語れず、騙りきれぬ悪意
何の変哲も無い部屋の中、実に落ち着いた様子でロッキングチェアに揺られる細身の青年。
年の程は20歳を少し過ぎたぐらいだろうか。
現在は閉じられているが目を開けば細く鋭い神経質そうな顔立ちである。
スクエアと呼ばれる形の眼鏡を掛けており、より一層近寄り難い雰囲気を醸し出している。
そんな静かな時間を過ごしていた彼の耳に僅かばかりの音が響いた。
「おい」
ドスの利いた声、と言うわけではない。
どちらかと言えば聴き心地の良いスマートな声だろう。その顔立ちと合わせれば多数の女性を魅了する姿も容易に想像が付く。
しかし、声を掛けられ男は「はい……ッ!」どこか張り詰めた様に声を上げる。
それだけでその者達の立場というものが傍目からでもハッキリとしただろう。
「そのドアを閉めろ。耳障りだ」
「はい、すいやせん」
言いたかったのはそれだけだったのだろう。再び椅子にもたれ掛かり、寛ぎ出す。
そして、そのまま先程の男に声を掛ける。
「グラットは何処にいる?」
「グラットさんは自室かと……」
「そうか。なら、呼んで来い。仕事だ」
「はい!」
青年は再び1人となった。しかし、彼は先程の穏やかな様子とは違い、少し苛立たしげに呟く。
「あぁ……移動だ、クソが」
何かに当たる訳でもなく、大声で叫び散らす訳でもない。
ただただ淡々と静かに怒りを露わにしていた。
忌々しそうに発される文句の言葉。
「あんの小物貴族……。此方を下に見やがって。取り引きは中止だなぁこりゃ。だから、小物なんだアレは。このままじゃこの6年が無駄になる所じゃないか——」
絶え間なく続く文句、それを止めたのは彼に呼び出された。グラットと言う男だ。
「おーおーおーおー。荒れてるねぇ」
「黙れ」
「へいへい。んで、どうしたんだ?」
「3日後、ここを出る」
軽薄そうな喋り方だがそこには一定の信頼が垣間見える。
そして、急な移動に対して怪訝そうに片眉をあげた。
「そりゃまた。急な話だな」
「急も何もないな。また、金を減らされた」
これ以上減らされたら堪らない、と愚痴を溢す。
それを聞いて納得したのだろう。グラットは軽く肩を竦めると別の疑問をぶつけた。
「だが、あの豚が簡単に逃がすとも思えねぇんだがなぁ」
「そこに抜かりはない。アレの趣味は把握してるんだ。それ用に取っておいた置き土産を贈るさ。脅し付きでな」
「手切れ金みたいなもんか」
「ああ、それと今回ばかりは手を出されちゃ困る。わかってるな?」
「わぁってるよ。あの2人だよな? アレは趣味じゃねぇんだ。織込み済みだろ?」
念のための確認だったのだろう。青年が軽く鼻白むと再び椅子に揺られる。
「んじゃまぁ、明日の朝に出るわ。4、5人借りるぞ」
そう言ってグラットが退室した後、青年は深く腰掛け、ジッと天井を見つめ続けた。
ただ寛ぐように考えを巡らせているのだろう。行動自体にはこれと言った意図は感じられない。
しばらくして、ポツリと言葉を零した。
「処分しないと、な」
その声から察せられた感情、心。それはきっと本人すら理解の及ばないドドメ色。
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