場を整えようか

 劇的であった。

 アミルの放ったソレは、会場を変えた。

 まさしく、言葉通りに。

 彼女を中心として、波紋が広がるように、波が地を侵食するように全てが金色の美しい砂へと変化を遂げていく。

 そして、あっという間に幻想的な砂漠のステージへと様変わりした。

 続けて、アミルは淡々と単純作業をこなすように己の周囲を球状に砂で囲った。

 今やこの地にある砂漠は殆ど彼女の支配下にあるようなものだ。

 吹き荒れる砂の中でアミルは小さく呟く。


「少し、足りない、けど。《蠢く砂城》」


 ゴォッ! と砂が上に噴き出す。

 砂塵が舞い上がり、視界を遮られる。しかし、それでもなお視認できてしまう巨大な影。

 砂埃が晴れてくると、そこには最初からそこにあったかのように異様な存在感を放った砂城。

 まるで御伽噺に出てくるような巨大な城が現れていた。

 その城の下方では巨大な蛇を模したと思われる触手が不気味に蠢く。

 ソレは砂城を守るように囲っている。そこに死角はなく、四方八方に対応できるだろう。

 強度についても無論、問題はないはずだ。

 大重量の壁が動いて、崩れても直ぐに元に戻る。

 多少の威力では砂城自体はビクともしないだろう。まさに要塞の如き様相を呈していた。


「随分と荒らしたねぇ」

「近づきたくないなぁ……」


 空中で戦っていた2人には影響は特にない。が、楽観視できるような状況でもなかった。

 ヒュールは呆れ混じりに砂漠を眺め、フランは素直に自分の心情を零していた。

 眼下に広がるのは雄大な景色。溜息が出るほどの壮観な城。

 そこに佇んでいる、ただそれだけで全てを圧倒する迫力があった。

 まるで生きているかのように流動的な城は如何なる攻撃をも飲み込むかのようだ。生きた要塞と言われても違和感のない代物である。

 多少、感想の違いはあるがどちらにしろ嫌そうな顔をしている。

 そんな2人とは違い、もう一方のダイナとメラニーは何処か憂うような表情であった。

 しかし、それも一瞬だ。


「情けは掛けませんから……」


 ダイナは何かを察して仕方が無さそうに嘆息し。


「後でお話だよ! あみるん!」


 メラニーは何やら少しだけ不満そうに頬を膨らませていた。

 斯くして舞台は整ったと言ってもいいだろう。或いは、佳境を迎えた、か。

 アミルの姿は見えなくなったが、そのアミルとメラニーが協力関係にあるというのは言うまでもない。

 砂の触手はダイナへ目掛けて振るわれ、火球は彼女を追う。

 しかし、触手は大地を揺らし、火球はその余波で誤爆を産んだのみで、ダイナにはかすりもしていなかった。

 見ればダイナは全身に纏った電撃の迫力が増しているように見える。さながら充電をしているかのように映らなくもない。

 触手の上をひた走りながら城に近づこうとしては、メラニーに邪魔をされている。

 少し苛立たしそうにダイナはメラニーに言葉を投げる。


「今更、時間稼ぎは悪手だと思うのですが?」

「あみるんが望んでるから良いんです!」

「……そうでした、ね!」

「うわっ!? 今になってその地味な反撃やめてよ!」

「そっちこそやめてくださいよ!」


 何やら不毛なやりとりが行われてはいたが、その間にアミルからの援護はちょこちょこ行われている。

 メラニーを意識してなのか、若干の遠慮はあるが絶妙なバランスを保っていた。

 ダイナはようやく攻勢の姿勢を見せてはいたが、なかなか儘ならない状況である。

 今まで通りの戦いにならなかったのはフランとヒュールも同じだ。

 ヒュールがフランにだけ構うことができなくなったのが原因である。

 頭上、結界のギリギリまである城が、宙に浮くヒュールを攻撃できない道理もない。アミルからすればしない理由もない。


「なんでよ!?」

「普段の行い、じゃないかなぁ……」


 ヒュールが抗議を上げるがフランがズバリ言い当てていた。

 ダイナとヒュールへの攻撃を比べると3対7ぐらいという比率を考えると彼女の恨みも根が深そうである。

 側から見ればアミルとフランが協力してヒュールを打倒せんとしているようにも見えるがその実、少し違う。

 フランが触手の軌道上に居ても構わず振るわれる様子を見れば一目瞭然であった。

 涙目になりながら、それでもヒュールを追い詰めるフランの実力は感嘆の溜息が出るほどだ。

