第27話 救援は最強の敵
……あっ。
「どけーーーーッ!」
唐突にヘンリーが上から降ってきて、ナコトが飛び退きました。
ナコトの小さな体は重力を無視したかのように、
ふわりとヴァル・ラゴウの肩に移ってきました。
小娘が着地した衝撃でタラップがグワングワンと揺れています。
耐荷重500キログラムのタラップが振り子のように揺れるなんて、
どれだけ勢いを付けて飛び込んできたのでしょう。
仰向けに倒れた光輝の胸元に、体勢を崩した小娘が尻から突っ込みました。
「ぐふっ」
「無事か、光輝! 助けに来たぞ!」
「ぐっ……。いきなり、なんだよ……」
「約束しただろ。お前を護るって」
小娘の尻尾が散歩に行く寸前の子犬みたいに、ワサワサと動いています。
「おい、ヘンリー。
お前の尻尾が、顔、もふっ、おいっ、もふっ」
尻尾が邪魔で光輝が喋れなくなってしまいました。
光輝の表情が緩いです。
ワタシにとっては永遠にも思えた時間は、
光輝にとっては一瞬だったので、
ナコトに殺されかけたことを、まるで分かっていないようです。
『間一髪なのですよ……。
もう、もうっ!
小娘、もっと早く来いです!』
ヘンリーが何処から降ってきたのかと思えば、
天井近くのキャットウォークから、照明やクレーンを飛び石にしてきたようですね。
小娘が光輝の上に座ったまま、ナコトをビシッと指さします。
「基地に侵入した敵は貴様か!
ボクが来たからには、もう好きにはさせないぞ!」
ナコトが微かに目を開きました。
多分、場の空気を読めていないヘンリーに呆れています。
「そろそろ退いてくれ。重い」
「ひゃわっ!」
光輝がヘンリーを押しのけようと腰を掴んだ瞬間、
小娘の尻尾がピンッと立ち、背中がゾクゾクッと波打ちます。
ヘンリーは真っ赤になって、ぴょんっと飛び退きました。
「ヘンリー! 変な声で叫ぶな! びっくりするだろ」
「うっ、うるさい!
馬鹿ッ! 急に触るからだろ!」
「怒鳴るな!」
文句を言いながらもヘンリーは言われたとおりに黙りました。
いつもどおりのことです。
ふたりの様子を見ていたナコトが、ワタシの肩で、溜め息を吐きます。
「ヴァル。オマエは我ながら鈍いな。
絶大な魔力を有する魔王は、魔力を体内に宿すあらゆる生物を支配するんだ。
アンリが光輝に従順なのは、そういうことだ。
異世界人の血をひくアンリは、魔王の体細胞を移植された光輝に逆らえない」
ナコトの言葉を、タラップの上で聞いていた光輝がはっとして目を開きました。
その反応が愉快だったのか、ナコトは表情こそ変化しませんが、続く声音はやや高い。
「異世界との戦いでも心当たりがあるだろう?
お前たちは戦闘で随分と有利に戦えたはずだ」
光輝は絶句。
代わりに小娘が、腕を横に振ります。
「訳の分からないことを言うな。
こいつは地球人だ!」
「丘上はオレの尻尾から抽出した細胞を、光輝の体に移植したんだろ?
たとえ光輝が意識していなかったとしても、
敵の方が無意識のうちに命令を聞いているんだよ。
光輝が攻撃するなと念じるだけで、相手には相当の重圧がかかっていたはずだ。
魔王の娘たるワタシの魔力を感じられるのなら、逆らう者はいない」
光輝は苦しげな表情を浮かべ、口を開きかけますが、ナコトが続けます。
「不自然さは感じていたが、知らなかったって顔だな。
いいなあ、君。
オレの力を使って、オレの同胞を何人も殺していたんだぜ」
光輝は苦々しい顔で何も言い返せません。
小さな脳みそのヘンリーは、ようやく目の前の存在の脅威が理解できてきたらしく、
目つきが鋭くなり、表情が引き締まりました。
「ふん。
どうやらお前を捕まえれば、色々と有意義な情報を引き出せそうだな」
ヘンリーが飛びかかろうとするのに合わせて、
ナコトはヴァル・ラゴウの肩を蹴り、再びタラップに戻りました。
跳躍だったというのに、姿勢は直立に近いままだし、
まるで重力が無いかのような、弧を描かない動きでした。
不自然な動きに戸惑ったのか、小娘の反応が遅れました。
ナコトの右手が光輝を狙っています。
『何やってるですか、小娘!
