エピローグ

第35話 オレたちの戦いはこれからだ!

 ああ……。

 思い出すだけで頭が痛い。


 オレが手加減していた?


 違うよ。


 オレは日本と清明連邦の両方に復讐がしたかったから、

 ちょうどいいタイミングで軍事演習中だった清明連邦軍を利用しただけだ。


 手加減していたんじゃなくて、両者に永年の禍根を残したかったんだ。


 だから、ヴァルの推測はハズレだ。


 オレが光輝に好意を抱いていたって方の推測は、否定しないよ。


 地球人で1番、年齢が近い知り合いがアイツだったんだから、

 自然と仲良くはなるだろう。


 親同士は意気投合していたんだし、多少は意識するだろうさ。


 けどな、3年前の感情が、

 子供を産みたくなるほどの愛に成長したなんて言われて、

 はいそうですかと納得するわけねえだろ。


 騒がしかったもうひとりのオレが光輝のことを好いていたのは、

 疑いもなく事実だ。


 もし、あの時、オレとヴァルの人格が融合していたら、

 どうなっていたんだろうなあ。


 光輝のことを好きになって、

 オレがヴァルの代わりにヴァル・ラゴウを制御して異世界人と戦う……

 なんて展開もあったかもしれない。


 いや、それともオレが魔王の娘としてモンスターを配下に収めて、

 異世界の抵抗勢力を滅ぼすために、光輝を利用するか?


 未来はいくつもあったはずだ。


 けど、もう終わったんだ。


「よそ事を考えているのか?

 反省している態度ではないな」


 目の前でソファに座って、組んだ腕で胸を強調している眼鏡は瀬良仁那中将。

 AAAF太平洋軍第201艦隊の司令だ。


 セラの怜悧な眼差しをすかし、オレは両手のひらを上へ向けて、あざ笑う。

 とはいえ、種族的な理由もあって、オレの表情はほとんど変化していないだろう。


「オマエとはこうやって向かい合って

 何度も何度も同じことを聞かれたからな。

 飽きたんだよ」


 オレは1ヶ月間、セラの監視下に置かれている。


 さて、こいつへの態度1つだけで飯が変わるのだから、問いかけには答えておくか。

 溶けたゴムタイヤみたいな飯よりも、パンとミルクを食べたいだろ。

 異世界人の味覚は地球人に近いんだよ。


 えっと、何を聞かれていたんだっけ。


 ああ、そうそう、これか。


「オレはオマエ達に奪われた物の代わりとして、

 これを貰っただけだ。

 正当な権利だと思う。何も反省する必要はない」


 いささか不格好だが、オレのお尻には新しい尻尾がある。

 地球人にしてはなかなかセンスのいい物を作ったと思う。


 オレが得意げにすると、今までオレの隣に座って黙っていた、

 冴えない男が溜め息を漏らす。


「いや、ルァラ……。

 その格好をするのはセラさんの思惑どおりなんだ。

 それはバニースーツといって、普段着にするような物じゃない。

 着替えよう、な?

 だっておかしいだろ。

 部屋の前に、通販の箱が置いてあったんだろ?」


「光輝、お前、オレの体を見て性的な興奮を覚えているだろ?

 地球人は感情を表情に出しすぎだ。異常性癖者か?」


「そういうことになるから、着替えろって言ってるんだよ」


「これ以外だと、スクール水着かセーラー服だぜ?

 露出を減らすと着物とかドレスだ」


「なんでそんなに偏っているんだよ」


 オレが知るわけねーだろ。

 オレは視線でセラに尋ねる。


「ん、ここから選んだからな」


 セラが手にした携帯端末が投影したのは、ドール通販サイトの衣装ページだ。


 オレは地球生活が長いから、ドールがどういう物かは知っている。


 普通に日本の文化も理解できているんだが、

 光輝をからかうのが面白くて、とりあえず、

 『よく分かっていない異世界人』を演じている。


 光輝が期待どおり頭を抱えるから、面白い。


 毎日が愉快だ。

 これが、ヴァルの望んでいた、同居生活なのかもなあ。


 オレ達が住んでいるのは、基地内にある司令官専用の家だ。


 オレのやんちゃが原因で基地施設のいくつかが使用不可能になったから、

 オレと光輝は司令の家に同居することになった。


「なあ、光輝。

 オレの体よりも、セラの体を見て興奮しろよ。

 憧れだったんだろ?」


 光輝はオレを無視して、瀬良に困ったような視線を向ける。


「いったいいつまで僕はここで生活するんですか。

 新条少将が部屋を貸してくれる話はどうなったんですか」


「光輝は女だらけの生活に、なんの不満があるんだ」


 瀬良の言うように、確かに光輝はハーレムラブコメみたいな状況だな。


 オレという初恋の相手に、瀬良という憧れの女性と同居。

 さらに、残りのヒロイン達がやってきたようだ。


 ドアが開く音がする。


 振り返ったら、ドアの向こうの赤い光と目があった。


 ベポーン!


『朝食ができたのです!』


「自身作だ! 待たせただけの価値はあるぞ」


 うるさい家庭用お手伝いロボと、プラス1名が侵入してきた。


 ヴァルの新しい体は、警備ロボと同型のカスタマイズ機らしいが、

 オレには違いが分からん。


 ヴァルは1ヶ月前の一件以降、

 何処からともなく機体を入手してきた。


 柔らかいオレの中よりも、機械の中にいる方が落ち着くんだってよ。


 アンリは光輝と同じように寮がぶっ壊れたから、

 光輝や司令の護衛を兼ねて同居している。


 別にオレに暴れるつもりはないから、護衛なんていらないんだけどな。


 そもそも魔力が尽きたから、回復するまでオレは無力だ。


 またオーストラリアにでも行ってくれれば、

 南極のゲートから漏れてくる魔力を吸収できるんだけどなあ。


 ああ、そういえば、AAAFの連中はオレが力を取り戻した理由は知らないんだっけ。

 内緒にしておくか。

 また南極に近づけば力を取り戻せるかもしれない。


「光輝、ついに味噌スープの極意を掴んだぞ。

 石狩鍋を参考にして、ニシンの他にスモークサーモンも入れてみた。

 長ネギが無かったから、代わりにディルを添えてみた。

 ボクの故郷風にアレンジした味噌スープだ」


 ヘンリーが目をキラキラさせている。


 あーあ。

 今日の朝食は、溶けたタイヤかよ。


 こいつの作る料理、ことごとく黒いし、ゴムの味がするんだよ。


「ヘンリー。いいところに来た。

 なあ、部屋を借りて一緒に住もうぜ」


「な、ななな、貴様、いきなり、何を。

 そ、それは、ボクの味噌スープを毎朝、飲みたいという意味か」


『駄目ですよ!

 若い男とオン――。

 男同士で間違いがあったら、どうするんですか!

 料理人が欲しいならワタシがいるのですよ!』


 おい、光輝。馬鹿2名は、

 新条に部屋を借りるという話のくだりを聞いていなかったんだから『一緒に住もう』なんて言ったら誤解を与えるだろ。


 うるさい。

 ほんと、朝から騒々しい。


 もう少しからかうために、

 オレは「なあ、食堂に行こうぜ?」と光輝の首筋に抱きつき、耳元に囁いてみた。


 騒々しい2名が睨んできた。

 けど無視してオレは、光輝に頬を重ねる寸前まで近づけ、

 ふたりだけの雰囲気を作って、馬鹿2名を挑発。


「光輝、手取り足取り、箸の使い方を教えて欲しいな」


「ルァラは軍人じゃないんだから、軍の食堂で食べたら駄目だろ」


 光輝は平然と喋っているつもりみたいだけど、首筋、真っ赤だぞ。


 ん?

 光輝がヴァルに向かって、指で作った小さな菱形を見せた。

 

 ヴァルが赤い眼球をべポーンと1回光らせた。

 なんのやりとりだ、それ?


