第8話 僕の名前は光輝。地球は狙われている

「目的は不明だが、何者かは俺の周囲を監視しているようだ。

 以前から基地にいると、妙な視線を感じるんだ」


「貴様はカンの鋭さだけは確かだからな。

 気のせいだとも思えないし……。奴等か」


「ああ。奴等が俺の前に現れた」


 まさか、ストーカーですか……?

 光輝をつけ回して、陰から見つめたり盗聴したりしている変質者でもいるのですか?


「いざというときは護ってくれよ。

 俺達は戦場に居るときだけのパートナーだなんて、薄情なことは言わないよな?」


 光輝を護るのはヴァルの役目です。

 小娘なんかに頼る必要はありません。

 ケイちゃんは武装した兵士並みの強さですし、いざとなったら、ヴァル・ラゴウが出撃して、光輝の敵を基地ごと破壊してやります。


「仕方ないな。

 不本意だが、貴様がどうしてもと言うから、

 任務中に限らず、プライベートも極力一緒に行動してやらんでもない。

 いつでもボクを頼るがいい。

 とりあえず、今日にでも貴様の部屋の魔術結界を張り直しておくか」


 ううっ。

 小娘の得意げな声が聞こえる度に、なんか、もやもやしてくるです。

 さっきから変な気分です!


 もうっ!

 スズメがまた来た!


 パンを少しあげるから、あっち行けです!


 こら!

 スクランブルエッグは駄目でしょう!

 鳥なんだから鳥の卵を食べちゃ駄目ッ!


「でもお前、今朝は助けにこなかったよな。

 お前なら2階から飛び降りて2秒で俺のところに来れるよな」


「うっ……。それは」


「去年か? 地震の時は揺れた瞬間に、俺の隣に座っていたよな。

 夏じゃなかったら窓ぶちやぶってた勢いだよな」


「あ、あれは、しょうがないだろ。

 床が下から揺れたんだぞ!

 お前が下で何かしたのかと思ってだな……」


「パイロットなのに地震が怖いって、ないだろー。

 あのときのお前、可愛かったなー。

 俺に抱きつきながら『怖い、怖い、助けて』って半泣きでさー」


「はあ?

 怖いなんて言ってないし! 泣いてないし!」


「ほれほれー」


「やーめーろ。やーめーろって」


 ぐぎぎ……。

 ふたりは、いったい何をしているんですか。

 ヘンリーめ、ぜんぜん嫌がってない口調じゃないですか。

 光輝に甘えやがって、クソガキが!


「で、話を戻すけどさ。

 なんで今日は出てくるのに時間かかったんだよ」


「や……。

 それは、朝だし……。着替えが……」


「格好なんて気にせず助けに来てくれよ」


「いや、だって……。

 それは……。

 昨日は、夜中に探し物をしていてあまり寝れなかったし、

 今朝は、一応、様子は窺っていたし……」


「そんなに言いにくい理由が……?

 あーっ。そうか。

 ごめん。確かに、それなら仕方ない」


「え?

 何でニヤニヤしているんだ?」


「いやいや、お前、小学生くらいにしか見えないけど14だもんな。

 朝、起きてそうなっていたら、驚くし、当然、すぐには動けないよな。

 基地の学校ってそういうこと教えてくれるのか?」


「そういうこと?」


「あれ。知らない?

 もしかして今回が初めて?」


「なんなんだよ、その、ニヤニヤした目つきは」


「まあ、気にするな。病気じゃない。

 お前くらいの年齢なら、みんな経験することだから」


「え? あ? うん?」


「艦隊勤務しているときは、そのまま洗濯に出すなよ。先に水洗いしておくんだぞ」


「うん?」


 ふたりの楽しそうな会話を聞いているだけなのは苦痛でしかありませんでした。


 しかし、既に光輝はケイちゃんの3メートル手前。

 ふたりの仲良しタイムは、ジ・エンド!


 カモーン、カモーン……。

 木陰から目視できる位置にふたりの影が侵入してきました。


 ケイちゃんの準備は万端。

 計画どおりに「パンを口にして出会いがしらに衝突してパンツ見せミッション」を遂行するです!


『スリー……。ツー……。ワン……。突撃!』


 エンジン全開。

 ドルルルッと履帯の回転音を響かせ突進!


『ファイア、イン、ザ、ホール!』


 朝食の乗ったトレイを光輝に向かって投擲!


 だというのにッ。


「うわっ」


「危ない!」


 光輝が短く悲鳴をあげる頃には小娘の靴先がトレイを蹴り上げていました。


 ハーフエルフめ、何という反応速度!


『くっ! たとえ朝食を失ったとしても、光輝には体当たりするのです!』


 ウオオオンッ!

