スーワイア・メストの楽しい授業

 堂々とした登場も態度も宣言も全て、彼女の姿自身が台無しにしていた。

 白い肌にピンと上に尖った長い耳、鋭く確かな知性を感じさせる怜悧な目つき、不敵に形作られた笑み。

 それだけで強者を彷彿とさせることだろう。

 しかし、そのダボダボの白衣が彼女の残念な愛らしさを際立たせて威厳というものを帳消しにしている。

 どういうわけか彼女はダボダボした白衣をかっこいいと思っているのだ。

 しかし、時折ダサいと言われるので仕方なく少しでも良い感じになるようにと彼女は自身謹製の片眼鏡モノクルを製作し、なんとか見た目で舐められないようにと試行錯誤を繰り返している。

 その甲斐あってかとてもシンプルかつ格好良く、性能も上等な片眼鏡モノクルを身に付けているのだが、依然として威厳は出ていない。当然である。

 そんな彼女、スーワイア・メストは腰元ぐらいまである金の髪をバッと揺らめかせキッと碧い目で一紀を見据える。


「早速だが授業を始めようと思う。簡単な授業だ。少し時間をもらうよ」

「はい、先生!」

「なんだね? 我らが王サマよ」

「ミネアレさんも先生なのでしょうか!」


 挙手した一紀の疑問はスーワイアと共に入室したミネアレ・ログレイについてだった。

 こちらはいかにも研究者のスーワイアとは打って変わって技術者の身形をしている。

 首にはスチームパンク風のサイバーゴーグルをぶら下げており、額には別にパイロット風の大きめなゴーグルを掛けている。どちらもレトロな雰囲気で作業用に使うのだろう。

 沢山のポケットが作業着にあり、腰元のウェストポーチには様々な工具が敷き詰められている。

 スーワイアはミネアレに視線を動かす。


「ログレイ君か。彼女は別にやる事があるのさ。授業自体は私だけでやる」


 そう答えるスーワイアをミネアレはそのトロンとした碧い瞳で不思議そうに見つめる。

 心なしかいつも垂れているスーワイアに似た鋭く長い耳が更に垂れ下がっているように見える。

 僅かに頭を傾けて、整えていない肩まであるボサボサの銀髪が儚く揺れる。


「スーちゃん」


 静かな声は思いの外ハッキリとしていた。しかし、彼女の態度が不安を駆り立てる。


「……何、かな?」

「何時もみたいに〜、ミーネ、で良いんだよ?」

「……ッ」


 スーワイアの瞳が動揺で宙を彷徨う。口を開けては閉じてを繰り返す。

 しかし、それも一瞬。

 彼女は何かを抑え込むように、しかし若干紅潮した頬を隠しながら答える。


「……今は、……仕事中、だ」


 少しの間が空き、ミネアレの表情が豊かに華やいだ。褐色の肌が赤みを帯びて彼女の興奮度合いを指し示してくれる。


「えぇっへへ〜……」


 大変仲がよろしい。

 一紀は微笑ましくスーワイア達を眺めていた。

 見た目は正反対。種族もエルフとドワーフのようなものだ。

 一紀は彼女達の関係性まではきちんと把握していないが、こんな風に目の前で見せつけられると嫌でもホッコリするのは自然の摂理だろう。


「王サマよ」

「はい!」

「質問は、もうないよな?」

「……ハイ」


 テープで貼り付けたような笑顔だった。

 ここはそっとするべきだろうと一紀は頷いた。少し怖かったのかもしれない。少しだけ。


「それは重畳。では、勉強の時間だ」


 ようやくスーワイアの授業が始まる。



 スーワイア・メストとミネアレ・ログレイは共に科学と魔学のスペシャリストである。

 それが2人の仲の良さを助長している部分でもあるのだろうがそれはとりあえず横に置いておこう。

 多少の分野の違いや得意不得意はあるが、やはり彼女らはその道のプロだ。

 スーワイアが論理的に、順序を踏まえて答えを導き出すのであれば、ミネアレは直感的に、ひとっ飛びで答えを叩き出す。

 その時点でミネアレに授業の類が出来ないのは明白だろう。いわゆる感覚派なのだ。

 故に現在、スーワイアが授業を行なっている。

