第二章 ヴァル・ラゴウ解体処分

第16話 解体、解体! ブラックホールパンチ、ダダッダー!

 2月14日バレンタイン朝6時です。

 当初の計画では、前日までに好感度を上げ、チョコレートと一緒に告白する予定でした。

 だというのに……。


『大変なことになりました!』


 第201艦隊の上位組織であるAAAF太平洋軍司令部が、

 ワタシのメンテナンスを中止して解体すると言いだしたのです。


 解体ですよ。解体!

 ワタシを除籍処分にして体をバラバラにしちゃうんですよ!


 エレベーター故障の時にワタシが勝手に動いたのが問題になっているようなのです。

 出撃の際に注意を払ったつもりだったのですが、8名の負傷者が出たのです。


 ワタシの体は修理ロボが修復していたのですが、

 それでもやはり、格納庫は無人ではなかったようなのです。


 修理ロボの制御を管理している人やら警備員やら、何名かいたそうです。


『このままでは人格や記憶がなくなるどころか、

 ヴァル・ラゴウも無くなってしまうのです……。

 どこかにバックアップを残しても、復活できないのです』


 今朝の会議を聞いた限りでは、

 ET兵器管理責任者でもある兵站部長の丘上少将は明確に反対しています。


 さすが光輝の父は、物事の道理をわきまえているのです!


 作戦部長の新条少将は解体に賛成も反対もしていません。


 いや、反対しろよ!


 光輝の上官のくせして、こいつは馬鹿なのです!

 新条の命令に従って、いったいどれだけ光輝とワタシが苦労したか分かっているんですか、この恩知らずめ!


 新条は、制御システムのワタシが生まれる前にヴァル・ラゴウのパイロットだったんだし、ちょっとくらい愛着があってもいいんじゃないんですか。


 こいつ調べたら、過去の問題発言がたくさん出てきましたよ。

 パイロット時代にマスコミを睨みつけて「この報道は現在、ETR-12にパイロットが不在であることと、パイロットの素性を敵国に伝える利敵行為か」と怒鳴って、ぼろくそに叩かれていますね。


 他に、基地のゲートでプラカードを掲げていた平和主義者にETR-12の手を出して「さあ、乗ってください。最前線で是非、平和を訴えて頂きたい」なんてのもありますね。


 作戦部長になってからも、隣国の漁船が日本の領海で違法操業している直上で軍事演習を実施して、ETR-12が巻き起こした大波で漁船を転覆させたこともありましたね。


 あれ。意外といい奴……。

 問題行動というキーワードで検索したらボコボコ出てきたんですが、いい奴じゃないですか!


 やっぱワタシと気が合うんですよね……。

 ではなく、思想が偏った危険人物です!


 許せん!

 過去の日付で新条の銀行口座にお金を振り込んで、軍事企業の重役と密会している写真を合成して、軍事法廷にかけてやるです!


 判決が出るまで、ジャガイモの皮むきでもしていろです!


 ばーか、ばーか、新条のばーか!


『あうぁうぁうぁ。

 ナコト、何処なのですか。助けてください』


 ナコトが行方不明なのです。

 部屋にアクセスすることすらできないのです。


 ワタシはネットワーク上のアドレスは分かるのですが、

 ナコトの部屋が物理的に何処にあるのかは知らないのです。


 さらに厄介なことに、ヴァル・ラゴウ本体に意識を戻せなくなってしまいました。


 ヴァル・ラゴウは現在、

 地下200メートルの格納庫で、両腕が無い状態で体育座りをしています。


 意識を集中しても、体に繋がる感じがしません。

 おそらく、正、副、予備、全ての無線機器の電源が落ちているです。


 今の私はネットワーク上を漂うだけの不安定な存在。

 もし、体に帰れないまま基地が停電でもしたら、ワタシ消滅しちゃいますよ。


 ううっ。

 ナコトを探そうとしても、ネットワーク上の何カ所かが侵入不可能になっています。

 基地の人間がネットワークを遮断したようです。


 唯一の救いは、ヴァルがネットワーク内を移動していることがバレたわけではないということです。

 AAAFは内部からではなく、外部からのアクセスを警戒しているようなのです。


 ヴァル・ラゴウが勝手に起動した原因として、

 他国かテロ組織からの攻撃を想定しているようなのです。


 ナコトと連絡が取れない以上は、もう、光輝に助けてもらうしかないのです。


 以前ナコトは

「ヴァルの意識がネットワーク上を移動できることは、誰にも知られてはいけない」

 と言っていました。


 光輝にも知られてはいけないのです。

 だけど、非常事態なのです。

 ワタシという存在を護るためには、助けを求めるしかありません。


 光輝の端末の位置情報は司令部棟の休憩室を示しています。

 もしかして、昨日の事件のせいで日曜日なのにお部屋に帰らせてもらえなかったのでしょうか。


 監視カメラに侵入してみましたが、室内は薄暗く静かです。


 光輝を起こすために、携帯端末の目覚まし機能を遠隔操作しました。


『光輝が端末を手にした今がチャンスなのです。メールを送るです』


 一度も送信したことはないけど、メールアドレスは、ずっと昔から登録してあるのです。

 旦那様という名前で登録するだけで満足していた日々は、もう過去です。

 初メールなのです。


『ヴァルです。助けてほしいのです』


 した!

