第19話 親子の決裂
丘上がワタシの疑問を代弁し始めます。
「生存者がいる?
大尉……。信じたくないのは分かるが、母さんは3年前に……」
丘上の言葉は、少将としてではなく、パパとして?
「違う。母さんのことじゃない。
……父さん。正直に言ってくれ。
3年前、生存者がいたんだろう」
あ。
光輝も子供の立場になっちゃってます。
それにしても、光輝が何を言っているのか分からないのです。
生存者は光輝ママのこと?
でも、朝の口ぶりからして、生存者ってナコトのこと?
光輝の母親がワタシに何か関係しているのですか?
さっぱり分からないのですよ。
「生存者はいないと、政府が発表しただろう。
それに、居たとしてもETR-12となんの関係があると言うのだ」
「関係あるだろ……。
何処までが父さんの仕組んだことだよ。
ヴァル・ラゴウの起動か。
……俺が、ヴァル・ラゴウのパイロットになったことか」
光輝は握った拳を振るわせ、怒鳴りかけています。
落ち着けー。
落ち着くです。
声が大きく鳴ったので、みんな見てますよ。
感情を露わにすると、いつもみたいに後から自己嫌悪することになりますよ。
「パイロットになったのは大尉が望んだことだろう」
「ふざけるな!」
あっ。ぶち切れ……。
光輝が丘上を殴り、再び振りかぶったところでヘンリーが止めに入りました。
丘上の言葉がどんな意味を持っていたのかワタシには分かりませんが、
少なくとも光輝から冷静さを消し飛ばすだけの何かを含んでいました。
よろめいた丘上は口元を抑えながら光輝を呆然と見ています。
小娘に腕を掴まれたまま、光輝は前のめりになって吠えます。
「俺がいつ望んだ!
全部、父さんが仕組んだことだろ!」
「落ち着け、光輝。
子を戦場に送り出す親がいると思うか」
丘上は落ち着いていますが、光輝が完全にぶち切れですね。
上官を殴るなんて、大問題ですよ。
たとえ親子だろうと、どんな理由があろうとも、軍の規律を破ったら駄目です。
室内の全員が軍務を放棄して、ふたりの言い争いに首ったけですよ。
「嘘をつくなよ。
父さんは一度も止めなかっただろ!」
「子が父と同じ道を歩もうとしているのだ。
止められるわけがないだろう。
それに、自分の子供だけ安全圏にいさせるわけにもいかない。
異世界との戦争で多くの将兵や民間人が死ん――」
「今、僕が立っているここが、父さんの敷いたレールじゃなかったらなんなんだ!」
光輝の様子が変です。
興奮しすぎです。
3年前のことを詰問したかったんじゃないのですか?
何か別の理由でテンションを上げてませんか?
「落ち着け。
お前は日本を護るために軍人になったんだろう。
自分の意思を否定するな。パイロットになれたのは適正があったからだ」
「違うだろ!
無理やり適応させただけだろう!」
見かねたのか、ヘンリーが光輝の腕を後ろに引きました。
光輝はよろめくように1歩下がります。
「落ち着け光輝。いつものお前らしくない」
「くっ……」
事情を知っているらしきセラ司令は、感情を映さない瞳で事態を静観しています。
ヘンリーや補佐官達は状況を飲み込めずに目を白黒させています。
こういった衝突が初めてではなかったのか、
丘上は冷静なまま光輝を諭すようにゆっくり話します。
「お前は、
母さんのように理不尽に死んでいく人を、1人でも減らしたいと言っていただろう。
私はその言葉があったから、お前が軍に入ることを止めなかった。
あの言葉は嘘だったのか?」
「嘘じゃない。
でも、違う。違うんだよ、父さん。
俺は、別に……」
「光輝。
お前は力を手に入れたんだ。
最初の動機がなんであれETR-12の使用に、個人の事情が入る余地は一切ない」
「そういう問題じゃない。
俺だって、この手の重さが、自分だけの物だなんて思っていない。
果たすべき責任くらい、分かっているつもりだ。
僕が言いたいのは――」
光輝は口を開きかけては閉じ、虚空に視線を彷徨わせます。
すんでのところで何かを言わないように、堪えているように見えます。
