第21話 救出大作戦
人質を食堂に集めたのは失敗ですよ。
清明連邦兵は出入り口を監視しているようですが、甘いのです。
小柄なケイちゃんなら食料の搬入エレベーターで調理室に侵入可能なのです。
金曜日の夜に、チョコレート作りの練習をするため、
こっそりと侵入していたので何処に何があるのか把握済みなのです。
『エプロン装着。シェフ完成!』
調理室と食事スペースの間には、ケイちゃんの背よりも高いカウンターがあるので、
静穏モードでゆっくり動けば敵に見つからないのです。
ふむふむ、見張りの兵士は北西側の入り口に1名。
南西側の入り口に1名。
南の窓側に2名。
人質は食事スペースの中央に30名くらい。
目標の人物発見。
ボスゴリラことアナトリー軍曹と、仲間のゴリラ2名。
30人も非戦闘員がいる状況では、さすがにゴリラ達も抵抗できなかったようですね。
身体能力が高いだけで戦闘技術自体は低い小娘よりも、使いやすい戦力のはずです。
ワタシと一緒で、ゴリラ達も単純な武力で解決できる問題が大好きなはずなのです。
先ずはゴリラ達の拘束を解きましょう。
『ほう、調理済みのオムライスですか。
冷蔵庫の中には当然、ケチャップがある』
あとは、これを、こうして……準備完了です。
「料理ができましたにゃん!」
ネットで拾った音声ファイルを使って、大声で堂々と調理場を出るです。
オムライスとケチャップを両手に掲げて移動するケイちゃんは、
何処からどう見てもお料理アシストロボ。
見てる見てる。
見張りの兵士がケイちゃんの姿に、見とれています。
銃口がワタシに向きましたが、すぐに下がりました。
エプロン姿のケイちゃんがプリティなので、あっさりと警戒を緩めてくれたようです。
ケイちゃんはゴリラ達の間近に接近成功。
「愛情たっぷりメイド手作りオムライス、
おまちどーさまでしたにゃん!」
ゴリラ達は両腕を背中に回され、
両手の親指をプラスチック手錠で拘束されてます。
「ご主人様。美味しくなる魔法を一緒に唱えるにゃん。
萌え萌えミャーミャー♪
おいしくなあれ。ニャンニャン♪」
可愛い音声を流しながら――
台所でゲットしたクルミ割り鋏で手錠を切断する音を隠し――
ケチャップでオムレツに文字を書いていきます。
(北西 ワタシ ヤル)
ボスゴリラが表情を変えず、小さく頷きました。
残りのふたりも体の影で、了解のハンドシグナル。
さあ、準備完了です。
調理場ではタイマーセットしておいた電子レンジがアルミホイルを温め始め、
火花がバチバチッと散ります。
さらに、フライパンで加熱しておいた遺伝子組み換えコーンが膨張、
ポップコーンになり軽快な音をパンパンッと鳴らします。
清明連邦の兵士達は即座に調理室へ射撃開始。
奇襲を受けた場合は、たとえ相手の正確な位置が分からなくても、
牽制のために応戦射撃をするよう身についているのでしょう。
それが命取り!
『スキ有りなのです! ヴァルルルルッ!』
北西にいた見張りにケイちゃんがフルパワー体当たり。
ふっとんだ兵士は壁に激突して四肢を投げだす。
意識を失っている感じだし、足が変なほうに曲がってますが、
油断せずに暴徒鎮圧用の電流攻撃でトドメをさします。
ケイちゃんのアームからは、射程20メートルの針が射出され、
本体とつながったワイヤーから高圧電流を流すことができるんですよ!
ワタシは窓際に移動すると、
オスゴリラのガニーと組み合っている敵兵士の首筋にも電気ショック。
ビリビリ。
同じようにメスゴリラのヤナが絞めていた奴にも電流ビリビリ。
ボスゴリラが床に頭を打ち付けていた奴は気を失っていたようですが、
念のためにビリビリ。
食堂内にいた敵兵士をすべて無力化しました。
ボスゴリラがケイちゃんの前にやってきます。
微妙に警戒している感じです。
「オイ、オマエは一体、何なんだ」
お、息一つ乱していないとは、さすがワタシが見込んだボスゴリラ。
ボスゴリラのサングラスに文字を表示させることも可能ですが、
通信傍受を警戒して、ケチャップで床に文字を書いて返事をします。
『ミツキ。
しれいしつ、つかまってる。
助ける』
「ミツキ?