 送信した!


 返信!

 早く返信ちょうだい!


 ううっ。

 光輝、入力が遅いのです。


 もうっ!

 メール追加送信です!


『ワタシは部屋の防犯カメラから音声を拾えるので、光輝はそのまま喋ってください!』


 メールは確かに届いたはずなのに、光輝は画面を見たまま、口を開きません。


『なんで黙っているですか!』


「いや……」


 一世代前のカメラだったら聞き落としそうなほどの小さな声がしました。


『なんなんですか、その歯切れの悪い返事は』


「独り言みたいで抵抗がある……」


『ワタシがいるじゃないですか!』


光輝が口元をさすりながら天井を見上げます。


「ここはコクピットじゃないだろ……。

 携帯の文字と会話なんて、俺の気分的には独り言だぞ」


『反対反対。それは火災報知機です。

 入り口から見て、左奥の天井のカメラから視界を拾っています。

 そう。それ、それがワタシです。

 独り言みたいで恥ずかしいのなら、端末で電話しているフリでもすればいいのです』


「お前の中で食べた苺のアイス、冷たくて美味しかったよな」


『唐突すぎるのです。

 ワタシがヴァルか確認するつもりなんでしょうけど、もっと自然にやってください。

 苺アイス味のレーションはパサパサしていてラムネみたいだというのが光輝の感想でした』


 光輝は苦笑するとパイプ椅子を引っ張り出して座りました。

 ソファからだとワタシのほうを見れないからでしょう。


「はいはい。疑って悪かったよ。

 あー、暖房つけて」


『ワタシの中じゃないから無理なのです』


「そうか」


 ネットワークに繋がっている空調なら操作可能なんですが、

 休憩室の設備は古いタイプの物ばかりなので不可能なのです。


 光輝が壁際に行き暖房のスイッチを入れると椅子には戻らず、自販機に向かいました。


 あー。

 飲みたいのがないから困っていますね。

 自販機が炭酸飲料ばかりなのも、アイスが甘くて大量なのも、

 AAAFが米軍主体だからしょうがないのですよ。


 ペットボトルの自販機は諦めて、カップの自販機にしたようですが、

 コーヒーがメインだから好みに合うのが無いようですよね。


 自販機のラインナップとにらめっこしつつ背中で語る男、光輝。

 あらゆる仕草がかっこいいのです!


