ラフカディアのブラインドコンプレックス――夢の彼女は怪物を世界の敵から守る
無駄職人間
序 卑怯者と来訪者
「どうして、僕は無価値であるのに・・・・・・ここまで恥をさらして生き続けてきたのだろうか――」
街灯の一本も無い、夜の防波堤の上でポツリと独り言が生まれた。
この言葉を呟く度、自殺を試みようとするが一歩を踏み出せない。
命を捨てるのに十分なくらいの理由はあるのに、どうしても体が動かないのだ。
人生に未練があるとか、まだ生きたいとは思っていない。ただ、死ぬのがとても怖い。
「本当に僕は臆病者だな――いや、卑怯者だ」
辛辣な言葉を己にぶつける。
誰に言う訳でも無く、誰かに慰めて欲しい訳でも無い。
現に僕の周りには誰もいない。
それもそうだ。誰もいない時間と場所を見計らって、ここに来たのだから。
自分の死を他人に見せるなど、そんなトラウマを与えたくない。大勢に迷惑をかけたくない。
死は孤独であらねばならない。それがもっとも自然なのだから。
「全くその通りだよ。死ねば私も為す術無く負けて、全て消えて無くなるというのに・・・・・・なんだ、残念だな」
突如として僕の独り言に初めて返事が返ってきたのと、誰かが居たことに驚き、体全身の筋肉が反射的に収縮した。危うくバランスを崩し、足を滑らして真冬の海に落ちそうになった。
とっさに両手を地面に着け、しゃがみ込んだ。
「死ぬかと思った」
安堵の言葉を述べながらも、激しく波打つ黒くて禍々しい海面を直視した。
「そうかい」
先程と同じ、呆れた口調で背後から声を掛けられた。
声の音域からして若い女性もしくは少年とも捉える事が出来た。
僕は後ろを振り返り暗闇の中を見渡した。
本当に明かりがなく、空も曇っているせいか今日は一段と何も見えない。
「誰かそこにいるの?」
僕は肺の奥で震えながらも言った。
「ここに・・・・・・」
突如として十メートル先に明かりが生まれた。
暗闇の中で宙に浮かぶオレンジ色に揺らめく光――
「ライターの炎?」
僕は慎重に防波堤から降り、近づいた。
よく見るとライターはその声の主と思われる人物の手によって掴んでいるのが見えた。
いや、ライターが独りでに浮かぶなど無いのは当たり前だが、こんな夜だ――お化けや幽霊、人魂なんかが現れても可笑しくはない。
暗闇に灯る一つの炎を前にして、僕はその人物と対面した。
「やあ、こんばんは」
人物はそう言うとライターの火を消した。一瞬で僕達は暗闇に包まれた。
「どうして消すんですか?」
「そりゃ、火が勿体ないじゃ無いか。この世界にあるモノは有限なんだ、よく考えて使わないと一瞬でなくなってしまう。まあ、とりあえず座りなよ」
「座るって、地べたに?」
何も見えないは知っているが辺りを見渡す素振りをした。
ましてや眼の前の人物も僕の仕草も見えないのに自分でも馬鹿な事をしていると感じた。
「なんだい、君は地べたに座ると死ぬ呪いを持っているのかい? だったら、冷たい海に飛び込まなくても楽に死ねるではないか」
「もしそうなら、僕は遠の昔に死んでいます」
「なら、とっとと座れ。こっちは暗闇でも君の目を見て喋っているんだ。ずっと上を向いていると首が痛くなる」
僕は人物の言われるまま、地面に腰を下ろした。
まあ、僕も立ちながら話すのも疲れるし、何より冷たい海風を全身で受け止めるのが耐えきれなかったからだ。
座る前に手で地面を確認した。接触面からして土ではなく、堅いアスファルトであることが分った。
安心して座ると改めて眼の前の人物と対面した。先に口を開いたのは僕ではなかった。
「少し、目線の高さは私の方が上だが――まあ、良いことにしておこう。さて、卑怯者君はどうして死ぬのを辞めたのかな?」
「卑怯者って、あんた――」
