闘技大会開始!

 闘技場の中央で5人の少女達がつい先程、下から現れたバスケットボールより一回りは大きい、神秘的に映る虹色に輝く水晶玉を中心にして囲んでいた。

 おもむろにそれぞれがそこに手を添え、魔力を流し始める。

 彼女らが魔力を流しているのはこの闘技場専用の安全装置である魔道具だ。魔導装置と言ってもいいだろう。

 魔力を流す事によってその者の魔力の波長を読み取り、周囲に特殊な結界を張り巡らすのだ。

 この結界はあくまでも魔力を流した当人の攻撃しか阻まない。

 故に、というわけでもないが、普通に外に出ようと思えば出れるし、吹っ飛ばされたとしても衝撃を多少殺してくれるだろうが……やはり、出れる。外からの攻撃も普通に通してしまう為、防衛用には向かない。

 水晶に流した魔力は結界に変換する時点でそれ専用に魔力を変質させ、魔力攻撃を個人の波長に合わせて霧散させてくれる仕組みだ。

 当人達の魔力さえ帯びていれば結界に阻まれるので外に残骸などが飛び散ることもない。

 故にこれが闘技場専用の魔道具だというのも納得だろう。

 観客への最大限の安全を保持した魔道具である。

 また、そこで戦う者にも注意が払われている。

 その結界の中で致命傷となり得る攻撃を受けると判断された場合、外に自動的に転移してもらえるのだ。

 製作者であるスーワイアには頭が下がる一方である。

 5人が魔道具の認証を終わらせると水晶玉は光り出し、そこを中心に結界の空間が広がる。それと同時に5人はそれぞれ離された位置に強制的に転移させられる。


『さあ、ようやく魔道具の認証も終わった! もうじき戦いの火蓋は切られるッ!』


 闘技場にいる5人。ダイナ、メラニー、ヒュール、フラン、アミル以外の人達がユレンを注視する。

 桴を片手に持ち、銅鑼に狙いを定めた。

 緊張感がその場を支配して、1秒がいつもより長く、静かに進んで行く。

 皆の視線がユレンの一挙手一投足に注がれるなか、ユレンは桴を振るう。


 ——ガィーーーーンッ!!!!


