第5話 尻尾鑑賞会

 33時間後。

 本文が「死ね」のメールを貰ってから音信不通になっていたナコトと

 ようやく会えました。


 朝の6時になるのと同時に、モーニングコールを連発しまくったですよ。


『寂しかったのですよナコト。

 無視するなんて酷いのです』


 真っ白な部屋の、真っ白なソファに寝転がったナコトはいつもの白衣。

 思い出の詰まった箱を抱えていて、ラッコみたいです。


 隈の上にある蛇みたいな目が、チラリと天井を見上げてきました。


「酷いのはオマエの方だろ。

 純情な乙女に卑猥な画像を送りつけやがって。

 あまりのショックでオレは熱を出して、33時間も寝込んだんだぞ」


 怒っているというよりは拗ねているような口調。


「オレが寝込んでいる間、

 どうせオマエは光輝を観察して楽しいひと時を過ごしたんだろ」


『光輝も寝込んでました。

 戦いの疲れが出たらしくお休みです。

 基地に戻ってきているので、

 独身寮には防犯カメラが無くて観察できなかったのです』


「ふん。オレの知ったことじゃないな」


『うう。ごめんなさいなのです。

 でも、ヴァルは何でナコトを怒らせたのかが分からないのです』


「件名が『可愛い尻尾の画像』だったから、子犬か子猫かと思ったんだよ。

 開いてびっくり、まさかの卑猥画像。

 いったいなんの嫌がらせだよ」


『卑猥画像だなんて酷いのです。

 光輝の尻尾は可愛いのです。

 ヴァルが悪かったのです。

 謝るから、ヴァルと光輝の赤ちゃんのお話をしましょうよー』


「……光輝の尻尾?」


 ナコトはむくっと起き上がると、箱をソファに残し、

 よたよたと作業机に向かいます。


 体はまだ寝起きモードのようです。


「あの画像は、光輝なのか」


 どうやら連絡ミスがあったようです。


 ナコトがいつでもワタシの思考を読み取れるといっても、

 読み取ろうとしていなければ伝わらないのです。


 記憶を探ってみると確かにワタシは、光輝の尻尾だとは伝えていませんでした。


『光輝の尻尾はヴァルの尻尾よりもずっと、ずっと小さくて、可愛かったのですよ。

 装甲がなくて柔らかそうでした』


「……可愛い尻尾の画像か。

 ふーん。一応、確認しておくか。

 あ、いや、別にオレは尻尾に興味はないけどな。

 オマエが病気かも知れないと心配しているから、オレも心配になってきただけだ」


 ナコトがそわそわとコンピューターを操作し始めました。

 どうやら消去したメッセージデータを復旧させて尻尾画像を探しているようです。


 お。

 見つかったようですね。

 ナコトは体と顔をモニターから背けて、横目でチラチラとモニターを見ています。

 変な姿勢で見にくくないのですかね。

 わざわざ画像を小さい状態から少しずつ拡大させていってます。


「ひゃ……」


『どうしたのですか、ナコト。

 顔が少し赤いです。まだ体調が優れないのですか?』


「はっ」


 ナコトがビクッとして、天井のカメラを見上げてきました。

 瞳孔がわずかに広がっています。


 謎の沈黙が、5253ミリ秒経過。


『ナコトがフリーズしてから、8、9、10秒経過。システムの復旧を推奨します』


「何でもない。いいか、単なる学術的好奇心なんだからな!」


『光輝の尻尾は位置がおかしいし、ちっちゃいし、何かの病気なのでしょうか』


「他のを見たことがないから相対評価は無理だけど……。

 用途を考えると、小さくはないんじゃないのか?

 あくまでもオレの主観だけど」


 ナコトが目を閉じて何か考え事をし始めたと思ったら、

 すぐにびくっとして、首を振りだしました。


「無理無理。

 絶対、無理。

 でかい。私なら裂ける」


『裂ける?

 何が裂けるのですか?』


「あぐっ……」


 普段より微かに大きく目を開いています。

 無表情なナコトには珍しい慌てっぷりです。


「そんな知識で赤ちゃんとか言うなよな……」


『他の比較画像があれば、光輝が病気かどうか判断できるのですか?』


「他の……だと?」


『ヘンリーの画像ならあるのです』


「ヘンリー?