「ルァラ。

 例の黒いペーストの投入は阻止した。

 今日はマシなはずだ……。

 だから外出は不要だ。食事はここで食べよう」


「なにそれ、仲良すぎて怖い。

 いつのまにハンドシグナルとカメラアイの点灯で会話できるようになってんだよ」


『ナコトの方が仲良すぎです。

 代わって! 代わって!』


 機械のボディが迫ってきてアームを伸ばしてきたから、しっしっと追い払う。

 そんなオレ達の様子を見て、セラが微笑んでいる。


「こんな面白い玩具を手放すわけないよなあ。

 光輝ももっと楽しんだらどうだ?」


「何か言いましたか司令。

 司令からも、こいつ等におとなしくしろって言ってください」


「今朝はどうだった?」


「最悪ですよ。

 朝起きたら100キロボディが布団の中にいるんです。

 いつか怪我しますよ。

 こいつが寝返りをうったら俺は圧死です。

 司令からも、やめるように言ってください」


「そうか。

 それは良かった。

 ヴァル・ラゴウ、引き続き専属パイロットを護衛するように」


『了解!』


「なんでですか!」


 光輝は分からないのか?


 セラは光輝が悪夢を見ないように毎日騒がしくしているんだろう。


 んで、オレがその配慮に気づいていることを、セラは理解している。


 セラが顔を向けず、視線の端でオレを見ているのが分かるんだよ。

 地球人よりもオレの方が周辺視野が広いし、くっきり見えているぞ。


 なんかさあ、オレを懐柔できた気になっていそうで、気にいらねえ。

 オレ、魔王の娘だぞ。実質、現魔王だぞ。


 ……あーあ。

 アンリですら、オレのことを仲良く喧嘩する相手だと思い始めているしなあ。


 あー。うぜえ。


 オレは考えを中断し、場の流れを変えるために「なあ、飯」と呟いた。


 騒々しい場では誰もが聞き落としそうな小さな音だったのに、

 ヴァルだけは聞き逃さず、ちゃんとオレの意図を理解してくれる。


『そうです。朝ごはんです!

 早く早く! おいしいおいしい目玉焼きをヴァルが焼いたですよ!』


 ヴァルが近くに来たから、頭の上に飛び移ってやった。


 オレが1日の大半を過ごす定位置だ。

 丸っこい頭の上は、まあ、嫌いじゃない。

 こいつ、オレの考えはだいたい察してくれるしな。


 ペチペチと頭を叩いてやった。

 すると、アームがにゅっと伸びて、オレが落ちないようにお尻を支えてくれる。


『さあ、朝食なのです!

 遅れた人は牛乳抜きなのです!

 酪農家から配達してもらった、とてもおいしいおいしい牛乳なのですよ!』


 移動と同時に掃除が可能という特殊ゴムの履帯を回転させ、ヴァルが部屋を出て行く。


 ウインウインと軽快に走行するお手伝いロボの上で揺れながら、

 なんとなく、まあ、もう少しくらい、

 このまま、たるい生活をしてやってもいいかと思った。


 地球人への殺意がなくなったと言えば嘘になるが、こいつに最後の最後で負けたよ。


 まさか、光輝への愛を半分もワタシの中に残していくなんて、

 なんという迷惑なやつだ。


 いまのラブコメハーレムな状況も、

 もしかしたらこいつの差し金かもしれないんだけど、怖くて聞けない。


 何せオレだからな。

 オレを意のままにすることなんて容易だろう。


「なあ、光輝のこと好きか?」


『大好きなのです!

 早く赤ちゃんの顔を見たいのに、なかなか産まれないのです。

 毎晩、同じベッドで寝ているのに、なかなか産まれないのです!』


 半分しか残ってないのに、これかよ。


「ヴァルは正ヒロインキャラで攻めたほうがいいぞ。

 周りは色物ばかりだし、健気でオーソドックスなのがいけるぞ」


『健気でオーソドックスってまさにワタシじゃないですか!

 やったーっ!』


 ヴァルが光輝を好きすぎて辛い。

 オレにも同じ感情があるなんて、絶対に認めないからな。


 ああ……。

 もう、しょうがないから暫く、付き合ってやるか。


 地球人への復讐は、もう少し先にしておいてやるよ。

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女児型AIは恋愛したい『巨大ロボのAIだからパイロットの赤ちゃんは産めない? そんなこと言われてももう遅いのです。だって好きになっちゃったんだもん! あと、滅びよ人類!』 うーぱー(ASMR台本作家) @SuperUper

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