 周囲にその強く且つ独特な余韻の残る高音を轟かせていく。

 空間を切り裂くかのような、そんな開戦のゴングと共に駆け出す一筋の紅き光。

 言わずもがなメラニーである。

 その彼女が向かった先にいるのはアミルだった。

 アミル含めてメラニー以外の4人はその場から動く様子がない。

 だからと言って何もしていないという訳でもないのだろう。

 アミルは実に楽しそうに自分に向かってくる存在と他の3人を視界に入れると「むぅ……」と顔を顰めた。

 そこで溜息を吐くと面倒だと独り言つ。

 そんな様子を気にするでもなくメラニーはニッと口角を上げると爆走を続けながら告げる。


「ま、先手必勝ってやつだよね! 《足跡紅炎プロミネンスロード》っ!」


 ダンッ! と一際大きい音で地面を踏みしめたかと思えば一瞬で5歩程先に移動したと共に、その背後にはハッキリとした5つの足跡が残されていた。

 その地面にめり込んだ足跡が瞬時に赤熱すると、そこを起点に赤い炎が立ち昇る。

 その炎は触手の様にうねるように噴き出ると曲線を描きながらメラニーの左右に2筋ずつ、頭上には1筋と囲みながらメラニーと共に、アミルを襲う。

 それは非常にメラニーらしい演出だった。


「鬱陶、しい。あと——」


 フードを被り直しながらアミルは本当に鬱陶しそうに目を細める。

 自身に迫る凄まじい熱量を持った炎。

 アミルはその普段の言動からは想像もつかない様な勢いで前に踏み出し、次々と襲いくる炎を置き去りにしてメラニーに急襲を仕掛ける。

 まさか向かってくるとは思わなかったのか驚きに目を見開くメラニー。

 しかし、彼女も慌てず対応する。

 指をパチンと鳴らすとアミルとメラニーの中間地点で、お互い距離が近かった為か至近距離での爆発。爆煙に紛れる形でメラニーはアミルの死角から肉薄する。


「——舐めすぎ……」

「ゥグッ!?」


 そう言ってアミルが手を右から前に動かす身振りをした。すると突然、大地から土砂が噴き出すようにして、横からメラニーに直撃する。

 ゴッと鈍い音が鳴ったことからも相当な硬さと威力だったのは言うまでもないだろう。

 メラニーは勢いよく吹き飛ばされ、水切りの石の様に地面をバウンドしながらも体勢を巧みに立て直す。

 実に身軽な身のこなしである。

 自分で吹き飛びに行った部分もあったのかダメージは比較的軽傷で済んだようだ。

 始まって早々と繰り広げられた攻防に会場がワァッと沸く。


『あーっと! 最初に動いたのはメラニー! 真っ先にアミルの元へ攻撃を仕掛けていますが、他の3人はその場から離れる様子を見せませんねぇ。シルネはこれをどう見るよ?』


 シルネに見解を求めるマウリナ。

 しばらく顎を摘むように手を当てて思案し、恐らくはと前置きをしながらも語る。


『牽制と準備、ではないでしょうか?』

『ほう……。その心は?』

『彼女らとしてはアミルさんにあまり時間を与えたくない筈です。その為、メラニーさんが攻撃を仕掛ける事でその時間の猶予をなるべく与えないようにし、他の3人は対策の為の準備、ですね』

『時間は与えたくない、でも時間は欲しい! 随分と我儘な要求があったもんだねぇ……』


 マウリナはやれやれと肩を竦めて、呆れた様子で相槌を打つ。


『それだけアミルさんに時間を与えるのが厄介だという事なのでしょう』

『なるほど! てことは4対1の戦い、か?』


 そんな会話を聞きながら観戦していた一紀は何かを思い出そうとするかのように目を細めながらおもむろに口を開く。


『……そうとも限らないと思うぞ』

『そうですね。少なくともアミルさんは方針を変えたようです』


 マウリナがなるほど、と頷き「面白くなってきたな!」とマイクに叫んだ。



 フランは右手を地面につけてしゃがみ、魔力を染み込ませながら、視線だけで他の人達の動向を探る。

 彼女はメラニーが吹き飛ばされた時、少しだけ「ざまぁ」などと思うのと同時に目線を少し前方の地面に落とす。


「……やっぱり」


 それは納得であり、半ば確信していた展開でもある。迫る魔力を見ての反応だ。

 ここまでは誰もが予測していた筈。

 問題はここからである。どんな手を使われるかで対処も変わる。

 彼女はただジッとその時が来るのを待つ。



 ダイナもまた当然の流れだと捉えていた。

 アミルの厄介さはこのフィールドに立っている者の全ての共通認識だ。

 だからこそ初手を誤る訳には行かなかった。

 とりあえず彼女の行動方針を曲げる事が出来たのは大きい。


「——さて、問題はここから、ですね」


 ここからが本番だ。戦いはここから大きく動き出すだろう。

 ダイナは自分が出すべき一手目を静かに模索する。



「ま、そりゃ隠す気はないよねぇ〜……」


 ヒュールは凄まじい勢いでアミルの魔力に染まっていく地面を感じ取って、お気楽にそうこぼす。

 魔力を隠蔽する必要がない、と。そう判断したのだろう。事実、ヒュールは今更それを止めようなどとは思わないし思えない。行ったら返り討ちに遭いかねない。

 今までそれなりの攻防の最中さなかでメラニーの片足を何度か地中に埋めるようにして短時間であれど、アミルはなんとか拘束する事に成功していた。僅かながらも時間は稼がれているのは割り切るべきだろう。