 しかし、彼女は悲哀の篭った声でボソリと零した。


「普段の行いはいいはずなんですけど……」


 普段からの扱いが既に可笑しいのでそこから考えた方が良さそうだ。難儀しそうではある。

 これにはヒュールも苦笑を浮かべるのみだ。それがちょっと悲しい。

 さて、諸行無常。時間が経てば変化は訪れるもの。


「……はあ、もういいでしょう。見つけました」


 目を細めて砂城を見据える。

 身体中に流れていた紫電が右腕に全てを集束させていく。

 然しものメラニーもこれは止められそうにないと悟ったのか顔を顰めた。

 巻き込まれたらたまらないと彼女はその場を離れる事にしたようだ。

 それを薄情というのは酷だろう。


「《紫哮霆ヘランパゴ》」


 砂城へ真っ直ぐに腕を伸ばし、なにかを掴んでいるかのような手を向けると、紫の閃光が辺り一面を照らす、と同時に獣の咆哮にも似た雷鳴が轟いた。

 光の眩しさに目が眩み、雷鳴の怒号に激しい耳鳴りで状況を把握し辛くなった。

 しかし、目が回復すると会場には一目瞭然の結果が既に示されていた。

 ダイナの前には城などなく、ただただ砂漠が広がっていただけだった。

 異常が1つあるのだとすれば、地面に所々、残り火のようにバチバチと放電現象が見られることぐらいか。

 砂塗れの状態だったボロボロのユレンが垂れたウサミミの砂を払うと慌てたように宣言する。


「あ、アミル・キスリット。戦闘不能により失格ですっ!!」


 失格者専用の場所を覗いて見れば、アミルは確かにそこに転移されていた。

 フードを深く被り、パーカー内で蹲るような格好で不貞腐れている。

 少しぶすっとした顔と彼女の長い2色の髪が僅かに襟ぐりから窺えた。

 しかし、彼女はヒュールが映る画面に視線移すと薄っすらと笑みを浮かべた。

 ヒュールが大粒の汗を大量に垂れ流しながら四つん這いで荒い息を吐いていた。


「砂は、思ったより、重い、でしょ?」


 アミルはダイナよりヒュールを重点的に攻めていた。だが、ぶっちゃけてしまえばダイナの様子を見る限りではヒュールを倒し切るには時間が足りない。

 ならば、最大限の嫌がらせをすれば良い。

 砂の重さ一粒一粒を重くし、体に付着させた砂には対象の魔力を糧にする事で重さと吸着力を維持させるように仕組んでいた。

 フランにも少し着いてしまったようだがあのくらいならどうということはないだろう。

 自分の汗が地面に滴るのを見つめるヒュールにふと影が差す。

 見上げればフランの笑顔。

 あ、終わったなと悟るには十分な時間。


「フランはもう少し後先考えた方がいいと、ボクは思うんだ」

「どういうこと!?」


 スパンッと氷の刃でトドメを刺すとヒュールも転移する事となった。

 会場を静寂が僅かに包むと、瞬時に全てを掻き乱すように大音声が響き渡った。


『ど、ドン引きだぁーっ!! 会場全体がドン引きしております!』


 マウリナの声によりフランは自分がしでかした事に気がつく。

 つまり、


『無抵抗の相手を……躊躇がありませんでしたね』

『フラン……。恐ろしい子ッ!』


 シルネもまた戦慄を隠せない様子で呟き、一紀はそっと目を伏せた。

 ユレンがヒュールの退場を宣言すると同情的な目をフランに向け、ふい、と目を逸らす。アレはもっと違うなにかだ、と。

 フランは天を仰ぐ。

 嗚呼、神よ。どうか私を真っ当だと言ってくださいな。

 しかし、哀しきかな。彼女の願いも虚しく、メラニーの鋭い気配により緊張感は再び高められる。

 一度は撤退したメラニーだったが、彼女は頃合いだと頷き、パッと両手を上に掲げ、右脚を肩幅に開いた。


焚操タクト


 唱えると右手にはいつのまにか、赤黒い指揮棒が握られている。

 その姿はさながらオーケストラを指揮するマエストロが如き佇まい。

 事実、意識はしているのだろう。最初の一撃同様、彼女は派手な演出を好む傾向にあるのだ。たとえ、自作自演だとしてもそれは変わらない。

 そして、ここで彼女の『保険』が活きてくる。

 あの地中に埋めた小さな火球がどう変化したのか。それはメラニーの手によって直ぐに示されることになった。


「《演蛇開炎えんじゃかいえん》」


 タクトが振るわれ、ドロドロとした熔岩で形作られた蛇が地面より噴き出た。

