第32話 必殺技の名前ェ!
さて、どうしましょうと頭を捻ろうとした矢先に、新条から通信が入りました。
『水瀬。聞こえているな』
「はい。音声クリア。聞こえています」
だーかーら。
恋する乙女でもないんだから、新条の声を聞いたからって、
声を半オクターブ上げるの、止めてくださいよ。
新条からAKAGI経由で情報が届いたので、多用途ディスプレイに表示します。
どうやら、上空にいる飛行空母ハイラルの設計図ですね。
『ハイラルが素粒子エンジンの出力を上げている。
自爆させて地表を焼くつもりだろう。
図の赤いのが素粒子エンジンだ。
隣が核パルスエンジン。どっちが先に壊れても、地表の被害は甚大だ。
2つの機関を同時に破壊する必要がある。
核パルスエンジンは第2戦隊が破壊する。お前は素粒子エンジンをやれ』
あー。
爆弾が2つ並んだような状況ですね。
確かに、どっちが先に爆発しても、片方が誘爆しちゃいますね。
ハイラルが爆発した時の地上施設への損害予想図を見ると、AAAF日本支部消滅です。
新条の言っている第2戦隊は、第2ETR戦隊の略です。
第2ETR戦隊には、第2世代型ETRが9機と航空機が60機所属しており、
飛行空母KAGAに配備されています。
ちなみに、戦車や戦闘機など、
一般的な兵器は世代が上がるごとに性能が上がっていくので、
第1世代よりも第2世代の方が強いです。
ですが、ETRは逆です。
ワタシのように、メイドインエリダヌスの第1世代が最強です。
エリダヌス製の武器やユニットを使用しつつ地球で建造された第2世代の方が弱いのです。
テクノロジー自体を流用しつつも、完全にメイドイン地球になる第3世代は、
まあ、通常兵器よりちょっと強いくらいの性能です。
『待つです。能力差を考慮するです!
第2戦隊はハイラルの艦対地攻撃を押さえ切れていないんだから、同時攻撃は無謀です。
それに彼等のライフルでは、核パルスエンジンを1撃で破壊するのは困難です。
ワタシひとりで連続攻撃する方が確実です』
「ヴァル。両腕が無いんだ。
ブラックホールパンチは使えないぞ」
光輝が止めてきました。
新条も同じ疑問を持つはずなので、先に種明かしをします。
本当は秘密にしろってナコトに言われているんですが、
そのナコトが嫌がらせしてきているし、こんな状況だし、
もう秘密になんてしないのです。
『別に腕が無くても、ブラックホールパンチは使えるのです』
隠していたスペックや攻撃手段などを新条の端末に送信し、説得の材料にします。
「……なぜ黙っていた」
通信音声からでも、新条の周辺温度が下がったと思えるような、冷たい声。
やべ。めっちゃ、怒ってる。
少将、静かに怒るタイプなんですよ……。
ワタシは平気ですが、光輝がびくっとして顔を青ざめさせてます。
『言った言わないはどうでもいいのです!
今はできるか、できないか、なのです!』
「ヴァル。問題なのは、同時破壊だ。
いくら腕無しでブラックホールパンチを使えても、
エンジンを一基しか破壊できないなら意味がない」
『いえ、それが、ブラックホールを複数、発生させることが可能なのです』
光輝が絶句。
混乱から瞬時に立ち直り、ハイラルのエンジン同時破壊を決意したようです。
「……やるか」
なんというか、ナコトが復活してから、ヴァル・ラゴウの性能が急上昇しているんですよ。
考えられる理由は真逆の2パターン。
その1、ヴァル・ラゴウの動力はナコトの魔力だった。
ナコトが力を取り戻すことによって、ヴァル・ラゴウも出力が上がった。
その2、ヴァル・ラゴウはナコトの魔力を封印するための檻だった。
封印にリソースを割かなくなった分、
使用可能な能力が増えてヴァル・ラゴウ本来の力を出せるようになった。
どっちかは分かりませんが、丘上の行動から察するに、その2ですかね……。
いやいや、余所事を考えている暇はありません。さっさとハイラルを破壊しないと!
