第20話 敵部隊襲来
誰もが呆然とする中、セラ司令が立ち上がり、
銃口を向けられるのも構わずに、丘上の前にゆっくりと出ます。
「丘上少将、これはどいうことか」
「危害を加えるつもりはない。
動かないでいただこう」
丘上はセラから視線を外し、兵士に顔を向けます。
「マーカーは?」
丘上の問いに兵士が外国語で短く答えました。
えっと、翻訳、翻訳……。清明語で「設置済みです」です。
ん、こいつら、清明連邦人?
兵士が使用している銃器は清明連邦軍が正式採用している物。
生産工場の刻印を削り潰していないので、正体を隠すつもりはないということでしょうか。
それともフェイク?
武装した軍人に囲まれるという危機的状況なのに、セラは平然としたまま。
丘上に向けて不敵な笑みを浮かべています。
「少将、どうやってこいつ等を侵入させたかは聞かんぞ。
アンリ中尉、やれ」
「ん」
ヘンリーの瞳と髪が微かに発光し、次いで狼のような獣耳が出現、お尻に貧相な尻尾。
本人が
小娘はママレード色の光を残し、光輝の背後から飛び出しました。
最も近くにいた兵士Aから小銃を奪い取り
――相手は手が空になるまで反応できませんでした――
銃のストックでAを殴打。
Aの体躯が揺らいだ時点で、兵士BからHが反応し重心を下げました。
おっ。よく訓練された反応速度ですね。
だけど、兵士達が銃口を向けた頃には、小娘は既にBの顎に飛び膝蹴りを喰らわせ、
胸を蹴った反動で光輝の前に戻っています。
訓練を積んだ軍人ですら、視線で追従できても、体の反応が追いつかない速度。
たぶん、オレンジ色の光線が走ったくらいにしか認識できなかったんじゃないですか?
あろうことか小娘は、
跳びだした時に放り上げていたであろう紙袋を、
余裕綽々にキャッチするという速さアピールまでやってます。
倒れたふたりの兵士には見向きもせず、セラ指令が机に体重を預けて、薄く笑います。
「丘上少将。
アンリ中尉がいるときに事を起こすとはタイミングが悪いな。
残りの6人で銃を乱射すれば私くらいは殺せるかもしれないが、
中尉は何があろうとも水瀬大尉だけは護り抜くぞ」
セラが余裕ぶっこいていたのは小娘の能力をあてにしたからだったようですね。
ただ、丘上にも焦っている様子がないのは嫌な予感。
「……ええ。
異世界人の身体能力は当然、知っています。
ですから、対処も可能です。
ETR-12、アンリ中尉を止めろ」
ワタシ?
なんでいきなり、ワタシに命令しているです?
いくら光輝パパの命令だとしても、指揮系統が違うので聞けませんよ?
ワタシに命令する権限があるのは、セラ、新条、光輝の3人のみです。
あれれー?
急に小娘が蹲り、獣耳と尻尾が消えて、喉を押さえました。
「く、あっ……」
『体が元に戻ったということは、もしかして、体内の魔力に異変が生じたです?
ワタシ何もしてませんよ?
そもそも、どうやって魔力だとか魔術だとか得体のしれないものに干渉するです?』
可能性を検証したら、
可能という結果でした。
***の**に相当する***は、
その有効な**圏内に存在する****を支配下に置くことができるみたいです。
あれ、一部の記憶が消えている?
アクセスできない?
どういうこと?
ワタシの体に、異世界人をどうにかする機能があるのです?
え?
***にはあるけど、ワタシにはない?
なにこれ、自分の思考なのに、一部が認識できない?
『でも、できることを知らなかったんですよ。
ワタシ、何もやってませんよ?』
ワタシが記憶障害に困惑している間に、
兵士が光輝達を壁際に集めて、銃口で包囲してしまいました。
「ETR-12、転送しろ」
さっきから丘上はいったい誰に命令しているのです?
ETR-12って、ヴァル・ラゴウだけの認識コードですよね?
ワタシの自我はここに居るんですよ?
それに、転送?
ETR-01じゃあるまいし、ワタシには転送と転移なんてできませんよ。
好きな位置へ転送できるなら、過去の戦闘で爆弾を敵体内に送り込んでます。
だいたい、ワタシ自身が自分の体を動かせなくて困っているんだから――。
『あっ』
部屋中のモニターに緊急事態発生の警報が表れ、サイレンが一斉に鳴りだしました。
電波が基地中を飛び交っています。
光輝の携帯端末や司令のメガネにもアラートが届いているっぽいです。
なにこれ、なにこれ、基地内が軽いパニック状態です。
監視カメラをチェックしたところ、いたるところに武装した兵士が出現しています。
対戦車砲を搭載した小型パワードスーツまで居ますよ。
『清明軍?
どこから出てきたのです?
何事なのです?
丘上が転送しろって言ったのこれのこと?