 砂の海を自由に泳ぎ、メラニーの指示を待つその姿は笛の音色に魅了された蛇使いのコブラをどこか彷彿とさせる。


「また大掛かりな物を仕掛けてきましたね……」

「私の方に来ませんように私の方に来ませんように私の方に来ませんように……」


 ダイナが最早呆れる他ないといった様子で赤黒い蛇に取り囲まれているメラニーを眺める一方で、フランはただただ神に祈りを捧げていた。

 ダイナとしてはそんなフランの様子に対処できない訳でもないだろうに、などと思うのだが、面倒な事この上ないというのは認める所だ。


「どうしよっかなぁ〜……。よしっ! 《モルト・プレスト》!」


 メラニーは少し考える素振りを見せると、面白くて仕方がない様子で標的を絞った。

 炎蛇はメラニーの指示に従い凄まじい勢いで突進した。


「ッ!? 私ですか!」


 ダイナは素早く地を駆ける。

 砂に足を取られながらも炎蛇の突進は避ける事が出来た。

 しかし、炎蛇はそのまま地中に沈み、下からダイナを再び襲う、が。そう簡単にやられる彼女でもない。

 驚異的な反射神経と身体能力でもって炎蛇を躱し続ける。


「フランちゃんは構って欲しいのかなっ? 《ア・テンポ》」


 ダイナに攻撃が集中していた為か、フランはメラニーの不意を打とうとしたがそれを予測出来ない筈もなく、メラニーは炎蛇を元の速さに戻して自分の周囲に置く。


「むぅ〜……」

「フランちゃんはセコイなぁ」

「セコ——ッ!?」

「《テンポ・ルバート》!」


 フランとの会話もそこそこに炎蛇へと次の指示を出す。

 そして、今度は蛇に相応しいとすら言える読みにくい不規則な挙動へと切り替わった。周囲をフラン諸共薙ぎ払い、再びダイナへと迫る。

 砂煙が舞い、メラニーはその中を移動して姿をくらましながら距離を置いた。


「何を企んでいるのか知りませんが、そう簡単にはやられませんよ」


 ダイナを見ればなるほど、と確かに簡単にはやられそうもないなと思える。

 数十人の中から本物を1人探し当てるのはなかなかに苦労のいる作業だ。

 しかし、メラニーはなんのそのとタクトを振るう。それもちょっと不思議そうな表情で。


「……えっと〜……《ブレス》」

「——っあ、そうですよね……」


 メラニーの指示で炎蛇が大きく口を開いて広範囲に炎を放射し、ダイナの分身達を一瞬にして無に帰した。

 そのブレスからも難なくと逃れたダイナは少し恥ずかしそうである。

 今にも崩れ落ちそうにプルプルと震えてる彼女はどこか切ない。

 目に手を当てる観客がチラホラ。



「ダイナはたまにポンコツになるよねー」


 そう口にするのは先程失格となり、アミルと同じ部屋に転送されたヒュールである。

 試合を見ての感想だろう。

 しかし、彼女に反応する者はいない。アミルからは断固として無視する意思がヒシヒシと伝わる気配。

 ヒュールもこれには苦笑。

 それでも、彼女にはどうしても聞いておきたい事があった。真面目な顔つきで疑問を投げかける。


「アミルはさ。なんでわざと負けたのかな? あの様子だとメラニーも城を出すまで知らなかったよね?」

「…………」


 アミルは応えない。そこには確かな拒絶があった。

 しばらくの間が流れるとアミルは自分の意志を押し潰し、絞り出すような声で提案、というより条件を提示した。


「……私を」

「んー?」

「私を、離したら、話す……ッ!」


 心なしかアミルの声には怨嗟の念が含まれているように感じられる。

 しかし、ヒュールはそんな事は知らないとばかりにだらしなく蕩けた表情で「えぇ〜?」と顎をアミルの頭に乗せる。

 そう、現在アミルは後ろからヒュールにギュッと抱きつかれた状態なのだ。ヒュールが転送されて早々の出来事であった。

 アミルを見つけたヒュールは良くもやってくれたな〜? と顔を愉しげに変化させて彼女を捕らえて以来ずっとこの状態である。

 アミルは溜息を吐くと諦観を顔に浮かべ、まるで「楽しい人生だった……」とでも言いそうな笑みを貼り付けた。


「共に、逝こう……ッ!」


 ハイライトの消えた瞳のアミルはヒュール共々、地面に沈み始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれるかな!? 覚悟決めすぎじゃない?」


