本日の主役コイツらだぁぁ〜っ!
一紀が考え事をしてヒュールとの会話があったその翌朝。
「なにをしているんですか、一紀様ッ!?」
「……んぁ?」
一紀はフランに叩き起こされていた。
「どうしたんだよ、フラン。そんなに慌てて」
「一紀様こそ慌てて下さい! 遅刻です! 大遅刻ですよ! 慌てない筈がないじゃないですかっ!!」
「お、おう……」
肩まであるふんわりとした青と白の綺麗な髪を荒々しく振り乱すフランのあまりの剣幕に少し気圧される一紀。
だが、一紀はまだ少し寝呆けているのか上手く頭が回らない。その為、フランがなにを焦っているのか良く理解できないでいた。
一紀は周りを見て、取り敢えず解決策になりそうな事を口にした。
「……置かなきゃだな。目覚まし時計」
「そんなのいりませんよ! 一紀様を起こすのは私達、五玄星の仕事です!」
「ああ、そういえばそうだったっけ」
それは一紀が設定してあった数ある仕事の内の一つだった。
無駄に仕事を増やしていたような気がしないでもない一紀は迂闊だったかもしれないと自分の無計画さに頭が痛くなるような錯覚を覚える。
彼女らを圧迫してはいないだろうか? などという心配事もあるのだろうが自分にも関わってきそうなものもあるような気がするのだ。プライバシーというかプライベートというか……。そういうものは大事にしたいものだ。
そう思案しながらも一旦、頭の片隅に置いておくことにした一紀はようやく働き出した頭でふと気づく。
「なあ、それなら俺が遅刻しそうなのはフランのせいなんじゃ……。いや、俺が言うのもなんだけどさ……」
自分の寝坊を人になすりつけるようで非常に心苦しいのか言葉尻を濁す一紀。一紀自身本当に人としてどうかと思わなくもない。
そんな一紀の心情など全く気にしてないフランはバツの悪そうな顔でしどろもどろに口を開く。
「いえ、起こしにきましたよ? アミルがっ! ですがね! 一体どこに……」
「……フラン、うるさい」
一体どこに行ったのかと嘆こうとしたフランの言葉を止めたのは当の元凶であると思われるアミルだ。潔いと言えるかはともかく、なかなか早い登場である。
一紀と共にベッドから顔を出しての図々しい登場だった。
窓から射し込む朝日に照らされる金糸の如き髪と艶やかに輝く黒髪が複雑に絡み合ってとても美しい。その長い髪に寝癖が多少あっても全く見飽きることはないだろう。どうやら今はフードを外しているらしい。
そんなアミルは睡眠を邪魔されたのが余程不満だったのか、布団からひょっこりと半分程顔を出してフランを恨めしそうに見つめていた。
「アミル! ってなんでそんな所にいるのよ!」
「全く気がつかなかった……」
一紀は呆れ半分感心半分で多少驚き、フランは目を吊り上げてアミルに詰め寄る。
詰め寄られたアミルは気怠そうにフランを押し退けると突如、その顔に悲痛な表情を浮かべるとポツリとその小さな口から声を発した。
「……これには、海よりも深い、理由が、ある」
「…………」
アミルの深刻そうな声音に少し戸惑うフランだったが取り敢えず話を聞くことにしたようだ。訝しげな目線をアミルに向けるのはご愛嬌だろうか。いや、当然なのだろう。何より
そして、アミルは語る。その深い訳を……ッ!
