第31話 シュネー・ヴァイスヒェン

 光輝は操縦桿を握る両手に力を込め、歯ぎしりをします。


「間に合わせるぞ。マッハ20で上空を飛んで衝撃波で蹴散らす」


『了か――駄目です!

 コクピット内の次元数が低下しています』


「……次元数? なんのことだ?」


『外からの力を完全に無効化するため、

 コクピットはヴァル・ラゴウの体内にありながら別の空間に繋がっているのです。

 それが、体内に戻りつつあるのです。

 ちょっと、ナコト、洒落にならない妨害はやめるです!』


「取り乱すな。次元数が低下したら、どうなるんだ」


『ワタシが飛び立つ瞬間の衝撃で光輝は死にます。

 血液が一瞬で沸騰し体は霞になり肉片すら残りません』


「……ひとりと大勢。比較するまでもないな!」


『嫌なのです!

 ヴァルは見知らぬ大勢よりも、ひとりの光輝を選びます!』


「命令だ。飛べ!」


『命令するなんて卑怯なのです!

 ううっ。……マッハ20、解除しま……せん!

 駄目です。命令を拒否します!

 ナコト、嫌がらせを止めるのです!

 ナコト! 聞こえているんでしょ、ナコト!

 さっきからワタシの苦手なことばかり! 酷いのです!』


「ヴァル。時間がないんだ。言うことを聞け!」


『嫌です!

 ワタシは、勝手に動く悪い奴なのです! 命令は聞きません!』


「何があっても俺の味方で、絶対服従なんだろ!

 間に合わなくなったらどうする!」


 光輝の分からずや!

 こうなったら、センサーを誤魔化して、光輝には外の状況を分からないようにしてやるです。


『自分が生きる最善を尽くした後に、他人を助けてください!

 でなければ英雄願望の自己満足です!

 軍に英雄は要りません!』


「違うだろ。

 仲間を最優先で護るから、仲間が俺を助けてくれるんだ。

 自分よりも仲間の命が優先だ!」


『誰かがなんとかしてくれます!』


 ああっ、もう。このわからずや。

 センサー全部停――。


 ん?


 反応有り。


 これは……!


 来た!

 来たーーッなのです!


『援護射撃、来ます!』


 西から迸った紫電が上空3000メートルを貫きました。

 紫電は隕石群から南に大きく10キロメートル以上逸れています。


 直後というより、ほぼ同時に、初撃と同じ進路を辿った第二撃が到来、屈曲。

 隕石群を掠め、時をおかずに第三撃が中央を貫通、一直線上に爆発の炎を咲かせました。


 さらに光は連続して4発5発と続き、狙いは正確になっていきます。


 遅れて、バリバリと放電する轟音が降り注いできました。


『AAAFインド洋軍のシュネー・ヴァイスヒェンです!』


 援軍は約6500キロメートル彼方、インドからの砲撃。


 全長1キロメートルに及ぶ超電磁砲の狙撃が、次々と隕石を撃ち落としていきます。


 光の線が空を横切る度に、隕石が数千単位で減っていきます。


 もう!

 地球の丸みに沿って曲がるビームなんて、相変わらず気持ち悪い!


 地球の自転や大気の状態、いっさい問わず、何処でも狙撃可能な遠距離特化型。

 さすが、ワタシの元相棒!

 小娘の代わりに、日本支部に帰ってこい!


 シュネーにありがとうメッセージを送っておきました。

 パイロットには後で飴ちゃんでも送ってやるです。


 シュネー・ヴァイスヒェンは我々を援護するために姿を晒したせいで、

 異世界陣営から襲われちゃうかも。


 ワタシ以上の危機に陥らなければいいけど……。


 ついでにドイツのETR-05にもありがとうメッセージ。

 シュネーの弾道計算やら、着弾観測やらを手伝ってくれていたはずなので。


「ヴァル、まだだ。

 シュネーは一定の高度以下は狙撃不可能なはずだ」


 シュネー・ヴァイスヒェンの狙撃能力に味方空母や基地の対空火力を加味すると……。


『計算結果、来ました。

 高度2000メートル以下に50000残ります!』


「くそっ。ヴァル、飛ぶぞ!

 戦闘機だってマッハ10くらい出ているんだろ。その倍だ。

 俺だって多少怪我はしても、死にはしない!」


 戦闘機パイロットは専用のパイロットスーツを着ているし、

 エリート中のエリートが飛行時間うん千で訓練しまくりですよ。


 シミュレーター訓練ばかりで、体を鍛えていない光輝が耐えられるわけないじゃないですか。


 光輝は、ワタシが踏み出そうとしたときの振動で天井に叩きつけられて即死ですよ……。


 ワタシがどうやって断ろうかと悩んでいると、キャンキャンと子犬の鳴き声が頭の中に飛び込んできました。


 ヘンリーの乗機ブランシュ・ネージュからの着信音です。


 回線を開くと、戦場には不釣り合いな、ソプラノの歌声が聞こえてきました。


 *


 ワタシを含む全てのETRは、パイロットの脳波で操縦します。

 より操縦イメージを正確にするために、光輝は操縦桿を握ります。


 小娘ヘンリーは、シュネー・ヴァイスヒェンを操縦するために、歌うのです。


<<――天降石よ、天降石よ。

 私はお前の起源を知っている。

 鉄の父と炎の母との不貞がお前の起源だ。

 湖の母に起源を明かされたくなければ、我が前から去れ――>>


 今頃、衛生軌道上では氷の結晶みたいな外観をしたブランシュ・ネージュが、

 歌声にあわせて踊っているでしょう。


 まさか歌を聴かせるために通信した訳でもないでしょうにと訝しんでいると『おい……』と、ぶっきらぼうな声が聞こえてきました。


 ブランシュ・ネージュの制御人格ですね。

 世捨て人みたいなとっつきにくさのブランシュは、

 あろうことか、ヘンリーから生まれた別人格なのです。


 いったい、あの小娘の何処を切り取って生まれたのか理解に苦しみます。


『……伏せろ』


「おい、ブランシュ、もっと詳しく!」


『……伝えた』


 通信終了。

 いつものことながら、ブランシュ、あまりにも雑……。


「まさか!