水瀬か。
オマエは水瀬が遠隔操作しているわけじゃあなさそうだな。
ふむ……」
ワタシがアナトリーとお喋りしていると、
ガニーが敵兵士から剥ぎ取った装備を持ってきて「糞AKが4」とニヤリ。
ボスゴリラも「AAAFよりいい趣味している」とニヤリ。
あー。
ロシア人のふたりは、アメリカ製ライフルよりもロシア製ライフルの方が好きなようです。
まあ、AAAFの装備はほとんどアメリカ製なんですがね。
「ふたりとも、少将の前ですよ」とヤナが連れてきたのは新条作戦部長。
どうやら新条も捕まっていたようです。
糧秣担当でもあるまいし、作戦部長が土曜の朝っぱらから食堂で何をしていたんですか。
「少将なんて方が、どうして兵士用の食堂に?」
お。アナトリーも同じ疑問を抱いたようです。
AAAFでは偉い人は専用の食堂で食事を取ることになっているのです。
なので、新条がこの食堂を利用することはないはずなのです。
問われた新条は憮然とした表情。
「知らん。
今朝いきなり、転属になった。
身に覚えのない軍法会議が終わるまでは、ここで、とうもろこしの袋を数える仕事だ。
司令も先客に対応中で詳しい事情は聞けなかった。
お前でいい。答えろ。
俺が何をした」
「存じ上げません。サー」
八つ当たり気味に愚痴る新条に対して、アナトリーは反応に困っているようです。
ボスゴリラはハンドシグナルでガニーとヤナに何か指示したようです。
ふたりは調理場の方に去っていきました。
「少将が転属になった理由は存じ上げませんが、分かることが1つあります」
「なんだ。言ってみろ」
「はい。
連中の手際の良さを見る限り、主要な幹部軍人は全員、抑えられているでしょう。
AAAFの指揮系統は急襲により壊滅的な打撃を受けたと思われます。
ですが、少将がここにおられたことは、連中にとっては誤算のはずです。
我々の反撃は、今、この場から始まります」
「ふん」
ご機嫌取りするアナトリーと、まんざらでもない新条。
面白い絵ですね。
「ところで、これを見てください。
少将殿のところのパイロットが捕まっているようです」
アナトリーが目線で、ワタシの書いたケチャップ文字に新条を誘導します。
……って、ボスゴリラに光輝がパイロットだってバレちゃってるじゃないですか!
原因は、エレベーター事故のときの小娘の不用意な言動でしょうね。
新条が「大尉――」咎めようとしますが、ボスゴリラは歯を見せてニヤリ。
「分かってますよ。
水瀬はただの二等兵。
ETR-12のパイロットは、なんとかっていうアメリカ人の優男でしょう」
ボスゴリラが言っているのは、マスコミ用にでっちあげたイケメン兵士のことです。
つまりは、内緒にしますよという宣言でしょうね。
「この警備ロボは何だ?
こいつが俺達を助けに来たようだが」
「知りませんね。
ただ、水瀬二等兵が以前、食堂でコイツに襲われてズボンを脱がされていました。
彼とは、そこで面識を持ちました」
「そうか。司令室の誰かが遠隔操作しているのか?」
新条が視線で問いかけてきたので、
面倒くさいからケイちゃんアームを頭の上でくっつけて○を作りました。
「そうか。……おい、どうだ」
新条が視線をケイちゃんから外して、顔を横へ向けると、
端末を手にした兵士が首を横に振りました。
「通信が死んでいるか……。
動員可能な全戦力を、人命の救助と最高機密の保護に費やす。
大尉。お前達は俺の指揮下に入ってもらう。
所属は?」
「ETAW第1班です。
先進装備の受領でこちらに来ていましたが、
艦隊帰還の影響で待ちぼうけを食らっております」
こわっ。
ETAW第1班という言葉を聞いた瞬間の、新条の口元はどう見ても悪人ですよ。
まあ、AAAFの虎の子ですからね。
生身の兵士としてはAAAF最強の部隊ですよ。
それを緊急時の特例とはいえ、一時的に指揮下に入れられたから、
新条が悪人面になりました。
「さっきの言葉をそっくり返してやろう。
大尉がいたことは、敵にとっての誤算だろう。
喜べ、本領を発揮する場面だ。
司令部棟へ向かい、艦隊司令とETRパイロットを保護しろ。
先ずは補給廠に行き、受け取る予定だった装備を手に入れろ。
手続きはいらん。後で俺が責任を取る」
勝手に話が進んでいますが、ワタシにとって都合の良い方向なので静観しました。
「了解。
暴れさせてもらいますよ。
ガニー、ヤナ、行くぞ」
アナトリーの呼びかけに応じてふたりが奥から出てきました。
どうやら調理場に有る材料で、簡単な爆弾や火炎瓶を作って、
人質だった兵士達に渡していたようです。
3人が駆けだすとワタシも後を追って履帯を回転させます。
背後から聞こえる新条の声は、あっという間に遠ざかっていきます。
「我々の警戒能力は何かしらの手段で欺瞞されている。
先ずは、目と耳を取り戻す。航空機を出せるだけ空に上げるぞ。
AKAGIとKAGAの発信準備をさせろ。
陸より空の方が安全だ」
新条はワタシなんかよりも、よっぽど反撃作戦を立てるのに向いているので、
放っておいても良さそうです。
糧秣担当にしておくにはもったいない奴なので、
まあ、軍法会議の件はワタシが上手いこと処理しておきます。
作戦部への復帰を許可しよう!
しっかし、誰ですかね。
こんな有能なヤツを、食堂勤務に転属させたの。
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