 とはいえ先生役は本分ではなく、どこから始めるべきかを悩むのは致し方ないだろう。

 いろいろ噛み砕かなければならない部分もあるのだ。

 悩み抜いた末、彼女は「よしっ」と頷いた。


「まあ、まずは当然、基本だな」


 スーワイアはそう前置きを入れると一紀に語り掛ける。


「我らが王サマは《魔創》を知ってるかい?」


 一紀は怪訝な顔で知らないと答える他ない。なんとなく魔法の類なのではないかという予想は朧げながら浮かぶがそれだけだろう。

 スーワイアはそうだろうと確認すると続けた。


「魔創ってのは言ってしまえば技術だ。魔力を用いた者の技術全般を指す。無限に等しい数の技術さ」

「……魔法みたいなもん、か?」

「まあ、間違ってはいないな」


 違うのかと一紀は少し頭を悩ませる。正解でもないということでもある。


「ホールのイチゴショートケーキを一部かじれたようなもんか……」


 スーワイアの時間が少し止まった。いや、正解の度合いを指しているのだろうとは思うのだ。


「……妙な例えだが続け——」

「残念ながらいちごも〜、逃した感じですね〜」

「なるほどな」


 スーワイアの時間が再び止まった。


「……続けるぞ」


 しばらくして、スルーの方向で行くことに決めたらしい。2人の真剣な顔がとても憎たらしい。

 これだから感覚派は……と呆れたような顔をしている。内心感覚派(笑)とでも思っていそうだがやはり無かったことにしたいらしい。


「……魔法もまた魔創の内の一つだってことだ。それと1つ、おそらく思い違いをしているだろうからこのタイミングで言わせてもらおう」


 彼女は雰囲気作りの一環だろう。一紀の正面で横に歩きながら人差し指を立てながら話ている。


「先程、私の説明で魔法の類だろう、と。そう思ったのではないか?」

「まあ、そうだね」

「そう、これは認識の違いだ。さっきの説明だとこちらの人達は魔創の類なのではないか、とそう思う。魔法はあくまで魔創の中の1つの手段であり分野だ。魔法の他に魔術や魔導なんかが並ぶくらいだ」


 要は、一紀の思ってた魔法という概念がまんま魔創であり、魔法は数ある分野の内の1つに過ぎないということだ。

 そして、数えるのも億劫になるほどの分野があるらしく、それ全てについて説明するのは些か時間が足りないだろう。


「とはいえ説明したところで王サマにはあまり関係の無い話になりそうだな」

「魔創師としての能力は〜、ないですからね〜」

「自分で決めた事だしなぁ。つっても面白そうだから知りたくはある」


 一紀が事前に決めた能力であり、諦めも簡単につくだろう。魔法が使えないという設定は魔創が使えないという事になったのだ。なんら不思議はない。

 それでもそういった仕組みは多少気になるのも仕方ない話だ。ファンタジーへの憧れは多少なりともあるのだ。


「ん〜、教えるのは構わないないんだが、やっぱり時間が足りないな。今日はそこら辺を少しだけ掘り下げるが、そうだな。後は学習アプリを作っておくから勝手に学んでくれ」


 文字のついでだ。とスーワイアが最後に付け足すと一紀は了解の意味を込めて頷く。

 ゆっくりとでも勉強するつもりなのだろう。

 一紀はとてもキリッとした表情で口を開く。


「ありがとな。ショートケーキのレシピをもらったようなもんだ」

「…………ッ」

「産地から〜収穫の仕方まで。事細かに〜書いときますね」

「頼むな」

「はい〜」


 その時一紀はスーワイアの額からブチっという音が漏れ聞こえた気がした。

 彼女は何も言うまいと我慢していたのだ。実際、数回は気にしていなかった。

 しかし、だ。

 ミネアレまでもが共通の認識でもあるかのように自然に一紀の戯言に応対していたのだ。


「いい加減にしてくれよッ!!」


 バンッと教卓を力強く叩き、若干涙目ながらもう我慢ならないとばかりに叫んだ。


「なんなんだその例えは!」

「いやほら、完璧な解答じゃなかったから——」

「説明しなくていい!! わかっているさ!」


 意味はな!

