第6話 幼馴染みの寝起きアタック
長期メンテナンスに入る前に、光輝と恋愛して思い出を残すです。
身長が170メートルある私は基地内で動くにはデカすぎなので、先ずは手軽なボディを入手するのです。
『恋愛作戦開始!
ヴァルルルルッ!』
警備部のメインホストに侵入。
管理システムの一部を書き換え、基地内の警備ロボットを1台、ワタシの制御下に!
警備ロボットだからケイちゃんと名付けましょう。
履帯の下半身に、円筒形の上半身。
全長1メートルの雄姿!
『起動チェック!』
頭部カメラアイからの視覚情報、正常。カメラアイが左右に移動し、赤く発光。
ベポーンという発光音が聞こえました。
聴覚も正常ですね。
『ケイちゃん出撃!
目指すは兵士用の独身寮!』
ベポーン!
倉庫のシャッターを開放し、エンジン全開。
履帯が唸りを上げ、埃を舞い散らす。
倉庫から出た瞬間、朝陽が周囲を包み込みました。
快晴です。
舗装した道路の脇に街路樹が並び、芝生の広場には蝶が飛んでいます。
AAAF日本司令部は閑静な街という雰囲気です。
『ヴァルルルルッ!
日差しの優しい温もり、胸を清涼感で満たす早朝の空気!
ワタシはどっちも感じませんが、素晴らしい一日が始まる予感!』
基地とはいえ後方の拠点なので、平時は一般企業と同じように朝の6時前から働いている人はあまりいません。
夜勤明けか早朝の散歩か何かをしている人をちらほらと見かける程度です。
『ケイちゃん到着!』
各階に6部屋ある3階建て、独身者用のアパートです。
予算の配分が兵器よりも後回しになるのでボロいです。
壁の塗装は剥げ、苔が生えています。
最新鋭の装備を調えているのにも拘わらず、たまに古い設備が有るのはだいたい予算のせい。
ヴァルに任せてくれたら、証券取引所とか銀行とかの端末に侵入して、お金たっぷり手に入れてあげるのに。
光輝は大尉なので本当は仕官用の寮に入るべきなんですけど、基地勤務中は二等兵というあつかいなのです。
マスコミや敵国にパイロットであることを知られないようにするための措置です。
さて、インターネットで拾った恋愛指南書を基に計画を立てたです。
美少女
「おっはよ、朝だよ。可愛い幼なじみが起こしにきたんだから、早く起きなさい!」
主人公
「ううん、むにゃむにゃ。あと5分」
美少女
「もう、布団を被ってないで、早く起きて」
主人公
「わっ、待って」
美少女
「えっ? きゃあっ!
……へ、変態!
何で、そんなことになってるのよ!」
主人公
「しょ、しょうがないだろ、朝なんだから」
パチーン!
『結局、変態の下りは理解できませんでした。
女の子はいったい何を見たのでしょうか。
漫画には驚いた女の子の顔が描いてあるだけです。
不思議です。
顔面への打撃は常識的に考えて好感度を落とすような気がするのですが……。
まったく、人間は不思議な生き物です』
機械のワタシには人間の感情は、理解できないのでしょう。
しかし、恋愛指南書の定番エピソードなので、これはやるしかありません。
寝起きを襲撃したヒロインが主人公と結ばれる確率は92パーセント(ヴァル調べ)です。
光輝の部屋は1階なので、屋根を伝って窓から侵入する幼なじみは演出できませんが、侵入は容易です。
寮の庭には丸太が置いてあるので、これを踏み台にするのです。
『ヴァルルルルッ!
加速、加速、加速!
ジャァァンプ!』
窓ガラスが昔のアニメバリアみたいにパリーンと砕けて破片が飛び散ります。
室内に突入し、勢いを殺すために履帯を逆回転。
ギャリリリリッと爆音を鳴らして、絨毯を引き裂き床に溝を掘り、壁際の棚に激突してようやく停止。
木製の食器類がばらばらと振ってきましたが、ケイちゃんのチタンボディは無傷。
「うわああっ!」
光輝の悲痛な絶叫。
むむむ。
計画ではワタシが優しく揺り動かして光輝を起こすはずだったのに、もう起きてしまいました。
光輝は息が荒く、汗ばんでおり、まるで悪夢にでもうなされていたかのように表情は引きつっています。
支給品とはいえ、普段あまり見ないシャツ姿なので実に興味深い。
ベポーン……。
「はあはあっ……。
来るなッ! やめろ!」
『可愛そうに……。
覚めない悪夢に苦しんでいるんですね。
でも安心してください。
ここにはワタシしかいません。
光輝を襲う者なんていませんよ!』
光輝はかなり動転しているようです。
ベッドの上で上半身を起こし、後ずさっていきます。
布団がガラスの破片まみれだから危ないですよ。
さあ、幼なじみらしく、アームを伸ばして布団をめくります。
「う、うわっ!」
よし。あとは、ワタシが「きゃあっ、変態」と叫ぶだけです。
ですが、ケイちゃんは道案内や不審者への警告などの、あらかじめ用意してある音声しか再生できないのです。
『ふふふっ、しかし事前に立てた計画に穴はありません』
変態、悲鳴、というキーワードで検索したゲームのサンプルボイスが保存してあるのです。
音声ファイル「ヒロインBサンプル(3)」再生!
「おにいちゃんの変態ッ! <<ピー!>>に<<ピー!>>するなんて、変態ッ! 変態ッ!」
「なっ……!
なんだよ、おい! おい、やめろ!」
おおう。
光輝がワタシに抱きついてきました。
厳密にはワタシが意識を移しているケイちゃんに抱きついているのですが、気分的にはワタシ自身が抱きしめられているかのようです。
「電源!
電源、どこだ。おい!」
光輝がケイちゃんの全身をくまなく触ってきます。
エッチです。エッチな手つきなのです。
モールドを指でなぞったり、突起を指先で撫でたり押したりするなんて、エッチすぎるのです。
あんっ、
駄目なのです、
そんなところを押しちゃうと、医療用品の収納スペースが開いちゃうのです。
カパッ!
カパッ!
らめなのれす。
出ちゃう!
包帯やAEDが出ちゃう!
朝から何て大胆なのでしょう。
うへ。うへへ。
抱きしめ合えるなんて、幸せです。
幸せの絶頂に相応しい音声ファイルがあったはずです。
「らめえっ、できちゃうっ、赤ちゃんできひゃうよおおっ!
お兄ちゃんの赤ちゃんんッ。
お兄ちゃん<<ピー!>>で<<ピー!>>されて、
妹の<<ピー!>>に<<ピー!>><<ピー!>>で<<ピー!>>しちゃうよぉぉっ!」
「何処だ、電源ーーッ!」
はあっはあっ……。
ワタシよりも大きな光輝に抱きしめてもらうのは、なんとも、不思議な気分です。
燃料補給のように、ワタシの中に暖かい物が、たっぷり注がれていくような心地がします。
『えへへっ。
きっと、赤ちゃん、2人くらいできたはずなのです』
このまま抱きしめあっていたいのです。
けど、ワタシは一時の幸せを我慢してでも、計画を完遂しなければならないのです。
アームにパワーを充填して……!
『ごめんなのです!』
「ぐあっ」
平手打ちは無理なので、アームで光輝の横顔を殴りつけました。
光輝が顏からベッドに突っ伏して悶絶しているうちに、ワタシは名残惜しさを振りほどき寮を後にしました。
好きな相手を攻撃して置き去りにする。
いくら恋愛手順書のとおりとはいえ、心が痛むです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます