第7話 遅刻、遅刻ぅからのパンチラ大作戦
現在時刻ナナ、マル、マル。オペレーション・ブレックファースト開始。
食堂や浴場などが有る福利厚生棟のそばでケイちゃんが静かに作戦開始を待っています。
光輝が食事を取るために訪れるはずなのです。
新たな計画は、こう!
転校生
「遅刻、遅刻ぅ」効果音。たったったっ、ドンッ。
転校生
「きゃっ」
主人公
「ご、ごめん。大丈――」
転校生
「痛たた……。きゃあッ! パンツ見たでしょ!」
主人公
「ご、誤解だ!」
効果音。パチーン!
この漫画の要点は、4つ。
1つ、糧秣を手にし、前線部隊との合流を目論む。
2つ、偶発戦闘において機先を制し、最大の衝撃力を食らわせむ。
3つ、防備の薄い箇所を露見することにより、敵視線を拘置し油断を誘う。
4つ、相手が先制の打撃から立ち直る前に、痛打を浴びせた後、速やかに撤退。
『なるほど。理にかなった行動です。
恋は戦いとはよく言ったものです。
迅速な行動、そして、一撃離脱……!』
作戦は完璧。
しかし、懸念事項もあります。
基地は広大な敷地に施設が散在しているし、車道の幅は広いし、死角ができる交差点が無いのです。
「地の利は得られませんでしたが、
要は相手に気取られることなく不意打ちできればいいのです」
ケイちゃんは大きめの街路樹の陰に潜んでいます。
さらに、自動運転の自動車の制御コンピューターをクラックして掌握。
勝手に動かして街路樹付近に配置。
これで、独身寮の方から向かってくる光輝に、ケイちゃんの姿は見えないはず。
ケイちゃんのアームには、朝食を載せたトレイ。
食パンは無かったので、フランスパンを1本用意しました。
バケット!
対戦車ロケット砲弾みたいにイカすフォルムだ!
他には、スクランブルエッグとバナナに、飲むヨーグルト。
食堂に行ったら、貰えたです。
『人間は不思議なのです。
錠剤1つで1日分の栄養を摂取できるのに、食生活が昔から何も変わっていないのです。
戦争の影響で小麦は収穫量が激減しているのに何でパンを食べるのです?』
む。
考え事をしていたら話し声が聞こえてきました。
けっこう離れているので音は微かです。
風の吹く音や車両の走行音などのノイズを消し、人間の声のみ認識するように調整します。
光輝以外の声もします。
どうやら、ヘンリーと一緒にいるようです。
念のため、一瞬だけ木陰から出て、姿を確認しておきましょう。
間違いありません。
光輝と小娘です。
ペアルックです。
ふたりは軍学校に所属している生徒なので、基地にいる間は白を基調にしたセーラー服を着ています。
女学生ではなく、水兵さんが着ている方のセーラー服です。
光輝の乳首くらいの位置から小娘が見上げ、尻尾を振る子犬のようにまとわりついています。
「絶対にあれは女の悲鳴だった。
貴様、まさかとは思うが、おっ、おっ、女を連れ込んでいるのか!」
「お前な……。
俺の非モテを舐めるなよ。
俺が司令以外の女性と会話しているのを見たことがあるのか?」
「ある!
オペレーターと会話している」
「計器の動作確認が女性との会話なのか?」
「そうだ。あとは食堂の女性にもよく話しかけられている」
「『若い子はもっと食べろ』って言われているだけだぞ」
「パイロットは消耗が激しいんだから、
貴様は大人と同じくらい食べるのが、ちょうどいいんだ」
「シミュレーターばかりだから消耗しないだろ。
……待てよ。お前、俺より食べていたよな。
いつもトレイに山盛りにして2、3人分は食っていた。
そう言えば、よく見ると以前よりも丸くなってないか」
「うわっ。やめろ、馬鹿!」
「痛……ッ! いきなり肘はないだろ……」
「腹を撫でまわすからだろうが!
この変態!」
「お前、けっこうぷにってたぞ。
食べすぎじゃないのか。
ほら、二の腕も結構ぷにぷにしてるし」
「さーわーるーな。もうっ」
往来でなにやってんの!
いちゃいちゃしやがって!
そんなんだから、一部の女性兵士に
『ふたりは仲がいいんですね。素敵ですぅ。色々と捗りますぅ』
って言われるんですよ。
言葉の裏を読んでくださいよ。
男同士だと思われているのに『距離が近過ぎて可愛い』って言われているんですよ!
誤解は解いてください。
ふたりは仲良しじゃありません。
単なる同僚です!
光輝にとってはヘンリーが基地内で唯一の年下で後輩だから弄りやすいだけですよね!