顔をうつむかせて必死になにかを堪える様に言葉を紡ぐ為に口を開く。
「……あれは、そう。私が、一紀様を起こしに、来た時の事、だった」
一紀はアミルの後頭部を見つめながらなんとなく、ロクでもない事を言おうとしているなという事を半ば確信しながらも聞く態勢に入った。
★
それは早朝のこと。
一紀様を起こすために彼の部屋の前で私、アミル・キスリットは佇んでいた。
ここに来る前にヒュールに鬱陶しい起こされ方をされた私は少し不機嫌だ。
まったくヒュールときたらいつのまに私の寝床に潜り込んでいたのだろうか? 不思議でならない。
お陰で抱き枕にされるわ、頬っぺたを無茶苦茶にされるわで散々な目にあった。
部屋の防衛システムを徹底せねば……。
それはともかくとして、今日は私が一紀様を起こす当番の日だ。
この大役をしっかりと果たさなければならない……ッ。
頬っぺたを自分でムニムニと摘みながらもドアをゆっくりと開けて中に入る。
すると、一紀様がベッドで静かに寝息を立てて寝ているのが伺えた。
近くの窓から朝日が部屋を柔らかく照らしている。お陰で一紀様の寝顔がハッキリと見える。
「…………」
可愛い。
こんな無防備に寝顔を晒している一紀様にちょっと心がグッと何かに掴まれたかのように私はしばらくその顔から目を離すことができないでいた。
可愛いという表現はなんとなく正しくないかもしれない。かと言って他に言葉も見つからないのだけれども……。
まあ、寝顔とは得てして可愛いの一言で済ませるられるものではないだろう。
そう。
例えば今、目の前にあるこの寝顔! スースーとかすかに聞こえる安らかな寝息はこちらにまで安心感を与えると同時に信頼されていると思わせてくれる、少なくとも警戒など一切していないことがわかる。
まさしく安眠だ。この熟睡具合からすれば快眠間違いなしのはず。
そう断言できるほどの素晴らしい寝顔だ。僅かに上がった口角が雄弁にその気持ち良さ度合いを語っている。
だからこれは可愛いの一言で済ませてはいけない!
スペシャリストの私が言うのだから間違いない。なんの? とは聞かないで欲しいところ、ぜひ察して欲しい。
「…………ハッ!」
いけないいけない。
私は頭を振って思考をリセットさせる。
どうにも無駄な事に考えを巡らせてしまう。時折、歯止めが効かなくなるのだ。自覚しているだけまだマシではあるので私は気にしない。
……少し疲れたかもしれない。
………………。
それにしてもなんて気持ち良さそうに寝ているのだろうか……。
…………ちょっとぐらい一緒に寝ても私は良いと思う。
こんな無防備に気持ち良さそうに目の前で眠られたら、その副次的に襲い掛かる睡魔に抗える者などいないだろう。少なくとも常人には無理。それに朝日の陽光の暖かさもそれに拍車をかけているのだ。うん。間違いない。常人には絶対に無理なはずだ。
私はそう自分を納得させた。
一紀様の部屋に入って5分も経たずに私は一紀様と共に寝息を立てていた。
★
懐かしむように目線をやや上に留まらせて口元には「まったくお前ってやつは……。しょうがねぇなぁ」といった古い付き合いの友人に向けるような微笑みを浮かべると締めくくるように目線をフランに戻すと。
「よって、私は悪く、ない」
と、無表情で
「起こそうとすらしてないじゃない!」
フランが激昂するのも無理はないだろう。
アミルの説明通りなら部屋に入って一言も喋らずに、側から見れば部屋に入り、ベッドに潜り込んだだけなのだ。
さらにフランを腹立たせるのが
「それとなんなのこの無駄に高度なイメージ映像! いつの間に作ったのよ!?」
フランはアミルの持つマナフォンを指差しながらそう叫ぶ。
実際にアミルが自分で声を出して説明したのは最初と最後だけである。ナレーションもバッチリである。
そして、無駄に演技派なアミル。
その事実が更にフランを怒らせるのだ。
だが、そんな事は知った事ではないのかアミルは煩そうにフランを眺めながら返答する。ちなみにフードも一緒に被る。
「寝る前に、作って、おいた」
「怒られるの予測済みぃ!! その間に起こしてよぅっ!!」
もはやフランは涙目である。
救いはまだある! と視線を一紀に寄越すと一紀はうむと一つ頷く。
疲れたフランの顔が僅かに華やいだ。
「まあ、少し落ち着けフラン。ここは俺が結論を出す」
「はいっ!」
一呼吸置くと一紀はカッ! と目を見開き断言した。
「被告人アミル……無罪ッ!!」
アミルは拳を天に掲げ、フランは絶望した。フランはすかさず一紀に問い詰める。
「なんでですかっ!?」
「あんな状況に陥入れば誰だって寝る!」
「寝ませんよっ!」
「寝ますっ!」
「寝ませんっ! ってアミルが言わないでよ!」
一紀とアミルはやれやれと肩を竦める仕種をする。
「一紀様、フランは睡眠が、足りて、ない」
「だな。まったく嘆かわしい事だ」
「フラン、可哀想……」
「ばっか、アミル。そういう事言っちゃダメだ! こういう時こそ優しく見守ってやらないと!」
「ん、わかった」
二人は可哀想な人を優しく見るようにフランを見ていた。
フランは戸惑いを隠しきれないでいた。ここに来て自分が間違ってるのでは? という錯覚に囚われていた。
「えっ、こ、これ私が間違ってるんですか?」
「いいか、フラン。世の中は広い。そして沢山の人がいる。溢れている。違うか?」
「ち、違いません」
「じゃあ、世の中はどうやって回っていると思う?」
「えっと、沢山の人に、よって……ですか?」
「そうだ。多くの人々が選んだ道が世界の行く末であり進む道だ。つまり、なんだと思う?」
「た、正しい、道……?」
フランの目は虚ろであった。染まりやすい子なのだ。
「そうだ。そして今この
「寝るが悪、オア、寝るが正義、か」
要は多数決を遠回しに指しているのだがフランにはそれに気づく余裕がなかった。
アミルは一紀の悪ノリに乗じる事にしたのか雰囲気を自分なりに出してフランに問い掛けていた。
フランは二人の設問にポツリと答える。
「寝るが、正義……」
「そう! その通りだ! やるじゃないかフラン」
「ん、フラン、天っ才!」
ここぞとばかりに
「寝るは正義!」
「「そう!」」
「ッ! エヘヘ、寝るは正義!!」
「「よっ! 睡眠の申し子!」」
「寝るは正義っ!!」
「「もういっちょ!」」
「寝るはせい……」
フランはやってる内に楽しくなってしまったのだろう。なにをしにやってきたのかを忘れているように見える。
だが、そんな楽しい時間も唐突に終わりを告げる。
「——茶番はもうよろしいですか?」
一紀の部屋に静かに響き渡るように発せられた声。
声を荒げてる訳でもなく大きく張ってるわけでもない。
なのに、それはとても冷たく、背筋がゾッとするほどの物だった。
先程とは打って変わってとても静かな時間が訪れた。
「? 聞こえなかったのでしょうか? 茶番はもうよろしいのですか?」
「「「ア、ハイ」」」
淡々と確認をするように問い掛けてきたのはダイナだ。
美人の無表情程怖いものはないと言うのはあながち間違いではないのだと確信した一紀だった。
一同の綺麗に揃った返事を聞き、呆れながら「早く行きますよ」と促すと急いで一紀達は準備に取り掛かる。
もっとも準備らしい準備をするのは一紀くらいだ。まあ、一紀を起こしに来たという目的なのだから当然と言えば当然だろう。
そんないそいそと忙しなく動く彼等をダイナは仕方がなさそうに顔を緩める。
「まったくなにをやってるんですかあなた達は……」
「「フランが悪い」」
「えぇ!? 私ですかっ!?」
「……反省が足りないようですね」
「「すみませんっ!」」
フランはホッと安心したがダイナは逃さなかった。
「フランもフランですからね?」
「え、で、でも」
「一緒になって遊んで……」
「うぅ、すみません」
「よろしい」
すっかりと涙目で肩を落とすフラン。
「……私、絶対悪くないのに……」
「なにか?」
「あ、はい! なんでもないです! ハイッ!」
一紀の準備も整った所でようやく闘技場へと移動を開始することができた。