 と、スーワイアは何かを振り払うように頭を大きく左右に揺らし、尚も続けた。


「私に! ツッコませるなっ!!」

「一体どうしたんだ……」

「ほら〜、今スーちゃんは〜仕事中だから〜」

「……? あぁ〜……」


 すーっと大きく息を吸い、最後の慟哭を響き渡らせる。


「私は!! ボケなんだぞッ!!」


 言いたかった事の全てがそこに集約されていたのだろう。スーワイアは荒い息を吐き出しながらそれ以上は言わなかった。


「なるほどな。フォークがなかっ——」


 キッ!!!!

 フシャーッ!!


「うん、ごめん。ちゃんと聞くよ」

「スーちゃんは〜、真面目さんだね〜」


 一紀とミネアレが互いに苦笑を浮かべると。


「メリハリ。これ大事な事だ!」


 気を取り直したスーワイアが一旦、そう締め括った。



 一般的に魔創を扱える者を魔創師と、そう呼ぶ訳ではない。

 それはひとえに魔創を扱えないという人が基本的にはいないからである。

 では、どういった者達が魔創師と呼ばれるのか。

 スーワイアはこう答える。


「判断基準はまあ、様々あるんだろうが。ある一定の実力・評価があればそう呼べるだろう。二流、三流がいたとしても、だ。なにせ技術だからな」


 その魔創の中で代表的な技術と言えば先程例に出た【魔法】は当然のこと【魔術】【魔導】【詠唱】【陣界じんかい】【刻綴こくてい】などがある。

 もちろん他にも色々あるが今回はこのぐらいに留めておく。

 一紀はここまでの話で気になった事を口にする。


「魔法も魔術も同じようなもんじゃないのか?」

「そうだ。まさしく同じようなもんだが、似て非なるものだ」


 例えば、と人差し指を立てて一拍置き、話を続ける。


「魔法が国語なのであれば魔術は数学だ。言葉として表すのは難しいんだが、魔創を構築する仕組みを簡単に言えばそれが1番しっくりくるのさ」


 スーワイアは後ろを向き、ホワイトボードに筆を走らせる。


「そして、生み出される結果は叙情的、情緒的で表現性に富んだ【魔法】に機械的で操作性、正確性に秀でた【魔術】だな。身も蓋も無く言えば動物と機械って所か」

「うーん。なんとなくはわかったけどそういうのって頭の中でやってるのか?」

「そうだな。魔法と魔術の構築は頭の中でやるもんだ。それに魔力とイメージで補完ないし補強する。魔力は想像力の影響をかなり受けやすいからな。そして、引き金を引けば——」


 指先をピストルの形にして狙いを定めるように片目を瞑ると一紀に向かって。


 ——チュドンッ!


 小さな魔力弾が勢い良く発射された!


「ぐあっ!?」


 額を抑えながら「コイツ、マジで打ちやがった!?」という顔をするも、スーワイアは特に気にせず話を続行。

 ミネアレはそっと一紀の耳元に近づき囁く。


「先程の〜意趣返しですね〜」

「ふぅむ〜、甘んじて受け入れよう」


 聞こえてるんだけどなぁ……言い方なんとかなんないかなぁ、などと思うスーワイアではあったが言ってもロクな事にならないと口を挟むのはやめた。


「とまぁ、今見てもらった通り、魔創には構築、装填、起因の3つの工程が必要になる。魔法と魔術はこの工程がハッキリわかるタイプだな」

「……構築は、魔法式や魔術式の組み立て。装填は魔力やイメージを込めることで良いとして、起因ってのは?」

「そうだ。そんな感じだ。わかりやすくするならクリエイト、チャージそんでトリガーもしくはスイッチだ。要は発動する切っ掛けだな」

「切っ掛け……」


 いまいちイメージできていないのか首を傾げる。

 それを見たスーワイアが笑みを作り、悩んでいる一紀に声を掛けた。


「難しく考える事もないさ。発動条件を設定するってだけの話だからな」

「というと?」

「銃を打つのに引き金を引く必要があるだろ? それと同じさ。そこで言葉を発するか、或いは指を弾くかなどのアクションを引き金に設定すればいい」


 納得したのか、一紀は頷き次の質問する。


「魔法と魔術を組み合わせる事はできるのか? 他の魔創も」

「もちろんできるとも。というかそれは次の議題さ」

「魔導?」

「んむ!」


 一紀は意外そうな反応だった。魔を導く、とそう書いてあるがあまりイメージできるような代物ではない。

 ましてや魔創どうしを組み合わせるのが魔創足り得るのか? という疑問もあった。

 先程言っていた構築、装填、起因にあまり結び付かないのだ。

 一紀の反応に気づいているのかスーワイアは苦笑しながら説明する。


「まあ、魔導はちょっとわかりにくいんだ。魔創の利便性を追求するのが魔導なんだが……そうだなぁ」


 彼女は顎を摘み、少し悩むとわかりにくいかもしれないという前置きを入れた。


「魔導は主に2つの使用法が用いられている。1つは魔道具の作成に。もう1つは魔創同士の合成だ」


 回路のようなものだ。

 全てが繋がっていて連鎖し、連動する。

 上手く噛み合うように、魔創式同士を結びつけ構築する。

 武器などの魔道具は中途半端な、未完成の式がいくつか組み込まれていることが多い。

 これは汎用性を高めるためだ。

 使用者によって使う魔創が異なるし、法則もまた変わるからである。それにより瞬時に魔創の構築が可能となる。

 魔力が最初から装填された魔道具はいわゆる消費型という奴だ。使える回数にも制限があったりする。


「合成に関しては今細かい仕組みを話しても訳がわからないだろう。だから大まかにわかりやすくすれば、さっきの試合のメラニーとアミルの技がいい例だ」

「と言うと?」

「城と蛇だ」


 例えば城。

 あれはいろんな要素を『掛け合わせ』てできている。砂、城、再生、触手などだ。

 これらはアミルが中に入って直接操作していたわけだが、砂、城、再生、触手という要素はいずれも魔法でも魔術でも再現が可能ではある。

 しかし、それぞれ魔法、魔術で表現する際に段違いに効率が変わる。速度、変換率、必要魔力量などが大きく違ってくるのだ。

 故にそれぞれ違った形で結びつけて構築する。

 メラニーの場合でも同じような事はしていたが、あちらはわかりやすく遠隔操作を行なっていた。

 指揮棒はすべて魔術で表されていて操作性に能力を全振りしたようなものだった。

 こちらはわかりやすく『足し合わせ』た結果だろう。


「つまり、さっきの国語とか数学みたいに表すとすれば魔導は記号になるって事か?」

「近い役割をする場合が多いな」


 例えば「!」なら強調だったり「+」なら先程の足し合わせるだったりなどだろう。


「ま、魔導に関してはそのぐらいでいいだろう。これに関しては応用が効き過ぎて説明しきれん」

「イメージはなんとなく掴めたと思うよ」

「それで十分さ」


 なにも難しく考える必要はないとスーワイアは考える。

 さて、次の魔創である。

 その説明が行われる前に一紀は軽く挙手して自分の考えを述べた。


「今更だけどさ。詠唱の説明とか要る?」


 もっともな疑問だった。

 これは文字通りという他ない、と一紀は考えたのだろう。

 スーワイアもミネアレも言いたい事はわかると言いたげな顔だがその考えを否定する。


「必要、かな〜」

「確かに〜、他と比べれば〜わかりやすいですけどね〜?」


 一般的な使われ方としては魔創を使う際のサポートのような役割が有名だろう。

 初心者の為のものと言っても過言ではない程に、詠唱はそう認識されている。

 一紀もまた、そういう認識である。


「だがそれじゃあ、魔創のサポートであって魔創ではない。詠唱の単語としての役割しか果たされちゃあいないね」

「ああ、そっか。それだと構築も装填も起因も中途半端になってんのか」


 ふふんと鼻歌交じりに指を鳴らして「よく気付いたねぇ。その通りさ」と一紀を指差すスーワイア。少しテンションが上がり始めているのかもしれない。

 微笑ましそうに見守るミネアレもマナフォンへと伸びそうになる右手を阻止するので精一杯である。今は授業中だからね!