 ああ、前いた奴の交代で来たハーフエルフか。

 世界にひとりかふたりかしかいないっていう。

 ……ヴァルは結局、ブランシュ・ネージュに撃墜数で負けたよなあ」


『機体運用が違うのだから、仕方ないのです。

 あっちは群がるザコメカを蹴散らすことや支援に特化した機体。

 ヴァルは対大型機の決戦用なのです』


「はいはい」


 本当に分かっているです?

 小僧の乗るブランシュは雑魚専。

 ワタシはボス専!


 撃墜数に差が出るのは当然のことなのですよ。

 ワタシの方が絶対に貢献してるもん。


「修理費やら運用費を考慮すると、お前の方が圧倒的に効率悪いけどな。

 ヘンリーは被弾ゼロだぞ」


『むうう。まあいいのです。

 ヘンリーの画像をモニターに出します』


「子供の尻尾ならそんなに怖くないけど……。

 ん、やけに可愛い尻だな」


「はい。お尻です。

 ヘンリーは尻尾が生えていないのです」


『んー?

 光輝より可愛いのが前に生えているんだろ?』


 ヘンリーを正面から映した画像を表示してみました。


「画像間違ってるぞー。

 これは女児の裸だ」


『いえ、ヘンリーですよ。

 ほら、こっちが全身が映っている画像なのです』


「いや、でも、これどう見ても、

 親近感を覚えるくらい、上から下までペタンペタンつるんつるんだぞ。

 ちょっと待てよ」


 ナコトの目蓋が閉じた瞬間、ネットワーク上のワタシの横を、

 何かが高速で通り過ぎていくような感覚が生まれました。


 どうやらワタシの機能を利用して、

 ナコトが基地内のネットワークに侵入したようです。


 さすがはワタシのママ。

 ワタシの機能を利用する手際がなめらか。


 ナコトは基地内のネットワークを縦横無尽に駆けめぐり、

 人事部や情報部のコンピューターにアクセスしていきます。


 ヨーロッパ支部のコンピューターにも侵入しているようです。


 あっちには電子戦特化のヤバいヤツがいるから、

 ナコトがワタシの機能を使用していることには気付いたはずです。


 即座に何も言ってこないということは、

 不正アクセスは見逃してくれたようですね。


「そういうことかよ」


『どういうことかよ?』


「Henrietta(アンリエツタ) Kukkanen(クツカネン)。

 女の子の名前だ。

 んー。

 でも、軍の名簿でもHenrietta(アンリエツタ)じゃなく

 Henri(ヘンリー)になってるのか。

 軍学校でも男子生徒になってるな」


『本人もよく、ボクはアンリだと言っていますけど、

 小賢しいから小僧はヘンリーでいいのです』


「光輝にとっては、共に死線を潜り抜けてきた3歳年下の女子か……」


『それがどうしたのです?』


「……なあ、ヴァルに勝ち目はないんじゃね?」


 ん、んー?


「端末の位置情報を過去1年分調べてみたら、

 作戦行動中以外あいつらほとんど一緒にいるぞ。

 仲良すぎるだろ」


『部屋が同じ学生寮の1階と2階だから、

 位置情報だと一緒にいるように見えるだけですよ。

 ふたりとも新条少将の従卒だから、

 授業以外では行動を共にすることが多いのは仕方が無いのです』


「そうか?

 んー。なんにせよ、アンリはヴァルにとって最強の敵になることは間違いないな」


『えっ?』


 敵という言葉を聞いたワタシは動揺するのよりも先に、

 基地司令の名前を勝手に使って特殊部隊にヘンリーの抹殺と

 ブランシュ・ネージュの爆破命令を出しました。


『ブランシュ・ネージュのパイロット、ヘンリー中尉は異世界の特殊工作員である。

 ETAW(イータウ)は至急、目標を排除されたし。

 標的はハーフエルフなので強い抵抗が予想される。

 AAAF基地内での重火器の使用を許可する。

               AAAF太平洋軍第201艦隊司令瀬良仁那中将』


 緊急命令の送信完了。

 迅速な行動は成功の友、です!