 その攻防の合間に隙を見ては驚異的な勢いで広げていたアミルの魔力をこの場で感じ取っていない者はいないだろう。

 1番近くにいるメラニーも言うまでもなく、何度も攻め切れずに数回足を取られた事により僅かな焦りの表情が伺えた。

 そして、アミルは静かに呟いた。


「……《地起ちき多隆尖たりゅうせん》」


 瞬間、フィールド全体に数え切れない程の鋭い突起が地面から次々と出現し始めた。コンクリートだった地面も今は見る影もなくひび割れており、一紀が使っていた前日よりも酷い状態になっていた。

 その岩でできた突起の太さは人1人分から足の太さぐらいまである。

 中には枝分かれし、針の様な部分もあり、それらはヒュールらを追うようにして突貫する。

 その場はまさに岩でできた荊棘けいきょくの群生地帯と言っても差し支えないだろう。

 ヒュールはそれらの攻撃を避けるために一時的に空へと避難する。

 避難中に何度か針が伸びてきたが頬に擦り傷ができた以外では服が多少破れた程度。

 ヒュールは無事であった。

 彼女は他の人の様子を見るべく、空からフィールド全体を俯瞰する。


「あれは……フランかな」


 まず、1番最初に目に映るのは闘技場を剣山の如く敷き詰められた鋭い突起物の渦中でぽっかりと拓けた直径10メートル程度の空間だろう。

 その中心に向かって周りの突起物から枝分かれした新たな針が向かっている。だが僅かに届かなかったのか、そこに居座るフランを捉える事は無かった。

 しかし、彼女の顔は真っ青である。それも当然と言えば当然だろう。

 喉元まで、どこまで伸びるかもわからない針が突き付けられていれば震え上がるのも致し方がない。

 若干の呆れも交えて少し可笑しそうにくすりと笑う。

 次にヒュールが視線を動かしたのはダイナである。

 ダイナは全身に紫電を纏いながらアミルの方角へ閃光の如く疾駆していた。ダイナの後を追うように紫の余光が美しく、思わず溜息が漏れでる。

 あまりの速さにヒュールからはダイナの表情は窺えなかったが、その姿はどこか鬼気迫るものを感じさせる。


「……?」


 そして何故? とヒュールは疑問に思わざるを得なかった。

 確かにアミルの攻撃は予想していたものよりも凶暴なものだった。

 フランのあの様子を見る限り、思っていたよりも攻撃を食い止められなかったのだろう。

 自分に関しては擦り傷を負いはしたがそれは自分が恨みを多少買ってしまっていたから攻撃の過激さが一層際立っていたのだ。言ってしまえば今回の攻撃はこの程度が限界だろう。

 ダイナも難なく対処できている。

 焦る必要性を感じられない。


 ——では、メラニーは……?


 攻撃の威力が高かったのに理由があったとすれば……?


