破 人生と炎
あれからラフカディアと一緒に人生ゲーム――というよりかは夜の港を散歩をしている。
五時間くらいずっと歩いている。
時刻は丑三つ時を通り越し、昨日のクリスマスイブはとっくに過ぎてしまった。
まあ、今までの人生でクリスマスイブを女性と過ごした事なんて、家族を除いて記憶にございません。
ましてや夏服のセーラー服を着て、冬の海辺を歩いているなんて初めてだ。
なぜ、時季外れのセーラー服を着ているのかというと何を言おう横にいるラフカディアのせいだ。
散歩の合間にラフカディアの事を聞いたのだが、どうやら彼女と共にいるときは必ず、セーラー服を着ることが義務なのである。
「ところで卑怯者君は何で女に生まれなかった訳?」
ラフカディアが残念そうに言いながら僕の脇腹を突く。
「そんなの神様か生みの親に言って下さい」
「神様だなんて可愛いね! ねえ、もし卑怯者君が神様に会えたとして女にしてくれると言ったらなりたい?」
「そりゃあ、なりたいですけど・・・・・・それよりも何で僕なんか造ったのか聞きたいです」
「それはルール違反だ。ペナルティーとして写真一枚」
ラフカディアにポラロイドカメラを向けられ、写真に取られる。
これで二百二十七回目の撮影。写真集が出来るぐらいの枚数だ。
ラフカディアが先程取った写真を見ると、
「そろそろ、始まりそうだな・・・・・・」
先程と雰囲気が違った大人びたと言うべきか、真面目な口調で言った。
「何が始まるんです?」
「まあ、おいおい分るさ。ところでさ、卑怯者君は明日――というよりかは今日帰ったら何食べるの?」
予想外の質問で変な声を出してしまった。何せ、自殺しようとしている人間が明日とか、帰ったら何を食べたいだなんて思っても無かった。そんな中でふと思った事をそのまま口にした。
「オムライスが食べたい。お母さんの作るオムライスが食べたい」
「それは今日食べれるのか?」
「いや、食べれない。今から実家に帰るのは無理だし」
「オイ、食べれないモノを言うな。夢では無く、現実的に何を食べるのかを聞いている」
僕はそれから少し考えて、ほぼ毎日食べている献立を口にした。
「親父秘伝のレトルトカレーのスパゲッティかな」
「けったいな料理だな。生きて帰ってこれたなら私にも食べさせろ」
「生きて帰れるならか・・・・・・」
「ああ、さっきも言ったように人生ゲームって名前だけど、これは立派な儀式だから。まあ、原理は“こっくりさん”に似たものと思ってくれれば、理解して貰えるかな――あと、ゲームに負けたら、本当に死ぬ事になる」
「そんなのぼく聞いてないんですが」
「ゲームのルールは聞くモノでは無く、ルールブックで覚えていくモノだ」
「だったら、そのルールブックとやらを見せて下さいよ」
「こんな暗闇で本を読むなんて目を悪くするからやめなさい! それにルールブックとか取説って人生で一度でも読んだ事ある?」
「一度もないです」
「私もそうだった。読むのも面倒くさいから一度も目を通したことないや。卑怯者君はどうして読んだ事が無い?」
「読んでも読まなくても変わらないからかな」
僕はため息を吐いた。
「変わらない? でも、知っているのと知らないとでは結果は違うよ」
「普通ならそうかもしれない。でも、僕はそんな当たり前は通用しない。全て歪曲して、どんな事も間違った方向に進んじゃうんだ」
「なるほど、君は変わらないと言うよりも修正されてしまうと言う事か」
「修正――そうか、そういう風にも捉える事が出来るのか」
「でも、ここで気になるのが世界が修正するのか、君自身が修正しているのかが問題だね」
「どういうこと?」
「つまりだ。本来なら君は救われていたモノを自ら救われない道を歩んでいるのか。それとも救われる道を選んで歩いたのにそこに落とし穴を仕掛けられていたのかだ」
「それは後者だと思います。だって、自分から救われない道なんて選ぶわけなんかないじゃないですか」
「どうして言い切れる?」
「それは・・・・・・」
僕はハッキリと言い返せる根拠が思い付かなかった。
