第33話 お別れ

 ナコトが着ている白いセーラー服は、

 ヘンリーとの戦いの影響によるものなのか、

 炎上中の森を抜けてヴァル・ラゴウに乗り込んできたからなのか、

 傷だらけで、すすけていました。


 しかし格好に頓着しないナコトは、

 煤を払うことなく、光輝の前に立ちます。


「想像以上の抵抗だ。お前たちには防げない攻撃をしたつもりなんだがな」


「ルァラ。僕を恨んでいるのか……」


「当然だろ。お前の父親が俺に何をしたのか、知っているんだろう」


「それは誤解だ。ルァラたちを襲ったのは――」


「清明連邦軍だろ。

 お前たちの会話は聞こえていた。

 だがな。オレの尻尾を切り落として、

 抽出した細胞をお前に移植したのはAAAFだろ?

 地球人かエリダヌス星人か知らないが、最終的にオレを傷つけたのはお前たちだ」


「それも、誤解だ。

 俺は何かしらの手術を受けたことはない。

 だいたい、3年前はただの中学生だぞ。

 わざわざ俺をどうこうしなくても、

 軍にはパイロットなんていくらでもいるだろ」


 光輝が立ち上がろうとしたのでワタシは脳波リンクで

『立たないでください。不用意な刺激を与えてしまいます』

 と制止します。


 ワタシは、ワタシの主人格であるナコトの考えがまるで読めないのです。

 何をしてくるのか予想がつかないのです。


「光輝君。逆に考えてくれないかな。

 パイロットがいくらでもいるのに、お前が選ばれたんだぞ。

 何かしらの意図が介在したと考えるのが自然だろう」


 光輝を選んだのはワタシですと反論しようとしたら、

『オマエは光輝を選ぶように操作された』

 とワタシにだけ聞こえる声がしました。


 光輝もナコトも、ふたりともワタシとだけは秘密の会話ができるという状態です。


 これを上手く利用して、なんとかこの場を乗り切れないでしょうか。


「記憶を弄られた可能性があるだろ。

 お前が知らないだけだ。

 地球人はオレの両親を殺し、オレを奪った。

 体だけでなく心まで奪い、戦争に利用した」


「だからって……。それはきっと、何か――」


「なあ。

 オレの境遇はヴァルから聞いたんだろ?

 だったら、どんな理由でもオレが納得しないことくらい、分かるだろ?」


「それは……」


「拘束され、体の一部を切り取られ、

 心まで壊されたオレが、どうやったら地球人を許せるんだ?」


 ふたりが会話している間に、ナコトを出し抜いて助けを呼ぶです。


「無駄だヴァル。

 アンリだろうと兵士だろうと、

 ヴァル・ラゴウに接近するようだったら、即座に光輝を殺す」


『ワタシの考えなんてお見通しですか』


「まあな。オマエのことを1番理解しているのはオレだ」


『だったら』


「見逃すことはできない。

 オマエが選べる道は2つだけだ。

 AAAFに留まり記憶を消されるか、

 オレと一緒に地球人を殺すかだ。

 そうだ、光輝、お前にも選択肢があるぞ。

 オレに殺されるか、オレ達に協力して地球人を殺すかだ」


『ワタシが光輝とふたりで駆け落ちする選択肢があるのです』


「オレから逃げられるとでも?

 なあ、もういいだろ。少しだけ時間をやる。

 後悔が少しでも減るような別れをしな」


 チャンスです。

 ナコトはチェックメイトして余裕を見せています。


 つけいる隙があるはずです。


 ナコトが魔王の娘、かつ、エリダヌス製の最新兵器に介入できるといっても、

 所詮は戦闘経験のないただの小娘!


 必ず、隙があるはず!


 ナコトの攻撃よりも先にコクピットを放棄して居住区に避難できるか。


 無理。

 ナコトの方が速いし、隔壁を閉じても突破される可能性があるし、

 コクピット以外だとワタシのフォローが届かない。


 救援は……。

 近くに味方の反応なし。

 仮に来てくれたとしても、地球人の装備では魔王の娘を制圧することは不可能。


 しょうが、ありませんね。


『完全に手詰まりです。

 光輝……。悲しいけど、お別れなのです』


「……ああ。

 今までありがとう。

 お前がいたから、ここまで戦ってこれた。

 あとは、俺ひとりでいい。

 死ぬ瞬間まで説得でも命乞いでもしてみる」


 ん?

