現状の把握

「では、そうですね。先ずはこの国の事についてお話します。質問もお受けしますので気になったら聞いてください」


 シルネはそう言って真剣な表情で一紀を真っ直ぐ見据え、言葉を続ける。


「一紀様もお気づきだと思いますが貴方が計画していた、他国の助け無しで機能する国。言わば、『自立国』とでも呼べば良いでしょうか」


 それは一紀がこの国を描く時に思い描いた目標と言ってもいい事柄だった。

 一紀は「ああ」という返事をしながらコクリと首を縦に振り、シルネに先を促した。


「健全な国を目指しているのならば——それは不可能です」

「……」


 一紀はその言葉に呆気にとられる。

 確かに予想はしていた。予想はしてはいても実際に言われるとどうしても受け入れ難いものがある。

 だが、そうも言っていられない。


「なんで不可能って言い切れるんだ?」


 そう。今は無理でもそれは叶わないものではないはずだと一紀は思っていた。

 だがシルネは無理だと言い切った。それはそれなりの根拠があるという事だ。

 シルネは困ったような笑みを浮かべて対応する。


「いえ、ですから健全な国を目指しているのならばの話です」

「あ〜、じゃあその健全の基準ってなんだ? 結構曖昧でよくわかんないだよな」


 シルネは「それもそうですね」と理解を示すと人差し指と親指で顎を摘むようにして、ん〜と考え込むと良い表現が見つかったのかすぐにわかりやすい返答が一紀に返ってくる。


「ぶっちゃけちゃうとですね。この国の住民をブラック企業の如く働かせる気か? という事ですね」

「ぶっちゃけたなぁ〜」


 一紀は気が抜けたように返事をしてなるほど、と納得する。

 しかし、それは今、人が少ないからではないのか? と一紀は思わなくもない。


「でも、それって人を増やせばなんとかなるんじゃないか?」

「無理ですね」

「即答かよ。それもまたなんで?」


 まさか即答されるとは思ってはいなかった一紀、だがすかさず理由を求める。

 シルネは「ふふふ、すみません」と形だけの謝罪をしてから説明を始めた。


「現在この国では豊富な資源の採掘にあらゆる食料の生産にいろんな製品を作ってもいます。とりわけ食に関しては本当に凄まじい執念じみたものを感じられます」


 それはそうだ、と一紀は思う。食に関しては妥協はできない。美味いもの食べるのは幸福に繋がるのだ。自分の絵の中の人達にも美味いものはたくさん食べて欲しかったという思いがあった。

 一紀は「まあね!」と少し嬉しそうに答えるとシルネは「別に褒めてはいないんですよね」と困ったように笑う。


「この食料が問題なんです。人を増やすと食料が足りなくなるんですよ」

「え? でもそれならたくさんあるだろ?」

「確かにあります。……が! この国に招く人材の能力次第では資源や食料に関わらず一箇所にかかる負担が4〜5倍になり、人を通常より増やさないといけない可能性だってあるんです。良くも悪くもこの国の国民の能力はかなり高いですから」

「……なるほど」


 失念していたのだろう。

 そもそも豊富な資源と食料がある、そんな国が小さな国であるとはいえ、実際問題、曲がりなりにも国である以上、小さいはずもなくそれなりの面積を要していた。そして、そんな国を支える予定だった人数はたったの1万人なのだ。必然的に個人の能力が高くなるのも当然だった。