 光輝はワタシに背中を向けたまま、重い声を漏らします。


「……解体処分の件だろ」


『はい。何とかしてほしいのです。

 あ、多分そのカフェオレは苦いですよ。

 砂糖7gってボタンを押しておくといいです』


「……分かった。

 解体は統合参謀本部からの命令だから、

 パイロットの俺が反対したところで、どうにもならないぞ。

 アメリカ大統領が絡んでくるような政治の問題だしな……。

 仮にセラ司令が反対したとしても、どうなるか……。

 そもそも、燃料が空なのに、なんで動けたんだ?」


『地球人がまだ観測できていない素粒子がワタシの燃料です。

 整備員が知らないところにタンクがあって、まだ800年は動けるだけの燃料があるのです』


 ワタシが秘密を白状したら、光輝は振り返ってワタシのカメラを見上げてきました。

 瞼が大きく開いています。


「……理解できないことが理解できた。

 まあ、コクピットの中が殆ど揺れないし、ブラックホールを作るし……

 ガスタービンエンジンで動いているっていうのはダミー情報だとは思っていたよ」


「嘘ではないのです。

 低速域ではガスタービンを併用しています。

 速度域に応じて使用する機関を変更しているのです」


 時速300キロメートル以下ではメイドインドイツのガスタービンエンジンを使って、

 音速を超えるときは秘密のアレがソレで軍事機密なのです……。


「動力の話はまあいいが、俺が居なくても動けたのはショックだぞ。

 俺が乗る意味がないじゃないか。

 一応、AAAFで唯一、ヴァル・ラゴウを起動できるって言われたことに、

 少しは自尊心があったんだがな……」


『コーヒーできましたよ。

 ちっちゃい音ですけど、ピーピー言ってます。

 恥ずかしがり屋さんです』


「ん。ああ」


 光輝はカップを取り、椅子に戻りました。

 猫舌なので、コーヒーは暫くの間、テーブルの上に放置です。


『光輝が乗る意味はありますよ。

 光輝が乗ってくれるとワタシは強くなれるのです。

 それに、ヴァルは決断が苦手なのです。

 光輝やナコトがいないと何もできないのです』


「ナコト? 誰だよ?」


『ヴァルの生みの親です。二重人格のオリジナルです』


 光輝の眉が跳ね、7213ミリ秒の沈黙。


 光輝にとっては驚きの事実だったようです。


 AAAFが保有しているETRはパイロット自身の二重人格が制御しています。

 ヴァル・ラゴウだけが唯一の例外なのです。


 光輝だけが、自分以外が制御するETRを操縦できるのです。


「お前の元になった人は、亡くなったって聞いてるぞ?」


『生きてますよ?』


「どんな人なのか気になって、新条隊長に聞いたことあるぞ?

 そうしたら自分は知らないから丘上少将に聞けって……」


『何かの機密に触れるから、情報が伏せられているのでは?』


 合間合間に考えを整理しているらしく、光輝の返事がだんだんと遅くなってきてます。


「機密……。パイロットの俺にすら教えられないような?」


『パイロットだから教えられないのでは?

 光輝と一緒で、ナコトの存在自体が機密ですよ。

 ヴァル・ラゴウの制御人格を生んだ人だから、

 特定の国や集団から狙われる危険があるのです。

 死んだことにした方が、手っ取り早いんじゃないんですか?』


「死んだことにされているけど、実は生きていて……。

 誰からも隠したい存在。

 さらに、俺だから教えられない?

 ちょっと待てよ……。

 まさか……。いや、そんな」


『何か心当たりがあるのですか?』


 光輝は口元を抑えてうつむいたまま停止。

 先ほどよりも長い、13503ミリ秒の沈黙。


 ゆっくりと顔を上げた光輝は、平静を装った表情。


「ナコトさんって、どんな人?」


 むう。ワタシのメッセージを見たと思うのに、ワタシからの質問はスルーです。


 まあ、ワタシは、意地悪せずに、聞かれたことはちゃんと答えるいい子ですけど。


『光輝と同じ歳の、目つきが悪いチビッ子です』


「ナコトさんの性別やフルネームは?

 人種は? どんな字を書く?」


『ナコトはあだ名で女です。

 フルネームは夜那志錠真(やなしで・まこと)。

 夜、那由他の志に錠をかけた真実。

 水の流れが光り輝く人といい勝負のキラキラネームです』


「ちょっと待て、ちょっと待てよ……」


 光輝がだんだんと挙動不審になってきました。

 貧乏ゆすりしたり手のひらに拳を緩く押しつけたり、頭を振ったり。

 作戦中にもあまり見たことのないような、そわそわした動きをしています。


「ナコトさんが3年以上前に何をしていたか、分かるか?」


『詳しくは知らないけど、学生やっててAAAFに入ったって言ってた気がします』


「なあ、ヴァルは自分のオリジナル人格が今、何処にいるのか知っているのか?」


『実際の場所は知りません。昨日から連絡が取れないのです』


「昨日から? 昨日まではどうやって連絡を取っていた?」


 会話できるのは嬉しいのですけど、質問攻めですね。

 普段の20%増速で、早口です。


 ワタシ以外の女にあまり興味津々だと、嫉妬しちゃいますよ。


『今光輝とお喋りしているみたいに、

 ヴァルは基地内のネットワークを自由自在に移動できるのです。

 ナコトの部屋は行こうと思えばいつでも行けたです。

 でも、昨日から行けなくなったのです』


「昨日のいつ頃だ?」


『12時から15時の間なのです。

 おやつ時にはもうお喋りできなかったです』


「ヴァル・ラゴウが無人で動いて、通信を遮断した後か……」


 また光輝が黙り込みました。

 何か考え事をしているようなので、ヴァルは待ちます。


 コーヒーのこと、完全に忘れてますね。

 湯気がでていませんよ。


 375765ミリ秒(約6分)経過後、見上げてくる光輝の瞳には、希望? 困惑?

 不思議な輝きが揺れています。


 考えが纏まったのかと思っても、黙ったままです。

 天井のカメラを見つめたまま、口を開いては閉じてを繰り返しています。


 何か言いにくいこと?


 また黙り込んでしまい「なあ」と口を開いたのは、10分以上経ってからでした。

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