「……ッハ!? まさか!」


 ヒュールの予感を裏付けるように状況が変わる。


「……ねぇ、あみるん? ダイナちゃんに速攻バレてるんだけども。あと、さっきちょっと危なかったんだけども……」


 巨大な突起物から顔を出してアミルに気楽に声を掛けるメラニー。


「……うむ、致し方が、ない」

「…………はあ……」


 厳かに頷く友人に思わず息を吐き出す。自身が危なかったのはスルーの方向らしい。まあ、良いけれども、と気を取り直すとメラニーはなにやら険しい表情のアミルを執り成す。


「ヒュールが無事だからって落ち込まないでよ〜。アレで倒せるとは思ってないんでしょ?」


 友人の顰めっ面の原因を事も無げに看破し、メラニーは微笑みかけた。

 メラニーの気遣いに甘えてアミルは表情を緩める。とは言っても、些細な変化である。彼女の機微に気付ける人はそう多くはない。


「ん、割り切る」

「よし! んじゃ、私はお客さんを歓迎して来るかな! あみるん、よろしくね?」

「ん、任せろ」


 グッとアミルがサムズアップすると付け足すように友人へと忠告する。


「あと、めらにん。気をつけて、多分、ちょっと、怒ってる」

「……あみるん、なにしたのさ……」


 そっと顔を逸らすアミル。

 彼女は言いづらそうに、誤魔化すように囁いた。


「……誰にでも、イタズラ心、は、ある」

「…………」


 良くも悪くも、彼女らは似た者同士であり、影響し合っている。

 メラニーはそっと空を見上げ、「わっかる……! わかりみが深いですぜぇ……」と心の中で呟き、ダイナの元へと歩き出した。

 その表情はまるで感動しているような、満足しているような、どちらとも言えない表情だったと、後にアミルは語る。


 一方その頃、ユレンは情けなく針に磔のように吊るし上げられている所を本来の仕事そっちのけで実況席で話の種にされていたのはご愛嬌だろう。



 下から次々と突き上げてくる鋭い突起を紙一重で躱しながら、或いは置いてけぼりにする速さでダイナは駆けていた。

 伸びてくる針も追い縋るが、やはり届かない。とは言えこれはこれでトラップとしても障害物としても状況によっては厄介だろう。

 そう思い耽りながらもしばらく進むと突如、気温が急激に上がるのを察知する。

 瞬間、前方から直径約1メートルはあるだろう火球が彼女を襲うがこれを跳躍する事で周りにある数多の障害物を利用し、危なげなくそれを回避。

 火球が激突した地面では赤熱しており少し溶けているように見える。それだけで計り知れない高温だろう事がわかる。

 スタッと着地したダイナは攻撃を仕掛けた者に声を掛けた。


「随分と潔く出てきたものですね? メラニー」

「いや〜、最初の奇襲が成功したしね! 今更だよ」


 今となってはただの柱の障害物にしか見えない突起の陰からそう言いながら出てくるメラニー。

 彼女はそれはそうと、と気になって仕方がないといった風にダイナに問いかける。


「あみるんになにされたのさ? 見た所、特になんもないみたいだけど……」


 服に乱れは無く、尚且つ汚れらしいものもなく、ただ触れれば感電しそうなぐらいに放電しているくらいだ。

 それならばアミルに何かされたらしいはずの彼女に何があったのか気になるのも無理はない。

 ただその紫電を走らせている姿から何やら怒っているのは察せられるのだから謎は深まるばかり。

 だがその落ち着き具合が嘘だったかのように一転した。

 問い掛けた瞬間、ダイナは能面のように表情を無くし、未だに電撃が迸っている腕をメラニーに向けた。

 そして、ポツリ、と。


「…………《ライトニング》」

「ちょっ!?」


 いきなり凄まじい雷撃でもって猛襲を掛けた。

 その間、メラニーはあっちこっち跳び跳ねながら危なっかしく「うわっ! やめっ、とぅぁっ!?」と回避を繰り返す。

 一段落してゼェゼェと一頻り息を荒げるとメラニーは憤慨する。


「いきなりなにすんのさ! ちょっと聞いただけだろうにまったく!」


 八つ当たりダメッ! セッタイッ! と叫ぶメラニー。何処か余裕がありそうに見えるのは性格故だろうか。とは言え、藪蛇だった。

 好奇心は猫を殺す、とは言うがまさに、と言った所。今の攻撃では9つの命も一瞬だろう事は明白だ。

 怒りを露わにした事で再び喘鳴ぜんめいを繰り返すがすぐに落ち着く。

 ……とはいえ、現在はバトルロイヤルの最中なので非常に身勝手な話である。

 それ故か、はたまたそれも含めてなのか、ダイナは相も変わらず表情をピクリともせず、語り始めた。

 少々異様な気配が漂っているが気にしてはいけない。


「……別に何も起きてませんとも。ええ、拍子抜けする程、何も起きませんでした。それは別に良いんですよ。悲しい、なんて思ってませんともっ。……ただあの像はなんなんですかね! 一紀様に撫でられてる瞬間を作る必要があったのでしょうか!? 私はもう恥ずかしくて恥ずかしくて——ッ!!」