「水瀬大尉。君の好きなようにやれ。
私は暫く耳が聞こえなくなる」
セラ司令がヘンリーの後ろに回って耳を隠しました。
ハーフエルフの耳がその程度で聞こえなくなるわけではないので、
おそらく、聞こえないふりをしろということでしょう。
ヘンリーは司令の意を察したらしく、小さく頷きました。
光輝の瞳は弱々しく、体を抱きかかえて震えながら声を絞りだし始めます。
「夢に見るんだ。
殺した相手が生き返って俺を殺しに来るんだ。
何度も、何度も。
今だって血まみれの異世界人が俺を見ている。
机の陰に潜んでいるんだ。
モンスターは、異世界の人間が変身した姿だろ……。
俺たちから奪ったものを返せと恨む声が耳から離れないんだ」
光輝は机や天井に視線を向けますが、ワタシの目には何も映っていません。
丘上も光輝の視線を追いますが、やはり、何も見えないようです。
「光輝、お前は……」
「最初は何ともなかった。
当たり前だ。ヴァル・ラゴウの破壊力は敵の痕跡を何も残さないから。
でも、戦いが続く中で気づいたんだよ。
モンスターの死骸が極端に少ないって……。
モンスターは死ねば、変身魔術が解けて元の姿に戻るんだろ」
光輝の視線は誰とも交わらずにさ迷っています。
「俺が倒した敵は悪夢になって帰ってきた。
見てくれよ父さん。
今じゃ、こうやって悪夢から抜けだしてきて、俺を殺そうとしている」
「光輝!」
ヘンリーが泣きそうな顔で、光輝の背に抱きつきました。
「もうよせ。……それは伝わらない」
セラに耳を塞がれていたのだから、聞こえなかったふりをするべきなのに。
ヘンリーが光輝の背中に額をあてて湿った声を漏らします。
「光輝、それはボク達パイロットが言ってはいけないことだ。
それを口にしたら、ボク達は戦う資格を失ってしまう」
しかし、光輝は丘上への問いかけを止めません。
「復讐に怯えて眠れない夜を、あと何回過ごせっていうんだ。
悪夢で目が覚めた時の心臓の痛みを父さんは知っているのか?
薬と催眠で手の震えが治まればそれでいいのか。
脳波が安定すれば問題がないのか。
だったら、血まみれで俺を睨むこいつらを消してくれよ」
光輝の震える肩へ、丘上が手を伸ばします。
「光輝……」
けれど、光輝の視線が丘上を拒絶。
丘上の手は力なく降りていきました。
「お前の苦しみに気づけずに、悪かった……。
だがな、聞いてくれ。
私はETR-12の解体に反対しているだけでだ。
けして、お前を乗せ続けようと思っているわけではない。
ヴァル・ラゴウには別の人間が乗ればいい」
丘上は終始、丁寧にゆっくりと喋りました。
支離滅裂な光輝の言葉を、丘上は父親として最後まで聞いていたように思えます。
でも、きっと、親子の間には誤解があったのです。
歩み寄ろうとする父親に、子は最大の怒声でもって応じました。
「別の人間を乗せるために、また彼女を傷つけるのか!
させるわけないだろ!」
「落ち着け光輝!」
小娘が背後から光輝を抑えます。
いったい、光輝は何に対して怒りを燃やしているのです?
辛くて、もう乗りたくないって言っているのです?
ワタシの存在が光輝を傷つけていたです?
ワタシにはさっぱりです。
けど、丘上には理解するものがあったようです。
「そうか……。
本当にすべてを知ってしまったのか……。
……すまない。だが、ETR-12は、壊させない」
丘上は己に言い聞かせるように、同じ言葉を強く繰り返します。
「ETR-12は、壊させない」
丘上の目は、何かを決意した者だけがもつ、光を宿しています。
覚悟の眼差しは、一切揺らぐことなく光輝の視線を受け止めています。
「光輝、お前を苦しませるつもりはない。
だから、大人しくしていてくれ」
誰もが丘上の発言に違和感を覚えたであろう瞬間、ドアが開き、
え?
都市迷彩の兵士が8名、入ってきました。
8名は周囲を短機関銃で威嚇しながら、丘上の傍に集結。
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