 ヴァル、上空の味方航空機をバリアで護れ!」


 光輝と同時にワタシも小娘が意図するところに気付き、慌てて周囲を確認。


 伏せなきゃいけないような攻撃が来ます!


『AWACSは高度9000、影響範囲外!

 接近中の味方輸送機! 護ります!』


 ワタシは滑走路から離れ、

 東の森に頭からダイブして、地面に伏せました。


 森の小動物さん達、ごめんヴァル!


 地平線上空に、切れ目が入ったかの如く輝きが現れ、

 次に、上空の小型隕石が一斉に爆発四散しました。


 轟音が森に降り注ぎ、木々を揺らします。


「無茶苦茶だ!

 墜落の危険性があるから大気圏内での使用は不可能だって結論だろ!」


 小娘がブランシュ・ネージュのOSU――Omni-directional Siege Unit (全方位包囲ユニット)――のワイヤーで乱気流を巻き起こして隕石を破壊してくれたようです。


 空気抵抗のない宇宙空間だからこそ運用できていたワイヤーを大気圏に突入させてくるなんて、むちゃくちゃです。


 上空で、雲と爆炎がラテアートのように渦巻いています。


 撃ちもらした隕石は空母の近接防御火器で対処可能です。


 もし小娘の操作が誤っていたら、

 ワタシや地上施設がワイヤーでバラバラになっちゃうところでした。


 訓練もなしにぶっつけ本番でやることではありません。

 これはヘンリー、超怒られますね。


 それにしてもなんで都合よく、OSUが基地上空に集中展開していたんですかね……。


 基本的に地球全土に分散させておいて、いつでもどこでも攻撃可能なのがウリのはずなのに。


 うわっ……。

 調べてみたら、昨日の件があったから、ワタシが暴走したときに備えていたようです。


 シュネー・ヴァイスヒェンの援護射撃がやたらと早かったのも、

 ワタシを狙っていたからっぽい……。


「言っただろ、ヴァル。

 こういう助けを貰うためには、

 常に自分が仲間を最優先で行動する必要があるんだ。

 『もう無理だと思ったら、同じ状況を耐えている隣の仲間に手を差し伸べろ。

 そいつがいつかお前を助ける』だ」


『誰の言葉ですか。俺の言葉だという返事は却下』


 無茶しようとした光輝にワタシはちょっぴり怒ってるので、冷たい対応してやるです。


「俺の……。知り合いの言葉だ」


『知り合いに言っておいてください。

 たまたま今回上手く言っただけなのです。

 それに、仲間を信じているのなら、

 最初から助けを期待していれば良かったのです』


 2機の味方ETRはワタシが暴走したときに攻撃するために、

 戦闘待機していたというのは、光輝には内緒にしておくです。


 光輝は奇跡のようなタイミングの援護に感激しているっぽいし。


「さすがは最多撃墜の天才エースパイロットだよ、ヘンリーは」


 感心していると、ブランシュ・ネージュから通信が入りました。


『離脱する』


「どういうことだ。ブランシュ。

 おい、ヘンリー、何があった?」


『燃えてる! 燃えてる!

 うわっ。あっ、光輝! 怪我は大丈夫なのか!』


 音声のみですが、小娘がオロオロと慌てふためく姿はハッキリと想像できました。


『あー。

 ヘンリーがブランシュを遠隔操作していたであろう通信塔が燃えているです。

 まあ、ヘンリーなら十分脱出可能でしょう』


「ああ。ヘンリーなら大丈夫だろうな。

 おい、聞こえるか。俺は大丈夫だ。

 ヘンリー、北に逃げろ。炎が少ない」


『ああ、分か……。

 ああっ!

 チ―コ、燃え――!』


 通信が途切れ途切れになってきました。


「おい、どうした! 何が燃えた! チ、コ?」


 ああっ。駄目です。

 バレンタインのチョコレートだと気付かせてはいけません。

 ヘンリーの性別がばれちゃいます。


 光輝はまだヘンリーが女だということを知りませんし、隠しとおすのです!


 チで始まってコで終わる短い言葉。


 検索、検索、ヒット!


『チンコ!』


「燃えているのか!

 おい、ヘンリー、次にあったら女の子だなんて、冗談じゃないぞ!」


「ボ―は、オ――だ! だから、チ―コ。貴様に――」


 通信が完全に途切れました。


「女の子になったヘンリー……。

 あれだけ懐いてくれている年下の女子、ありだな」


『な、ななな、何を言っているんですか!

 非常時ですよ! 集中してください!』


「あ、ああ。すまん。

 ……けど、あいつって女装させてみたいくらい可愛いよな」


『知らないヴァル!』

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