 そこに一般人が入ろうものならば一人で足りていた筈の場所に4人などと増やしていけば必要とする食料や消耗品などの物資もさらに増える。それは悪循環でしかない。

 供給が需要に追いつかないという状況が好転するどころか、さらに加速させてしまう事態である。

 だから、自立国を成立させるのは無理なのだろう。


「故に、他国との貿易は必要不可欠です」

「まあ、それはしょうがないだろうな」


 一紀としてはそこは既に覚悟していた部分でもある。

 そこは割り切る事は出来るのだが問題もある。


「でも、その肝心の他国はどうなんだ? この国の物と釣り合いは取れる?」

「それは考え方次第ですね。食料も増える分には困りませんし、何事にも需要はありますから」

「それも、そうか……」


 納得した一紀だが、ふと考えてしまう。そもそも交流は出来るのだろうか、と。

 まず、ここは異世界。この世界のルールなど知る由もない。言葉も文字も違うかもしれない。治安の問題も完全に捨てることもできないだろう。

 一紀がその辺りをシルネに聞くと問題ないという答えが返ってくる。


「言葉と文字については問題、あり、ませんね。一応」


 問題がありそうな表情で言うシルネに一紀は何かしらおかしな点が存在しているのだと察した。定番と言えばと考えた所……。


「……知らない文字なのに読めちゃう的な?」

「いえ、それならばまだわかりやすくて良かったのですが……」

「どういう事?」


 シルネがそうですね、と一呼吸置く。


「まず、この世界の言語は1つしかありません。全て統一されています」

「……言葉の壁がないのは良い事だな」

「名称こそ違いますがその言語も日本語です」

「……混乱が少なくて苦労せずに済むな」

「ですが、その日本語が少し歪んでいるんですよね」

「というと?」

「例えば、シュバルツやノワール、ブラックなどと言った単語がありますが、一紀様わかりますか?」


 一紀からすればラノベや漫画などで良く目にする単語だ。


「全部黒って意味だな。ドイツ語、フランス語、英語って順に」

「はい。ですが、残念ながらこれらは全て日本語です」

「……ん?」


 訳がわからないと一紀は首を傾げた。整理するようにわからないなりに言葉を並べる。


「えっと、つまり基本は日本語で喋ってるけど、別言語をカタカナで言ったらそれはそれで通じるってことで、オッケー?」

「はい、オッケーもまた日本語です」

「じゃあ発音良くその単語を言ったら?」

「通じないでもないと思いますよ。アルファベットもありますし……」

「……アルファベットもあるんだ。…………ちなみにアルファベットも」

「日本語です」

「なるほど。歪んでるな」

「ご理解いただけたようでよかったです。ちなみに正式名称は人語です」

「うん、そっか。それにしてもすごい偶然があるもんだな」

「……ただの偶然なら良いのですがね」

「……とりあえず現状は問題ないって事で進めよう!」


 とりあえず言語に関しては安心もできる。ポイナも一足先に確認をして出て言ったという事になるのだろう。本当にちゃっかりしている。


「そして、治安に関しては魔物という存在もいるので決して良いとは言えませんが悲観する程でもありませんね」

「なら、交流は望めそうだな」

「そうですね。できれば交流するのはいろいろ整え、その国の情報を多く得てからが良いですね」

「それもそうか。……どのくらい余裕はありそうだ?」


 シルネは少し考え込んで手の平を一紀に向けると答えた。


「短く見積もっても5年程かと」

「け、結構あるんだな……」


 一紀自身が予想していたより長い期間だった事に驚くと背後から今まで五玄星と共に静観していたヒュールが割り込む。


「それはそうですよ。誰かさんの食へのこだわりが功を奏した結果ですからね〜」


 例え自立国とはなり得なくとも備蓄はかなりあり、多く獲れる食料も供給が間に合わなくとも一気に減る訳ではなく緩やかに減る形なのだ。

 それはひとえに一紀のこだわり故の事だろう。これは思わぬ幸運と言っても差し支えない。


「さすが一紀様です!!」

「あ、あははは……」


 フランは一紀に喝采を浴びせるが一紀は微妙な表情で笑う他なかった。何故なら。


「……自業、自得」

「国の面積と食のこだわりがもう少し小さければ問題はなかったんでしょうけどね……。というか5年でも危機的状況ではありますし」


 ボソリと溢れるアミルとダイナの言葉を聞けば明白だろう。


(こいつら俺を貶めるのうますぎない!? 確かに自業自得だけどもっ! てか、完成させる前に無理矢理連れてこられた訳だし!)


 そんな風景を見てふっとシルネが笑うとまだ話は終わってないと話を続ける。


「他の国の事に関してはまた後ほど決めるとして、この国にはまだ問題がありますね。まあ、大した問題でも無いですけれど」

「ん? 他になんかあるか? 確かに細かい事とかありそうだけども」


 特に心当たりがないのか一紀はそう返す。


「はい。この国には一紀様を除いて女性しかいない、という事です」

「——ッ!?」


 一紀の脳裏に自分の描いた娘達とどこの馬の骨とも知らない男が一緒にいる所を一瞬過ぎる。


 ——許せんっ!!