「ああ……」


 メラニーは納得と共に少し呆れていた。

 全くこの人は冷静なのかそうで無いのか。いや、冷静ではあるのだろう。ただ、打たれ強い人ではないのだ。だから多少、取り乱す事も間々あるんだと思う。


 ——それでもまぁ。


 切り替えられない、割り切れない人ではない。


「んじゃ、ここは失礼して!」


 攻めるなら今だと判断したメラニーは火球を5つ出現させると、何やら狼狽えているダイナへと勢い良く射出。

 5つの火球は真っ直ぐダイナへと向かい、その一帯は爆炎に包まれる事になった。

 熱気を帯びた爆風がメラニーのぞんざいに結われたサイドテール激しく揺らす。

 彼女はそれを気にした風も無く、顔に八重歯を覗かせるようにニヤリと不敵な笑みを浮かべるばかりだ。

 そこに油断や隙は無い。

 それもそのはず。

 砂塵が舞い上がる中、バリバリと放電現象が発生していたのだ。電撃をあちらこちらに迸らせる様はいっそ幻想的で美しくも感じられる。

 砂煙が晴れてくる頃、メラニーの耳に淡々とした声が届けられる。


「メラニーにしては割りかし単調な攻撃じゃないでしょうか? 何といいますか、芸がない、とでも言うんでかね?」


 身も蓋もなく言えばつまらない・・・・・、と。

 暗にそう揶揄されたメラニーは挑発とわかってはいても口元がヒクッと引き攣るのは苛立ち故に他あるまい。

 それでもメラニーは芝居がかった態度で尚も威丈高に捲し立てる。


「いやいやいやいやっ! わかってないなぁ〜ダイナちゃんは。これなら幾らでも工夫の余地があって面白いんだよ?」


 そう、例えば、とメラニーが言って両手を広げて見せると彼女の背後に10個程の火球が出現する。


「好きなだけ数を増やしたり、或いは……」


 そこでパチンと得意気に指を鳴らすと火球の熱量が増し、1メートル程だった火球を5倍にまで膨らませて見せた。


「大きくしたり……」


 まだまだとばかりに手をゆっくり力強く握っていく。


「はたまた、ピンポン球ぐらいに圧縮できたり、ね」


 火球を圧縮した事により、鮮烈な紅で彩られていたその火球は色が判別出来ない程に眩く光を放つ。

 メラニーの周りにはハッキリと陽炎かげろうが確認できるぐらいに熱で空間が歪められている。それ程の熱量。

 それらを手で自由に弄び、見せつけるように操りながら、その内の1つをダイナに向けて「ほっ!」と力が抜けそうな掛け声で放った。

 不規則な軌道で確実にダイナとの距離を詰める小さな火球を、しかし、ダイナは慌てる事なく、だがやや大袈裟にこれを避ける。

 小さな火球とは言え、空間を大きく歪ませるその熱を侮る事ができようはずもない。

 それに……。


「やはりっ、そう単純ではないですね……」


 僅かに顔を顰めて、舌打ち混じりにそう呟く。

 火球が自分を追尾してきたことに対する呟きだ。しかし、それで終わりのはずもない。


「にっひひ〜。まだまだ行くよ〜!」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、無邪気な、それでもって快活な声がダイナの耳に届く。