 そんな事は露知らず、スーワイアは授業を続行する。


「詠唱は声に魔力を乗せる事で行使する事ができる。基本的に装填と起因が同時に行われているんだが、構築が明確に別れているのはわかるな?」

「は? んー、と……。別れてる。工程がって事だよな……。なら装填と起因はわかりやすく声に魔力を込めてるとこか。構築だと……」

「はい〜、そうですねぇ〜。詠唱ですからね〜? 大事な〜部分ですよ〜」

「言葉か!」


 ようやく思い至ったのか一紀はそう答えると、スーワイアはそれを肯定する。


「そうだ。それはイメージを補う為だけのものじゃあない。言葉には力がある。文字通りな」

「なるほどなぁ、言霊ことだまって奴か」


 詠唱を施行する手順の説明が終わると実際の効果についての話になった。

 魔法、魔術、魔導は何かを創り出したり、或いは操ったりと何かと直接的な、目に見える明らかな結果が主だった。

 もちろん他にもあるが主流がそちら側なのも事実である。

 しかし、詠唱はその逆。

 表面的には見えない効果な場合が多い。

 それは強化や付与に特化しているからに他ならない。

 わかりやすく解釈するなら詠唱は祝いであり呪いである。祝詞のりとであり呪詞のりとだ。


「ちなみに、詠唱に大事なのは声に魔力を込める事であり、言葉の構成だ。故に、これが歌になってもまた、構わないのさ」


 歌になった場合はまた別の魔創が関わってくる場合があるがそれはまた別の話。

 ともかく詠唱の説明はすんなりと終わった。


「さて、次は陣界と刻綴になる訳だが……どうしたそんな難しい顔をして」


 目敏く一紀の様子に気付いたスーワイアが一旦言葉を止める。


「いや、なんか急に訳わからん単語出てきたなぁって思って……」

「そんなことか。簡単に説明できるもんだから気にする事はない」

「訳わからん単語なのにか?」

「……世の中、何事も難しくまとめたくなる人が一定数いるもんだ」

「そういう人達が世の中をややこしくするんだよなぁ……」

「混乱の〜元、ですねぇ〜」


 私に言うなとでも言いたげな表情のスーワイアだが気持ちは分からなくはないのだろう。きっとどこかのクソ野郎が決めたに違いないと口にしていた。

 話は戻る。

 スーワイアが言っていたように陣界も刻綴も簡単に説明はできるのだ。

 陣界が魔方陣であり、刻綴が文字である。


「文字通り一言で言い表す事ができる」

「なるほどなぁ。正直、陣界は結界とかそこら辺の類かと思ってた」

「結界は【境結】に属するものだな。あれはあれで作りがまた違うのさ。とは言え、今は関係ないな」


 非常に気になる単語が出たものの、それはまた一紀がコツコツと勉強に励む事だろう。

 ともかく陣界は魔方陣になる訳だが、意外にもこの陣界は汎用性がそれなりに高い。

 攻撃に、防御に、付与などと多岐にわたる活躍の場がある。

 そして、その効果もまた絶大である。

 ならば、と当然一紀は全員それを使えば良いのではと言うが事はそう単純ではない。

 スーワイアは溜息を吐くと答える。


「面倒」

「端的ッ!」

「まあ、あれだ。効果が上がる訳と言えば体内ではなく体外で構築の工程が行われているから、と言うのが1つの要因だ」

「フム」


 それならばその面倒さもまた、おのずとわかるだろう。別に手で直接描く必要もないが、それは確かに魔方陣を描かなければならないという手間があるのだ。

 その上、魔力もそこそこ持っていかれるという難点もある。


「あ〜、確かにめんどくさいわ」


 と、一紀もまた納得の理由であった。

 数こそ少ないとは言え、実際に戦闘中に魔方陣を多用する者もいるのは確かではあるし、運用できるのも間違いない話である。

 便利な使い方だと転移用の魔方陣が有名だろう。しかし、それは開発が難しく、どこにでもあるようなものでもない。相性も悪く、誰にでも使えるようにするにはコストが掛かり過ぎる側面もある。一紀が作った国であればそれは比較的安易にできるが、この場合比べてはいけない所だろう。


