的な雰囲気の彼が村長なのだろう。彼がゆっくり歩み寄る。
「おまたせしてすみません。旅の方と聞きましたが……」
「一紀です。んで、こっちがメラニーで」
「はいはい!」
「フランです」
「よろしくお願いします」
一紀に紹介され挙手して自分をアピールするメラニーに軽くお辞儀をして答えるフラン。
男は一つ頷き、自分の紹介を始めた。
「申し遅れました。私はここ、サイトル村の村長を務めさせていただいております。エイテム・ペスタスと言います。よろしくお願いしますね」
一紀は戦慄した。
なんと言う爽やかなイケメンなんだ、と。
「ず、随分と若いんですね。エイテムさんは」
「一紀様、一紀様。ちょっと見苦しい感じが出てます」
メラニーにそっと耳打ちされた一紀の引きつった笑みに若干ヒビが入る。
とはいえ、エイテムは個性的な人達だなぁとは思いながら特に動じた様子もない。
「村長にしてはやっぱりそう思いますよね。実は少し前にこの村で疫病が流行りまして。残念ながら以前の村長も含め多くの方が亡くなったんです」
なので色々とごたついてはいますが、とそのまま村の案内を買って出た。
「大人な対応ですね……」
「おいコラ、フラン。テメェなにが言いたい」
「事実です」
「…………」
「フランが言うという事は相当なのでは……」
「なんでしょう私の言っている事が何一つ伝わってない気がするの」
一紀がズーンと落ち込み、その傍らでメラニーは戦慄の表情を浮かべて一紀に追い打ちを掛ける。それを目にしたフランがなんとも不思議な言葉の難解さについて考えてしまう。
村を案内してもらっていた一紀達だったが、特筆すべき事はあまりない。
規模が小さいとはいえ至って普通の村、という感想に落ち着く事だろう。
ただ、気になる事がないわけでもない。それは割とかなり異様な事だ。
言いにくい事なのか一紀はメラニーとフランに聞こえる程度の声で話しかけた。
「なあ、気のせいかな、て思ってたんだけど」
「私もおかしいなぁとは思ってたんですよねぇ……」
「え、なんですか?」
メラニーは一紀の言いたいことを察して頷き、フランはどうしたのかと首を傾げる。
「……やっぱそうだよな……」
「はい……」
「あ、ひどい!? わかりやすく除け者にしないでくださいよ!」
「冗談だよ。ほら、今の所女の人とは一人も会ってないからさ」
「そもそも人が少ないって言っても女性が一人もいないと言うのは流石になんかありそうですよね。いえ、まだ見かけてないだけかもしれませんけど」
「は、はぁ……?」
2人の説明にフランはイマイチ納得できない様子で一紀を見つめる。
一紀も納得してもらえない訳に心当たりがあるのか言いづらそうに説明する。
「えっと、ウチは大変特殊な例だからな、フラン?」
「それもそうでしたね!」
「うん、納得してもらえて嬉しいよ……うん」
そういう観点から見れば一紀は他の事は言えない。が、それとこれは別問題である。
止むを得ない事情というやつがあった。そう自分に言い聞かせて一紀は心の安寧を守る。
メラニーはたはは、と笑う。
「確かに盛大なブーメランでしたねー」
「だな。でも、俺らと同じ事情って事はまずないだろ。さっき言ってた疫病ってのが関係してるかもな」
「だからって女性だけが居なくなりますかねぇ?」
そう言うメラニーに一紀はふと先程の門番の事を思い出した。あのいやらしい視線をッ!!