 ヒュールは慌てていた。以前の時のような落ち着きはない。それはアミルの本気度が前回沈めようとした時よりも増しているからだろう。

 彼女の目がなによりも雄弁に物語っていた。

 必死にもがく己の怨敵を、今日こそは、と。

 

「巨悪を、倒せる。なら、本望。一片の悔い無し!」

「ちょ、本当に待ってっ! もう腰まで沈んじゃってるから! てか諦めが早いよ!」

「潔いと、言って」

「金出せって言われて首差し出す潔さなんて、ボクは認めないよ!」


 強盗犯も困惑ものだろう。

 アミルもさすがにやり過ぎたと思ったのか渋々ながら中断した。

 ヒュールとしてもアミルの事情が気になるところではあったので彼女を離してあげた。名残惜しそうではあったが。


「……このタイミングでそんな笑顔にならないで欲しいんだけど」


 珍しく表情を大きく動かすアミルを見て嘆息するが「まあ、いいけど」とヒュールは続ける。


「それで、なんでわざと負けに行ったのかな?」


 わざと負けに行ったと言われてそれに気付いた者はどれくらいいたのだろうか? 少なくともそう多くはないはずだ、とアミルは思う。

 誤魔化しても無駄なんだろうなとも。

 問い詰めても何も言わないアミルにヒュールは再び口を開く。


「間違ってはいないよね? ボクが見た限り、アミルはあの場を大胆に掻き乱しただけだよね?」


 言ってしまえばアミルのした事は地面から数多の尖塔を生やし、あの場を砂漠に変え、砂城で妨害しただけだ。

 唯一、メラニーには味方をしていたが、派手に目立っただけで負けに行ったと言えばその通りになるだろう。

 アミルは頷く。

 顔は下を向いていて表情は窺えない。


「私には、無理、だから……」


 その声音には少しの悔しさが垣間見えるが仕方ないとも思っていそうな節がある。

 何より確かな信頼があるようにも思えた。

 だからこそヒュールは優しげに顔を綻ばせ、


「そっか」


 と、そう返す。

 それはきっと他の4人を押し退けて勝てないと言っている訳ではないのだろう。

 自分の役目ではない、とアミル自身が思ってそう判断し、行動したのだ。

 ヒュールとて言いたい事はあったがこれは時間をかけるべき事だと、それ以上は口にしなかった。

 それにヒュールとて負けには行ってないが勝とうともしていなかったのだ。

 無言の時間が流れる。外からは激しい戦闘音が響いていて戦いの行方をこちらに伝えてくる。

 メラニー優勢の状況は変わらないようだ。

 ヒュールは空気を変えようと口を開く。


「メラニーは確実に勝ち残りそうだねー。もう一人は誰が勝ち残ると思う?」

「ん。誰が勝ち、残っても、私と、メラニンの、二人勝ちは、変わらない、から」

「……? それはまたなんでかな?」


 不思議なことを言い始めたな〜、とヒュールが思っているとアミルはゆっくりとだが、その真意をヒュールに伝える。

 アミル自身は誰よりも大きく目立った上で望み通り退場できた。この時点でアミルとしては上々の結果だ。

 次にヒュールが退場してきた訳だが……。


「……ヒュール。今日、何か、した?」


 …………。


「……した、よ?」

「飛んで、避けて、地味に、戦って、疲れて、首チョンパ」

「やめてよ! ていうかホントにボク何もしてないじゃん!」

「もはや、いたの? ってレベル」


 愕然としてしまうヒュール。

 これではフランをバカにしただけではないか、と。

 動揺を隠さぬまま、続きを促すヒュール。

 メラニーが勝ち残るのは確実だろう。

 ダイナに関してはアミルを退場にさせた事により勝つのは難しい。

 フランは順当に行けば勝つだろうとのことだ。

 アミルがここで指摘するのは勝敗の決し方の問題である。

 ダイナは恐らくもう勝とうとはしていないはずだ。

 では、なぜ今必死に避けているのか。


「ダイナは、見栄っ張り、で、少し、欲張り、だから」


