第12話 大人の痴漢電車作戦

 いつもの白い部屋で、ソファに腰掛けたナコトとミーティング。

 ナコトは宝物の箱を抱っこしたまま、ぼへーっと天井を見上げています。


「随分と嬉しそうだな。

 昨日、途中からどうなったか知らないんだけど。

 上手くいったのか?」


『はいなのです!

 股間にお茶ぶっかけ作戦が成功したことは教えましたよね?

 さらに昨晩は、大人の玩具で迫ってみました!

 光輝、大興奮でしたよ』


「えっ。まじで……?」


『はい。いい感じの、18歳未満禁止の玩具が手に入ったのですよ』


「お、大人の、おもちゃ……」


 ナコトの目付きはいつもどおりだし、口元もにやけるわけではないのに、

 頬を僅かに赤く染めています。

 無表情なナコトには珍しく感情を露わにしているといえるです。


「ちょっと記憶を覗くぞ。昨日の夜だよな。

 大人の玩具……大人の玩具……』


『電動の、黒くて、固くて、太いやつです!』


「ま、じかよ……。

 ……ん。なにこれ」


 ナコトの眼前に空中投影ディスプレイが出現し、昨晩の映像が現れました。


『はい。

 大人の玩具を股間に押しつけたら、光輝が悲鳴をあげました』


「鉄砲じゃん?」


『広義には鉄砲ですが、厳密にはM4A3カービンのモデルガンです』


「鉄砲なんだろ?

 大人の玩具じゃないだろ?」


『材質も重さも本物と同じですけど、玩具ですよ。

 18歳未満は買えません!

 演習では実銃を使いますけど、普段の訓練はモデルガンを使うのです』


 電動ガンが使えるだけでもありがたいのです。

 自衛隊は、弾丸1発ですら税金なので無駄遣いができず、

 木彫りの玩具を構えて口でパンパン叫んでいた時期もあるくらいなんですよ。


「ああ……。

 確かに、股間に大人の玩具を押し付けられた光輝の精神がアレなことになって悲鳴をあげているな……。

 忘れられない思い出が、どんどんできていくな……」


『はいなのです。

 思い出をどんどん作って、どんどん好感度を上げていきます!』


「何のために思い出を作っているんだっけ……」


『ワタシが長期メンテナンスに入る前の思い出作りですよ!

 好感度を上げまくってバレンタインに告白!

 光輝とラブラブになって赤ちゃん産むです』


「そうだったな……。

 あ、いや、光輝に忘れられない思い出ができているんだが……。

 明日のバレンタインで告白する前に、既に好感度が……」


 ふっふっふっ。

 昨晩は大人の玩具で迫った後は、食堂に侵入してチョコレート作りを練習したのですよ。

 明日のバレンタイン本番が楽しみなのです。


「やっぱオレがいないと駄目か。

 オマエ1人だとおかしなことになる」


『上手くいってるですよ?』


 ナコトが箱を抱いてソファに転がり、意識だけがネットワーク上にやってきました。


『いってないの。

 何が悪いんだろうなあ。

 俺が面白半分に煽ったのは……関係ないよな。

 まあ、いいか。今日は満員電車で痴漢イベントを狙うぞ』


『駄目ですよ。

 ケイちゃんがゲートで守衛に捕まるから、基地外に出られないのです。

 電車に乗れないのです』


『基地から出ないから問題ない。

 いいか、よく聞け。

 ヴァル・ラゴウがメンテナンス中で訓練用シミュレーターが使えないとなれば、

 奴はどうする?』


『自室でインターネットがゲームです』


『そう。だから、さっき光輝の端末に、

 本日は独身寮のネット回線を工事するから使用不可能ですってメールを送っておいた。

 すると、奴は第2福利厚生棟の4階にあるコンピュータルームにネットしに行くだろ。

 そこで、エレベーターを、電車に見立てる。

 要は逃げ場のない密閉空間を作ればいいんだよ』


『なるほど!

 でも、もし光輝が珍しく基地の外に出かけてしまう場合は?』


『それも問題ない。

 ケイちゃんがすっぽり入るような、ヴァル・ラゴウの部品をいくつかリストアップしてある。

 これらの搬入や搬出に紛れ込めば基地内外への出入りが可能になる』


『エレベーターが、そう都合よく満員になるとは思えないのです』


『オレの計画に抜かりはない。

 ケイちゃんのカメラを覗いてみろ』


『座標確認。第2福利厚生棟の横。

 ケイちゃん、お体を借りますよ。

 ……こ、これは!』


 ベポーン!

 ベポーン!

 ベポーン!

 ベポーン!

 ベポーン!


 鏡?