因みに道中の事。
「今日はちゃんと着替えました!」
自分の服を自慢げに見せる一紀だが……。
「さすが一紀様です!」
「…………」
「当たり前……」
フランの称賛は虚しく心に木霊し、ダイナの苦笑いは容易く心を砕き、そしてアミルの控えめな一言は一紀の心を悲しく突き刺したのだった。
★
『お集まりの皆様グーーーーッモーーニンッ!』
闘技場に突如として響き渡る大音量。
僅かにざわついていた所謂、観客席と言われる所にいた人達は途端に口を噤んだ。
観客席にいるのはどれもが女性で、用意されている席も軽く5〜6万席はあるだろう。それだけでもとても広いというのは容易に想像がつく。真ん中の闘技場、場合によっては競技場などとも表現する事が出来るが、それはサッカーのフィールドの大体8倍相当の広さがあった。そこまで必要なのかという疑問もあるのだろうが一紀の趣味だとしか言いようがない。……のだが絵を描いている時に目測を若干見誤ったというのもあったりする。
しかし、そんな大きな会場なのに見渡す限り人の数は
所々、人の固まりはあるように見受けられるがやはりどこか寂しげなものは感じられる。
来てる女性の数が2500人程に対して席の数があまりにも膨大なのだから仕方がないのかも知れない。
だが国民の半分がこの場に集まったと考えればかなりの盛況ぶりではないだろうか。
いつかはこの場を満員にしてみたいものだと一紀は思う。
一紀が現在いるのは会場全体を見渡せる実況席であった。
観客が静かになったのを一瞥すると一紀の隣にいた人物、マウリナ・テンタークはうんと頷くと大きく息を吸い込んでマイクに向かって勢いよく言葉を発した。
『さて、昨日急遽決まった今回の武闘会。皆々様良くぞ集まった! そして、この中継を見ているそこの貴女! スーワイアに感謝をって所だな』
そう言ってマウリナは自分の額にある小さな2本の角の内片方をピンッと指で弾きニヤリと笑う。
背丈はユレンと同じぐらいで短い銀髪の前髪を後ろに結んでいるためかその勝気で自信に満ち溢れているその紅い眼がよく見える。褐色の肌と露出が多めなチャイナドレスにも似たその白い服装も相まってか、その小柄で可愛らしくも幼い見た目にかかわらずどこか妖艶な雰囲気すら感じられる。
彼女の言った通り、今回の一紀に同行する為の戦い(武闘会と表現はしているが)は中継されている。よって会場にいない人にも戦いは見られるのだ。
マウリナの言葉からスーワイアが国全体にテレビを普及させたからという推測も容易にできるだろう。
『前置きの挨拶はとりあえずここまでにして今回の選手達を紹介しよう! 選手入場!』
瞬間、歓声と共に選手がそれぞれ用意された入場門から順に登場を始めていた。
『さあ、まず最初に出て来たのはコイツ! 天真爛漫を地に行くその姿は誰をも惹きつけてやまない! 焔を携え闘う彼女こそがメラニー・レイジュだぁ〜ッ!!』
メラニーは観客に向けて両手を精一杯に広げて皆の声に応える。それはどこか愛嬌がありとても微笑ましい光景だった。
気合いの表れなのかシャツには達筆な字で『為せば成る』と書いてある。
紹介はまだまだ続く。
『続いては彼女! ザ・常識人! ……を装っているみんなの
下で「ひどいっ!」とフランがリアクションをしているのが窺えた。
マウリナはその反応を見てはいたがあえて無視する。
『涼やかな表情で繰り出される不可視の攻撃。自由気儘に会場は彼女に翻弄されることでしょう! ヒュール・リンネールウウゥゥ〜ッ!!』
巻き舌たっぷりに紹介されたヒュールは片手を上げて声援に応える。
今日は白いロングコートを羽織っており、長い襟足を結んでいる。ただそれだけでヒュールの雰囲気はだいぶ引き締まったように思える。首に掛けているお気に入りのヘッドホンともとても似合っている。
『彼女の居る所、
フランは泣きそうになっていた。
自分だけテンションが異様に低かったように思える。それだけではない。真面目に紹介されていなかったのだっ!
