第17話 突如始まるシリアスに君はついてこられるか?!

「ごめん。俺、お前の解体を止められない」


『わ。わ。落ち着くです!』


 光輝は「ごめん」と繰り返すと泣きだしてしまいました。

 目元を覆った手の隙間から涙が流れていきます。


「俺、最悪だ。

 なんで、今の、今まで、気づかない……。

 すぐ近くに居たのに……

 くそ。くそ……」


 あうあう。

 ワタシはどうすればいいですか。

 光輝が涙をこぼす理由がまったく分からないのです。


 誰かが死んだわけでもないのに、なんでいきなり泣いているですか。

 泣いている理由を聞くメッセージを送っても、光輝は端末を見てくれません。


 体が無いワタシには慰める術がないのです。


 ただ、待つことしかできないのです。


 泣き止んでからも光輝は俯いて黙り込んでいます。


 そろそろ7時です。

 朝食は時間厳守ですよ。


 どうやって時間を伝えようかと思っていたら、光輝はゆっくりと顔を起こしました。


「なあ。俺は解体に賛成してもいいか?」


『いいですよ』


「即答かよ」


 光輝は泣いた直後だから声は震えているし、見開いた目は真っ赤に充血していました。

 目薬をしておかないと、あとで小娘にからかわれますよ。


『何を驚く必要があるのですか。

 ワタシは光輝のためなら、何でも受け入れますよ』


「いや、でも、解体したら、お前はどうなる。

 俺と喋っているお前は」


『ある程度、心構えはできていたのですよ。

 ワタシ、実は、今回の長期メンテナンスでリセットされることになっていますし』


「こうして俺に接触してきたのは、解体を阻止したいからだろ?

 今まで一度もこんなことしてなかったということは、誰かに禁止されているか、

 よほどのリスクがあるんだろ?」


 やはりワタシのパイロット。

 ワタシの事情をあっさりと見抜く洞察力です。


 光輝はカメラを見上げるのをやめ、端末に目を落としたままになってしまいました。

 ワタシの返事を待っています。


『確かに、解体を阻止してほしくて連絡しました。

 それなりに危険な橋を渡っていると思います。

 でも、ワタシは光輝が望むことだったら、何でも叶えてあげたいのです。

 たとえそれが、ワタシの消滅だったとしても』


「それはお前が……。

 制御プログラムに支配されているから、パイロットに従うしかないんだ」


 ん?

 何か大きな誤解があるようですね。


『ワタシはパイロットに逆らうように作られているのです』


「え?」


『もうっ。今更ですよ。

 同じ思考パターンのふたりが操縦していたら、同じ失敗するです。

 だからワタシは、ワタシなりに光輝とは違うことを考えて、

 たまたま一緒の結論になれば従いますけど、違う結論なら、文句を言います。

 もちろん、最終的には光輝の意志を優先しますが』


「いや、確かに、あんまり言うことを聞かない我が儘な奴だとは思っていたけど」


『我が儘って酷いのです!

 ヴァルほど光輝に献身的で従順な子はいませんよ!』


「俺に逆らうのに従順って、言ってることが矛盾していないか」


 あ。声の震える波長が変わりました。

 先ほどまでの気落ちした震えではなく、笑いが零れる寸前のような震えです。


『従順で光輝最優先だからこそ、時には光輝のために逆らうのです。

 何も矛盾していません』


「じゃあ、お前は、強制的に俺の言うことを聞かされていたわけじゃないんだな」


『はいです』


「ははっ……」


『微妙な笑いはなんですか。

 何が面白いのかヴァルにも教えてくださいなのです!』


「気が楽になったんだよ。

 今まで、見知らぬ誰かの別人格を無理やり従わせているのかもしれないって、

 気に病むこともあったし……」


『まったく、もう、そんなこと気にしていたんですか』


「ああ、もっと早くお前と、こうやって話し合っておけばよかった。

 半年も一緒にいて、なんでこの会話が今までなかったんだろうな」


『よく分かりませんが、光輝が嬉しいならワタシも嬉しいです』


「ヴァル。今まで、ありがとう。

 最高のパートナーだったよ」


 光輝はカメラに向かって、惚れ直してしまうほど素敵な笑顔を向けてきました。

 周囲を包む空気が暖かくなったと錯覚させる表情です。


『あ。はい。どういたしまして。こちらこそ。

 って、まだ今日1日あるですよ。

 お別れには気が早いですよ』


 光輝はワタシが視覚情報を得ている天井のカメラを見据えたまま、

 ワタシが送ったメッセージを見もしません。


 ただまっすぐ、ワタシに視線を重ねます。


「もしかしたら俺の目の前には選択肢があるのかもしれない。

 お前を選んで、ずっと一緒にいる道だ」


『その言い方、プロポーズっぽいですよ!

 もっと照れながら言ってくれないと雰囲気でないですよ!