『ワタシならハイラルの動力部を破壊ではなく、消滅させることができます』
さあ、あとは新条が納得するだけです。
『いいだろう。可能なら艦橋と居住区を残せ。
乗員が居るようなら捕虜にする』
「了解」
通信アウト。
新条は話が通じる奴だから楽です。
責任が云々とか失敗したら云々とか一切、言わないのです。
できる根拠さえ示せば、すぐゴーサインを出してくれるです。
『さあ、光輝。ブラックホール尻尾です!
尻尾の左右に2つのブラックホールを発生させ、前方宙返りとびをするのです』
「……終わったら、秘密にしてるお前のスペック、教えろよ」
『えー。秘密は秘密なのですよー。秘密のある女の方が魅力的なのです』
秘密を教えてあげる時間は、多分、もうないです。
ナコトが好き勝手やっちゃったし、ワタシはもう光輝と一緒にいられないと思うのです。
ナコトを拘束したら、別人格であるワタシもキツイ処分をされるんでしょうね……。
だから、これがふたりで協力する最後の攻撃です。
『さあ、必殺技です!
ヘンリーの必殺技
「待て。急には無理だ。
いきなりすぎて、ブラックホール尻尾以外の技名が思い浮かばない」
光輝が弱音を吐く間に、必殺技の動作補助用プログラムが完成。
脚部のリサイクルエネルギーシステムで作った全ての電気を放出し、
プラズマ発光を闘気のように纏います。
バチバチッとワタシの周りの空気が破裂します。
噴火寸前の火山のような重い音が、ドゴゴゴゴッと足下から全身へと響いてきました。
続いて、背部からフレアとチャフを連続、射出。
銀色の金属片が太陽光を反射しながら広がり、
オレンジの輝きが白い尾を引いて天使の羽となってワタシの背後を飾ります。
さらに頬の排気口から内部の熱を放出。
蒸気のカーテン越しに、ワタシはギラッと目を輝かせました。
ブラックホールを作るためには全部不要な動作なんですけど、
気分を盛り上げるためにやりました!
だって必殺技だもん!
派手にいきたいヴァル!
きっと基地の誰かとか、マスコミとか民間人とかが撮影しているもん!
『さあ、いつでも行けますよ! タイミング、任せます』
「ああ。行くぞ!」
操縦桿の倒れるタイミングで跳躍、尻尾の先端に意識を集中。
光輝は必殺技名のアイデアがまだのようなので、代わりにワタシが――
「必殺、炎神両断回転撃!」
『ブラックホール尻尾ォッ!
って何ですか、そのダサい名前!
エンジン両断に適当な漢字をあてただけじゃないですか!』
「尻尾を入れるほうがダサいだろ!」
ワタシ達が言い合っている間にヴァル・ラゴウは急上昇、
ハイラルの高度へ到達し、華麗な前方宙返りを決めました。
8両編成の列車のようなサイズの尻尾が、艦体中央をツルッと通過。
切断とか破壊とかじゃなく消滅なので、本当に抵抗もなく、ツルッといきました。
ハイラルの動力部は綺麗に消滅。
信条の要望どおり、艦橋は残しました。
ですが、意図的に残しておいた艦載機用の航空燃料や弾薬が、大爆発!
エンジン以外に関しては、何も言われていなかったからね!
ワタシは爆炎が広がりきるのを待ってから、
両目にあらん限りの電力を集中させてギランッと輝かせ、
煙の中からゆっくりと外に出ます。
ちゃんとAKAGI方面に向かったので、
きっとどこかのカメラにワタシの雄姿が映ってます!
『決まった! 決まりました!』
「ああ、文句なしだ」
空母から少し離れ、基地の東にある森に着地。
一瞬。
勝利に浮かれたワタシは気を緩めてしまいました。
ワタシの意志とは無関係にヴァル・ラゴウの動力が停止し、ハッチが開きました。
「よう、ただいま」
暗いコクピット内からは逆光でシルエットになっていますが、
見間違えることのない小柄な体躯。
「ようやく開けたな。油断したら駄目だろ?
ヴァル・ラゴウの制御はもらった」
「ルァラ……」
地球上で最も安全だったワタシの体内は、一瞬で最も危険な場所になってしまいました。
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