 良い感じの負け方を模索しているところだろう。フランに関してはメラニーに不信感がありすぎて共闘ができずにメラニーの隙を窺ってる形だ。

 というのがアミルの見解だ。

 なるほど、と頷くヒュール。だが、それではアミルとメラニーの二人勝ちとはならないだろう。

 それを指摘するとアミルはそれを肯定する。


「ん。でも、フランは、ああ見えて、慎重? 用心深い? ……とにかく、無駄が、多かったり、する」

「んー。まあ、そうかもしれないけど……」


 なかなか辛辣な物言いだがヒュールも一応は納得した。

 なんと言えば良いのか。回りくどいというか、あとあとめんどくさいタイプだろうなぁ、とヒュールは思う。


「最初、フランの、周りだけ、尖塔を、生やせ、なかった」

「地面を固めてたんじゃないの?」

「それなら、手応えが、あった、はず。アレは、干渉、できなかった、から、多分、罠の類」


 それも大掛かりな仕掛けの可能性が高いだろう。

 その証拠にフランは今のところ目立った事を一つもしていないのだ。ヒュールとまったく同じなのだ。弄られてるだけヒュールよりは目立っているかもしれないが。


「ボクをちょいちょい挟まないでくれるかな……」


 そして恐らく罠の存在に誰も気がついていなかった。

 しかし、アミルとメラニーで情報交換がされてないはずもない。


「なるほどねー。でも、干渉できなかったって事はフランのいた所だけ砂漠化してないって事かぁ」

「ん。砂で、隠した」

「それでフランは見せ場なしで終わり、と。それで二人勝ちかー」


 アミルはそれを首を振って否定した。

 罠が発動した時点で十分に目立つだろう。

 それに、メラニーがそんなフランを許さないだろう。


「……観れば、わかる」

「…………」


 この時、ヒュールはフランの為に、少しだけ心で涙したという。



 美しくも流麗な音楽が奏でられているかのように躍る炎蛇。

 一見、暴れているように映るがそれは1人の小さな指揮者により、確かな意味を伴った動きとなっている。

 逃げ道を塞ぎながら、獲物を追い詰めんとする姿はまるで自然界を生き抜いてきた猛者そのもの。

 地面に潜る度にその体長を伸ばす炎蛇にとってこの制限されたフィールドは絶好の場所だろう。

 その猛々しく熱を放射する身体をくねらせてダイナに幾多も襲う。

 若干、泥臭く感じられるかもしれないがダイナの紙一重の回避には確かな洗練された強さと美しさが備わっていた。

 時には雷光の如き攻撃で炎蛇を穿ち、機を狙うが、今はあまりにもメラニーの場が整い過ぎてしまっている。

 それはアミルの尽力無くして成り立ってはいないだろう。

 そんな熱い試合に会場の熱は砂漠のステージと相まって最高潮と言っても良いだろう。ボルテージはクライマックスに向けて上がりっぱなしだ。

 もはや二人の闘いにしか見えないが一応空気になりつつ、いや……空気になっているフランも当事者である。しかし、いい加減諦めたのか邪魔にならない程度にその闘いを見ていた。

 手に汗を握る展開。ダイナの反撃を誰もが心待ちにしている。

 紅く赤熱した砂漠の中、ガラス化した地面が点在していて、一種の神秘性を魅せているがダイナが踏み入れる足場は残り少ない。

 けれど、ダイナも無策ではなかった。

 回避だけで精一杯だと思われたダイナが反撃の狼煙と成り得る攻撃に転じようとしたのだ。


「そろそろ終わりですよ! メラニー!」


 黒と銀の光沢を放ちながら波打つ長髪。

 怜悧に映るその瞳を細め、着地と次にとる行動を頭の中で素早く巡らす。


「な、なにおぅ〜!」


 焦った表情で気の抜ける声を上げるメラニー。

 だが確かな魔力の激しい唸りを感じられる。ここで決着は着くだろう。そう誰もが思い、「おおっ!」と興奮を吐き出す。

 緊迫の一瞬。

 状況の動く瞬間。

 まさにそんな刹那。


「あ……」


 そう溢したのは誰だったか。

 ヒュールか。アミルか。はたまたフランか。

 ダイナが地に足をつけたその時。


 ——ピィシィッ!!!!