「私は全部、君の事を知っている。ここで自殺しようとしてきたことも。そして君は死を前にして、逃げていることも」
「うぅ・・・・・・」
眼の前の人物によって言いたいことを遮られた僕は何も言えなかった。
「君は自分の死が世界にとってどれだけの価値を生むのか知っているのかい? また、君が生きているコトで世界がどれだけの価値が失われるのかも気づいているのかい?」
「それは・・・・・・」
脳裏にいままでの独り言がこみ上げてきた。
自己否定と自己嫌悪が入混じった苦い記憶。
今まで、どれだけの人を傷つけたか、期待を裏切ってきたか、迷惑を掛けたか――そして一度でも他人を笑顔にしたことがあったのか。
今の僕に価値なんてない。死ぬ事で価値が生まれるんだ。
「口数が少なくなってきたね――キツい言葉を掛けすぎたかな? それとも本当に地べたに座って死んでしまったのかな?」
「――自分は生きる価値のない化け物です」
「おおお、ちゃんと自分を定義しているね! 最近の人間は何かにつけて自分は悪くない、世間が悪いと逃げてばかりでウンザリしていたんだ。それと比べると君はとても偉い!」
暗闇の中から拍手する音が聞こえる。
「でも、それなのに――分っているにも関わらず君は死ぬ事が怖い。文字道理、“卑怯者”と呼ばれるに相応しい」
「だって、僕には何も無いまま死んでいくのが怖いんだ。この世界に何も残せないまま――ただ僕という存在を嫌われているままで消えるのが嫌なんだ」
「なら、死ぬのを手伝ってあげようか?」
「えっ?」
「だから、卑怯者君が死ぬのを手伝ってあげるの。君が死ぬなら私も一緒に死んであげても良い」
「えっ、っそんな! 僕なんかのために死ぬなんてそんなの――」
「律義だねえ・・・自分の死よりも私の事を気にするなんて可愛いね。本当に“この世界”に殺されるのが勿体ないくらいだよ・・・・・・」
猫なで声で同情される。
でも、世界が僕を殺してくれるのなら、僕はこれ以上の幸せはないと思う。
死というものは、必要とするモノに訪れるべきなんだ。
そうでなければ、無理に生かされている僕のような存在は、理不尽にも死んでいくモノたちを見続けていると、この世界が生き地獄と化しているのだ。
「なんか死なすのが勿体ないから、少し“人生ゲーム”をしようか!」
「人生ゲーム? パーティーゲームでやる奴ですか?」
「まあ、近いようで遠い儀式かな」
何の話しか全く理解出来なかった。というよりも儀式とか言ったような。
「じゃあ、少し歩こうか・・・・・・」
「歩く?」
「そう歩くの。この人生ゲームは私達がコマであり、今歩いている世界こそがゲームボードであるの。まあ、やる事って言っても、私と卑怯者君と歩きながら話すだけだから。でも“話す”という行為とは、人間が日常の中で使い始めて単純であると思われるが、非常に危ない儀式なんだ。そして今回の儀式は、自分という“存在”について直視し、“可能性”を見つけ出す方法において効率が良いんだ」
そう言うと眼の前の人物は再び手から火を出した。
顔が見えた。やはり女性であった。
二十代後半ぐらいで日本人とは違う、西欧圏の風貌をしていた。
肌は雪のように白く、青白く宝石のような綺麗な目をしていた。
世界で探せば、普通にいるかもしれない。
当たり前かもしれない。でも、僕は彼女を見て、心当たりがあった。
「あなたは――」
「ん、私かい? ラフカディア。ラフカディア・ハーンと呼ばれる旅人」
ラフカディアと名乗った女性は立ち上がり、付け加えるように言った。
「そして私はこの世界の敵さ――」
ラフカディアと名乗る人物は、僕の手を掴み地面から引っ張り上げた。
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