 戦場で培った冷静な判断力による完璧無比な命令なのです。


 10分もせずにキャンプ・セラからETAWの屈強な兵士が

 わんさかとやってきて、全てを片付けてくれるでしょう。


 ETAWはElidanus Technology Advanced Weaponの略で、

 エリダヌス製先進火器チームのことです。


 エリダヌス製の銃火器で武装した最強の歩兵集団です。


「送信、待て」


 ナコトが端末を操作する音が、白い部屋一杯に響きます。

 ネットワークに侵入して、取り消しの命令を送っているようです。


「ちょっと、ヴァル。

 取り消して、今の命令、取り消して!」


 むむっ。

 ナコトの声が大きくうわずっていて、焦りの色が見えます。


『ワタシ、また何かしちゃいました?』


「しちゃったよ!

 早く、今の命令、消して!」


『分かったのです』


 既読0件でしたので問題はないでしょうが、

 念のために訓練用の命令を誤送信したと

 フォローのメッセージを送っておきました。


『何故、敵を排除しては駄目なのでしょうか?』


「少しは疑問に思えよ。

 敵といっても、侵略者じゃない。仲良く喧嘩する敵だ。

 お前と光輝の関係を邪魔するライバルという意味だ」


『だったら、最初からそう言えばいいのです。

 心配は無用なのです。光輝に同性愛の趣味はありません!』


「だから、ヘンリーは女だって。

 ああー。もう、うあー」


 盛大なため息と共にナコトの小さな体が沈んでいき、

 お尻が椅子からはみ出て、べしゃっと床に落ちて、うごうごとくねり始めました。


 さすが生身。くねくねしてる。

 装甲板で覆われたワタシには真似できない挙動なのです。


 まだ朝6時なのに、

 ナコトはもう本日の活動は終了という感じのぐったり具合です。


『夜の5時だろ……』


 喋るのすら億劫になったらしく、思考がワタシに直接、届くようになりました。


『日本5時10分。ケアンズ6時10分。

 オマエ、まだ、オーストラリア時間』


 思考だけなのに、何か、だるだるですね。


『あんまり、やりたくないけど、記憶を少し弄るからな』


『ううっ。記憶は、大事な宝物なのです。

 あまり、変えてほしくないのです』


『安心しろ。少し認識を変えるだけだ』


 ナコトの周辺に半透明の画面が現れ、複数のプログラムを起動しました。

 体を動かさず、視線と脳波だけで、システムを実行しています。


『よし。修正完了。

 なあ、ブランシュ・ネージュのパイロットって、男だっけ、女だっけ?』


『ヘンリーは女ですよ』


『うん。女……。

 光輝とどういう関係だっけ?』


『同じ部隊に所属する仲間です。

 光輝はヘンリーを男だと思いこんでいるようですが、警戒は必要です。

 恋愛関係に発展する怖れありです』


『うん。そう』


 ナコトは机の下からソファに向かって、芋虫みたいにのたのたと移動します。


『ああっ。

 ちゃんと立って歩かないと、服が汚れるですよ』


『恋のライバルとして、仲良く喧嘩しろよ、な……。

 ふぁ……』


 思考で会話しているのに欠伸をするなんて器用ですね。


『ちょっと待ってください。

 何で睡眠モードですか。ワタシと光輝の恋愛作戦はどうなったのですか。

 作戦を練ってくれたんじゃないのですか!』


『いま、話してたじゃん……』


『えっ?!』


 ナコトはソファによじ登る気力すらないらしく、

 箱を手にすると床の上で丸まってしまいました。


「いま、赤ちゃん、産めるか、検討、した……じゃん……?

 ワタシの体、貸したら……サイズ的に、無理……じゃん?」


 最後に肉声で一言残すと、

 ナコトは呼吸しているのか妖しいくらい、ピタッと動きが止まりました。


『え。あれ。お休みなさいなのです?』


 あれ。あれれ?

 尻尾の話とヘンリーの話しかしてないですよ。

 いったい、いつ赤ちゃんの話をしたのですか?

 まさか、ワタシの記憶が消されているです?


『むうう……。

 よく分からないのです。

 混乱したときは当初の計画どおりに行動するのが最善です。

 ナコトは、赤ちゃんの前に恋愛だと言っていました』


 現在時刻を6時から5時に修正。


『ふっふっふっ。

 ワタシが、デキる女だと証明してみせましょう』


 ナコトと会えない3日の間に、


 ワタシだってインターネットから恋愛の参考資料を

 大量に入手して勉強したのです。


 恋愛成就者にもっとも多かったのと同じ行動を実践すれば、

 光輝はワタシにめろめろになるのです。


 光輝とラブラブして、赤ちゃん産むヴァル!

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