第14話 穴は不幸なしに越えられないのか

「ん?」


 謎の音は光輝にも聞こえたらしく、キョロキョロしています。


 ベキンッ。


 金属が折れたような甲高い音が、降ってきました。


『上ですか?

 エレベーターの籠内ではないようですけど』


 天井を見上げた光輝の表情が真っ青になりました。


「やばくないか今の。何が折れたんだ?

 非常連絡は……。

 くそっ、連絡先は製造メーカーか」


 光輝は携帯端末を取りだしましたが、手から滑り落ちました。

 が、ケイちゃん達が我先にとアームを伸ばして空中でキャッチ。


 光輝は端末を受け取ると、何処かに連絡を取りはじめます。


「……くそっ。繋がらない。ヘンリー、なにやってんだ。

 しょうがない。気が引けるけど……。

 ……もしもし、水瀬です。はい。昨日のお昼の。

 はい、その水瀬です。

 違います。プリティなケツの少年ではなく、二等兵の水瀬です」


 げえっ。

 通話相手は昨日のゴリラじゃないですか。

 なんで番号交換するくらい仲良くなってるんですか。


「はい。あの、本当に申し訳ないんですけど、

 困っているときに助けてくれるというお話なんですけど……。

 昨日は遠慮しましたけど、あの、いま、お願いしてもいいですか。

 ……ありがとうございます。

 はい。第2の福利厚生棟のエレベーターに閉じこめられているんです。

 はい。……はい。

 多分、上からなんですけど、変な音がしているんです。

 はい。そうです。お願いします」


 光輝はいったん端末を顔から遠ざけると深く溜め息を漏らしました。


「怖いくらい親切だぞ、あの人……。大丈夫なのか……。

 いや、気のせいだ。きっと誰にでも優しい、いい人なんだ。

 もしくは内緒で俺を護衛しているかなんかだろ……。

 軍隊で若い男は女の子に見えるとか、そういうのは絶対にない……。

 いや、でも最近、俺もヘンリーが可愛いと思えるしな。

 やばい……。男を可愛いと思うなんて、俺の頭もやばい」


 光輝はまた端末を弄ってヘンリーを呼びだそうとしているようですが、繋がらないようです。


『もうっ、光輝はどんだけヘンリーを頼りにしているんですか!

 セラとか新条とかに連絡して救助を手配してもらったほうが早いですよ!』


「あっ。繋がった。おいヘンリー。今どこだ!」


 さっきのゴリラへの低姿勢は何処にいったんですか。

 それに……なんですか、その嬉しそうな顔。


「アオンモール? 海沿いの?

 行くなら誘えよ。

 ……は? 俺に知られたくない買い物? なんでだよ!

 ……ああ。そうだよ。お困りだよ。いや、車でも30分はかかるだろ。

 なんとかなるからいいよ。

 ……ああ、うん。他の人から連絡が来るかも知れないから切るぞ」


 光輝が小娘と通話している間、ワタシは籠を吊っているワイヤーが切れた場合について、

 メーカーのサイトで調べてみました。


 乗用のエレベーターはワイヤーが全部で3本あり、

 1本くらい切れても落下しないようになっているのです。


『でも不思議です。

 非常識な使い方をしない限り、壊れる物ではありませんよね?』


「くそっ……。こんな所で奴等に襲われたら……」


 不安の色に染まったか細い声。

 まさか、この事態は光輝の命を狙っているという奴等の陰謀ですか。


 ミチミチッ……


「おい、またやばそうな音が聞こえたぞ。

 ワイヤーが切れてるんじゃないのか。大丈夫なのか、これ。

 ん? いや、だから、包帯も薬もいらないって。

 そんなの使う事態になりたくない」


 大丈夫です。

 たぶん、ワイヤーがちょっと裂けたくらいです。


 仮に切れたとしても、たかが1本くらい……とたかをくくろうとした瞬間にバツンッと断裂音。


『ぎゃーっ!

 光輝の危機!

 ヴァル・ラゴウ緊急発進です!』


 出撃許可なし!

 パイロット不在!

 機関停止中!

 燃料からっぽ!


 だけど知ったこっちゃありません!

 艦隊司令すら知らない秘密の手段で、起動!


 作業員を巻き込まないように地下格納庫周辺を無重力に。


 エレベーターが落下を開始して、光輝が「うわっ」と腰を落とした頃には、

 既にヴァル・ラゴウが隔壁をぶち破って地上に飛び上がっています。


『待っていてください!

 0.1秒で駆けつけますよ!

 ……おや?』


 エレベーターは5センチ程、落下したところで、停止したようです。

 いったい何があったのでしょうか。


 とりあえず、ヴァル・ラゴウは福利厚生棟の上空で待機しておきましょう。

 いざとなったら、尻尾の先っちょで壁をぶちぬいて光輝をエレベーター内から救出するです。


 さて、エレベーター内の様子は……。

 停止状態ですね。

 光輝が青ざめた表情を天井に向けています。


「……止まった?

 死ぬかと思った。心臓破裂しそうなほどバクバク言ってるぞ……」


『なるほど。安全装置が有るから止まったのですね。

 おもいっきり焦ったのですよー』


 エレベーターには壁面のレールを掴む最終安全装置があるようですね。

 大幅に重量オーバーしないかぎり、安全に脱出が可能なはずです。


『うむ? 重量オーバー?』


 積載重量の制限は650キログラム。

 光輝は60キログラムちょうどなので、なんの問題もあ――ロボット軍団、約2トン。


『や、やばいです……。

 このままではロボット軍団の重量が、エレベーターを破壊するです』


 ゴトン。


『ん?