光輝を護るですよ!』
「ていっ!」
慌ててヘンリーが肘を打ち下ろして、ナコトの腕を弾きました。
ふたりが近くに立つと、ナコトの小柄さが際だちます。
ナコトは小柄なヘンリーよりも、さらに1回り以上、ちっちゃいです。
「性能いいな、アンリ。
料理の腕も見てやろうか」
ナコトは紙袋をアンリの前にかざします。
服の中にでも入れてあったのでしょうか。
ワタシは小娘が紙袋を持っていたことも、
いつの間にかナコトが奪っていたことにも気付けませんでした。
「あっ! 返せ!」
ヘンリーが紙袋を取り返すと、
ナコトはくくっと笑いながら、ヴァル・ラゴウの肩へ戻ります。
すかさず小娘が光の尾を引き飛びかかります。
機械のワタシでなければ見落とす速度。
ナコトが「待て」と犬を躾けるような言葉を口にすると、
一瞬、ヘンリーの動きが鈍ります。
ナコトはヘンリーの拳を余裕たっぷりに避けます。
「ヘンリー、片手だとやりにくいだろ?
待っててやるから、さっさとその紙袋を光輝に渡してこいよ」
「うるさい!
タイミングも雰囲気も、今じゃないだろ!」
「おいおい。ヘンリー。
ワタシがオマエの名前を知っていることと、
袋の中身を知っていることを疑問に思えよ」
「黙れ!」
むきになったヘンリーが繰り出す連続パンチを、ナコトは全て避けます。
『ん?
ナコト、余裕ぶってるけど、割といっぱいいっぱい?
わざと小娘を挑発してます?』
「まー。
オレはオマエ以上に引きこもりしてたし、戦った経験なんてないしな」
「誰が引きこもりだ!
雪で覆われるから冬に家で過ごすのは、
ボクの祖国では当たり前のことだ!」
ワタシの声が聞こえてないから、ヘンリーが変な反応しちゃってますよ。
ナコトはワタシに『緊張感ない声で喋るなよ』と思考だけで伝えてきました。
『ナコトだって、予期してなかった格闘戦に突入してるのに、
あんまり緊張していないです』
『まあ、何とかなるからな。
手探りだが魔力で身体能力を強化できているようだし。
オレにはこれがある』
ナコトはアンリに向けて声を発します。
「アンリ、止まれ」
「ぐっ!」
ヘンリーの動きが遅くなると、
拳が顔に触れる寸前まで待ってから、ナコトは飛びのきました。
「精霊魔術師を親に持つ不運だな、ヘンリー。
最上位の魔神にオマエは逆らえない。
けど、効果が落ちているな。
さっきは行動不能にできたんだがな? 半魔には効きめが薄いのか?」
さっきというのは司令室でヘンリーが突然倒れたときのことですか?
ということは、今回の一件、ぜんぶナコトの仕業です?
「ああ、そういうことか。
ヴァルがアンリに肩入れしているのか」
『む?
ワタシが小娘を応援すると、小娘が強くなるです?』
「そうらしいな。
止めようとするオレの意志を、オマエが相殺しているようだ。
機械のオマエがワタシの魔力を行使しているのかは分からないが、
自分が敵に回るというのは意外と面倒だな」
『ヴァルはナコトの敵じゃないのです。
きっとただの誤解なのです。
落ち着いて話せば、全部解決するのですよ!』
ふたりはヴァル・ラゴウの肩や膝を足場にしながら跳びはね、
逃げるナコトを小娘が追いかけていきます。
ふたりとも曳光弾みたいに、ぴかぴか光っています。
どうやら魔術戦闘に関しては素人のふたりが、
互いに影響を及ぼしあっているようです。
ワタシ的には、ちっちゃい生き物が体の回りを飛び回っていて、
なんかちょっとうっとうしいかもです。
ナコトがワタシの胸に着地し、タラップに向かって、口調を変えます。
「光輝君、待っててね。
邪魔者を黙らせてから殺してあげるから」
『ナコト! 待つです!』
ナコトはワタシの言葉に耳を貸さず、ヴァル・ラゴウから飛び降りると、
格納庫の出口へと向かって走り出し――いえ、走ってはいません。
最初の1歩を踏み出したらスーッと滑るように進んでいきました。
無重力空間にいるかのような動きをしています。
後を追うヘンリーは速いだけで、普通に地面を蹴って走っています。
『どうしてなのです、ナコト。
喧嘩は嫌なのですよ……』
ナコトはずっとワタシのことを護っていてくれたじゃないですか。
なのに、なんでワタシが嫌がることをするですか。
ワタシが光輝のこと大好きだって知っているくせに。
ワタシと光輝の恋愛を応援してくれていたじゃないですか……。
もう、何がなんだか分からないのです。
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