「重大な問題じゃないか!! 俺は許さないぞ! しっかりと男どもを見定めてやる!」


 グルルルゥ〜と一紀は威嚇するように唸る。

 その様子を苦笑しながら一紀を宥める。


「まあ、今は深く考えなくても良いですよ。少なくとも今は」

「グルル……そうだな。うん。それもそうだ。ふぅ……」


 寿命とか諸々の問題もあるもんな……。などと一息ついている一紀は気づくべきだった。いや、そもそも最初から手遅れだったのかもしれない。

 その場にいた彼女ら女性陣の目が少しギラギラと一紀を見つめていたという事に……。


 ——逃がしませんよ?


「うわっふ〜ぃっ!?」


 突如、凄まじい寒気を感じて思わず奇怪な声を上げる一紀を果たして責められる者はいるのだろうか?


(てか、女性しかいないこの国だとハーレム推奨って事になんのかね? その男、絶対に許すまじっ!)


 自分で描いた娘達をそう思う事ができない訳ではない。むしろ趣味全開でとても魅力的なのだが若干の抵抗が無意識に働いているからか、自分もそうなるかもしれないなどとは露程つゆほども思わない一紀であった。



 話も一段落し、次は外との事になった。

 先ほどもちょろっと話しに出たが他国との繋がりを持つためにだけでなく信頼などができるかどうかも知る必要がある。

 ただ、5年も猶予があるからか一紀は気楽な気持ちで考えていた。

 それ故に今まで一紀を襲っていた妙な焦燥感は霧散しているのがはたからも伺える。

 シルネはたくさんの画面を操作する為のキーボードの様な物をいじるとこの部屋で最も大きな画面にこの国周辺であろう、と予想がつく地図が映し出された。

 これで近くにあるものなどがわかりやすくなり、説明も容易になるだろう。

 シルネは画面に注目させながら説明を始めた。


「まず、見てわかる通り西に砂漠が、北、東、南に樹海と言っても差し支えない深い森が広がっておりました。もちろん、門を抜けていきなり森がある訳ではなく多少進めば森と砂漠に行き当たる形です。北に、細かく言えば北東に少し進めば海があることも確認が取れました」

「人は見当たらなかったのか?」

「それに関してですが、東の森を抜けてすぐの所に小さな村とそのさらに向こうに小都市と言える様な街がある事が確認できました。南の方角でも街などが多少は確認する事もできました」


 この国は基本的に森に囲まれていてそう簡単に人に見つかるような場所ではないらしい。

 一紀はなるほどなぁ、とこぼしながら椅子の背もたれに寄りかかり目を閉じて考える。

 こんな少ない時間の中でこれだけの情報を集められたのは正直称賛に値する結果だ。

 もう少し時間があれば更に詳細な情報がある事だろう。

 そして、それに焦る必要もない。かと言って何もしないのも性に合わない。

 そこまで一紀が考えると今度は次の興味に移る。


 ——やっぱ、自分で見て回りたいよな!


 折角こういう所に来てしまったのだ。そういう冒険があってもいいではないだろうか。

 早めに行動して悪い事などそんなにない。

 しかし、一つだけ懸念があるにはある。


「魔物とかって、たくさんいた?」


 一紀にそう問われたシルネはもちろんだと頷く。

 一紀には戦う術がないのだ。それはどうしようもないことではあるのだがこれもまた今日1日かければ明日には外に出られるのではないかと思っていた。少なくとも紀人レイズ・ピリオドとしての身体ならそう難しくない。

