第10話 艦隊司令は圧倒的質量兵器を所有する

 ブリーフィングルームでは、ヴァル・ラゴウの次に、

 小娘の機体ブランシュ・ネージュの模型が登場です。

 サイズ、たったの13センチメートル。ちびめ。


 しかも、ヴァル・ラゴウとはスケールが違うんです。

 144分の1スケールのくせして、1200分の1スケールのヴァルと同じくらいなのですよ。


『ヴァルの方がちびだろ?』


『何を言うですか。

 ブランシュは18メートル、ワタシは170メートルです!』


『でもさあ、それって、足から頭までの長さだろ?

 ブランシュはOSUを含めれば地球の円周より長いだろ?』


『あれは装備です。身長には含みません』


 ETR―09ブランシュ・ネージュは雪の結晶を人型にしたような姿。

 身長は18メートルですが、

 全方位包囲ユニット――Omni-directional Siege Unit――を展開すると、

 全長が約百万キロメートルあるのです。


 ブランシュの羽は、8本のワイヤーに繋がった512個の小型ユニットに分離して、最長で地球をぐるっと10周くらいするです。


 重力を操作しブラックホールを生み出すヴァルの能力に比べたら、

 ちんけな能力です。


 ブランシュの凄さを強いて挙げるなら、

 ユニットを分散展開すれば地球全土を射程圏内に収めるということくらい?


 衛星軌道上の小型ユニットから、

 5秒以内に地球のどこでも攻撃できることがウリでしょうか。


『地球人の発想は物騒だね。

 OSUはもともと、宙吊り式のモノレールみたいな移動装置だろ?

 ちょっと前までオマエと同じ部隊にいたシュネー・ヴァイスヒェンの1キロメートル砲だってマスドライバーだよな。

 セットで使って、惑星上から物資を宇宙に放り上げて輸送するインフラだろ』


 ヴァル達ETRは、

 もともとエリダヌス星人が使っていた惑星開発用の機械なのです。


 移民用の船だったり、惑星の自然環境を改造したりが、本来の我々の用途です。


『でも、戦争になっちゃったんだから、しょうがないのです』


 ヴァル・ラゴウの能力は、

 惑星を住みやすい恒星の近くに移動させるためのものです。


 重力を操作する、というか、実際には空間を捻じ曲げて目的方向に対象を落としているんですけど、とにかく出力がでかいのです。


 宇宙に落とし穴を作って、惑星をコロコロ転がすのです。


 ただ、微調整が困難なので戦闘では使いどころが難しく、

 バリアやパンチのときにほんのちょっと使うくらいです。


 ワタシは地球陣営に12機所属する第1世代ETRの中で最強なんですよ!


 殲滅力評価で7位に甘んじているのは、地球上では力を存分に発揮できないから、手加減している結果なんです。


 全力を出せば最強です!


 本当ですよ!


