それは、逆転のドラマ

 深い森の中。

 夜の帳が下りる。

 活気のあった自然の音は鳴りを潜め、僅かばかりの静謐さが漂う。

 眠りに就く者と覚醒する者が入れ替わる時間帯である。

 その中には狩りの時間や逃亡劇を繰り広げる数々のドラマが潜んでいる事だろう。この時間ならばより一層劇的に映る筈だ。

 どこからともなく漏れ聞こえる唸り声もまた、一つのドラマを示唆し、想像を掻き立てる。

 そんな自然の中、1人の少女がいた。

 およそ夜の恐ろしい森の中では、些か不釣り合いであろう1人の少女。

 夜に紛れるように黒いボロ布を頭から被り、本来ならば綺麗であろう短い黄金の髪を隠して静かに移動する。

 闇の中では2つの金眼の輝きが揺れ動く。


「なんだか騒がしい……?」


 立ち止まり、紡がれた声は訝しげであった。

 森の僅かな違和感に気づいたという事実にどういう生活をしているのかは想像に難くない。


「どう思う? レイヴ」

「グルルゥ〜……」


 足元へと投げられた問いは、いつの間にやら現れていた少女の腰元程の大きな黒狼が答える。

 頭を脚に擦り付け、気遣うようにゆっくりと。


「大丈夫だよ。でも、そっか……支障はなさそうだね」


 その黒狼、レイヴの頭を撫でながら問題がない事を確認した。

 確かに何かがあったのかもしれない。

 だが、あの馬鹿どもがそんな些細な事を気にするとも思えない。


 ——ようやく、だ。


 黒狼の頭を愛おしそうに撫でて細められていた目。

 微笑ましげに上げた口角。

 それが徐々に剣呑な色を滲ませていく。


 ——私は忘れない……ッ!


 闇に馴染むようにドス黒く濁っていく思考。

 痛ましげに歪められた表情は今もなお傷だらけの心を写したかのようだ。

 目を瞑れば鮮明に焼き付いて離れないあの光景が脳裏をよぎる。

 ギュッと血が滲み出そうになるくらいに握り締めた手を解き、息を吐き出した。


 ——許さない


 彼女がレイヴに手を舐められ、ハッと我に帰ると再び移動を開始する。

 ただでさえ危険な夜の森である。立ち止まっている暇などないのだ。

 少女はその場から居なくなった。

 何らかを画策している様子の少女、それは何が原動力なのかは見て明らかであろう。

 彼女は復讐者。

 小さな復讐者である。

 それを咎める者も諫める者も彼女にはいない。


 ——そして今日も、薄明を迎える。

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