第三章 決戦! ヴァル・ラゴウ VS ルァラ

第28話 動けない! 動けない! 動けないよ!

 ワタシは、光輝に心配をかけないよう動揺を隠してから、

 努めて明るく話しかけます。


 落ち込みは感染するから、ワタシはいつでも元気にするです。


『光輝、外は危ないのでワタシの中に入るです』


 基地での戦闘は続行中なので、ワタシは出番に備えて機関を始動しました。

 各部位のアクチュレーターが伸縮し、武者震いのように振動しています。


 稼動音が体内の空洞部分を吹き抜け、

 何処からともなくゴウンゴウンという重厚な音が響いてきます。


「早く入るです。

 体がすぐに温まるので、いつまでもそこにいると蒸し焼きになりますよ」


「ああ。手は出せないか……。胸を出してくれ」


『女の子に言う言葉じゃないのです』


 光輝が乗り込みやすいように、胸をセクシーに突き出します。


 光輝が乗りこんだら、ハッチを閉じてひと安心。

 真っ暗になってしまうので、通路に明かりをつけます。


 シートまでは3メートルほど進む必要があります。

 ワタシの中心に向かいながら光輝が口を開きます。


「恥ずかしいところ見せたな。

 泣き喚いて、みっともなかっただろ」


『いまさらですよ。

 自己嫌悪に陥って凹んでください。

 落ち着いた頃に、また元気になるまでゲームに付き合いますよ。

 接待プレイでわざと負けてあげます』


「ああ。動けるようになったんだな?」


『はいです。ナコトが動けるようにしてくれました』


「ここにルァラがいたのか。

 こんな狭いところに……」


 光輝はシートには座らず、後ろの空間を見つめています。

 シートの背後には、飲料水や医療品などを収納した棚があります。


 棚の横の小さな小窓が開いています。


 小窓の先には、人形サイズの小さなベッド……

 いえ、拘束台があるだけ。


 ワタシが見ていたソファと机しかない白い部屋は、

 どうやらナコトが作りだしていた仮想空間だったようです。


「なんでこれの存在に気づけなかったんだ?」


 光輝は小窓を閉めてみましたが、壁との境目はハッキリと見えます。


『ワタシも知りませんでした。

 ワタシは認識を弄られていたのでしょう。

 多分、光輝は思考リンクにより、気づかないようにさせられていたんだと思います。

 魔術を使われていた可能性も捨てきれません』


「手を伸ばせば届きそうな距離で、俺は気づきもせずに、ずっと……」


 光輝の言葉は後半になると、殆ど聞こえませんでした。

 光輝はシートに崩れ落ちるようにして座ると、黙り込んでしまいました。


「なに食べてたんだろうな」


 口に出てしまっただけの問いにワタシは「さあ」と適当に返します。


 非常食をくすねていたのかもしれませんし、

 どこかにナコト用の食料があるのかもしれません。


 見た目の認識をずらしていたように、

 ナコトはワタシをいくらでも騙せるので、考えても無意味です。


 ヴァル・ラゴウは胴体だけでも20階建てのビルくらいあるので、

 ナコト専用のトイレやお風呂があったとしても驚きませんよ。


 冷凍睡眠していた可能性もありますし、

 そもそも食事を取らない種族なのかもしれませんし、

 考えても答えは出ないでしょう。


 というか、魔術やら魔王の娘やら、なにそれ、ですよ。


「丘上少将はどうなった?」


『パパさんは無事なのです。

 ケイちゃんが救助し、医務室に連れて行きました』


「そうか……。

 良かっ――。

 別に安心していないからな。

 死んでたら葬式とか面倒だし……」


『ケイちゃんグッジョブなのです。

 タラップが上昇を始めた時点で、衝撃吸収マットを用意していました。

 生卵を音速でぶつけても割れないというふれこみの凄いやつです。

 格納庫はもともと落下事故が起こり得る場所なので、

 救助用の道具には事欠かなかったようです』


「そうか……」


 思考リンク機能が動作しているため、光輝の感情がワタシにも分かります。


 感情の中心には強い怒りが残っています。