「戦闘面じゃ、やっぱり使いにくくはあるんだな」

「まあな。そうなると主な使われ方としては罠にするのが1番効果的になるんだろうな」

「…………」

「……そんな遠い目をして泣きそうにしないでくれよ王サマ」

「フランちゃんは〜、頑張りましたよぉ〜。ま〜る!」

「ふぅぐぅッ!!!!」


 遂に目を押さえ始めてしまった一紀。

 確かに哀しい事件だった。

 スーワイアはコホンと気を取り直してフランの名前で思い出した事を伝える。


「最後のあれはフランが1番最初に仕掛けてた罠だが、実際に手で描いたのではなく魔力で器用に描いた奴だ。そして、それを隠蔽する為に実際に魔方陣の線を見えなくしていた訳だが……王サマは1つ気になる事があったよな?」

「ああ、アミルが会場を砂漠にした時、あそこだけ変化がなかったんだよな。すぐに隠れたけど」


 それは、一定の条件に達している魔方陣に魔力のみで干渉する事が非常に困難な為だ。

 アミルに干渉する余裕もメリットも無かったのもあるのだろうが。

 ともかく。

 魔創一つ一つが完成された法則であり、だからこそ、それらを繋ぐ魔導が存在する意義でもある。


「さて、最後の魔創になった刻綴だが、これもまた魔方陣と似通った部分があるが、これは魔方陣にはできない身体に直接刻む事が出来る強化が可能だな」


 それ以外だと大量の文字を並べて、文字を単語に、単語を文にと完成させていき起こす事象を証明もしくは表現する使い方もある。

 これは非常にセンスを問われる部分でもあるため使われる機会が少ない上に使えるものもまた限られるのだ。


「なんか、刻綴あっさりと終わったな」

「……時間が押してきたんだ。1番大切な部分を教えれてないのは流石にまずいんだ」

「世知辛いよな」

「無駄話が多かったんだよ!」

「はい……」

「ともかく、だ。ログレイ君、アレを」


 スーワイアがそう指示するとミネアレは「はい〜」と間延びした返事をしながら掌サイズ程の水晶のような魔導具を取り出し、一紀に魔力を込めるように頼む。

 コレがミネアレの今日の目的である。魔力の採取なのだが、スーワイアは最後の題材として、その魔力について説明を開始した。



 一紀が水晶に魔力を込め始めると透明だった水晶は黒く濁り始めた。

 嫌そうな顔をするが禍々しいという感じはない、がなにやらショックを受けたようだ。

 スーワイアはそれを視界に入れながら思い出したように口にする。


「説明するのを忘れていたんだが魔創とは別に通称、魄技はくぎと言われるものがある。これは先天的なものと後天的に身につくものがあるんだが、要は魂に刻まれた技術だ」

「あ〜、なんだろう。こう、ゲーム感覚で考えればスキルとかって呼べそうなものだよな」

「まさしくそれだ」


 スーワイアは頷き、続ける。


「種類に関しては千差万別だからなんとも言えんがこれが身体に現れる場合もある。わかりやすいのが魔眼だな。そして魄技は魔創とは違い、労力をほとんど必要としない。もちろん負担になる場合もあるがな」