ほんの少しだけ、一紀の嫉妬心に火がついた。
「……なんか急にくだらない事情がありそうな気がしてきたな」
一紀の疲れたような一言にフランとメラニーは互いに見合わせると苦笑を浮かべた。
「かもしれませんね」
村を軽く案内したエイテムは3人の様子を見て仕方がなさそうに笑みを浮かべる。
「やっぱり気になりますよね?」
「えっと……?」
「お察しの通りこの村には現在女性が1人もいないんです」
なんともタイムリーな、とは思わないでもないがやはり疑問に思われる事ぐらいはエイテムも十分に承知していたのだろう。彼は変わらず苦笑を浮かべたまま。
「先程言った疫病が無関係とは言いませんが恐らく別の理由でしょうね……」
「それは?」
「男共に愛想が尽きたんです」
「…………」
いったいどんな表情をすれば良いのか。どんな言葉を返せば良いのか。一紀には皆目見当もつかなかった。
背後で笑いを堪えるのに必死なメラニーをフランが背中をさする事でなんとか吹き出さずにいる状況である。
エイテムの遠くを見つめる目は茫洋としていてどこか哀愁が漂っている。
図らずも一紀の予想は的中していた訳である。
なんとか再起動できた一紀は言葉を絞り出す。
「えっと……あえて細かい理由は聞きません。メラニーが耐えられそうにないので……」
「あはは、助かります」
気遣っているのかいないのかよくわからない対応ではあったが、エイテムとしてもこれ以上その話題を引っ張りたくはなかったのだろう。
「でも女の人がいないと困る事も多いんじゃないですか?」
「そうですね……。その内、村に女性を呼び込む為のイベントなども計画しようとは思っていますけど、それもいろいろ落ち着いてからですかね」
「なんかすみません。大変な時期に……」
「大丈夫ですよ。それに今日だけなんですよね?」
「はい。明日には旅立ちますので」
「わかりました。では、本日はこちらの家でお休みください。何かございましたらその目の前の家に自分がいますので」
案内も終わり、いろいろと一紀にとって初めてずくめの1日であったこともあり非常に濃い印象があった。
思いの外早く日が傾いた事もあり疲労は蓄積されている。特に精神的なものは無視できない。
「はぁ〜、疲れたなぁ」
用意された部屋の椅子にどかりと座りながら一紀が言う。
「それにしてもこのお家、元々は3人家族だったんですかね?」
「かもなぁ」
部屋の中を見渡しながら口にするメラニーの疑問に一紀は適当に返す。
その部屋には一紀が座っている椅子以外にベッドが2つ程あった。キングサイズにシングルだ。
1つの寝室に2つのベッドというのも珍しいとも思いながら、仲のいい家族だったのだろうと想像もできる。
僅かに埃被っていた事もあり、使われなくなってからそれなりの月日が経っているのも想像に難くない。
若干しんみりと感じ入る時間ができる。
「あ、一紀様、どのベッドで寝ますか?」
……………………。
「「ハァ…………」」
「あ、あれ?」
沈黙が訪れ、一紀とメラニーの視線が交わり、共に息を吐き出した。心底残念そうに。
メラニーは一紀に向かって一つ頷くと胸を張って高らかに主張した。
「何を言うかと思えば、フランちゃん。それは私とに決まってるでしょ!!」
「ちっげーよ!?」
キングサイズのベッドを指差すメラニーに間髪を入れずに一紀が勢い良く割り込んだ。
「はて?」と頭を傾げるメラニーに一紀は続ける。
「え? マジで? 俺めっちゃわかりあってるかと思ってたのに、メラニーも『わかってますよ、任せてください』って顔したなのに!?」
「ハッ」
「なんで笑う!? てかその顔やめろ、ムカつく!!」
小馬鹿にしたように笑うメラニーに一紀はイラッとしながらお互いに不毛な言い争いを行なっていた。
その傍らでフランは「あ、良かった。私じゃないんだ」とまた1人集中攻撃を受けずに済んだ事にホッとしていた。
しかし、すぐに事態は急変する。
焦れたように、異論は認めないと一紀は2人に向かって宣言する。
「いいか、俺は小さい方で寝る! お前ら2人がでかい方で寝ろ!」
「「はあ!?」」
だが、そこで待ったをかけるのは2人だ。
2人は一紀に詰め寄って一紀に断固抗議する姿勢だ。
「なんでこの人となんですか!」
「なんでフランちゃんとなんですか!」
同時に声を荒げて互いを邪魔するように一紀の目の前で争う。
フランが手のひらでメラニーの顔を押してむにゅりと変形させ、メラニーはビシッと人差し指を突き刺していた。
フランが「あ、ちょ指先痛いっ」と小声で抗議するが指先は唸りを上げるばかりである。
「女の子同士だし」
「「でも!!」」
醜い小競り合いを繰り返しながら2人は懇願するように叫ぶ。
「仲良いし?」
「「どこが!」ですか!」
いまいち説得力に欠ける抗議である。しかし、それを自分で理解していてもなお食い下がらんとする姿勢を崩さない。
「息ピッタリだしな」
「「んなわけ!」」
メラニーが肩を竦めさせ、フランは腕を横薙ぎに振るいながら口にした。
その光景を間近から見た者の感想としては。
「あのさ。嫌なのは十二分にわかったけど、もう少し説得力持たせる努力しよ?」
である。
「「それ程でも〜」」
何故か照れながら答える2人。
一紀は無性にイラっとした。いい加減鬱陶しくなってきたのかもしれない。
「オーケー。もう意見は翻さないからな!」
「そんな!」
「……そんな!」
「メラニー、ズラせばいいってもんじゃないから」