 全てが凍てついた。

 ダイナは物理的に。

 他は比喩的に……。


「だ、ダイナ・ミルナイル! 戦闘不能により失格!」


 斯くして決着はついたのだった。

 最高潮だった興奮も今はどこへやら。上げて落とされるとはまさにこのことだろう。

 もっと相応しい決着が見たかったと見て取れる。


『…………』


 異様な程静かな会場をメラニーは素晴らしい笑顔でいい仕事をした雰囲気で、フランは逃げるように一旦会場を後にした。

 メラニーのシャツに書いてある『為せば成る』の文字に妙な哀しさを覚えるフラン。


『ちょっと待てぇーーーーッ!!』

「ひぃーーーーっ!」


 会場の怒声に悲鳴を上げるフランであった。



 さて、場所は変わり、城の中の会議室と言ってもいい部屋の中。だだっ広い部屋の中心に大きな円卓が据えられており、椅子がいくつも並べられていた。円卓の中央には穴が空いていて皆の中心で発表などをするのに適した形となっている。

 部屋の雰囲気は確かな気品さを感じられ、居心地は最高と言っても差し支えないだろう。

 しかし、一紀は現在、一人でその部屋でボケーとしている。

 人を待っているのだ。


「まあ、しょうがないよなぁ……」


 一紀は若干不満そうにしながらも小さく諦めの溜息と表情を浮かべる。

 そもそも、なぜこうなったのか。本来ならば遠征とも言えるイベントに出向く筈だったのだ。

 しかし、その予定は次の日へとずれる事になり、今日はちょっとした勉強会をしろと言われてしまったのだ。


(アレを見た後じゃ、強引に行こうとも言えないよな……)


 椅子の背もたれに体重を乗せ、軽く仰け反りながらそう思い耽る。

 脳裏に浮かぶのは先程あった一幕。

 メラニーが疲れたと言い出し、明日にしようと提案したのだ。

 その割にはなんだか元気がある様子ではあったので一紀も反論していたのだが、チラリと他の五玄星に視線を移すと少々言葉が詰まった。

 敗北者であるアミル、ヒュール、ダイナ。

 アミルはメラニーと共に機嫌良くハイタッチなどをしていたので特に問題は無いとして、ヒュールは壁に背を預け、目は茫洋としていて近寄りがたい雰囲気だ。

 ダイナは部屋の隅で蹲り、立ち直るのに少し時間を与える必要があるだろう。2人の様子では助けも頼めないのは自明だろう。

 トドメは勝者だったはずのフランである。

 彼女は虚ろな目で一紀を視界に映し、憔悴しきった声と表情に申し訳無さを滲ませながら言うのだ。


「……あの、一紀様すみません。えっと、その、精神的に、キツイので……」


 できれば明日に……と続く言葉は最早一紀の耳には入りはしなかった。

 まさしく心が決壊した瞬間だった。

 後ろでマウリナがボソリと


「コレ連れて行くとか鬼畜かよ。引くわ……」


 そうドン引かれたのもなかなかに効いていたかもしれない。

 というわけで現状、大人しく待ち人、先生を待つ他ないのである。

 とは言え、退屈は然程しないだろう。この世界は一紀自身が設定したものとは大分、法則などが変わっている部分はあるだろうし、それを知るのは無駄な事とも思えない。

 待つ事さらに数分。

 突如として扉はバンッ! と勢い良く開かれた。

 一紀はビクッとはしたものの2つの気配が近づいてきていたことには気付いていた。だがまさか勢い良く開け放たれるとは思わなかった。

 一紀が驚きで表情を彩る中、扉を開け放った存在は何一つ気にした素振りを見せずコツコツと円卓の中央へと移動する。

 その中央の空間にある教卓とホワイトボードに着くとバッ! と身の丈に合ってない白衣をはためかせ、バンッ! と教卓を両手で叩き宣言する。


「授業を始めるッ!!」


 少し隣には彼女を優しく見守る者が静かにパチパチと拍手をしていた。

 一紀は大仰な仕草に呆気にとられたもののすぐに立ち直った。


(うん。こんな奴だったなぁ……)


 と。

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