第9話 ブリーフィングなう

「ふっ……ひっ……。

 腹、いてえ……。

 なあ、オマエが楽しそうで何よりなんだが、これは逆効果じゃないのか?」


『うむぅ? どういうことですか?』


 酸欠になるまでソファで笑い転げていたナコトが、解せないことを口にしました。

 長い黒髪が白衣に巻き付いて仔シマウマみたいになっています。


 ワタシはいつもどおり、ナコトの部屋の天井にあるカメラから映像と音声を取得しています。


 ナコトの周囲に浮かんだ複数のディスプレイには、

 ケイちゃんが録画した今朝の映像が流れています。


 この映像の何処に笑う要素があるのです?


「パンツは女の子が穿いていないと意味がないし、

 ホテルと叫んだ意味が分からない」


『HotelはフォネティックコードのHです。

 確実に伝わったはずです』


「フォネティックコード? 何それ?

 検索、検索っと。

 ……ああ。軍隊が通信で使う、

 Aがアルファ、Bがブラボー、Cがチャーリーとか言うやつか。

 Hがホテル……。それで、ホテルって叫びながら光輝を殴ったのか。

 絶対、意味は通じていないぞ」


『むっ。どうりで、あまり好感度が上がった実感がないわけです』


「あとな、報告すべきところが違う。

 今朝の件で重要なのは『……実は、俺は何者かに命を狙われているんだ』だろ?」


 先ほど光輝がヘンリーに打ち明けていたセリフですね。


『そうなのです!

 大変なのです。光輝が謎の組織に命を狙われているのです。

 基地内へ出入りした人物の経歴を洗ってみても不審な人物はいませんでした。

 監視カメラにも妖しい人物は映っていないのです!

 テロ支援国家の出国者リストをチェックしましたが、

 指定テロリストの名前は見つかりません。

 ワタシに尻尾を掴ませないとは、かなりの力を持った組織です。

 もしかして、何処かの軍が動いているのでしょうか』


「これ、オマエじゃね?」


『やはり、多少の危険を冒してでも、

 アメリカやイギリスの諜報機関に侵入して情報を……え?』


 ナコトは空中投影した映像を指でくるくる回転させて遊んでいるようですけど、

 おかしなことを言った自覚あります?


「基地にいるときに視線を感じるんだろ?

 光輝の周囲を監視している何者かってオマエじゃないのかって、言ったんだよ」


 うむむむ?


『光輝との赤ちゃんを欲しがっているという意味では、

 命を狙っていると言えなくもありませんが』


「上手いこと言うな。

 今朝みたいに、警備ロボが自室に飛び込んできたら、

 恐怖を覚えるんじゃないのか?

 いや、つうか、この録画映像、どうみても恐怖に慄いているじゃねえか」


『ケイちゃんの正体は、幼なじみに扮したワタシですよ』


「光輝は中身がお前だって知らないだろ」


『ふっふっふっ。

 ケイちゃんが光輝の気になる存在になったとき、告白するのです。

 明後日はバレンタインなのですよ!

 実はワタシはヴァルです! ずっと陰から見守ってました!

 って告白するのです!』


「陰からって……。

 既に陽の当たるところで攻撃しているんだが……」


 何をため息しているですか?

 無表情のままため息って、けっこう間抜けな顔ですよ。

 もうっ。

 体に巻きついた髪の毛を解き始めたし、まじめに聞いていませんね。


「しょうがないなあ。

 ヴァル1人にラブコメミッションを任せておくと、

 また失敗をしでかすかもしれない。

 オレも行くぞ。オレの意識をネットワークに移すことは可能か?」


『できますよ』


「よし、やってくれ」


 ナコトが眼を閉じると、ネットワーク上に巨大な意識体が発生し始めました。

 ナコトの意識がコンピュータネットワーク上にやってきているのです。


『お、おお、ここがネットワーク空間内か。

 普通に基地内にいるみたいだが』


「ナコトに理解しやすいように、

 ワタシが防犯カメラの映像を加工して見せているのです」


『なるほど。オレは実物そっくりのCGを見ているってわけか。

 道案内はちゃんとしろよ。オレは基地内の構造もよく知らないし』


『もちろんです。ちゃんとついてくるですよ!

 基地ぶらぶらに関してはヴァルがお姉ちゃんだから、よく、言うことを聞くのですよ!』


『はいはい』


『はいは1回なのです!』


『はいはい。サー、イエス、サー』


『もうっ!

 ノリがいいのか悪いのか、分かんないです!

 はいは1回です!』


 というわけで!

 ナコトと一緒に光輝の1日を追いかけることになりました。

 いつもは独りですけど、今日はナコトと一緒だからテンション上がりますね!