 エレベーターの天井に何かが落ちてきたような音がしたです』


「大丈夫か、水瀬。いま天井を開ける。念のため、ここの真下から離れておけ」


「アナトリーさん!」


 げっ。どうやら昨日のゴリラがエレベーターにやってきたようです。


「よし。開いた。

 ……なんで警備ロボが乗っているんだ?」


 むむむっ。

 黒いコンバットジャケットを着たサングラスの大男が降ってきました。


 間違いありません。

 食堂でケイちゃんの邪魔をした、額にバッテン傷のやつです。

 どうやら、4階のドアからロープを使って降下してきたようです。


 あっ、踏むな。ゴリラ! 3号と4号の頭を踏んでるですよ!

 汚いケツをこっちに向けるな!


『昨日の一件で仲良くなったですか?

 光輝は自分から友達を増やすタイプじゃないですよ。

 なんで、ヴァルへの好感度ではなく、短足マッチョゴリラの好感度が上がったですか!』


 いくらエレベーターが狭いからって、光輝とゴリラの距離が近いです!


「よく分からないんですけど、乗り込んできたんです。

 多分、こいつ等が重くてワイヤーが切れそうなんです」


「水瀬、覚えておけ。

 ワイヤーはそう簡単に切れるものじゃない。

 これくらいのワイヤーでも、こいつ等の10倍重い戦車を吊ったくらいじゃ切れないぞ。

 変な音がしたというのなら、ワイヤーを引っかけているフックか、床だ。

 溶接は時間が経つと脆くなるからな」


「いや、あの、非常にためになる話なんですけど、太さを知りたくないんですけど……」


 光輝が口ごもっているのは、ゴリラがワイヤーの太さを例えるときに、自分の体の前にある尻尾のあたりを指さしたからです。


「ははっ。

 お前のワイヤーだったら切れていたかもしれないな。

 俺のワイヤーは頑丈だ。試してみるか?」


「わー。いやー」


「ふっ。リラックスできたようだな。

 窮地にこそ、笑える男になれ。

 脱出するぞ。掴まれ」


「はい」


「おい、俺の腕を握ったって駄目だろう。

 お前の細腕じゃ自分の体重を支えられないぞ。

 正面から俺の胴に抱きつけ。

 ほら、こうだ」


「は、はい」


 な、ななな、ゴリラのくせに、光輝をハグするですか。

 このゴリラ!

 *すぞ!


 ワタシのログが検閲される可能性があるため直接的な表現は出来ませんが、このゴリラ野郎、特殊な溶液で全身の皮を溶かして*すぞ!


「しっかりと抱きしめろ!

 もっと力を入れて!」


 声でけえ!

 狭いんだから、もっと静かにして!


「は、はい!」


「水瀬は随分と細いな。

 顎を引いて額を俺の胸板にしっかりと当てろ。

 そう。そうだ。コアラの赤ちゃんがママにしがみつくように、しっかりとだ。

 それから、両足も使って、全身で密着して。

 よーし、よし、良い子だ。

 いいぞ! ガニー、ヤナ、荷物は確保した。引き上げてくれ!」


 ゴリラめ、羨ましい! 羨ましいッ!


 ぐぬぬっ。

 脱出作業にいちゃもん付けようにも、

 特殊部隊なだけあって、ロープの扱いには慣れているようです。


 上から引っ張り上げているらしく、ふたりとも危なげなく、するするっと昇っていきます。


 光輝と密着したのは許せませんが、命を救ってくれたことに感謝し、このゴリラは*さないでおいてあげましょう。


 ……ん?


『ところで、ケイちゃんは置いてけぼりですか?

 要救助者がまだいるですよ?』


 ギギギッ……。


『痴漢電車作戦失敗ですか?

 光輝を追いかけられないなんて嫌なのです。

 これ以上、光輝とゴリラが仲良しになるのは嫌なのです!』


 ベキンッ!

 ベキンッ!


 ああっ、エレベーターが限界です!


 ベポーン!

 ベポーン!

 ベポーン!

 ベポーン!

 ベポーン!


『はっ! み、みんな。何をするですか?!』


 ロボット軍団がアームを使ってケイちゃんの体を持ち上げました。


『なるほど!

 ケイちゃんを放り上げてくれるのですね!

 でも、反動で床が抜けるかも知れな――あっ!』


 ロボット軍団が遠ざかっていきます。

 放り投げられたケイちゃんは無事、4階フロアに辿り着きました。


 どうやらエレベーター内も無事なようです。


『命令していないし、それに、みんなも光輝のことを好きになっていたのに……。

 なぜワタシをいかせてくれたのですか……』


 ワタシの問いかけに彼女達は、暗い穴の奥でべポーンと目を光らせるだけです。

 これが、己を犠牲にしてでも仲間を助ける軍人魂ですか!


『でも、次からは駄目ですよ。

 自分が生き残る最善を尽くしてから、仲間を助けるのです。

 安易に自分の生を諦めてはいけません。

 救助を要請しておくので、みんなは静かに待っているのですよ』


 みんなが繋いでくれたチャンスの糸を切るわけにはいきません。

 ワタシは、光輝へのラブアタックを続行します!

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