血涙が流れてもおかしくはない程の悔しさが彼女を支配していた。
それを誰もが見て見ぬ振りをしていた。
地面をバンバンッ! と叩いていてもあれは見てはいけない物なのだ。
その余りにも痛々しい姿に目を潤ませて「ゔ、ぅあ……」と変な嗚咽を漏らすまいと口を手で覆う者まで出ていた。
だから、誰もなにも見てはいない……っ! 聞こえないっ!
しばらく目を覆いたくなるような光景が繰り広げられている間、おかしな事にアミルは未だに登場していない。
戸惑いが会場を支配する。
『…………えー、と。アミルさーん? 出番だぞ〜?』
マウリナも困惑を隠せない様子。
——まさか欠場?
そんな疑問の声が会場で出てくる中。
ついにアミルはその小さな姿を見せた。
「うぅ〜……。ゴロゴロ、したい……」
ユレンに台車で運ばれる形で……。
「き、昨日はやる気だったじゃない、ですか!」
「……知らない」
楽しみだった事が直前になって急に億劫になる事ってあるよねっ! というアレだった。
フードを目深に被って蹲るアミルをユレンは台車からポイッと放り投げるとそそくさと退散して行った。
彼女にも仕事はあるのだろう。
「振り回される身としては堪ったものじゃないですよっ!」
そう言ってプリプリと怒るユレン。
独り言だと割と流暢に言葉がでるのか、それとも少し我を忘れてしまっただけなのか。それはともかく、ああ見えて仕事はしっかり丁寧にこなしたいのがユレンである。
今回の審判を務める事になっているのだから殊更に用意周到な準備をしているはずだ。……主に心の、ではあるが。
なんともコミカルな一幕があったが遂に最後のメンバーの紹介が始まった。
『……ゴホンッ! では気を取り直して最後だ! 五玄星では仕切り役を務めており、他の選手の事は熟知しているかもしれません! 電光石火の判断と行動、そして冷静沈着な彼女に死角はない! ダイナ・ミルナイルッ! 彼女を捉える者は現れるのか〜?』
その紹介に合わせてダイナは登場した。
特に何かをするでもなく静々と、悠々と歩く。思わず見惚れてしまうその姿はどこか洗練されていて、美しい長髪とも相まって彼女の歩いた後はどこかキラキラと輝いているような錯覚を与える。
クールで隙がない。誰もがそう思う事だろう。
肩で風を切りながら進み、そのもったいぶるような歩き方はさらに彼女を印象深く記憶に焼き付く。
確かな自信の表れなのか、ダイナの口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
そんなダイナにマウリナは心を鬼にして新たに会場へ続ける。
手で胸を苦しそうに抑えながら、いかにも「本当は言いたくない」とでも言いたそうな表情で彼女はマイクに向かって己の中で僅かに生じた苛立ちを吐き出した。
『クールな登場をしてくれましたダイナちゃん。一見、隙がないように見えるが騙されちゃあいけない! あの通った後のキラキラッ! フワッと揺れる髪ッ! 自作自演でございます。さらにさらに! 一紀様と二人きりでいる際、なかなかに初々しいダイナちゃんが捉えられる模様ですねぇ!』
マウリナの声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいではないだろう。おまけに大画面には一紀に頭を撫でられて照れている瞬間が映し出されていた。
右下部分には小さく『協力:シルネ』とまで書いてある始末。
一紀が「いつの間に……」と声を漏らすのも仕方がないだろう。それは一紀が初めてこちら側で目覚めた瞬間のものだったからだ。
とはいえ、こんな貴重な瞬間もなかなかないかもしれない。故に、一紀がマウリナにその画像をくれと頼むのも自然な流れであった。