 不安は多少あれどそれが正直な感想だった。


「やっぱりかぁ〜」


 だから仕方がないのかもしれない。

 魔物がいると聞いて思わずこぼした言葉に僅かながらの高揚と期待が含まれていたのは不可抗力だったのだ。

 一紀のその反応を見てフランは不安そうな表情で問いかける。まさか、と。

 周りを見ればフランと似た様な反応が多少なりとも伺えた。


「一紀様は外に出るおつもりですか?」


 フランの質問に一紀は椅子から立ち上がりながら自信満々に振り向いて答える。


「もっちろんだとも! 折角こんな場所にいるんだ。じっとなんかしてられないし自分の目でも色々見て回りたいじゃないか!」

「しかし、今朝まだ自分の身体に慣れてないと仰っていましたよね? それはどうするんですか?」


 ダイナの疑問には一紀はそう思うのは当然だと思うと同時にどうやらみんなは自分の考えにあまり前向きではない様だと気づく。


「それは今日1日中コロシアムを使ってなんとかするよ。というか、みんなはあまり乗り気じゃないみたいだな」

「ん、……当、然ッ!」


 憤然と答えるアミルを見て一紀も多少驚きを露わにする。

 しかし、彼女のその怒りもまったく理不尽なものではない。いくら能力が高かろうと危険は危険なのだ。誰が自分の国王をわざわざ危険に晒すものがいるだろうか、と。

 それは、至って正論で反論の余地もないだろう。


「ボクは、賛成かなぁ」

「おお!」

「——ッ!? ヒュール!?」


 ヒュールの発言にフランが強く反応した。


「ヒュール、何言ってるの? なんでそんな……」

「落ち着いてフラン。別にボクは無闇に賛成してる訳じゃないんだ。多分シルネも同じだよね?」

「え?」


 ヒュールからそう言われたシルネは穏やかに首肯する。

 もともと一紀が外に出たがるのはなんとなく予想していたことではあるのだ。それを強く否定するのも気が引ける話でもある。


「ふふふ。そうですね。一紀様がどうしても外に行きたいというのであれば条件がいくつかあります。それならみなさんも納得してくれるはずです」


 渋々ながらもとりあえず反対していた人達も話を聞くことにした。


「で、その条件って?」

「まあ、そんなに多くはないですけどね。まず、少なくとも五玄星の中から2人を護衛役として連れて行ってください」

「まあ、それなら」


 1人で行くのもそれはそれで退屈するかもしれない。もしもの事もあるのだ。

 その条件に一紀は特に口出しもせず認める。


「次に、最初に行くなら先程話にでた東の村へ行ってください。1番近い場所ですしね」

「ん? まあ、もともとそのつもりだったから良いけど」


 少し妙な条件だな、とは思わなくもない一紀だが安全面を多少考慮してくれたのかもしれない。

 シルネはそれは良かったですと頷くと改めて真剣な表情を作り一紀をそのオッドアイの目で見つめる。


「そして、最後に覚悟・・を示してください」

「覚悟?」

「はい。覚悟です。この世界は一紀様がいた様な場所ではありません。厳しい言い方になりますが平和ボケしている様ではいずれ必ず折れます。すぐに覚悟を示せ、というわけではありませんが、とにかくそれを示して頂きたいのです。私達が納得できるものを」

