第29話 戦えない理由

「国防軍の警戒網を突破してきたのか?」


 光輝も慌ててディスプレイの情報に目を通しています。


『接近したんじゃないのです。いきなり出現です!』


 我々AAAFは、地球上に存在するET使用型の全艦船の位置を把握しています。


 ハイラルは清明連邦共和国で軍事演習中のはずです。

 ワープ機能なんてないはずなので、接近する過程を見逃すはずがありません。


「新条少将からの命令は?」


『着てません。

 新条は指揮所にいませんし、

 光輝がワタシに乗っていることも、ヴァル・ラゴウが動けることも知りません』


「命令を待っていたら手遅れだぞ。なんとしてでも連絡をとれ」


『試してます。でも、妨害されてます』


「くそっ。出撃だ!

 今度は止めないだろ!」


『当然です!』


 ワタシ達は自身に緊急の危機が迫っている場合、

 新条からの命令がなくても行動する権限があります。


 相手がET使用の飛行空母なら、十分に脅威なのです。


 地上へと飛び上がったと同時に、さらにアラーム。


「今度はなんだ」


 多用途ディスプレイを点滅させ戦術電子戦画面を中央に表示。

 周辺の他画面は光度を落とし、見せたいものに光輝の視線を誘導します。


 網膜投影で必要な情報だけを見せることも可能ですが、

 パイロットが見るタイミングを選べないことやストレスになることが問題なので、

 ワタシは滅多に使いません。


 多用途ディスプレイの表示内容も色々と変更可能なんですが、

 普段はステータスと姿勢表示をゲーム画面風にアレンジして表示しています。


『電子妨害を受けています。

 支援機との連携を試みていますが、

 AKAGIが待機中なので、暫く我々の眼と耳は制限を受けます』


 普段はAKAGIや、AKAGI艦載機がカウンタージャマーを展開してくれるのです。

 今はレーダーが使えないから、ワタシ自身が双眼鏡で敵を探すしかないような状況です。


 基地周辺の3D俯瞰図を多用途ディスプレイの中央に表示。

 同じ情報を垂直状況画面と水平状況画面にも表示し、

 光輝のお好みで情報を得られるように気を配るのがワタシ。


『ハイラルから艦載機が出現。数60?』


「なんだその曖昧なのは。

 飛ぶぞ。

 ヴァル・ラゴウが的になるだけでも味方の援護になる。

 敵艦載機群の真ん中に突っ込む」


『は、はい。

 でも、なんか、ワタシのセンサーで観測する限り、冷たいんです。

 エンジンが点いているとは思えないんですよ』


 ワタシは上昇しつつ、

 AKAGIやKAGAに比べれば貧相なセンサー類で、敵の観測を続けます。


『やっぱ、この艦載機、動いてませんよ。爆弾積んだ状態で落下してます』


「破壊するぞ!」


『駄目です!』


「両腕が無くても、尻尾があるだろ!」


 ワタシは敵艦載機群の中央に陣取り、相対速度を合わせます。

 光輝が言うように尻尾で艦載機群を破壊することはスペック上、可能です。


 でも。


『領空侵犯した航空機への攻撃はできません。

 退去を呼びかけても応じなかった場合、

 相手を追い越した上で威嚇射撃をしてからでないと、攻撃はできません。

 国際法でも国内法でも禁止されています』


「射撃武器なんてないし、そんな猶予はない!

 明らかな攻撃だろ!」


『でもっ、駄目です。駄目ですよ!

 人が乗っているかもしれませんよ?

 事故で落下しているだけかもしれませんよ?

 艦載機の落下は、敵対行動だと断言できません!』


「爆弾搭載した飛行機が基地に向かって落下しているんだぞ。

 敵対行動以外のなんだってんだよ!」


『落下ですよ!

 落下しているだけです!

 ワタシはこれを落下事故と判断します!

 軍事行動ではありません!』


 ワタシ達は艦載機群と共に高度を落とすしかありません。


 光輝が焦りで声を大きくします。


「新条隊長!

 応答してください! 新条隊長!」


『駄目です。応答ありません』


「ふざけるなよ。

 こんなの母さんが殺されたときと一緒じゃないか。やるぞ!」


 能力はあっても、ルールがワタシに行動を許しません。


『駄目です!』


「駄目でも、やる!

 重力フィールド展開。

 基地施設への多少の影響は無視する。周囲を無重力にしろ」


 ああっ、もう!

 言い出したら聞かないんだから!

 しょうがないですね。ヴァルはいつだって光輝が最優先なのです。


『無重力だと艦載機は落下し続けます。

 逆方向の重力を発生させます!』


「そのつもりで言った!」


『やります!』


 周辺の重力方向を逆にすると、空母艦載機の落下速度が緩やかになっていきました。


「いいか、これは攻撃じゃない。

 ヴァル・ラゴウのメンテナンス中に異常な重力場が発生した、ちょっとした事故だ」


『操縦不能に陥った飛行機の救助活動というシナリオの方が、マスコミ受けしますよ』


 ほっとしたのもつかの間、ワタシはまた複数の脅威を確認しました。


 次から次へといったい何なんですか!