「——〜〜〜〜〜〜ッ」
そんな中ダイナはしゃがみこみ、両手で顔を隠して声にならない悲鳴を上げていた。
耳まで真っ赤にして呻いている姿をメラニーはやれやれと肩を竦ませると。
「はぁ……。ダイナちゃんがカッコつけちゃうから〜」
まるで言わんこっちゃないと眉間に手を当てながらも溢す。
なかなかにイラッとくる仕草をしてくれるメラニーだが彼女自身、少し気持ちはわかると思っていた。
気持ちの良い紹介に歓声だったのだ。多少、舞い上がってしまっても仕方がない。
それはともかくとして蹲るダイナを静かに見つめる少女が一人、そこにいた。
「……その目は何ですか。フラン」
そう。言わずもがなフランであった。
目尻を下げてただただ微笑ましげに見つめているのだ。
いや、これは最早訴えているのかもしれない。自分は味方だぞ、と。
彼女は真摯に優しくそれを笑顔で示していた。先程まであった涙も吹き飛ぶぐらいに。
例え、何度も小さく頷いてボソボソと「仲間がいる。私は一人じゃない。虐められてなんかいない……」などと言っていても彼女の優しさに偽りなどありはしない、はず!
ダイナはそれを見て、ああ、と。
少し笑み。フランもまたニッコリ。
これで万事解決、かと思えば
「そんな目で見ないでください! 違いますからね? 決して仲間ではないですから!?」
「……そ、そこまで拒否しなくても良いんじゃないかなっ!?」
「……フランはなんで仲間だと思っちゃったの?」
「ヒュール、し〜! フランは今日、睡眠が足りて、ない……」
「ばーか」
「ひどいっ!? 話蒸し返さないで! あと最後、メラニー! ただの暴言やめてくれる?」
とても残念な事にやはり、フランに味方はいなかったようだ。
いや、観客席に味方はいるにはいたのだ。ただ、フランの耳に僅かに聞こえてくる『頑張れコール』が彼女の心を少しずつ蝕んでいたのだ。その妙な虚脱感は余りの情けなさ故だろう。
彼女は視線を宙に泳がせ薄ら笑いを浮かべる。虚空を彷徨わせたその眼に映るのは諦念の色だ。
何故かドッと老けたかのような気配に「アハハ、ハ…………」と言った乾いた笑い声。
……フランはそれでも何にも負けない強い女の子です。
さて、最早カオスと化していた会場に。
しかし、マウリナはそんな会場の空気には構いやしない。
『これにて全ての選手が出揃った! 見る限り各々、気合十分の様子! ならばこれに水を差すのも野暮ってもの! 彼女らが戦意を高めている傍らでこちらは勝手に喋らせていただくぜ!』
我が道を往くマウリナちゃん。
自分で作った空気も会場のテンションも置いてけぼりだ。
ツッコミどころが多いこと多いこと。
『んでは! ここで改めてルール説明をしておくな。ルールつってもそう難しいもんじゃない。何しろバトルロワイヤルなんだから至って単純だ』
指で自慢の角をピンッと弾き、雰囲気を出しながら凄惨な笑みを浮かべる。……ちなみにカメラは向けられていない。
『ブッ潰せば良い!』
おそらくマウリナが一番気合いが入っているのではないだろうか、と思われても仕方がないテンションと獰猛な笑みではあるが優しく見守るべきである。事実、マウリナの隣にいる一紀とは反対側の席のシルネはそうしている。
全てを包み込む聖母の微笑みだ。口に手を当ててふふふ、とすら笑っている。
「………………」
しかし、会場の反応はイマイチ。ジェットコースター並みの状況変化についていけてないのだろう。フィールドにいる5人も若干呆れ気味だ。
どうするのかと一紀が隣をチラリと窺うとシルネの手が自然な手つきでと動くのを捉えることができた。それはあるボタンの上へ……。