『ETを軍事兵器に転用したおかげでヴァルは光輝に会えたのです。

 戦争は大歓迎なのです』


『はい、危険発言。

 そういうことは思っても口にするな』


 むう。

 ワタシの発言の何が問題だったのでしょうか。

 戦争がなければ、ここにいるみなさんは無職になってしまいます。


『小娘や司令には軍人以外は勤まらないと思うのです。

 日本で誰でもなれる職業なんて、兵隊くらいですよ』


『ヘンリーは光輝のところに永久就……なんでもない。

 司令は、このおっぱいなら、色々とあるだろ』


 ナコトは仮想現実の室内を移動し、深緑色のスーツの胸元がはち切れそうになっているのを間近で睨み付けました。


『なんなんだよ、この圧倒的質量兵器は……』


『自分に無い物に憧れているのです?』


 おっぱいの持ち主は第201艦隊の司令、瀬良仁那中将。

 30歳。本名、ニーナ・セラーズ。

 イギリス系アメリカ人。


 3年前の日本海上空決戦の活躍が有名な人ですね。

 星条旗ビキニで戦っているコクピット映像が、部隊や日本中に中継されたです。

 バカンスを切り上げて出撃したのだそうです。


 士気高揚のために彼女のETRが中継したとのこと。

 効果は抜群だったようで、未だに日本での人気は抜群。

 なお、ビキニが星条旗だったのはリアルタイムの合成で、実際には黒だったそうです。


 日本支部の司令になってからは漢字の瀬良仁那を名乗っています。

 日本支部の近くにあるキャンプ・セラは彼女の名前が由来です。

 基地周辺で盛んなセラミック産業にもかけてあるそうです。


 彼女が使用しているルージュは数年前に流行した物。

 これは、流行への関心が薄れたことを示唆しています。

 自然な肌の色に近いものではなく、唇がくっきりと浮かび上がる色です。

 人の生き死にに関わる立場だから、沈みがちな心を浮かび上がらせようとする心理が窺えますね。

 過去の監視カメラ映像を分析する限り、同じような色のルージュばかり使用していることが確認されました。

 軍人としての生き方を選んだ以上は、新しい自分に挑戦するつもりがないのでしょう。


『ストップ。

 口紅の色だけで何処までプロファイルしているんだ。怖いよ。

 化粧していないオレが何を言われるか、想像しただけでお尻がムズムズする』


『恋のライバルになる可能性のある相手は、徹底調査なのです』


『最強のライバルを見落としていたけどな』


『だから、ヘンリーはそんなのじゃないですって。

 光輝にとっては弟みたいなもんです』


『本人が何時までも弟のポジションにはいないんじゃないのか。

 最近の様子を見る限り、眠れる獅子が目覚めつつあるだろ』


 ワタシ達は随時、意見交換をしつつ、ブリーフィングを観察し続けました。

 光輝と小娘は基本的に黙って座っているだけで、発言を求められたときに応えるくらいです。


 周りが大人ばかりなので、ふたりとも大人しいのです。

 特に小娘なんて、光輝に耳打ちし、光輝が代わりに返事をしていましたよ。


 ブリーフィングは30分もかかりました。


『ようやく終わったかー。

 光輝、大人しすぎるだろ。内弁慶かよ。

 オマエの中にいるときやアンリと一緒にいるときと別人だろ』


 ナコトが画像アプリを立ち上げて人物相関図を作り始めました。


『先ず、光輝はセラ司令にかなりの好意を抱いている。

 上官に対する尊敬とは別の感情だな。

 司令に話しかけられたときだけ声のトーンが高い。

 発言後も暫く見つめているしな』


『駄目です!

 相手は30のババアですよ。光輝の恋人には相応しくありません!』


『3歳児のオマエから見たらほとんどババアだろ……。

 まあ、年上の綺麗なお姉さんに憧れているような感情かもしれんな。

 恋愛感情とは別だと思うし、これは放置してもいい。

 ネットでセラの画像を検索した履歴があるが、まあ年頃の男子だしな。

 つうか、AKAGIにセラの水着ポスター貼ったの光輝じゃねえ?』


『……本当にワタシのライバルにはならないですね?』


『光輝が童貞のうちは要警戒だな。

 あのおっぱいに迫られたらヤバい』


 ナコトが人物相関図を弄っていきます。


『作戦部長だっけ?

 あの目付きの鋭い、光輝の上官』


『新条少将です。いい奴ですよ。

 作戦部長と兼任して、光輝の所属している第1ETR戦隊の隊長をしてます。

 無茶な命令が多いから、たまにムカつきますけど。

 ハゲればいい』


『あいつは光輝からの視線ヘルプにもすぐ対応して上手くフォローしていたし、

 まあ、いい上官なんだろうな。

 他にも、大人しすぎる2名に好意的な奴がちらほらと。

 あと、恋愛とは関係ないけど気になるのは、やはり、

 光輝が必要以上に丘上を無視していることか』


『思春期の父子はあんなもんなのでは?』


『そうか?

 ならいいけど。とりあえず、他人がいると光輝が大人しいことと、

 ストライクゾーンが高いことが分かったし、作戦の方針が決まったぞ。

 人が大勢いる場所でラブコメ活動する』


『弱点を突くわけですね!』


『ああ、そろそろ昼食の時間、ラブコメチャンスだ』


『はいなのです!』


 ベポーン……。

 基地の片隅で、暗がりに潜伏していた頼もしいアイツのカメラアイが、人知れず輝きを放ちました。



 

 *



『お昼休憩は、口に入れた瞬間に意識が混濁するお弁当を食べてもらうという、

 定番イベントが起こせるのです。

 ケイちゃんには応急処置用の麻酔薬が搭載してあるのです!

 この麻酔を使えば……!』


『待て、昏倒する弁当はギャグだ。

 好感度は上がらない』


『またまた何を言うですか。

 毒物混入弁当すら食べてくれるという愛の深さを証明するイベントは、

 定番中の定番ですよ?』


『オマエの恋愛ミッションが上手くいかないのは、

 ギャグ描写と恋愛描写の区別がついていないからだ。

 いいからオレに任せろ』


『そこまで自信たっぷりに言うなら、任せますけど』


『いいか?

 光輝は学生だから、学園ラブコメを作戦に取り入れた

 オマエの判断は間違っていない。

 だが、光輝は周りが大人ばかりの軍隊で生活しているから、既に社会人なんだ』


『社会人……?』


『学校では味わえない、大人向けのイベントで攻めるべきだ。

 つまり、満員電車での痴漢行為だ。

 ギャグはいらない。エロだ!』


『痴漢行為! エロ!』


『お。食いつきいいな。

 さらにだ。世の中にはパンツを直接見るのよりも、

 蔑んだ眼差しで見下ろされたり、

 黒タイツ越しに見たりすることを好む人間がいるんだ。

 光輝は部屋から出て行く基地司令の尻や脹ら脛を背後からチラチラ見ていたぞ。

 絶対、そういうの好きだ。

 黒タイツだったら最高だったのになって呟いてニヤけていたからな』


『ちょっと、そんなこと呟いていませんよ。

 ナコトの光輝に対する印象が酷すぎるのです!

 チラッと見ちゃったとしても、単なる偶然です!』


『偶然以上の頻度で見ていたから、ヘンリーに肘打ちを食らったんだろ。

 それに、いいんだよ。

 健全な17歳男子は黒タイツが好きなんだよ。

 ほら、これが今回の計画だ』


『こ、これは――!』

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