第24話 親子の歩み寄り
光輝と丘上の端末は、2つとも司令部棟で反応しているから、見間違いだと思ったのですが、どうにも妙な胸騒ぎがします。
ケイちゃんも同じように、気になると主張しているので、
単独行動し車を尾行してもらいました。
我々の胸騒ぎは的中でした。
車に乗っていたふたりは光輝と丘上です。
位置が追跡されないように、端末は置いてきたのでしょう。
目視で発見できたのは幸運です。
薄暗い地下格納庫の中央ではヴァル・ラゴウが腕の無い状態で体育座りをしています。
ブランシュ・ネージュは宇宙にいるので、広い格納庫にはワタシ1機のみです。
光輝と丘上は「ETR-12に乗るんだ」「嫌だ!」と、ワタシの足下で喧嘩中。
『変ですね。
基地のあちこちに兵隊を転送する手際の良さとは裏腹に、
何か、丘上の行動が行き当たりばったりですよ?』
遠くから銃声や爆発音が聞こえるのに、格納庫だけぽっかりと穴が開いたみたいに、
ふたりとケイちゃんだけなのです。
格納庫内のカメラを使用できるから、隅々まで探したのに、我々以外は誰もいないのです。
AAAFの人なら、ワタシが暴走するかもしれないから退避していたって可能性もあるけど、丘上に従う清明連邦兵もいないなんて、どういうことです?
丘上が意図的に清明連邦兵と別行動を取っている可能性が高いです?
敵の目的が分からなくて気持ちが悪いのです。
『絶好の救出チャンスなのか、うかつに動いたら罠にはまる状況なのか……。
どっちです?
ううっ……。
数値で評価できない状況を判断するのは、光輝の役目です。
ワタシには分からないのですよ』
光輝はプラスチック手錠で両手首を固定されているから、抵抗ができない状態。
ケイちゃんはコンテナの陰から事態の推移を見ています。
電流ビリビリはエネルギー切れで使用不可能だし、
履帯は歪んでしまったので静穏動作は無理。
様子を窺うしかないのです。
丘上が光輝の両肩に手を置き、顔を覗きこんでいます。
「光輝、今は説明している時間がない。
お前が乗らなければ地球は滅びるんだ。
ヴァル・ラゴウがただの兵器ではないことは、お前だって分かっているだろう。
このままでは、アレは暴走してしまう」
「昨日のは暴走じゃない。
ヴァルが俺を助けようとしただけの、ただの緊急行動だって言ってるだろ!」
「違うんだ。
昨日の行動自体は問題ではない。
制御システムに異常が生まれたんだ」
ふたりきりだからか、丘上の口調が基地司令室にいたときと比べると、随分と砕けてきていますね。
親子の会話口調なんでしょうか。
「一時的にシステムを停止するだけでいいだろ。
俺が乗る必要が何処にある。
僕はもう、ヴァル・ラゴウを動かしたくないんだ」
「理由を説明すればお前は私の言うことを聞かないだろう。
後で必ず説明する。だから、今は我が儘を言わずに乗ってくれ」
あー。
我が儘というキーワードは、光輝が反発しますよ。
「今すぐ説明しろよ!
クーデターみたいなことをしてまで、何がしたいんだ!」
ほら。怒りだした。
光輝は強すぎる力を手に入れてしまったせいでヒーロー傾向があるというか、
自分の信じる理想のために行動したがる節があるのです。
作戦中でも、無意味な殺しはしたくないと言って、命令違反すれすれのことをしてましたし。
光輝に論理的な会話が通じないときは、
新条みたいに睨み付けて、有無を言わせずに従わせた方がいいですよ。
「あとで説明する。
頼む。直ぐに乗るんだ。
言うことを聞いてくれ、光輝」
「嫌だ!