 けど、怒りの周辺に広がっているのは、間違いなく安堵です。


 父との不仲は駄目なので、フォローしておくです。


『おそらく丘上は、ナコトが光輝を殺そうとすることに感づいていたのです。

 だから、光輝には何も説明できなかったんだと思います。

 多分ですけど、ナコトの記憶が戻ったことが、想定外だったのだと推測します』


 ナコトは魔力の波長に触れたら開く鍵で、自らの記憶を封印しました。


 白い部屋は外部から完全に遮断されていました。

 ですがナコトがネットワークから外に出て、警備ロボに意識を移動させました。


 そして、警備ロボが光輝に触れたため、

 光輝の中に移植されていたナコトの細胞が特殊な波長を送り、

 記憶の封印を解除してしまったのでしょう。


「父さんは俺を護ろうとしていたのか?

 ルァラはヴァルを護ろうとしていたのか?

 誰かを護ろうとしているだけなのに、なんで戦いになるんだよ……」


『なんでナコトのことをルァラと呼んでいるんです?』


「ルァラはルァラだよ。

 夜那志錠真なんて、いかにも偽名じゃないか」


 確かに偽名だと分かってしまえば、胡散臭いですね。

 名は体を表すって言うけど、表しすぎですね……。


 夜、那由他の志に錠をかけた真実……。

 最初から復讐を誓った名前じゃないですか。


 一瞬だけナコトと繋がったせいか、

 ワタシもナコトの記憶を少し知りました。


 AAAFの機密情報と照らし合わせていくと、見えてくるものがありますね。


 17年前、地球に転移してきた魔王には生まれたばかりの娘、ルァラがいました。


 魔王を追って地球にやってきた勇者一行は、

 魔王の力を封印したあと、ルァラの処遇で意見が2つに割れました。


 第二の魔王になる恐れがあるルァラを殺すという意見と、

 赤子には罪がないから生かすという意見です。


 結局、ルァラは、勇者の仲間に育てられることになりました。


 大気に魔素のない地球で育てれば、

 魔王としての力を付けることはないと思われたのです。


 ん?

 そういえば魔王を倒すような強さのふたりが、なんで地球人に殺されたです?


 検索、検索……。


 なるほど。

 地球の大気や食品には魔力の基になるものがないらしく、

 勇者達は魔王討伐で消耗した魔力を回復することができていなかったと。


 ヘンリーやナコトが近年、力を付けてきたのは何か理由があるんですかね。


 魔術に関する論文がいくつかあります。


 えっと……それによると、南極と地球がゲートで結ばれて、

 異世界の大気が少しずつ地球に流れ込んできている影響があるのでは、

 という説が有力なようですね。


『ナコトは家族を殺された恨みを晴らすために、

 AAAFを攻撃しているのでしょうか』


「それはない。

 AAAFの設立は、開戦より後だ。

 ルァラの復讐対象は、異世界人の技術を盗もうとした清明連邦軍だ」


『でも、ナコトはAAAFに嫌がらせをしているのです』


「まさかルァラは、

 客船を襲撃した犯人がAAAFだと勘違いしている?

 記憶を改ざんさせられている」


『ナコトはワタシと知識を共有しているはずなので、それはありません』


「そこらへんの真相はセラ司令は把握しているのか?

 AAAFの設立前だから、知らないか?

 父さんなら何か知っていそうだけど」


 さて、光輝と雑談していたら、だいぶ体も温まってきました。


『歩いて尻尾でベチーンくらいはできるようになりました」


 エレベーター事故の時のように、エリダヌス製の動力なら一瞬で起動するけど、

 地球製の機関は動作可能になるまで、時間がかかるのです。


「基地の状況は?」


『ケイちゃん率いるロボット軍団が清明連邦軍兵士と交戦中ですが、劣勢です』


「ヴァルは対人用の非殺傷攻撃はできるか?

 ルァラがヘンリーの動きを止めていたようなやつ」


『無理です。

 仮に可能だとしても、駄目ですよ。

 生身の兵士への攻撃は交戦規定で禁止されています。

 交戦規定だけでなくET使用に関する条約の追加議定書でも禁止されています』


「基地を制圧されるような非常事態だぞ?