 ケイちゃんのエンジンは意気軒昂と唸ります。


 振動でぶれる視界の中央に光輝をロックオン。


「うわっ!」


「光輝、退け!」


『あっ!』


 ヘンリーが光輝を突き飛ばして、ケイちゃんの前に割り込んできました。

 野生の虎に匹敵する300キログラムボディが、ドグシャアッと小娘を吹っ飛ばしました。


 小さい体がゴロゴロっと転がっていきます。


『よりにもよって小娘に衝突するなんて、不覚です!

 小娘からの好感度なんて上がったって、嬉しくないのです!』


「おい、ヘンリー、無事か」


 尻餅をついていた光輝は起きあがると、5メートルほど先に倒れている小娘のところに駆け寄っていきます。


 ううっ。

 ごめんなさいなのです。

 せっかくの朝食を光輝にぶつけることができなかったのです。


 でも、まだ作戦は終わっていません!

 最後まで諦めない地球最強の無敵ロボがワタシ、ヴァル・ラゴウ!


「おい、ヘンリー、大丈夫か?」


「ああ。ぶつかる寸前に自分で後ろに跳んだ。当たってたらヤバかった」


 ヘンリーは芝生の上に上半身を起こしてケロッとしています。


「警備ロボットは……。大人しいな」


「ああ。お前にぶつかった後は大人しくしている。

 出会い頭の事故だったみたいだな」


 ワタシはアームで光輝の袖をクイクイッとひきます。


「……ん?」


 作戦どおり、用意しておいたパンツを渡します。


「ハンカチ? ああ、これで拭けということか」


 飲むヨーグルトが顔にかかっていたようなので、光輝はさっと拭き取りました。


「ほら、ヘンリー。お前も拭いてやるから、顔を出せ」


 恋愛の参考資料にあるような白いパンツは、昨晩、入手しました。

 基地内の売店には無かったので、探しまくってようやくコインランドリーで見つけたのですよ。


 ん?

 なんか小娘の顔が真っ赤になりました。


「みぎゃあっ!」


 ああっ、ヘンリーが奇声を発して光輝からパンツを奪い取りました!


 両手で抱え込むようにして体全体でパンツを隠す小娘は、プルプルと震えています。


「ど、どれだけ探しても見つからなかったのに、何で貴様が持ってる……!」


 あっ。初めて見ました。


 感情が昂ぶっているらしく、小娘の髪が発光し始めました。


「おい、落ち着けヘンリー。光ってる」


「まさか……。貴様が犯人だったのか!」


 小娘の魔力とかいう謎概念が大気中の水分やチリを破裂させ、パチパチっと鳴っています。


 科学技術の粋を集めた軍事基地の中心で魔力なんていう、ファンタジーするの、やめてくださいよ。


「ヘンリー、何を言ってる。

 とりあえず落ちついて話を聞け」


「さっきやたらと体を触ってきたし、まさか、全部、知っててやってるんじゃないだろうな」


 こ、これは不味いです。

 小娘の放電がケイちゃんの制御に干渉しています。

 身の安全を確保するために、距離をとらなければなりません。

 幸い、ふたりの意識はケイちゃんから外れているので、離脱は容易です。

 タイミングを計って逃げることにしましょう。


「顔に何か付いているから、ハンカチで拭いてやろうとしただけだ。

 拭かれるのが嫌だったら、自分で拭けよ!」


 僅かな間があってから「……ハンカチ?」と小娘が首を傾げました。


「そうだよ。そこのロボがくれたんだ」


「ハンカチ……。ハンカチ?」


 小娘が落ち着いてきたようです。放電も収まってきました。


「ああ。ハンカチだ。手触りがよくていい匂いがしたぞ」


「変態かーっ!」


 治まりかけていた放電が再開。

 ゴウッと見えない何かが周囲に広がり、芝生に波紋が起こりました。

 光輝がよろめきながら小娘に抗議。


「なんで俺が変態になるんだ!」


 チャンスです!

 ふたりの意識が完全にワタシから外れてます!


『Hotel!』


「ぐあっ」


「えっ? おい、光輝!

 なんだこの警備ロボ?! なんで貴様は攻撃されたんだ?!」


 光輝に平手打ちがしたかったのですが、互いの身長差があるため、ボディブローになってしまいました。

 光輝が腹を押さえて、ゆっくりと蹲ります。


 逃走開始。

 エンジン全開!

 ピャーッと逃げるです!


「おい、しっかりしろ、光輝。おい、おい!」


 小娘の声を背後に聞き流しながら、無事、安全圏に到達。

 任務完了です。

 総合的に見て、出会い頭の衝突からエッチと叫んで逃走するまで、ほぼ成功と言って良いでしょう。


 恋愛作戦によって、好感度急上昇です。

 きっと後で再開したとき、光輝はケイちゃんの姿を見た瞬間に胸が高鳴って、超ドッキドキですよ!

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