ポチッ。
『——ワアアアアァァッ!!』
するとどうだろうか。
会場から天に轟くかのような割れんばかりの歓声が巻き起こったではないか。
とても2500人程度の声とは思えない音量がスピーカーから響いていた。そう、スピーカーなんだこれが……。
強行突破で我関せずの
(ゴリ押しだ! 笑顔でサラッとゴリ押しだ! この2人最悪自分達だけ楽しめれば良いって思ってるんじゃ……)
と静かに瞠目する一紀がシルネを覗くも……。
「何かございましたか?」
「……なんでもないですともさ」
何も見なかった、何も起きてはいないし世界は美しくも儚く、今日も今日とて正しい方向へと進む! フランにも今日教えた大切な事だ。
流石は監視塔。そしてそれを手掛けた一紀。察しの良さは人一倍だろう。
マウリナは一紀の戸惑いなど気にせず、気持ち良さげに頷いて続ける。
『とはいえ、だ。制限を設けないのもそれはそれで困る。怪我とかの諸々の心配は無いが魔道具、武具の使用は無しという事になった。まあ、楽しめれば関係はないよな』
それは事前に通達されていたのかダイナ達は特に反応していない。むしろいきなり始まった真面目なルール説明に少し戸惑うくらいだろう。
本来そのような制限は必要無いのだがこれは彼女達の中である程度の公平性を保つ為である。道具等々の相性で有利不利をあまり影響させたく無いのだ。
それは技術や知恵で補うべきという意見も納得だろうし事実、彼女らにそれをやれるだけの技量もある。
だが、今回はそれをしない事情が存在する。最初の試合というのもあるのだろうがこの闘技場のちょっとしたテストケースが欲しいというスーワイアの発言という部分もあるだろう。
巨大スクリーンは実況席のマウリナ等を映した所に切り替わる。するとマウリナは揚々と言葉を連ねる。
『そんじゃ最後だ。今回の戦いの実況、解説はワタシ、マウリナ・テンタークと……』
『私、シルネ・ファンナムが務めさせていただきます』
『そしてなんとっ! と言っても驚きは少ないがゲストとして我等が王! 神野一紀様だ!』
『よろしくお願いします。……あの、マウリナさん?』
『ん? なんでしょうか?』
『もう少し言葉を選びません?』
その余りにも当然の主張に対してマウリナはアハハと「またまたご冗談を」とでも言っているかのように笑うと物の見事になかった事にした。
『さて!』
『あ、スルーですか……。まあ、いいですけども……』
『最後に今回の審判を務めるのはユレン・キュリットだ!』
紹介とともにユレンは闘技場の近くにある
いよいよ、試合が始まる時間である。
一紀は相変わらずビクビクしているユレンを見て、ふと思った事をマウリナに聞く。
「なあ、なんでユレンが審判なんだ? そもそも審判っていらないよな? てか、ちょっと危ないよな?」
マウリナはシルネとしばらく目を合わせてから一紀に再び向き直ると何を今更とでも言いたげに疑問に答える。
「振り回されてるユレンが最高に可愛いから以外の理由がいるのでしょうかね?」
一紀は顎に手を当て少し考え込むと……。
「……なるほど。ないな!」
「まったく。話のわかる奴は大好きだぜ」
「いやいや。マウリナもシルネもわかってるねぇ。ユレンの素晴らしさを!」
「ふふふ、当然です。彼女の魅力を最大限引き出してこその監視塔ですので」
「そうだぜ! ワタシ達が彼女を見守らねえとな!」
「「あっはははは!!」」
「ふふふふふふ」
その時、ユレンはブルリと身を震わせる程の悪寒を感じ取っていたという……。
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