俺は父さんの意のままに動く操り人形じゃない!」
光輝は興奮していますが、丘上の声は焦りが混ざりつつもまだ冷静なようです。
ワタシは光輝が大好きですが、親子の会話は、つい、丘上に肩入れしてしまいます。
ワタシも、やんちゃな光輝に手を焼いたものですから、
共感するところがあるのかもしれません。
ただ、ふたりの様子を見ていたら、何か得たいの知れない感情が湧きあがってきました。
『ワタシ、ケイちゃんの体を使ってもいいです?』
ワタシはケイちゃんを、自分の体の代わりに使ってきました。
彼女の気持ちを考えもせずに、ワタシの都合で利用していたのです。
光輝が嫌がっていることと同じことを、ワタシはケイちゃんにしてしまっていたのです。
自我が芽生えてきたケイちゃんを、
ワタシはワタシの目的のために操り人形にしていたのです……。
もし、ケイちゃん達に喋る機能があったら、
光輝と同じことをワタシに言うかも知れないのです。
ううっ。
駄目です。ケイちゃんがそんなことを想っているはずありません。
ケイちゃんを疑ってはいけないのです。
ケイちゃんはヴァルの味方なのです。
でも、でも、もやもやが消えないのです。
思考が安定しません。
ナコトと離ればなれになっているせいで、
ヴァルはおかしくなってきたのに違いありません。
ナコト、ワタシは、どうすればいいのですか。
光輝、ワタシが見ていることを知っているのですから、
どうか、一言でいいのです。
ワタシに「助けろ」と命令してくださいなのです。
命令さえあれば、
ワタシはきっとケイちゃんの体を乗っ取ることに何の躊躇もしませんし、
もしかしたらワタシの本体だって動くかもしれません。
ワタシは光輝のためだったら、なんでもできるのです。
光輝のため以外は……何をしたらいいのか分からないのです。
ああっ、ああっ。
ワタシが決断できずにいる間に、光輝と丘上が昇降式のタラップで上昇を始めました。
ふたりが地上から離れるのと反比例するように、語気は静まっていきます。
「父さん、彼女を解放すべきだ。
異世界人との戦いに彼女を利用すべきじゃない」
「……そうか。
本当に気付いていたのか。
いつから知っていた」
「彼女が関わっていると確信したのは、僕がヴァル・ラゴウを操縦できた時からだよ。
僕がヴァル・ラゴウと名づけたら、ETR-12は……彼女は協力的になった。
ヴァル・ラゴウは、僕が彼女からもらった渾名なんだ。
だから、全力を引き出せるのは、僕だけなんだ」
「すまない。正直に言おう。それは誤算だった。
コアユニットを変更したら、お前しか操縦できなくなるとは思いもしなかった」
「信じるよ……。
信じないと、父さんを恨んでしまうから。
でも、僕はパイロットになった。
……なれてしまったんだよ。
敵を、いや、異世界の人間を殺したくもないのに、殺さなければならなかった」
ううっ。
ごめんなさいなのです。
光輝が疑っているようなことは、ないのです。
丘上にはパイロットを決定する権限はなかったのです。
光輝をパイロットに選んだのはワタシです。
ヴァルが一目惚れして、パイロットになるよう細工したです。
覚えていますか。光輝。
候補生達が順番に、ワタシのコクピットに乗り込み、シミュレーターを実行したときのことを。
光輝だけですよ。
生まれたばかりで自我の確立すらおぼつかなかったワタシに話しかけてくれたのは。
センサーが感知していた音の情報ではなく、
確かにワタシは他とは違う『声』を聞いたのです。
何処か聞き覚えがあるような声は、ワタシにとっての目覚まし時計でした。
巨大な鉄の檻に閉じ込められていたワタシを目覚めさせたのは、光輝、貴方なのです。
あの時の言葉は、
録音されたデータではなく、ワタシの記憶として胸に残っています。
『ETR-12。俺の声が聞こえるか?』
貴方の手が操縦桿を握った瞬間、
ワタシは無くしていた物が帰ってきたかのように、満たされる感じがしました。
『聞いたぞ。お前、まともに動かないそうじゃないか。
おかげで、俺にもお前のパイロットになれるチャンスが回ってきたんだから、いいことだ。
よく、今まで動かなかったな』
何人ものパイロット候補生を拒絶してきたのは、きっと、光輝との出会いを待っていたから。
運命の人との再会を待っていたのです。
……再会?
あれ?
記憶が変です。
初めて会ったのに、再会した?
『なあ、もしお前が俺に力を貸してくれるのなら、名前を送りたい。
力の対価に名前じゃ不足しているかもしれないけど、俺は、呼びたい名前があるんだ。
ヴァル・ラゴウ。
――――という意味だ。
俺とお前、ふたりだけのヴァル・ラゴウだ。
俺に、大切な人を救うための力を貸してくれ。
俺は―――を救いだし、護りたい』
あれ……?
大事な記憶なのに、一部が欠落しています。
どうなっているんですか?
ワタシの1番大切な思い出です。
忘れるわけがありません。
なんで思い出せないです?
もしかしてナコトがワタシの記憶を弄った?
どうして?
ワタシの困惑を知る由もない光輝と丘上はふたりだけの会話を続けています。
「……すまない。
他のパイロットと違って、
お前は、その辛さをもう1人の自分と共に抱えることができないんだったな……」
「違うんだ。
俺は自分が辛いから乗りたくないって言っているわけじゃないんだ」
うっ。ううっ。
ごめんなさい。ごめんなさいなのです。
全部、ヴァルのせいなのです。本当は、ヴァルは気付けたはずなのです。
光輝が戦闘中に何度も吐いていたのは薬の副作用ではなく、
倒した敵モンスターが元の姿に戻るのを見ていたからだと、
ヴァルは、気付かなければならなかったのです。
一緒にいるのが嬉しくて幸せだったから、
光輝が苦しんでいるかもしれないなんて、これっぽっちも疑わなかったのです。
ワタシは、地球の平和を護るなんて言っておいて、
1番大切な人を、最も傷つけてしまっていたのです……。
「すまない。光輝。
それでも、私はお前をETR-12に乗せるしかないのだ。理由は説明する。
お前は私が嘘を言っていると疑うだろう。
だが、納得してもらえるまで説明する。
だから今は何も言わずに乗ってくれ。
アレの暴走を止めるには、コクピットにいるお前の方がプライオリティが上であることに期待するしかないんだ。
……もう、時間がない。
このままでは世界が滅びる」
タラップがワタシの胸、コクピットの手前で止まりました。
体育座りをしているときのコクピットは、床から50メートルの位置にあるので、
もう、誰も手出しできないのです。
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