第15話 警備ロボは見た(デン!デン!デ~ン♪ デン!デン!デ~ン♪ )

『何処か隠れる場所は……!』


 思いっきり視線を感じましたが、光輝達は去っていくケイちゃんを追いかけてはきませんでした。

 ケイちゃんは立ち去ったふりをしつつ、死角を利用して引き返し、

 こっそりと自販機の陰に隠れて、光輝達の会話を盗み聞き。


「アナトリーさん……。

 あっ。失礼しました。

 アナトリー大尉。助かりました」


「怪我はないな? 水瀬が無事で何よりだ」


 ふたりが握手しています。

 エレベーターフロアには他に、手伝いをしていたとおぼしきゴリラ2号とメスゴリラがいます。

 3人とも黒いコンバットスーツにサングラスで同じ格好をしています。

 動きの一つ一つがきびきびしているし、背筋が伸びて姿勢がいいですね。


 人事部の端末に進入。

 隊員情報の検索実行。


 アナトリー・ルガノフスキー大尉。

 26歳。ETAW(エリダヌス製先進火器チーム)の一員。


 あー。歩兵最強特殊部隊の一員ですか。

 どうりで強いわけです。


「水瀬。油か?

 汚れているぞ。よし、バニャに行くぞ」


「バニャ?」


「ロシア式のサウナのことだ」


「あ、いや、でも……」


「ん。そうか。日本人は銭湯だな」


『ぐぎぎぎっ。ゴリラめ!

 光輝が断りにくくて困っているじゃないですか!

 ん?』


 もう1匹のオスゴリラ、ガニーという男が光輝の肩に腕を回して小声で何か言っているです。

 ガニーもアナトリーもロシア人で装備も体格も同じだからワタシにはふたりの違いがよく分かりません。

 額に傷があるのがアナトリーで、無いほうがガニーです。


 随分とひそひそ話ですね。

 集音マイクの感度マックス!


「おい水瀬。バニャは男女一緒だ。

 ヤナは、そばかすだらけの田舎娘にしか見えないがな……。

 脱げば凄いぞ」


 な、なんですか!

 ガニーの視線を追いかけていった光輝が、メスゴリラの胸元を見て顔を赤くしています。

 メスゴリラのヤナは救出に使用したロープを束ねていて、ふたりの視線に気付いていないようです。


『ぐぎぎ。光輝を誘惑するなんて許せない!

 目に物見せてやる!』


 自販機の制御回路を操作し、500ミリリットルのペットボトルを手に入れました。

 ガニーにぶつけてやろうと思いましたが、駄目です。


『やばっ。音が聞こえたですか?

 メスゴリラがこっちに来るです』


 どうしましょう。

 警備ロボのフリをして立ち去るしかないのでしょうか。

 ワタシが迷っていると、奥にある階段の方から「おい」というキャンキャン声がしました。


 この声は、まさか!


「待た、せた、な、光輝。

 で、こいつ等、ぶちのめせば、いいのか?」


 小娘登場!

 ビニール袋を手にし、シャツにジーパンという私服の小娘が肩で息をしています。

 紫と銀のストライプのシャツは、機械のワタシですらファッションセンスが酷いと思えてしまいます。

 売り物になりそうな食器や家具を作れるセンスを何故、服装にも使えないのでしょうか。


 ゴリラが一瞬だけ小娘に視線を向けます。


「なんだ、コーラの缶みたいな格好のちびは。

 水瀬、知り合いか?」


「え、ええ。知り合いです。

 おいヘンリー。10分も経ってないと思うんだが」


「全力、疾走、した、からな。

 少し、疲れた……」


 ナイスタイミングです。

 小娘が来てくれたおかげで、メスゴリラが引き返していきました。


 小娘も反対方向から、様子を窺うようにして光輝達に歩み寄っていきます。

 警戒心まるだしの小娘とは裏腹に、ゴリラはいたって平然。


「随分と可愛いガールフレンドが助けに来てくれたんだな」


「ガ、ガールフレンド。ボクが?!」


「違うのか?」


 ゴリラに見つめられた小娘は態度が一変。

 ピュンッと素早く、光輝の背中に隠れて小さくなりました。


「アナトリー大尉。彼は男です。

 おい、ヘンリー、俺の後ろに隠れるな。

 大尉に失礼だぞ。敬礼くらいしろ」


「そいつが男? 女にしか見えないぞ」


「み、光輝。ジロジロ、見るなと、言ってやれ……」


 光輝も大概ですけど、ヘンリーの人見知りも酷いですね。

 完全に光輝の背後で小さくなってます。


「大尉。すみません。

 こいつ、珍しがられるのが苦手なので、あまり見ないであげてください」


 まあ、ハーフエルフのヘンリーは、年齢以上に小柄で子供みたいだし、光沢のある髪をしているから注目を浴びやすいんですよね。


「ん。ああ、すまんな」


 アナトリーが歯を見せて笑うと、直後、サイレンが響きました。


 全員に緊張が走る中、小娘だけが落ち着いた様子です。

 まるで、サイレンの理由を知っているかのようです。


 ヘンリーが背後から、ちょいちょいと光輝の服の裾を引きます。


「なあ、光輝。

 敵が攻めてきた様子もないのに、なんでヴァル・ラゴウが出撃しているんだ?」


「は? 出撃していないだろ?」


「じゃあ、この上にいるの、なんだよ?」


「上?」


 あっ。しまった。

 ワタシの本体が福利厚生棟の上で待機したままです。

 外から来たばかりの小娘は目撃していたようです。


 サイレンの理由が分かりました。

 非常事態だから第2福利厚生棟から離れろって放送が言っているです。


 光輝はまだ自体を理解していません。

 外の様子を窺おうと、窓に近づきます。


「なに、言ってんだ? げっ」


 光輝が空を見上げ、固まりました。


「光輝。あれは誰が乗っているんだ?」


「わ、分からない」


「だいたい、なんで、空中で停止している?」


 あっ、やべっ……。

 ワタシは飛行可能だけど、空中で停止することはできないという設定でした。


 ナコトと相談して、いくつかの能力は地球人には秘密にしてあるのです。

 光輝がピンチだったので、うっかり、秘密のアレが、ソレで、コレです。


 ワタシは意識をヴァル・ラゴウ本体に戻すと、

 地面を揺らさないように、細心の注意を払って着地。


 みなさん、今のは、見間違いですよー。

 わたし、空中浮遊、出来ません。


『むむむ。大人しく帰るです。

 たしか低速飛行も、ワタシには不可能という設定なのですよね』


 歩いて格納庫に戻るです。

 でも、ヴァル・ラゴウはデカいから、歩幅が広くて、

 普通に歩いても時速300キロメートルくらい出ちゃうのです。


 それに、足の踏み場が無いのですよー。

 歩いている人を踏んじゃわないように、慎重にいくです。


 地上に被害を出さずに帰るの、凄く大変です。


 ううっ。

 物凄く背後に視線を感じるですよ。

 ケイちゃん、みんなの気を逸らしておいてください!

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