ワタシは何もしていないのですよ?』
光輝が丘上に向かって踏みだしました。
「父さん。いったい何をしているんだ」
新明兵が一斉に光輝の頭に銃を向け、それを丘上が手で制します。
「光輝。
たとえどんな手段を用いようとも、ETR-12を解体させるわけにはいかんのだ」
「基地に何が起きている。
父さんが仕組んだことなのか……?」
「……そうだ」
「くっ……!」
絶句している光輝に代わり、セラ司令が丘上を追及し始めます。
さすがに平静では居られないらしく、声のトーンが若干上がっています。
「丘上少将。
清明連邦は、ET使用に関する国際条約を批准していない。
渡すわけにはいかない。
貴様はいったい何を企んでいる。
ヴァル・ラゴウの解体を阻止したいだけなら、
こんな面倒なことをする必要はないだろう」
「生憎と、それが可能でしたら、そうしたいのですが、
状況が許してくれませんでした」
余裕の表れなのか、覚悟を決めた者の強さなのか、
丘上はクーデターみたいなことしているのにも拘らず、
先程までと何も変わらない丁寧な態度をとり続けています。
セラが一歩前に出ました。
セラがわざわざ前に出て銃口を集めるのは、補佐官達を護るためでしょう。
清明兵が前に出て「動くな!」銃床でセラ司令を殴りつけました。
セラの眼鏡が床を転がっていきました。
ん?
口の端から少し血が出ているのに、セラは笑ってる?
丘上が慌てて清明兵に「迂闊な動きはするな」と、制止。
「……セラ司令。
怖い人だ。貴方はそうやって、私や兵士達の反応を引き出し、観察している」
丘上の視線の先で、セラは口の端に流れた血を舐め取る。
「統制がとれていないな丘上少将。
少将たちの信頼関係や、彼等がどれくらい事情を理解しているのか、少なからず分かる。
アンリ中尉を止めた攻撃を、私には使えないということも分かったな。
異世界の力を利用したな、少将。
これは、水瀬大尉の推測を裏付ける材料になる」
「セラ司令。それ以上は喋らないで頂きたい。
時間稼ぎなら無意味です。
これだけ警報が鳴っているのに、誰ひとり、ここには来ない。
その意味が貴方には理解できるでしょう」
むむむっ。基地内の至る所で清明連邦軍兵士が、AAAFの軍人を拘束しています。
日本支部にいる軍人は艦隊勤務やデスクワークの人たちばかりだし、
普段から武装しているわけではないので、なんの抵抗もできないようです。
いやー。
軍人っていっても、みんながみんな、
でっかい銃を軽々と振り回すようなタフガイばかりじゃないんですよ。
ゲートで戦闘が行われた様子もないです。
司令室に突入してきた軍人がマーカーとやらを設置して、増援を転送する目印にしたようですが、最初の8人はどうやって基地に侵入したです?
艦隊司令室まで、警備ロボや監視カメラの死角を移動した?
誰にも気づかれずに?
ワタシがナコトの捜索でケイちゃん達を利用しているため、
警備ロボの監視網に穴を空けたことは、誰も知らないはずですよ?
どうしよう。
光輝、ワタシはどうしたら良いのですか。
あ。
光輝と目があいました。
光輝はワタシが天井のカメラから視覚を取得していることに気づいていたようですね。
申し訳なさに満ちた、悲しい瞳です。
ああ。
ヴァルには分かるのです。
光輝は、ワタシに乗ることを望んでいなかったと言ってしまったことを悔いているのです。
ワタシに対して贖罪の念を持っているのです。
助けを求めづらいのですね。
『なんでそんなことを気にするんですか?
水くさいですよ!
太平洋からオーストラリアに転戦した半年間、
愚痴や八つ当たりに付き合ったのは誰だと思っているのですか!
さっきも言いましたけど、ワタシは光輝のためなら、
ワタシ自身だって破壊してみせるのですよ!
解体されるのは嫌だけど、光輝のためなら、
たとえ矛盾していようと自分の破壊だって、何だってできるのです!
ワタシはいつだって光輝にとって都合のいいオンナなのです!
さあ、命令を!』
光輝の唇が微かに動きました。
――ヴァル、助けて。
『了解なのです!
光輝の安全を最優先!
とにかく光輝を助けるです!』
ふっふっふっ。
光輝は気絶してる小娘の額に落書きでもして待っていてください!
『頼れるアイツの出番です。
ケイちゃん始動!』
ケイちゃんは司令部棟の駐車場に潜んでいるので、いつでも突入は可能。
しかし、光輝やその他数名が捕虜になっている状況では、
ケイちゃん1人での救出は困難でしょう。
癪ですが、ワタシの立てる計画を遂行する仲間が必要です。
GPSで奴の位置を特定しました。
『気は進まないけど、奴らの力を借りるです。
あれこれ考え事するよりも、ヴァルには武力で解決できる問題の方が好きなのです!』
万が一に備えて奴らの他にも保険は用意しておきますけどね!
さっさとトラブルを解決して、バレンタインの告白イベントするですよ!
そして愛で結ばれて……。
ワタシは解体される前に懐胎するのです!
光輝の赤ちゃんを産むために、ヴァル、頑張ります!
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