 現在時刻、9時0分。

 食事を終えた光輝は司令部棟のブリーフィングルームに来ています。


 正面の壁には一面のモニターがあり、

 床は段差になっていて数十の机と椅子が並んでいます。


 光輝と小娘は一番後ろの端っこに並んで座っています。

 部屋には艦隊司令を筆頭に幹部軍人が、20名ほどいます。


『この20人が、光輝がパイロットだって知っている人達なのです』


『見た目は学校の教室みたいだな。

 なんか普通のおっさんって感じのやつが多いけど、こんなんで戦えるの?』


『ナコトがイメージしている軍人は、鉄砲を持って前線で戦う兵士です。

 この人たちはデスクワークや軍艦の指揮をする士官です。

 最前線に出て人を撃ち殺した経験があるのは、

 元パイロットのセラ艦隊司令と新条作戦部長くらいですよ』


『光輝って軍人なの? 学生なの?』


『学生です。

 上陸支援作戦が実習扱いになるので、単位も取れています。

 海軍異星技術取得学校の生徒なので、税金からお給料を貰ってます』


『ああ、学生のうちに賞を獲ってプロデビューした漫画家のような状態なのか。

 未成年だからプロフィールは伏せますって、少女漫画家かよ。

 ……へえ、給料は少ないのな。

 光輝の年収、ヴァルの維持費一日分もないぞ。

 このままだと結婚生活は初日で破綻するぞ』


 あー、いけないんだー。

 ナコトが人事部のコンピューターに侵入して個人情報を盗み見ています。


『ワタシの維持費は、整備員の人件費が大半です。

 ワタシの体自体の維持費は、額面ほど金食い虫じゃないのです』


 ナコトったら人事部に侵入しっぱなしで、痕跡を残したままですよ。

 ログを見られたら不正アクセスがバレてしまうので、ワタシが代わりに記録を消しておくです。


 しかし、後始末をするのはまるで、おねしょをしたナコトのオムツを替えてお世話してあげるような感じなのです。

 きっと赤ちゃんを産んだら、こんな感じの子育てをするのでしょうね。


『ん、教卓に立ったごつい顔、何処かで見た気がするな』


 よかったぁ。

 ナコトのオムツ姿を想像していたのに気付いていないようです。

 バレていたら怒られるところでしたよ。


『兵站部長の丘上章矢少将、45歳。光輝のパパなのです』


『あ、あー。似ている……か?』


 光輝は丘上が苦手みたいです。

 ほら、さっきから一度も視線を合わせようとしません。

 丘上から話しかけることはあっても、光輝から話しかけることはないし、ふたりが親しそうに会話しているところを見たことありません。


 以前なんて丘上に機体運用についてあれこれ指摘を受けた後、

 光輝は自室で「俺は父さんの操り人形なんかじゃない。敷かれたレールを歩くつもりはない」って愚痴っていましたよ。


『オレも丘上は嫌いだな。見ていてむかついてくる顔だ』


『酷いのです。ヴァルのお義父さんになる人なのですよ!』


 部屋の前に有る机では丘上が1200分の1スケールの模型を使って、

 ヴァル・ラゴウの修理状況を説明しています。


 手の平サイズの模型には両腕がなく、

 ワタシの本体も同じ状態であることを表しています。


 胴体は自己修復機能で、ほぼ完治。

 右腕はメンテナンスのために外しているだけですが、

 左腕は爆破しているので修理は不可能。


 予備パーツが無いため、新規に作り直すしかないそうですが、

 予算が下りるかは別問題。


 艦隊の人達ではなく、統合参謀本部や政治家が決めることなのだそうです。


『何で玩具を使ってるのさ。

 わざわざディスプレイに映すくらいなら、最初からCGでいいじゃん?』


『コンピューターが使えなくなった場合にも対応できるようにしているです。

 ETRや主要な艦隊の現在地は、地図の上に模型を並べて管理しているですよ』


『ふーん。よく分からん』


『敵陣営にもドイツ支部のETR―05みたいなやつがいて、

 がんがん情報戦をしかけてきているのです』


『あー。なるほど。

 電子媒体だけでの情報管理はリスクが大きいんだな。

 手紙や本の存在意義が分かった。

 ……なあ。

 お前の体だけど、修理してくれるETRがアメリカに居るんじゃないの?』


『第101艦隊のETR―01ですね。

 今はオーストラリアにいます。

 ワタシが出撃していた作戦は、

 第101艦隊をオーストラリア北東部に上陸させて、

 彼等がシェルガー基地を再建するまでの時間稼ぎだったのですよ』


 ワタシがナコトの質問に応えている間、ブリーフィングルームでは司令や作戦部長の質問に丘上が対応しています。


『ミーティングの内容を聞いていても、機械のことはさっぱり分からん。

 オマエ、いったいどういう仕組みで動いているの?』


『ヴァルに聞かれたって分からないのですよ』


『自分のことだろ。何で分からないんだよ』


『じゃあ、ナコトの体は、いったいどういう仕組みで動いているの?』


『……なるほど。

 確かに自分のことだけど、分からん』


 そう。

 みんな、自分のことも、分からないんですよ。


 ただ……。

 ワタシが本当に自分のことが分かっていなかったと気付くのは、

 もうちょっとだけ先です。

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