「なあ、貴様、いま自分のことを非モテと言ったが……。
日本は世界有数の高齢化社会なんだろ。
貴様みたいな不細工顔でも、連れ込める女くらいいるんじゃないのか」
「……俺は不細工じゃないぞ。
親戚からは昔の俳優のだれそれに似ているってよく言われたし。
生まれてくる時代を間違えただけだ。
少し前だったら、きっとモテてたね」
「明後日はバレンタインだし、色々と浮つく時期だろ。
去年だって、それなりに貰っていたよな」
「はいはい、ありがとうございます。
お前と一緒にいたから、やさしい人は俺にもくれました。
ひとりだと貰えませんー」
「ふん。しょうがない。
ボクはたくさん貰えるから、今年も1つくらいなら分けてやる」
「大量に貰っていたくせに、去年くれたの本当に1つだったよな。
手作りは自分で食えよ。手作りのは、なんか重いだろ。
作った人の気持ちとか、なんか、あるだろ」
「や、あれは、その、作った人はいいだろ別に。あげたんだから!
美味しかっただろ!」
「いや、なんか、ゴムみたいな味がした」
「ゴムなんか入れてな――入れられていないに決まってるだろ!」
むむむ。バレンタインとはなんですか。
検索検索……。
チョコレートをプレゼントして、愛の告白!
そんな風習があったんですね。
いいタイミングです!
今日明日のラブコメ行為で好感度をガンガン上げて、明後日のバレンタインに告白するです。
うへへ……。
大成功する未来が見えてきたですよ。
決めた。今晩はケイちゃんで食堂に侵入してチョコレート作りの練習をしましょう!
「そ、そんなことよりも、食器、いくつか壊れただろ。
また作ってやるから。後で何が要るか見に行くからな」
「ああ。助かる。
お前の作ってくれたスプーンで食べると、マジで美味しくなるからな」
「ふふっ……。
それがボクの魔術だからな」
すっかり忘れていましたが、さらりと魔術と言うだけあって、ハーフエルフのヘンリーは魔術が使えるんですよね。
魔術道具の製作が趣味とかいうヤババなやつですよ。
とはいえ、敵軍にいる異世界の魔術師みたいに炎や氷を出したり傷を治したりとかはできないのです。
小娘は木彫りで自作した道具の性能を上げることしかできないのです。
地味ッ!
小娘の魔術能力、地味ッ!
繰り返す。
小娘は木彫りで自作した道具の性能を上げることしかできないのです。
地味ッ!
小娘の魔術能力、地味ッ!
「結構、時間がかかるんだろ? 悪いな」
「ん。
寝かせておいた木がちょうどいい時期だし、型を作るついでだ」
「型? 何の?」
「な、ななな、何でもない。話を戻すな!
バレンタインの話題は終わっただろ!」
「バレンタインの話なんてしてないだろ?」
ふたりが話題にしているのは小娘が作っている食器や雑貨のことでしょう。
小娘は、木を削ってカップやスプーンを作ったり、木を編んで籠や飾りを作ったりするのが趣味だそうです。
寮の周りに白樺の木がゴロゴロ転がっているし、桶には木の皮が浸してあったりして、邪魔なんですよ。
「ああ、魔術といえば、そうだ。
お前に作ってもらった表札をかけてあるのに、今朝、襲撃されたぞ。
許可のない人間は入れないんじゃないのか?
窓からの侵入は防げないのか?」
「そんなことはないはず……。
入れたってことは、そいつに悪意がなかったってことだ。
……ん? いま、襲撃って言ったか?
さっきは、警備ロボが間違って突っ込んできただけって言ってたよな?」
「……あー。気のせいということに」
ふたりとも声のトーンが一気に下がりました。
パイロットの特徴なのかもしれないけど、ふたりとも切り替えがやたらと早いんですよ。
「話せ」
「駄目だ。話せない」
一拍置いて再び「話せ」「駄目だ」「駄目だが駄目だ」と応酬してから、再び一拍。
「ボクはこの半年、貴様に何度も命を預けた。
貴様は、違ったのか?」
木陰に潜んでいるケイちゃんの位置からはふたりの姿は見えません。
足音が聞こえないので、立ち止まっているようです。
「……悪かったよ。
軍で一番信頼しているお前だから話すが、他言無用だぞ」
「安心しろ。
ボクは貴様と同じで、他に親しい者がいないからな。
他言のしようがない」
「堂々とボッチ宣言するなよ」
光輝、ちょっと待ってください小娘のことは「軍で一番信頼している」ではなく「軍人で一番信頼している」に訂正してください。
光輝が1番信頼しているのはワタシですよね!
ああっ、もうっ。
スズメが光輝の朝食を狙って寄ってきました。
重要な話をしているっぽいんですから、邪魔しないでください。
しっしっと追い払っていると、足音が再び聞こえ始めました。
音波解析。
ケイちゃんの潜む位置まで残り50メートルですね!
「……実は、俺は何者かに命を狙われているんだ」
ええっ!
まじで?! 大問題じゃないですか!
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