 朗らかな声音に反してもたらされる結果は些か絶望的だ。

 更に追加された火球。しかしダイナは尚も回避に専念していた。障害物を足場に利用したり、或いは火球同士をぶつけさせたりと画策する。

 その様子を見ていたメラニーはチラリとアミルへ視線を移す。

 現在は先程と同じ様に、だがより多く地面へと魔力を流し込んでいた。


「……保険は必要だよね、っと」


 メラニーはダイナに視線を戻すとそう言ってダイナに追撃させなかった小さな1つの火球を掌に収めると、ゆっくりと地面へと沈ませた。

 そして、彼女は何事もなかったかの様にダイナへと畳み掛ける。



 メラニーとダイナが激しい攻防。正確にはダイナは避けるだけで反撃をする様子は見れないが。

 その戦いを覗いていたヒュールにも来客が来ていた。氷の槍というお土産も添えて。

 それを微風そよかぜの如く、軽やかに躱し、はて? と。


「……ボクは、てっきりアミルちゃんを狙うと思ってたのに。どしたの?」


 ボク、何かした? とでも言いたげな視線。

 フランは察した。


「あっ、相手にもされてない……」


 眼中に無いですか。そうですか、と少し落ち込むがとりあえずアミルに関しては放置でいいだろうという判断でヒュールの下に来たのだ。

 ここで何もしないということはもちろんない。


「いつまでも涼しい顔ではいさせないよっ! ヒュール!」


 フランは腰を落としてヒュールへと視線を据えると力強く地を蹴りつけた。

 軽口をたたいたものの、ヒュールとしてはフランは相手にしたくないタイプだろう。

 ヒュールのアドバンテージといえば言うまでもなく空を不自由なく飛べる事だ。

 それは他の者が飛べないと言うわけではない。操作性と機能性の問題である。

 ヒュールは風を纏う事で自分の体を宙に浮かせている訳だが、周りに与える影響力はささやかでふんわりと風が頬を撫でるようなものだ。それでいて水を得た魚のように空を舞える。魔力の消費量も回復量に十分に間に合うため、戦闘行為にも支障はない。

 実に優雅な佇まいで空に居られるわけだ。

 一方でフランを除いた他の者の場合だ。

 まず、メラニーは爆発力という手段を用いて空を飛ぶ。

 これは直線という点においてはなるほど、速いことこの上ないだろう。しかし、方向転換はもちろん、戦闘行為にも影響が出る。

 自分へのダメージ覚悟で無理矢理方向転換を改善する事も出来るだろうが今度は魔力の運用で難が出てくるのだ。

 アミルならば地面を浮かせてその上に乗りながらの間接的な飛行になる。

 多少の自由は利くだろうが死角が出来やすいのはいただけないところだ。特に同格相手に対して隙を見せるのは得策ではない。

 もしダイナが空を飛ぶようなマネをするのならばそれは短期決戦に持ち込む場合のみだろう。

 魔力を無理矢理、それも力任せに浮力に転じているのだ。破壊力だけならばズバ抜けた結果を出してくれるはずだ。

 しかしながら、大量の魔力を消費しながらの戦いで4人を相手にするのには、あまりにも部の悪い賭けというものだろう。

 故に、だ。

 色々と鑑みるに空中戦においては、やはりヒュールが遅れをとることはない。……フランを除いて。

 その当の本人は力強く前進しながらも地を踏みしめていた足はいつのまにか何もない空間を蹴りながら高度を上げてヒュールを目指していた。


「これだから体力馬鹿はタチが悪いんだよね。……やっぱりフランはイヤだなぁ」

「それメラニーも同じだよねっ!?」

「いや、メラニーは好きだよ?」

「なんで!?」


 涙目ながらもフランは蹴りを繰り出すが悉く躱される。

 勢い余ってそのまま通り過ぎたかと思えばそのまま空気を蹴れば背後から息のつく間も無く次の打撃を試みる。

 これだ。これなのだ。

 ヒュールはフランの攻撃を躱しながらもやっぱり思う。


 ——イヤだなぁ。


 と。

 それはフランの性格どうこうの話ではなく戦いでの相性からくる感想だ。

 フランの飛行方法は他の4人と同様に個性的なものである。

 その姿は飛ぶというよりも、空を駆けると言った方がより正確だろう。

 彼女は足下の空気を一瞬で固めて固定し、それを足場にする事で移動を可能としている。しかし、そんなに便利なものではない。

 元々見えない上に質量が殆ど無いような物、つまりは空気なのだが、それを固めて尚且つその場で固定させているのだ。その様な状態を長く保つ事は出来ないため、その場に留まる事は出来ない。

