第18話 客船襲撃事件

「おい、ヘンリー、どうした顔が赤いぞ」


「な、なんでもない。気にするな。

 ちょっと、後ほどの演習を想像しただけだ」


「演習の予定なんてないだろ?」


 光輝はまだ、小娘がチョコレートを用意していることに気づいていません。


 他愛のない雑談です。

 でも。楽しそう……。


「何か隠してるだろ」


「いいや隠していない」


 単なる言葉のキャッチボールです。


 光輝は本気で小娘が隠している物が何かを追及しているわけではありません。

 ヘンリーも強く拒絶しているわけでもありません。


 ただ、表情を微かに緩めて言葉を交わしているだけです。

 二人の関係が変わるようなイベントではありません。


 ただの、日常の一部です。


 ですが。


 ……ワタシは、あの輪には入れないのです。


 ワタシが戦闘データの蓄積により、戦闘力を高めていくように、

 人間は日々の些細な関係の積み重ねにより親密度を上げていきます。


 ワタシには、その、日々がないのです。


 ケイちゃんの体を借りて、少しだけ味わっただけに過ぎません。


 そして、それは、これから失われる未来。


 ワタシには、もう、光輝と過ごす時間は残されていないのでしょうか。


 ワタシは、身を引いて、司令と同じように、

 ヘンリーを応援したほうが良いのでしょうか……。


 ワタシだって薄々感づいているのですよ。

 本当に光輝のためを思うのなら、ヘンリーとの関係を応援すべきだって……。


 ロボット軍団が身の危険も顧みずにワタシの背中を押してくれたように、

 自己犠牲の精神で他人を応援するのです……。


 ワタシは早ければ今日中に消滅するのです。


 だから、最後の時間、ヘンリーを後押しして光輝の恋人になれるようにしてあげるのが、

 ベストなのかもしれません……。



 なーんてね!



 そんな神妙な気分になるもんですか!


 ワタシは最後まで、光輝との思い出作りを頑張りますよ。

 思い出をどこかに保存しておけば、たとえワタシの記憶がなくなったとしても、

 いつか見つけるかもしれないのです。


 誰にも見つからないところに隠して、鍵を掛けておくのです。


 そうだ!

 鍵は光輝にあげます!


 そうすれば、ワタシが光輝と再開して、愛を思い出すのです!

 感動的じゃないですかー!


 光輝がヴァル・ラゴウの解体を望むのなら、ワタシは協力します。

 ですが、それはそれ、これはこれ。


 ワタシ自身は、生き延びるための最善を尽くしますよ!


 そして、死が避けられなくとも、可能性を残します!

 絶対に諦めないヴァル!