メラニーはトントンとフランに合図をすると小声で「せーの」と息を合わせる。
「「そんな〜♪」」
「……なんか疲れたな」
フランはハッとした。
「すみません。つい流されてしまいました」
「……今日はもう寝よっか」
とりあえず良いハモリではあったなとちょっとだけ思う一紀であった。
★
夜になればどこもかしこも静かになるものだ。
それは比較的小さく、人の少ない現在のサイトル村もまた例外ではない。
人の気配すら感じられなく、灯りも疎らであり視界を確保できる程には足りない。
天上から淡く零れる月の青い光が唯一の救いだろうか。
そんな村の村長であるエイテムの家には夜になっても灯りが点いていた。
「えらい美人さんでしたね」
そう話すのは村人の1人である。
椅子に揺られるエイテムに話しかけていた。
エイテムもそう思っていたのだろう「ああ」と同意する。
彼の様子は一紀たちと接していた時とは別人のようだ。
村人の男は続けて問いかける。
「それで、捕らえますか?」
エイテムは横に首を振る。
「いいや。やめておく」
「何故ですか?」
「今、余計な事はしたくない。明日には出るんだ。何もする必要はない」
それで話を終わらせる。
男としてはいろいろと聞いて起きたかったがこれ以上はマズイと今までの付き合いで知っている。
いくらなんでもあの3人組はいろいろと怪しすぎる。それに気づかないエイテムではないだろう。
しかし、お互い様だと指摘されればどうすることもできない。
男が居心地悪そうにその場に立っているのに対して、エイテムは目を閉じてリラックスするように背中を預ける。
ギシリと椅子を揺らし、黙り込む。
エイテムはこの時間がとても好きなのだ。
「何をしてる。早く行け。今日が最後だぞ。楽しんだ後はちゃんと処分しとけ」
「は、はい!」
部屋で1人になったエイテム。
男が立ち去った方を向けば地下室へと続く扉が開きっぱなしの状態である。
中から僅かに漏れ聞こえるのは悲鳴だ。
エイテムは舌打ちをした。
「何度言ったらわかるんだ、扉を閉めろ!」
扉が閉まり、エイテムに静かな時間が再び訪れる。
彼は目を閉じて、椅子に揺られる。
ゆっくりと、そして、次第に眠りに落ちていく。
——そして、夜に静寂が満ちた。
ごくごく当たり前の事であるが、それにも限度というものが存在する。
全員が全員寝静まるというのが可笑しな話でもある。
その村の夜はあまりにも静かだった。
だからこそ耳障りな音というのはどうしようもなく癇に障るものだ。
耳元で蚊が飛ぶような不快さと腹立たしさだ。
そして、それの原因に思い当たる節があれば尚更。
それは、本来ならば聞こえるはずのない音だった。
それは、まさかと思い、目を逸らそうとした事実だった。
それは、今回の目的そのものであった。
普通とはかけ離れた五感を持っていたからこそハッキリと聞こえ、目を逸らす事すら出来ない。
何より自分を騙せない。
故に、一紀は起きた。
不快感に滲んだ顔を手で覆い、小さく舌を打つ。
「うるせぇ……」
音を立てずにゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
ドアに手を掛けて開けようとした時、背後からの一声に一紀は引き止められた。
「どこに行くんですか?」
メラニーだ。
その問いに一紀は答えない。いや、答えられない。ただただ黙考する。
自分は何処へと向かおうとしているのだろうか、と。
「暴れるつもりなのでしょうか?」
どうなのだろうか?
ドアに手を掛けた状態の一紀からはメラニーの表情は見えない。声のトーンでも何を思っているのかも窺い知れない。
ただなんとなく微笑みを浮かべているような気がしていた。
「……知ってたのか?」
「何がでしょう?」
「……ッ」
グッと握られた拳。
それを見たメラニーは溜息を溢す。
「意味の無い質問じゃないですか。それに、何のためにここに来たのかって話ですよ」
もともとシルネに指定されて来た場所だ。
課題の事もあり何かしら自分を試される瞬間があるのだろうとそれなりに覚悟もしていたのだ。
——だけどこれは違う。
思っていたのとは違う。
意図がわからない。
一体何を求められているのだろうか。
嫌な音が耳朶を打ちつける中、依然として一紀の思考は定まらない。
「別に」
別の声が響いた。
彼女は少し言い淀み、続けた。
「別に何もしなくてもいいんです」
「ッ! そんな事——」
「それも一つの答えですっ! 私達は部外者です、から」
フランには何かしら伝えたいものがあるように思える。
しかし、それが何なのか一紀には何一つわからない。
沈黙がその場を支配した。
それを逸早く振りほどいたのはメラニーだ。
場違いな程に明るい声を発する。
「ま、ヒートアップするのはいいんですけどね。一紀様がどうしたいか、なにをしたいのかはわかりませんが、いろいろ事情を知ってそうな人に話を聞くのもありだと思いますよ? 今更行動が遅くなった所で何かが変わるわけではないですし」
「事情を知ってそうな人……」
「そうそう! 奇しくも予想は当たっていたわけですねぇ」
確かに、とメラニーを眺めながら内心溜息を吐くフラン。
考えてみれば案外簡単に予測がつく。
確かに予想は当たっていたわけだ。
——碌でもない事だろ。
そう。
本当に碌でもない事情だろう。
いつだってそうだ。
復讐なんて、碌でもないに決まっている。
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