「……どうやって?」


 どうすれば覚悟を示せるのか、というその疑問はなるほど、と確かにもっともな疑問なのかもしれない。

 言葉で何か決意のような約束事のような事を言えば良いのだろうか。

 だが、一紀はなんとなくそういうことではないと思った。

 これは愚問だ、と。

 行動で、態度で示すべきだ。

 シルネはそんな一紀の様子に気づいているのかそうでないのか定かではないが、ただ優しく微笑んで教え子に課題を出す様に返答していた。


「自分で考えてくださいね」


 なんとも曖昧な課題に一紀は頭を悩ませることになった。



 一紀が覚悟を示す機会はいずれ訪れるものとして、それ以前にまず決めなければならないものがあった。

 いや、覚悟を示すのは確かに大事なのだが大前提としてまず、一紀とともに行動する2人の五玄星のメンバーを決めなければならない。


「と、言う訳で誰が俺と一緒に来る?」

「「「「…………」」」」


 一瞬、「え、ゼロ?」と心が折れそうになった一紀だが4人が仲良くそーっと手を上げていたことに安心して仕方なく声をかける。あくまで仕方なくである。


「まったく! 素直に行きたいって言えば良いじゃねぇかコノヤローッ! あと、2人までしか行けないんだゾッ!」

「あ、嬉しそう……」

「口元が緩んでますよ」

「そ、そんなことないから!」


 ユレンとシルネの指摘は置いておくとして実際問題2人に絞らないと行けない。

 それにここにはいないメラニーにも聞かないと行けないだろう。


「大丈夫。……メラニーも、行きたいって」


 アミルは自分のマナフォンのトーク履歴を見せながら言う。

 一紀達が覗き込むとそこには確かにメラニーも行きたいという旨が書かれていた。


あみるん『一紀様と外に行くかもだって! めらにんも行く?』

めらにん『あ、行く!』

あみるん『わかった! でも2人までなんだって! 今のままじゃ誰が行けるかわかんないよぉ!』

めらにん『マジかぁー! そこらへんどうやって決めるのさ?』

めらにんがスタンプを送信しました。


 一紀曰く、そのスタンプは少女が「のさ!」とツッコミをしているものだったとか。

 画面はあみるんが『まだわかんないのさ!笑』と送信する前で止まっているところだった。

 アミルは一紀の様子を首をコテンと傾けて伺う。フードから覗くその金眼も表情と合わさり、その様子がいかにも「なにかおかしいの?」と言っている様に見えて。


「——グッ!?」


 一紀が可愛さのあまり胸を押さえて苦しみ悶えるのは仕方ないことだった。


「? 一紀、様?」

「いや、うん。ありがとう。わかったよ」

「……はい」


 それが一紀の精一杯だった。

 他のその様子を見ていた周りは苦笑をもらし、本題に戻りどうやって決めるかを考えることになった。


「ジャンケンはどう?」


 拳を握りしめてフランが提案をする。


「却、下!」


 しかし、力強くアミルが断る。

 アミルは運任せは嫌いなのだ。


「ん〜、トランプなんていかがでしょうか?」

「ダメよ。ヒュールはすぐイカサマするじゃない」

「そんなことないよ〜」


 ヒュールの提案はダイナがバッサリと切り捨てる。

 一紀はその彼女らの気安い態度に心の中で楽しそうだなぁとか思いながら成り行きを見守っていた。

 自分は国王で立場もあるからこんな風に軽い感じで接してもらえないのは仕方ないと納得はしているがやはり寂しいものが多少はある。しかし、それでもこう言った会話を聞けるのならこれはこれで悪くないとも感じていたし、いずれは自分もその輪に入れる筈だとも思っていた。