「じゃあ、今現在の君はどうだ? 君は自分で選んだ道に耐えきれず自殺しようとした。それはなぜだ? 選ぶ前に一度でもこの道は本当に心から歩みたいとは思った事がないんじゃないかな?」
そうだ。その通りだ。
僕は今の選んだ道を一度でも成功したビジョンなんて思った事は無かった。
あるのは何となくこの道を歩いていて、今は早く辞めてしまおうという思いしかなかった。
「辞めてどうするんだい?」
「えっ? どうして」
「心が読まれたのなら、ここでは不思議ではない。それよりも君の辞める勇気があるぐらいの自信とはなんだい? 君の心の奥に閉ざされているモノは一体どんな可能性なのかな?」
「可能性――それは、簡単な言葉で表すなら“夢”なのか」
「さっきも言っただろ。“夢”は語るな“現実”を語るんだ。じゃないと本当に君は死んでしまうぞ――ホラ、良くないモノが現れてしまったようだ」
そう言われて初めて気づいた。どこからか水が滴る音を出すモノがいることに。
最初は防波堤に打ち付けられる波の音かと無視していたが、ラフカディアの言葉でそれは自然現象ではなく、何者かによる事象であると理解した。
ラフカディアは手に持っていたライターの火を音のする方に投げた。
ライターは地面に落ちる前に空中で何かにぶつかった。
するとライターの火が引火したのか、そのぶつかった何かは宙で燃え広がった。
一目で何が燃え移ったのかが大体分った。
それはこの世界で見間違うことの無い姿をしていた。
「人!?」
僕は後ずさりしながら、声を上げた。
「ホウ、人と認識できるのか。でも、あれは間違いなく、怪物だ。いや、人型だから怪人と呼ぶべきかな」
火を付けた張本人であるラフカディアは平然と答えた。
僕は一瞬、ラフカディアのふざけた言動に怒りをぶつけそうになったが、僕が人と認識したモノは、人間らしからぬ動きを始めた。
燃えているのにも関わらず、真っ直ぐこちらに向って手を伸ばし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
熱くないのか、痛くないのかと思いが巡るが、それを否定するかのように近づいてくる。
僕は火の熱で眼の奥で何かを感じた。頭部と思われる部分に視線を向けられているような恐怖感に襲われる。
突如としてその腕は火の粉を撒き散らしながら、僕の方へ真っ直ぐ伸びてきた。
まるで関節が無いかのように、ニューっと首元まで差し迫り、首元に熱を感じた。
同時にラフカディアが僕の首の襟袖を強く引っ張り、後ろに吹き飛ばした。
喉仏が圧迫されて、咳き込んだ。
「ボーッとしていると殺されてしまうよ」
ラフカディアが僕を見下ろして言った。
先程の伸びた腕は元の長さに縮小し、ソイツはまたゆっくりと歩み寄る。
僕は体勢を立て直し、ラフカディアに訊いた。
「アレは何ですか!?」
「あれは“燃える存在”といってだな、この儀式で発生させた《蜃気楼》のような現象だ。詳しく言うなら“君に近い存在”もしくは“未来の具現化”とも判断することが出来る」
「コレが僕の未来・・・・・・」
未来とは呼ぶのには、黒くて不気味な存在だった。でも、この“燃える存在”が僕だと言われて反論する気はならなかった。
むしろ、僕である事に納得してしまえる。
「言っておくが、この存在は君を殺したい程に憎んでいる。君も過去の自分が許せないぐらいにな」
僕は燃える存在を改めて直視した。
僕にはラフカディア言うような憎しみなどの怨みという感情がアレから伝わっては来なかった。
それより(諦めるな――まだ間に合う)という声が体のどこかで共鳴し合っている。黙っているだけではイケないと僕にそう囁かれている。
「僕はどうすれば良いんですか・・・・・・」
「言っただろ? アレは君の未来の具現化だ。君の行動次第で“存在”は今すぐにでも消えるし、消えずに君を呪い殺すだろう」
「行動って何をどうすれば良いんですか」
「それは既に君の心の奥にある。君自身もその存在を知っているし、気づいてもいる。ただ、君はそれを“夢”として閉まっているんだ」
「“夢”??」