 部隊を転送させてきたし、相手はETを使用した可能性が極めて高いんだ。

 威嚇行為くらいならいいだろ」


『駄目なものは駄目です。

 ゴキブリが出たからってミサイルを撃ち込んでいたら、

 周辺被害の方が大きいし、お金はかかるし、近所からクレームは来るし、

 その間にヴァル・ラゴウでしか対処できない敵が攻めてきたらどうするんですか』


「俺には黙って座っていることしかできないのか?」


『仲間を信じて待つことができます!』


「いや、そういうのいいから」


『でも、実際、

 ケイちゃんやゴリラ達に頑張ってもらうしかないのです。

 きっと今頃、キャンプ・セラから特殊部隊の精鋭を乗せた輸送ヘリが、

 こっちに向かってます。

 地上部隊も準備中でしょう。

 彼等を信じて、任せましょう』


 光輝が「ゴリラ?」と聞いてきたので、

 アナトリーのあだ名であることと、

 パイロットであることがバレていることを伝えておきました。


「清明連邦の狙いはなんだ?

 父さんかルァラに利用されているだけ?」


『清明連邦の狙いは、ワタシでしょう。

 あの国は何故かワタシの所有権を主張していますし』


「その割りには、地下格納庫が静かだが」


『輸送用の飛行空母を先に奪おうとしているのかもしれません。

 先ほど、ゴリラ達と行動していたときに遭遇した敵が、

 空母強奪部隊の1つだったのかも』


「湾岸にある原子炉を破壊して、

 基地の人間を皆殺しにした後でヴァル・ラゴウを奪いにくる可能性は?」


『無いです。

 敵兵士に、放射線防護の装備は有りませんでしたし……。

 あの国は人の命が安いから、

 兵士に十分な情報を与えずに危険なことやらせる可能性は棄てきれませんが』


「なあ、俺達にも、何かできることがあるんじゃないのか?」


『ワタシ達にできることは、何もありません。

 基地の命運は、地上部隊が増援の到着まで持ちこたえられるかどうかにかかってます』


「でも、パイロットの俺になら、何かやれることがあるだろ」


『何かするためには、ゴリラ達が司令部を開放して、

 それからセラ司令が統合参謀本部から許可をとる必要があります。

 多分、参謀本部も、アメリカ大統領の承認が要りますよ?』


 けっこう面倒なのです。

 AAAFのAFはAllied Forcesで連合軍という意味ですが、

 実際の我々はアメリカ主体の同盟軍です。


 なので、ワタシが規定外の行動をとるには、

 アメリカ軍のトップである大統領の許可がいるのです。


 小型機ならともかく、オリジナルコア搭載型第1世代ETRのワタシは、

 たった1機で国家間のミリタリーバランスを崩すので、

 おいそれと勝手な行動はできないのです。


 いや、まあ、そんなワタシがエレベーター事故で出撃したから、

 大問題になっちゃったんですけどね……。


 大国の軍隊をたった1機で殲滅できるようなワタシが制御不能になったら大変なので、

 解体命令まで出ちゃいましたし。


「間に合わないかもしれないけど、やれるだけのことはやるべきだ。

 承認される可能性は、あるんだろ?」


『ほぼゼロですよ。無理です。

 アメリカは、ただでさえワタシ達ETRの人格に対して

 人権があるのかないのかって揉めてますもん。

 アメリカのETR-01と06なんて殺人罪で訴えられていますよ。

 対地球人の兵器として使用してよいかどうか以前の段階です。

 オーストラリア上陸作戦も、

 さんざんあっちの一部の世論に足を引っ張られましたよね?』


 まだ納得してくれないので『ワタシ達にできることは何もありません』と念を押します。


 ワタシの中にいる限り、光輝の安全は宇宙一。

 ワタシの体内は、体外で起きた物理的な現象から開放されているので、

 敵がワタシと同等の第1世代ETRやバハムート級のモンスターを出してこない限り、

 傷つけることは不可能なのです。


 あとはAAAFの人達が事態を収拾してくれるまで、光輝とお喋りするです。


『ん?』


 基地上空の警戒機と回線が通じました。


 新条達の反撃が進行しているようなので、一瞬、喜びかけましたが、

 受信したのは見過ごせない警報。


『清明連邦の飛行空母ハイラルが上空に出現。

 ……出現? 接近ではなく?』

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