「魔物にもあるのか?」

「むしろ、全ての魔物に備わってるな。奴等の魂は変化しやすく頑丈だ。それが進化しやすい原因でもある」

「なるほど」


 一応の納得を得られた所でスーワイアは話を最初に戻す。


「さて、本題に戻ろう。王サマは今までの話を聞いて、こう思ったのではないか? 自分にも魔創が使えるのでは、と」

「まあ、なんとかなりそうな雰囲気はあったと思う。工程も構築、装填、起因な訳だし」


 そう、確かに一紀にもその3つの工程を再現する事はできるのだ。しかし、大事なところが欠けている。


「残念だが大掛かりな魔導具を使えば辛うじて使える程度だ」


 それを聞いた一紀に驚きはない。もともと使えない事は知っているのだから当然かもしれないが。

 そもそも、その原因も自分の手に収められているのだからそれを察せられない程一紀も馬鹿ではない。

 手の中に収まっている黒く染まった水晶を見ながら一紀は答える。


「それは魔力が関係してるんだよな?」

「その通りだ。まず、第一に魔力とはなんだと思う?」

「いきなり難しい質問だな」


 不思議な力の源。

 などと言えば手っ取り早いのだろうが、そういう質問の意図でもない。

 どう返せば良いのか見当もつかない一紀であったが、それでも真剣に考えようとするのは彼の良いところだ。

 しかし、それでも思いつかなかったのだろう。漠然とした答えを口にしていた。


「…………力、かな」

「……熟考した点は評価しよう」

「ありがとうございます!」


 存外優しい先生である。


「魔力というのは魂の体力のようなものだ」


 例えばの話をしよう。

 例えば、全身運動をやり続けたとしよう。

 もちろんそんなものをやり続ければ息も上がってくるし、何より疲れる。

 当たり前である。

 しかし、それでも続けて行くとしよう。

 すると、必然的に限界は迎えてくるだろう。動きが鈍くなるに連れて、次第に息こそ多少整い始めるだろうが、最終的に地面に突っ伏したままだ。

 身体は動かそうと思っても一切動かせない状態に至るだろう。

 そして身体の疲弊に引っ張られるように精神もまた多少疲弊し、眠りたくもなる。

 これを何と言うのか。

 簡単な話である。

 ただ一言。


「体力の限界、だな」

「その通り! では、魔力の限界ってのは何か?」


 この場合どう説明するべきかは容易である。

 魔力をひたすらに放出すれば良い。

 その過程でなにが起こるのかが説明したいポイントである。

 こちらもまた、息が上がってくるのは同じである。だがこちらは、肉体的にではなく精神的に疲れる。

 先程同様、それでも続けて行くとしよう。

 魔力の放出に勢いは無くなってくるが息も若干整い始めることもあるだろう。

 そして、身体は問題にならない程度の疲労なのに意識はプッツンと途切れる。

 しかし、これは気絶や眠っている状態とは少し異なり、周りはボンヤリと認識はできるのだ。


「……いや、どう言う状態?」

「んー、思考力、意識力が低下しただけの状態と言うのかな。もちろん、身体は動かせないんだが……どう説明したものか……」


 しばらく悩み、それに近い例えをひねり出そうとしていたスーワイア。

 しかし、ふとミネアレの姿を瞳に映すと、閃くように続けた。


「ボーッとしてる時に声を掛けられたり、或いは眼の前で手を振られてもしばらくはなにもできないだろ? 認識は出来てるのに、その状態が続くのさ」

「あ〜、なんとなくわかったわ」

「むぅ〜、スーちゃん失礼〜!」


 これもまた彼女なりの意趣返しなのだろう。ミネアレの抗議を特に気にする事なく続ける。

 他にも例を挙げるのならば、眼を瞑った状態だろうか。眼を瞑ったままであろうと誰かが近くを通ればわかるものだ。そういった身体の感覚は残っているのだ。

 さて、体力の限界、魔力の限界を説明したところで気付くこともあるだろう。


「どっちも肉体的にも精神的にも疲れるんだな」

「それはそうさ。魔力がある魂ってのは言わば精神、心の在処ありかでもあるんだ。よく言うだろ? 心と体はつながってると」

「なるほどなぁ。でもそれと俺が魔創を使えないのはあんまり関係ないよな?」

「まあ、待ちたまえ」


 これはただの魔力の説明である。

 簡単に分類すれば魔力には2種類ある。

 それは文字通り体の中にある体内魔力とどこにでも存在する体外魔力というものだ。

 それでは魂にあるはずの魔力がなぜ外にもあるんだ? という疑問がもたげるものだが、性質が違うという他ない。あるものはある、そういうものである。

 まあ、自然様も立派な命なのであって当然だとも言えるが……。