「君はいつも現実に出さない。行動に出さない。それはつまり可能性で止まっているんだ。可能性とはすなわち、この世界で産声を上げる境界線上に立ち止まっている」
可能性って言われても、僕に取って“ソレ”はあり得ない理想なのだから、現実ではどうしようもないのだ。
僕がぐずっているとラフカディアは愛想を尽かせて、燃える存在に歩み寄った。
「どうするんですか!? 近づいたら、ラフカディアも危ないですよ!」
僕はラフカディアを制止するよう言った。
「この“燃える存在”は君に接触することで、この世界から跡形も無く消し去るのが役割なんだ。だから私がコイツを君に触れさせないように抑えておくから、君はどうするべきか“行動”に移しなさい」
そう言うとラフカディアは右手を伸ばし、燃える存在の胸にゆっくりと突き刺した。ラフカディアの手が炎に接触すると肉が焼けるような音がした。
炎で照らされるラフカディアの表情は少し、歪んで見えた。
それが炎による陽炎なのか痛みに耐えるモノ、その両方なのかは分らない。
「ラフカディアっ!!」
何も出来ない僕は彼女の名前を叫ぶしか出来なかった。
「おや、これは相当強い“存在”だ。困ったなあ、本当は死ぬつもりなんて無いのに、これだと私まで死んでしまいそうだ。なあ、卑怯者君! 君はこんなにも人を燃やせるほどの情熱を持っているのにどうして実行しないんだ!」
ラフカディアはのけぞりながら、呆れた口調で言った。
僕は震えていた。声を出すので精一杯だった。出せた言葉は言い訳にしかならないと分っていながらも。
「だって――怖いんだ。もし、“夢”を実行したとして現実で叶わなかったら、僕はこの世界で生きる意味を無くしてしまう。僕にとって“夢”とは今を生き延びるために言い訳なんだ!」
「そんなの“夢”じゃない、それは生に執着した“呪縛”だ!」
ラフカディアの大きな怒号が飛んだ。
彼女の声は周囲の音を消したかのように静寂にした。体の震えはなくなり、心臓の辺りが熱くなった。
「良いか。生きる理由を“夢”にしちゃダメなんだ。そんな事をしちゃ、何もやらないで夢という自分の世界で酔い潰れ、最後には腐って廃人となってしまう。だから、私達は夢を現実の世界に出す行動が大切なんだ――――
そりゃ、現実は夢みたいにご都合主義じゃない。否定されて、何度も消されそうにもなる。でも、私達は生きている限り、それは決して消えない! この世界は有限であるがこそ、燃え続けることが出来る!」
「僕は・・・・・・」
心の奥でまだ支えている。
口に出せば、それは可能性が誕生してしまうと言う事だ。
一度、世界に出せば消えないように守らればならない。
「君がこの世界で唯一、消さなかった存在とは一体何だ! 自殺を思い止める程の熱とは何だ!」
「僕は――!!」
僕は心に閉まっていた存在を口にすると、炎の存在は勢いよく炎柱となり、空高く消えていった。
ラフカディアはその場で膝が崩れるように倒れ込み、僕は急いでラフカディアの元に駆け寄って、抱き留めた。
「ラフカディア! 大丈夫!?」
「アチチ・・・・・・全く、割に合わねえ“存在”だったら許さねえからな」
そう言うとラフカディアは右手を僕に差し向けた。
手は黒く焼けていた。
「もう、ここに閉まっているんじゃねえぞ」
ラフカディアは右手の拳で僕の胸を軽く叩いた。
僕は泣きながら頷き、彼女の手を握り返した。
海面の向こうで太陽が昇ってきた。
「おめでとう。これでゲーム終了だ・・・・・・。無事、卑怯者を卒業したな。あとは嘘つき者にならないようにね」
「嘘つき者か・・・・・・そうだ約束」
「約束?」
ラフカディアは不思議そうな顔をした。
「生きて朝を迎えたら、レトルトカレーのスパゲッティをご馳走するって――」
本の一瞬だった。瞬きをしたら先程まで腕の中にいたラフカディアの姿は無かった。
僕の手はラフカディアの拳を包み込んでいたハズなのに、そこには冷たい何かを掴んでいた。僕は拳を広げると火の付いたライターがあった。
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