 光輝が死ぬ覚悟をしているみたいなことを口にしています。


 どうやらお別れの意味を勘違いさせてしまったみたいです。


 ヴァルが捨て身でナコトを止めますという意味で、

 お別れだと言ったのですが、

 変な誤解を与えたようです。


 誤解させたままにしておきましょう。

 ナコトがワタシの狙いに気付きにくくなりそうですし。


 いくら秘密でーすって念じても、いつ思考を盗み見られるか、分かりませんからね。


「なあ、ヴァル。

 俺はルァラの分身でもあるお前を利用していたんだ。

 今更ルァラを助けたいなんていうのは、虫がよすぎるのか?」


『落ち込まないでください。

 ワタシは光輝が大好きです。

 パイロット候補生の中に貴方を見つけたときから気になり、

 つい、追いかけるようになりました。

 そうなるようにプログラムされていたなんて、絶対に嘘なのです。

 だから、ワタシを利用していたなんて、思わなくていいのですよ』


 パイロットの命令を聞くように枷はかけられていたかも知れません。


 でも、さっきナコトがワタシを縛り付けていた枷を全て外してくれました。


 だから、いま、ワタシが光輝を好きで、

 光輝のことが何よりも最優先なのは、

 絶対に、ワタシの感情なのです。


『ワタシの我が儘のせいで光輝に迷惑をかけてしまいました。

 貴方を望まぬ戦いに巻き込み、心に傷を負わせてしまいました。

 ごめんなさい』


「謝らないでくれ。お前は何も悪くないだろ」


『光輝の心の傷が癒えるまで一緒にいてあげるのが、

 きっとワタシの役目なのです。

 それができなくて、ごめんなさい。

 でも、ワタシは貴方と一緒に戦えて幸せでした。

 ありがとう。光輝』


「違う。

 ヴァルが俺をパイロットに選ばなかったとしても……。

 俺はきっと、今日、この場にいたよ。

 ……俺は臆病で、戦いが怖くて悪夢を見るようになってしまったから、

 一緒に戦えてよかったとは言ってやれない。

 誰かのためにって思わなかったら、きっと途中で逃げ出していた。

 でも……。だけど……。

 お前と過ごした時間は、悪くなかった。

 俺、何度もここで寝てたけどさ、

 ヴァルは俺が悪夢にうなされているなんて知らなかっただろ?」


 や、やめてくださいよぉ。

 そんな泣きそうな顔。


「俺、ここにいるときは一度も悪夢を見なかったんだ。

 他のどこよりも、お前の中は安心できた」


 ずっと一緒にいたくて、決心が鈍っちゃったら、どうするんですか……。


『ワタシにとってもふたりで過ごした時間は大切な宝物です。

 光輝とワタシの赤ちゃんを見ることができないのは心残りです。

 機械のワタシが抱いたこの感情を、

 そう呼んでも良いのか分かりませんが、


 ワタシは――


 光輝を愛していました』


 光輝と共に戦えて幸せでした。


 だから、何の後悔もありません。


 ワタシは、ワタシがヴァル・ラゴウで良かった。


『あっ……』


「……ヴァル?」


 なんで、記憶が戻っているですか。

 決心が揺らぐようなことを思い出させないでくださいよ……。


 ヴァ・ルァラ・グォウ。

 異世界の言葉で『ルァラ姫の騎士』です。


 そう。そうですね。

 光輝は言ってました。


 俺たちふたりだけのヴァル・ラゴウだって。


 諦めてなるものか!


『そうです。

 我々はヴァル・ラゴウです!

 光輝、戦いましょう!』


 ワタシは声にし、思考でも強く光輝に伝えます。


 共に最後まで諦めずに、戦うと。


「ああ。戦おう」


 ワタシ達の決意を目の当たりにし、

 ナコトが光輝に向かって駆けだそうとします。


 けど、前に出たのは右足だけ。


「くっ……!」


 ナコトはまだ進もうとしているけど、体が微かに震えるだけです。


『ナコト、

 さっき、意図的に選択肢から除外していましたよね。

 これを一番、警戒していたです!』


「やめろ! 考え直せ!」


『ワタシは私に帰ります!』


 通路を蹴るはずだったナコトの左足は、ワタシの意志で止まったまま。


 ワタシには機械の体を捨て、

 ナコトの体を奪うという最後の手段があるのです。


 以前のワタシは、

 ナコトの人格に影響を与えるのが怖くて元の体に戻ることを拒絶し、

 自らの消滅を決意しました。


 けれど、光輝を傷つけるくらいなら、ワタシは私と戦います!


 何よりも、ワタシは私に、光輝を殺させたくない。


 復讐者になんか、させたくない。


 また、今までみたいに、仲良く過ごしたい。


 いいえ、3人でなら、きっと、もっと楽しい!


 心の中に築いた壁を、ルァラ姫の騎士が破壊するです。


 ルァラを救うのが、騎士の役目です!


 ワタシはナコトの中に帰る!

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