 端的に言えばずっと移動し続けることになる。

 ヒュールの発言である体力馬鹿の意味も理解できるというもの。


(それに、ボクとの相性もなかなか悪いんだよねぇ)


 移動し続ける限り地上と同等のパフォーマンスができるフラン。

 対して、殴られれば踏ん張りが利かず、地上に降りれば虎視眈々と狙っているアミルに動かれるだろう。

 なんだか非常に窮屈に思えてならない。

 思考を巡らすヒュールだが態度に似合わず冷静で、そこに油断はない。


「もらっ——ぐふぅッ!?」


 ヒュールの目の前まで迫ったフランだが、なにやら顔面に凄まじい衝撃を受けたのか後ろに吹き飛ばされる。

 およそ女の子が出して良い声では無かったがそれを指摘するのは可哀想というものだ。

 後ろに飛ばされたフランだが直ぐに意識を切り替え、足場を用意して体勢を立て直しその場を離れた。

 直後、背後から僅かに風切り音が聞こえて、フランの背筋に冷たいものが走る。

 空間が悲鳴をあげるような迫力はない。

 とても静かな攻撃だった。

 だが、だからこそ恐ろしい。

 風に凄まじい程の適性を持つヒュールが相手ならば、どんな現象だったのかは明白だろう。


「惜しい! あと少しで首がスパーン——」

「となる前に退場してるよ!」

「うん、そうだねぇ」


 見えない衝撃や斬撃を躱すのは骨が折れる。

 フランが冷気を発して氷霧を漂わせ、その揺らぎで予測し回避しても風で飛ばされては意味を成さない。

 精々自分の周りに漂わせるのが関の山。

 ならば、と魔力で感知するのも難しい。フェイクを入れられては無駄な動きが多くなるのだ。

 とはいえ、活用しないのもおかしいので両方を用いながらフランは遠距離攻撃をしながら接近をする。

 氷の礫で弾幕を作り、先程のように近づく。


「やけに接近戦に拘るね?」

「イヤでしょ?」

「まぁね。——《揺螺理ゆらり》」


 フランの拳がヒュールを捉えそうになったところで彼女は揺らぐように消え、距離が少し離されていた。

 残像か、まるで幻のように消えた。

 ヒュールが距離を置くのは打撃力がないからだ。

 足場がない為、非常に軽い一撃になる。

 地上に降りたいがそれもできない。ならば距離を取る他ない。

 フランからすれば今の戦況はとても焦れったくて、


「面倒」


 思わず口にする程である。

 それは百も承知であるヒュールも売り言葉に買い言葉で返す。


「陰湿」

「陰湿っ!?」


 それは言い過ぎなんじゃ、と涙目。

 フランはメンタルが強いのか弱いのかよくわからない女の子である。


「んじゃ、小賢しい?」

「せ、せめてズル賢いに」

「…………」

「なんで黙るの!」

「ちょっと可愛くしようとしてあざとさを感じたよ。もう絶句」

「——〜〜〜〜ッ!!」


 さすがに恥ずかしくなったのか「も、もうやめて!」と顔を真っ赤に染め上げて手をぶんぶん振り回すフラン。

 フランが誰かを口で言い負かせる姿など想像もつかないな、と一紀は微笑ましげに見ていた。……決してサディストというわけではない。


 さて、そんな最中である。

 メラニーとダイナ、フランとヒュール。

 見応えのある攻防が2箇所で繰り広げられている、そんな最中の事である。

 彼女がただ黙っていた訳ではない事が、ここに証明された。


「《地渇崩砂ちかつほうさ》」


 その小さな声は、戦場の趨勢を大きく揺さぶった。

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