 そんな中、話し合いは難航していた。

 その会話を一紀とシルネ、ユレンで苦笑しながら眺めていると不意にアミルがマナフォンを掲げるとフードが落ちない様に気を付けながら高々と宣言した。


「メラニーの案……採、用ッ!」


 パチパチと監視室で鳴り響く拍手の中。

 一紀がその画面に見たものは。


めらにん『バトっちゃおうぜ!』


 という軽い文字が踊っていた。

 ともかく選抜方法が無事決まったが一紀はいつこの娘等を武闘派にしてしまったのだろうと溜息を密かに着くのだった。



 一紀とともに行動する選抜方法も決まり、ようやくそこで臨時会議とも呼べる会議が終わった。

 一紀は今日のうちはまず昼食を食べてから一日中コロシアムで時間を費やすつもりでいた。やるならばとことんなのが一紀なのだからそれは当然とも言えるだろう。

 そして、外への出発は明日の昼過ぎということになった。

 五玄星の闘いは明日の朝からやる事になっていた。体力的に大丈夫なのかという疑問もあるだろうがその様な心配は要らないだろう。

 そのコロシアムは一紀が手がけた特別製なのだから。

 そういう事で今日の午後は自由時間という事になり監視室を後にしていた。

 監視室にはシルネとユレンが残された。


「い、言わなくて……良かった、んですか? 村の事」


 ユレンが恐る恐るシルネに質問する。

 恐る恐るではあったがその視線にはどこか咎めるような色があった。

 シルネはその視線を甘んじて受け入れて答える。


「ええ。これは一紀様にとって試練でもあるんです。どう切り抜けるか見定めないといけないと思うんです。五玄星にも後で伝えてはおきますが」


 ユレンは分からず屋と言う訳ではない。シルネのやりたい事も分からなくもないのだ。ただ、心優しいユレンは心配なだけだ。


「お、折れない、ですか?」


 人によってはそう簡単に折れるような出来事ではないと彼女は思う。

 しかし、条件によっては一紀は折れるような気がしてならないのだ。

 彼女には、彼女らには一紀の事はそれなりに知っていると自負しているのだ。それでユレンはシルネを責めた部分もあった。

 しかし、シルネは決然とユレンに言い返すのだ大丈夫だ、と。そう語りかける。


「折れませんよ。折れるものですか。貴女だって知っているでしょう?」


 あの執念を。情熱を。そして、あの愛を。

 一紀は普通の人とは違う。

 5年もの月日をひたすらに一つの絵にそれらの感情を植えつけられるだろうか?

 それもまだ少なくとも5年は更に続けようとしたのだ。

 一人一人丁寧に描き、5年間熱も冷めずにそれを続けたのだ。

 義務などではなく。人に見せるわけでもない。全て自分達にぶつけられて痛いぐらいにその想いは伝わっている。染み込んでいる。

 ただの趣味と言うには些かおかしいではないだろうか。

 彼女らには一紀の愛が感じられた。剥き出しの愛と情熱を注ぎ込まれた彼女達に一紀に一定の好意を向けるなと言うのは酷なものだろう。

 一紀を信じられない筈がないのだ。だが心配しない筈もない。

 でも、だからこそ。そんな一紀がこんな事で折れる筈がないだろうとシルネは思うのだ。


「も、もし、折れてしまったら?」


 とは言っても絶対なんてない。

 不確かなものを信じて見たくなる気持ちも分からなくもないがもしもの事がある。

 ユレンはシルネにそう尋ねると彼女はお手上げとでも言うように、何かを諦めるように優しく微笑む。


「その時は、盛大に甘やかしましょう。私達はこれでも一紀様の理想でもあるんですよ?」

「……そう、ですね。えへへ」


 ユレンは照れ臭そうに笑う。

 別に完全に納得している訳ではない。

 ただ、これからのためにも必要な事なのだろうとは思う。確かに良い妥協点かもしれないなとユレンにはそう思えた。



 監視塔を去った一紀はさすがにお腹が空いたのか城に戻り、昼食を摂ることに。

 こう言った世界で日本食を食べるのは不思議な気持ちだったがなにぶん急いでいたと言うのもあったからか考えるのも億劫になり一紀はほとんど自動的に日本食を頼んでいた。

 その時のメイドであるロウナの疲れたような顔を見た時は少し申し訳なく思ったが仕方がないものは仕方がないと一紀は意志を強く持って切り替えた。

 姉と妹に色々と迷惑をかけられてもしっかりと働いているのは喜ばしいことである。

 もしかしたら姉妹に会えない故に落ち込んでいたという可能性が無きにも非ずであるからこそ、一紀がその選択に踏み切る事が出来たのかもしれない。

 そんな事もありながら一紀は早速コロシアムに向かうと、とある部屋を目指す。

 その部屋にはたくさんの機械が入り組んでおり、様々なメニューが並べられていた。

 そのメニューはいわゆる戦闘強化演習のようなものだ。

 簡単に言ってしまえば『闘技場で武闘派な人形達とたくさん遊べるぞ!』と言うことでもある。

 一紀は設定などを色々といじり、自分の強化に本気で取り組む為の特訓を始める気でいた。

 しばらくすると強化プログラムとも呼べるような設定をすると闘技場の真ん中に立ち、開始の音を待つ体勢に入る。

 今日は貸切である。明日は朝から使うと言う事もあり、終わりの時間もあるがまだまだ余裕だろう。

 そして、このコロシアムにも色々な機能を盛り込んで置いて正解だったと一紀はほくそ笑む。


 ——ブーーーーッ!!!!


 やがて開始のブザー音がその広い闘技場で鳴り響くと同時に、一紀は「ヨッシャッ!!」と頰を叩き、己に気合いを入れ直す。

 一紀は期待と不安が胸中で入り混じるのを抑えながら目の前の存在に向かって歩み出し、拳を振るう。

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