 ここでは体外魔力については触れないようにしておこう。話が更にややこしくなっても困る。

 さて、では肝心のソレは——


「——魔力はどこにある?」


 スーワイアの質問に一紀は眉をひそめる。

 不愉快などではなく懐疑的に、訝しげな視線を返す。

 その質問は、先程も口にしていたし、流石に頭にも入っている。それに、自分でも魔力を感じる事は出来る。


「魂にあるんじゃないか? それか心臓に近いあたりに」

「ふむ……では、魂はどこにある? 心臓に近いあたりに魔力袋かなんかがあるのかい? 少量ならまだしも膨大な量が?」

「それは……」

「そう、違うのさ。体力は心臓にはないだろう? 体力は数値化は出来るかもしれないが目には見えない」


 魔力も同じさ。と彼女は言う。

 しかし、体力を調整できるのと同様に魔力は操る事が出来る。圧縮して、可視化する事が出来る。

 そして、魂は確かに自分の中にはある。ただし別空間に、だが。

 魔力をそこから引きずり出す時に心臓を介して体外魔力から体内魔力へと変質する。


「魔力は色に例えられる事が多い。いや、実際に色そのものでもあるんだがな」

「色そのもの、か」


 黒い水晶を見ながら呟く一紀にスーワイアは頷き、続ける。

 体外魔力は白であり、体内魔力は黒だ。


「水晶も黒く染まったしなぁ……」

「いいや、それは王サマだけさ」

「なんで?」

「魔創が使えない理由さ。魔力は可能性の塊、集合体だってのはわかるだろう? それじゃあ質問だ。全ての色を混ぜ合わせると何色になる?」


 一紀は神絵師と呼ばれるぐらいの絵描きである。それぐらいの知識はあった。


「……無彩色って言われてるな。白も黒もそれに当てはまる。なら、魔力が黒でも魔創は使えるんじゃないのか?」

「魔創はある程度可能性を限定してやらないと形にはならないのさ。どんな可能性があろうと全てをごっちゃ混ぜにされれば方向性も形も何もかもがダメになる。選別ってのが必要なのさ」

「そっか……」


 船頭多くして船山に上る、とは少し違うのだろうがそれに似た状態になる。

 ならば船頭を減らせば解決なのだが、一紀にはこの船頭を減らす手段が無いのだ。


「魔力を放出する為には身体に必ず備わっている魔孔まこうと呼ばれる場所を経由する必要がある。もちろん王サマにもある」


 でなければ魔力を外に出す事も出来ないだろう。人によって魔孔の数も場所も違うがそれは確かである。

 では、問題はなにか?

 その魔孔に必ずと言って良い程備わっているフィルターの様な膜が一紀には無いのだ。

 このフィルターを通して黒い魔力は数々の色に化ける仕組みである。

 そしてここで人の資質というべきか、得意な属性が別れる部分でもある。

 赤は赤でも種類が豊富であるようにその可能性の広がり方もまた別になる。

 同じ炎使いでも応用方法が変わるのも納得の話だろう。


「じゃあさ、別の属性同士を合成する時はどうするんだ? メラニーの蛇って確か炎以外の要素もあったよな? 地属性って言い方がわかりやすいんだろうけど」


 地属性。一紀はそう表現した時、あくまで暫定的な表現であった。そして、それは正しい。

 魔力の色が赤だからと言って火属性というわけでは無いからである。確かにそれに近しいものが多いがそれだけでは無いからだ。

 とは言え、そう表現したところでそんな細かい所で文句を言う人もいないだろう。伝わればいいのだ。

 閑話休題。

 一紀の質問を受けたスーワイアは鷹揚に頷く。


「さっきも言っただろう? 魔孔は1つじゃあない」

「でもフィルターを通すんだし同じ色になるよな?」

「ああ、言葉が足りなかったな。そのフィルターも1つじゃないのさ。もちろん、1つしかない人もいるんだろうがな。そして、別の魔孔のフィルターを切り替えれば良い」

「なるほど。そのフィルターもなんかあったりするのか?」

「なんか、か。魔力の変換効率が違ったりもするな。才能の差って奴だろうな。フィルターを変えたら同じ量の魔力が出る訳では無いのさ」


 魔創師のスタートは確かに才能などで決まる事もあるだろう。

 しかし、努力を怠れば当然他の者に追い抜かれるのは必至だ。

 そうして、授業は休憩を挟みつつもかれこれ3時間は続いただろうか。ミネアレは途中から退室していたがなんだかんだで早く終わったように一紀は感じられた。


「今日はありがとう!」

「存分に感謝するがいい、王サマよ!」

「「ハッハッハッハッ!!」」


 忙しくも楽しい1日が終わり。明日への期待を胸に一紀は寝床につくのだった。

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