 ケイちゃんのカメラにケイちゃんが映っています。


 何体も! たっぷり!


『ケイちゃんと同型の警備ロボが5機もいるのです!

 なるほど。これならエレベーターは満員になるのです。

 さすがナコト。恐ろしい計画です。

 最強のロボット軍団がいれば、満員電車を演出することは可能。


『オレの読みが当たっていた。

 見ろ。第2福利厚生棟。

 光輝が来たぞ。ひとりだ。

 上手くやれ』


『はい。

 全機、隠れたまま待機!

 ワタシはケイちゃんに、意識を映します!』


『じゃあ、オレはロボット軍団の1号を使わせてもらうぜ』


 光輝が正面玄関から建物に入っていきました。

 休日でも基地内なのでいつもの白いセーラー服です。


 死角の壁際に張り付いているケイちゃん達に、まったく気付いていないようです。

 光輝が背を向けている間に我々は静かに玄関に移動。

 ドアの左右に分かれて再び待機。


『ステンバーイ……。ステンバーイ……』


 ポゥーンという音が聞こえました。

 エレベーターが到着したようです。


『全機突入!

 ムーブ! ムーブ!』


 履帯の回転を押し殺しながら全機が静かに、かつ、素早く移動。


 エレベーター内に光輝を発見。

 ドアが閉まりかける。


 だが、2号と3号が突入。

 ドアを左右にこじ開けて、1号が籠内に侵入し開くボタンを押す。


『入り口確保!

 ヴァル、オマエ達も乗り込め!』


『了解!』


「うわっ。何だ!」


『ゴー! ゴー!

 立ち止まるな。行け行け!

 ヴァルルルルッ!』


 4号5号が順に突入!


「うわっ! 増えてるッ!

 来るな! 出てけ! おいっ! おいっ!

 エレベーターは満員だ!」


『ゴー! ゴー!

 ムーブ! ムーブ!』


 味方の突入を確認し、最後にケイちゃんが乗り込むと、

 合計6機のみんなは狭い空間で体を密着させました。


 突入成功。

 迅速な行動は成功の友、です!


 落ち着く狭さに軽い満足を覚えていると、どこからともなく機械音声。


『定員オーバーです。最後の方は降りてください』


 む?

 エレベーターの音声?


『1名しか乗っていないのですから、何の問題もありません。

 我々は荷物扱いにしておいてください!』


 エレベーターのプログラムを書き換えて、音を止めました。


「何で扉が閉まるの!

 大丈夫なのか、これ。というか、なんだ、おい!

 なんで警備ロボが、人間用のエレベーターに乗りこむんだよ!」


 興奮した光輝を乗せ、エレベーターが上昇を開始しました。

 魅惑の痴漢タイムスタートです。


『全機、アーム起動!』


 ロボット軍団のアームが我先にと光輝のお尻目がけて伸びていきます。


「やめろ。おい!」


 おっと。

 一斉にアームを伸ばしたせいで、光輝の体を持ち上げてしまいました。


 にゅいーん。

 にゅいーん。


 光輝に群がるアーム。


『なあ、ヴァル。なんか違う。

 これ、胴上げだ……。スポーツ大会の優勝チームがやるやつ……』


『むむぅ。

 痴漢らしさが足りないというのなら、こうです!

 ケイちゃん、光輝のパンツにアームを突っ込むです!』


 ベポーン。


「おい、待て、ズボンを掴むな、引っ張るな!

 くそっ、こいつら、狂ってやがる!

 警備の人、こいつ等のカメラ映像、見えているんでしょ!

 警備員さん! 警備員さん!」


 やばいです。

 監視カメラの映像をずっと見続けている警備員なんていないと思いますけど、

 気づかれてしまう可能性があります。


『ヴァル。抜かりはないぞ。

 モニタールームには昨日の巡回映像と音声を流すようにしてある』


『さすがナコトなのです!

 光輝の恥じらう姿を堪能するのはワタシだけです』


 いいです。いいですよ。

 顔を真っ赤にした必死の表情。

 我々は6個の瞳を駆使してあらゆる角度から光輝の艶姿を楽しみます。


 いかにも痴漢をしているという感じがしてきました。


 ガゴンッ。


『おや?』


 突然、外から鈍い音がして、エレベーターが止まりました。

 まだ4階には到達していないのに何事でしょうか。


『これは……』


 ナコトが上擦った声を出しました。

 電子データなのに声音を作るなんて、ナコトもだいぶここに慣れてきたようですね。。


『どうしたです?』


『エレベーター故障。

 ……えっちなイベントタイムだ』


 ごくり……とナコトが操作している1号から、

 つばを飲み込む音が聞こえたような気がしました。


 ワ、ワタシもごくりんこ……。

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