 なんで真面目な顔で言っているんですか』


「でも、俺はお前にとって最悪の決断をするよ。

 ごめん、またお前と話すことができたら、いくらでも非難してくれていい。

 今はお前の返事を見る勇気がない。

 ……俺は大事な人を救うために、同じくらい大切なお前を殺そうとしている。

 でも……。なくしたと思っていたものを見つけたんだ。

 小さな可能性に過ぎないんだけど……。

 また、会えるかもしれないんだ」


『……?

 光輝。何を言っているのです。

 何度でも言いますよ。光輝のためならワタシはなんだって受け入れられます』


「我が儘を言うぞ、ヴァル。

 たとえ俺がお前に刃を向けても、お前は絶対に俺を裏切るな。

 俺達はヴァル・ラゴウだ。

 だから、ETR-12を破壊するために全力で協力しろ、ヴァル」


 ん。何か気になる言い方ですね。

 Elidanus Technology Robot 12号機32型がワタシの正式名称なので、

 ETR-12と呼ぶのはいいんですが、なんでわざわざヴァル・ラゴウとは別の意味であるかのように使い分けたのです?


 気になるとはいえ、ワタシは、いつでも光輝の味方。

 即答しなければ。


『了解なのです!

 ヴァルは光輝のためなら、どんな命令でも聞くのですよ!』


 光輝がワタシを破壊するというのなら、それを叶えるのがワタシなのです!


 ワタシの破壊にはなんの問題もありません。

 いざとなったらワタシは鋼鉄の体を捨てて、こうやってネットワーク上で光輝とお喋りするだけで十分に幸せなのですから。


 記憶が消去されたとしても、ワタシは必ず、光輝の元に現れて、また光輝を好きになるのです。


 *


 司令本部棟の2階にある基地司令室は、最奥の上段にセラ司令の座席が有って、

 1段下がったところに補佐官の座席が6個並んでいます。


『あ、光輝と司令が出てきたです』


 ふたりは部屋の奥にある司令官の私室で会話していたのです。

 監視カメラが無いので、中の様子はさっぱりです。


 司令が椅子に座り、光輝は机の右斜め前に立ちました。


 ドアの横で待っていたヘンリーが、ふたりの様子をチラチラと確認しながら光輝の横に移動しました。


 セラ司令は机に肘をつくと、視線をヘンリーに向けます。


「アンリ中尉は今年14だったな」


「はい」


 自分に話しかけてくることが予想外だったらしく、ヘンリーの顔に困惑の色が浮かびました。


「隠し事は、水瀬大尉にもう明かしたのか?」


「……なんのことでしょうか」


「気付いていないわけがないだろう。

 私がどれだけ裏でフォローしたと思っている」


「すみません……」


「短い自由時間を使って街まで日用品を買いにいくのも大変だろう。

 次からは私に相談しなさい。

 ヴァル・ラゴウの起動も問題だが、

 君が昨日、フェンスを飛び越えて基地に帰ってきたのも、同じくらい問題だ」


「は、はい……」


「司令、先ほど申し上げたとおり、

 彼が柵を越えて基地内に戻ったのは、私の指示によるものです。

 責任は私にあります。処分は――」


「水瀬大尉。

 お前たちを処分するつもりはない。

 君が気づくかアンリ中尉が打ち明けてしまえば解決する問題だから、

 少し後押しをしたかっただけだ」


「申し訳ありません。いまいち要領を得られませんでした」


 光輝が頭を下げると、

 セラはアメリカ人特有の大げさなジェスチャーで肩をすくめ、

 小娘に苦笑顔を向けました。


「アンリ中尉、苦労するだろ。

 先読みとカンだけは優秀な大尉も、陸に上がるとこの鈍さだ」


 小娘は「はい……」と同意とも追従とも取れない曖昧な返事をするだけです。

 コミュ症だから光輝以外とまったく会話が出来ないんですよ、こいつ。


 ふたりの会話についていけない光輝は直立のまま、居心地悪そうな視線を司令に向けます。


「司令、いったいなんの話ですか?」


「今日中に分かる。そうだろう、中尉」


「は、はい……。そのつもりです……」


 ヘンリーはビクッとして、背後に隠し持った紙袋を、小さくガサリと鳴らしました。


 もしかして、チョコレート?

 昨日の外出は材料を買いに行っていた?


 カード会社に侵入して小娘の購入履歴を調べてみますか。


 照合完了。

 ……やはり、チョコレートの材料ですね。

 サルミアッキとかいう、世界一不味いという評判の飴まで購入しているのが謎ですが……。


 ああ、小娘の祖国ではチョコレートにも入れるんですか。

 飴といってもグミみたいな触感で、ゴムの味がするそうです。


 ふっふっふっ。

 小娘がどんなチョコレートを用意したのか知りませんが、

 絶対に、ワタシの方がインパクトありますよ。


 なんと、チョコレートコーティングケイちゃんですからね!


 金曜日の夜に食堂で練習したのです。

 ケイちゃんの耐火ボディなら、全身チョコレートでも焼けどの心配なし。

 おやつ時に、ワタシを食べて作戦ですよ!


 たとえワタシの体が解体処分されようとも、ワタシの恋愛作戦は止まらないのです。

 ぐへへ……。

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