 ワタシが決意を新たにしていると、司令室の下段にあるドアが開きました。


 室内の空気を引き締めたのは、入室してきた丘上。


 規則正しい靴音が響くと、室内の補佐官達が背筋を正します。


「衛星軌道上の監視対象スペースデブリのマップ更新」


「本日は、清明連邦軍が演習を行う予定です」


 補佐官達は何やらお仕事発言。


 丘上が「ご苦労」と軽く頷いて、司令の机に向かいます。


 何故か光輝は肩を強ばらせて、

 戦いに赴く寸前のような、緊張と不安の混ざった顔になりました。


 セラ司令はいつの間にか姿勢を正して机に向かっているです。


「遅かったな、丘上少将」


「司令がETR-12の退役に賛同したというのは事実でしょうか」


「ああ。事実だ」


「ETR-12の戦力は依然として貴重であり、第201艦隊の象徴でもあるため、

 退役には賛同できないというご意見は撤回されるのですか?」


「事情が変わった。

 暴走する危険のある兵器を使うわけにはいかない」


「暴走の危険について論じるなら、逆です。

 一度火を入れたETR-12を止めることが、いったいどれだけ危険な事態を招くのか、

 参謀本部も政治家も理解していない。

 あれは使い方によっては地球すら壊せる物です。

 危険な力は、正しい知識と能力を持った者が管理しなければならない」


「少将は、制御システムのメンテナンスにも反対していたな」


「ええ。

 人格を機械に移植する技術には未知の部分が多い。

 我々が運用しているETRはほとんど異星人のテクノロジーで動いています。

 メンテナンスによって、二度と起動できなくなる可能性もあります」


 おっ。丘上がいいこと言っています。

 ワタシの人格や記憶はそのままにしておいて、体だけ直してくれると最高です。


「少将がヴァル・ラゴウを制御するため、3年前に何をしたのか水瀬大尉から聞いた。

 君が制御システムの再起動に反対する理由も、想像がつく」


 丘上は僅かに眉をひそめてから、視線だけ光輝に向けました。


「水瀬大尉。お前がいったい何を知っているというのだ。

 お前はETR-12の退役に反対するために、そこに立っているのではないのか」


 光輝の視線はやや低く、丘上の胸あたりを見ています。

 目を見たくないのは分かりますけど、

 もうちょっと上を見ないと、相手からも視線を合わせていないのがまる分かりですよ。


 視線を逸らしたままですが、光輝は僅かに体を丘上に向けました。


「3年前、開戦の切っ掛けになった客船襲撃事件で、

 犠牲者として発表されたうちのひとりが生きています」


 ん、んー?

 光輝、いきなり唐突に、何を言っているです?

 客船襲撃事件って、

 漁師を装った清明連邦の海軍が日本領海内で客船を襲撃した事件のことですよね?


 ちょいと近代史の復習です。


 客船にはまだ友好的な関係だった地球人と異世界人が乗っていてパーティーが催されていたそうです。

 清明連邦は「襲撃は海賊による犯行である」と主張。

 さらに、救助に向かった日本の自衛隊を「清明連邦領海への侵入は認められない」という勝手な理由で妨害。


 結果として、事件の生存者はゼロ名。


 異世界人は遺体の引き渡しを求め、清明連邦がそれを拒否。


 国連は清明連邦へ遺体を返却するように勧告しました。


 しかし、清明連邦は無視。


 緊張は高まりましたが、まだ、対話による解決は可能だったのかもしれません。


 次いで国連は、異世界人の遺体返却に関する国際連合決議を採択しましたが、

 清明連邦は国連を脱退し、決議を徹底無視。


 さらに、清明連邦が異世界人の遺体を実験で使用していることが、

 内部リークにより明るみに出たところで異世界人ぶち切れ、開戦。


 つまり、地球と異世界人が戦っているのは、日本のお隣の困ったちゃんが、異世界の魔法技術を手中に収めようとしたことが原因です。


 よりにもよって、最初に地球にやってきた、最も好意的な異世界人を死なせてしまったのです。

 さらに厄介なことに、その異世界人というのが、

 いわゆる、魔王を倒した勇者一行です。


 彼等は異世界転移した魔王を追いかけて地球に到来。

 そして、北欧のある国の森を半分ほど消失させる激闘の後に、魔王を封印しました。


 異世界の救世主であり、地球を護った存在とも言えるのです。


 魔王の封印を護るために地球に残った彼等は、次第に地球人と交流を深めていきました。


 しかし、有効を裏切る客船襲撃事件。


勇者が殺されたことにより、勇者に惚れていた魔術師がキレて、

 南極に異世界と繋がる巨大なゲートを開いてしまったのです。


 なお、詳細は秘匿されているので不明ですが、ヘンリーの母親は、その勇者一行のひとり。


 異世界人は南極に本拠を構え、あらゆる清明街を攻撃。

 世界各国に清明連邦人は移民しているため、結果として、地球圏全土への無差別攻撃になりました。


 異世界人の魔術やモンスターの大軍に、地球の軍隊はあまりにも無力でした。


 わずか一週間で、オーストラリア大陸、アフリカ大陸、南アメリカ大陸が支配されてしまいました。


 南半球が完全に支配されたところで、エリダヌス星人が助けに来てくれました。

 正確にはエリダヌス座イプシロン星人なのですが、みんなエリダヌス星人と呼んでいます。


 彼等は地球人の観測技術を欺瞞し、

 異世界人が地球にやってくる前から木星に入植していたそうです。


 こうして、エリダヌス星人の力を借りた地球VS異世界陣営という戦争が始まりました。


 以上、開戦のおさらいです。


 まあ、要するに清明連邦とかいうアジアの困ったちゃんがやらかしたせいで、異世界人を怒らせてしまったんですよ。


 で、光輝はなんで今更、その話を口にするのです?

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