 各種ディスプレイに状況を表示します。


『司令部南東4キロメートルを中心に40の飛翔体が出現。

 熱量から、弾道ミサイルと推定』


「ヴァルは重力制御に集中。

 機体のコントロールはすべて俺に任せていい。

 ミサイルを1つでも多く減らす」


『了解!』


 ミサイル群に飛び込み、

 尻尾を伸ばしてフィギュアスケーターのように回転し、

 5、6発破壊したところで、

 光輝がブーストモード――妖しいお薬で反射神経を向上させた状態――

 ではないので、超音速の機動についてこらられなくなりました。


 脳波シンクロ中でも限度があるのです。


 マッハ20の目標を連続で攻撃するためには、

 光輝に妖しいお薬を飲んでいただく必要があるのですが、

 数秒で着弾する状況下では不可能。


『数が多すぎです……!』


 基地の被害を覚悟した瞬間、

 地上の飛行空母AKAGIが対空火器を発砲し始めました。


 同時に少し離れた海上のイージス艦からも火線が伸びます。


『光輝!

 空母AKAGIが動き始めました。各種支援、受けられます』


 新条やゴリラ達がやってくれたです!


 恐らく、地上の状況が好転し始めたのです。

 ワタシの目と耳が数十倍に増えました。


 見たり聞いたりする範囲も距離も、どんどん広がっていきます。


 マッハ20で迫るミサイル群の詳細な情報が次々と届いてきます。


 弾道ミサイルは清明製の虎爪二型と特定。

 やっべ。

 核弾頭も搭載可能なタイプです。


 こんなのがマッハ20で残り34。


 射撃兵装の無いワタシ1人では対処不可能です。


 ですが、AKAGIの防衛システムとシンクロした『我々』なら、話は別です。


 誰が何を迎撃するか、AKAGIの防衛システムが判断して指示を出してきます。


『いまのうちに薬、飲むです』


「ああ」


 空母と海上艦がミサイルに対処している間、

 光輝はコクピット内に添え付けの精神神経系新薬を飲みました。


 これで光輝の思考速度が数百倍になり、音速戦闘が可能になります。


「AKAGI応答してください。

 新条隊長。聞こえますか」


『……水瀬大尉か』


 通常時よりやや遅く通信が繋がりました。

 新条はAKAGIには乗っていないようです。

 司令部棟から通信しているようです。


『防衛する優先順を伝える。

 先ず伊勢湾岸の原子力発電所。

 次にAKAGIとKAGA。

 基地施設より発電所と空母の防衛を優先しろ。

 両空母は近接防空火器とレーダーしか使えん。今以上の支援は期待するな。

 上空のハイラルは無視しろ。第2戦隊で対処する。

 後手に回らざるを得ない上に、敵の出方が読めん。

 敵ETRの出現を想定し、ヴァル・ラゴウは突発事態に対処できるようにしておけ』


「了解ッ!」


『ほーら。

 さっきワタシが言ったでしょ。さらなる脅威に備えて待機すべきだって』


「ああ。そうだな」


 むむむ。

 ワタシは嫌みを言ったのですけど、光輝はにっこにこ笑顔。


 新条と通信できたことの安堵で気が緩みまくり。

 まるで光輝に尻尾を振る小娘を見ているかのようです。


 この人に従えばなんとかなると思わせるのが指揮官の役目とはいえ、

 ちょっと嫉妬しちゃいます。


 あ、どうしても聞いておきたいことがあります。


『新条。教えるです。

 清明連邦の空母艦載機はどうするですか。

 現在、ワタシの重力フィールドで上空に拘置しています。

 粗大ゴミをいつまでもお手玉しているのは大変です』


 ワタシは作戦部長の「海に捨てておけ。魚の住み処くらいにはなる」というお墨付きを頂いたので、言われたとおりにしておきました。


 これで光輝のお手伝いに専念できます。


「弾道ミサイルはヴァルの能力で転送されたのか?

 ルァラがそうさせた可能性は?」


『ワタシに物体の転送機能はありません。

 おそらく、ナコトの魔術です。

 レーダー類が妨害を受けていたのは、

 ナコトがワタシの意識に介入してヴァル・ラゴウの機能を使った可能性があります』


「よし。

 操縦のプライオリティは俺が優先。ヴァルはルァラからの介入を警戒してくれ」


『了解なのです』


 厄介ですよ。

 ナコトが敵に回るとしたら、それは、

 異星人の科学技術を利用可能な、異世界の魔王です。


 我々は圧倒的にフリです。


 けど、思うようにはさせません。


 ワタシが「ナコトには従わない!」と心に強く思い続けていれば、

 ヴァル・ラゴウへの介入を阻止できるはずなのです。


 いくらナコトがオリジナル人格だろうと、

 ヴァル・ラゴウ本体に戻ったワタシから制御を奪えるなんて思ってはいけないのですよ!

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