第4話 光輝の尻尾は体の前にあるです!
あれ?
光輝がヴァル・ラゴウの中にいません。
ヴァル・ラゴウは異世界に攻め込むことも想定しており、
単独で戦闘行動ができるように、機体内に住環境が整っています。
食糧も1年分、備蓄してあります。
なので、その気になれば、わざわざ出ていく必要はないのですが……。
上官からの呼びだしで空母AKAGIに移動したのでしょうか。
夜だし、疲れているから寝かせておいてほしいのに。
『飛行空母AKAGIに侵入なのです』
AAAFの軍事回線が繋がる限り、
ワタシに侵入できないところなんてないのです。
『見つけました。パイロットの控え室です。
AAAFの隊員はみんな、
眼鏡か時計か携帯電話にGPSを埋め込む規則ですから、
位置の特定は簡単なのです』
室内にはテーブルとソファの他に、飲料の自販機やテレビが有ります。
隣接するのはシャワールームや仮眠室です。
あっ。
壁に貼ってある水着のポスター、若い頃の基地司令じゃないですか。
誰ですか貼ったの。
まったくもう、おっぱい好きめ!
『あとで私のポスターを送りつけて交換させましょう。
……流石にAKAGIはワタシの中よりも設備が充実していますね。
あっ! ハンバーガーの自販機!
まだ有ったんだ!
……べ、別に羨ましくないし』
グーデリアンバーガー先輩の体、
角の塗装が少し剥げた感じとか錆びついたボルトとか、
風格たっぷりでヤバイ。
電子マネーやタッチパネルに一切対応しない武骨な漢前……かっけぇ……。
『じゃなくて!
そんなことよりも、光輝は何処ですか?
端末の位置情報は確かに控え室……。
あ、よく見るとシャワールームです』
ん、周辺に有る電子機器の一覧をチェックしていたら、防犯カメラを発見。
しかも、シャワールーム内にも防犯カメラが設置してあります!
『も、もも、もしかして、光輝のシャワーを覗くチャンスですか!
おや、不思議ですねえ。
いつの間にか防犯カメラが1台ワタシの制御下に入っています。
戦闘直後だし疲労でシャワー中に意識を失ったら大変なので、
しっかりチェックです!』
水の流れる音だけ拾えました。
どうやら機能制限をかけていて、映像を取得していないようですね。
しかし、入力デバイスは存在しているので、
プログラムを書き換えてやれば映像も取得できるはず。
『はい、できました! ヴァルは優秀なのです』
一糸纏わぬ光輝の姿が映りました。
『うふふっ。
何だかドキドキします。
人間は尻尾を服の中に隠しているから、
ワタシはまだ一度も光輝の尻尾を見たことがないのです』
ん?
何か、体の形が変です?
画像を加工して湯気や水滴を消したのに、肝心の物が映っていません。
『大変なのです! 尻尾が無いのです!
どういうことですか。……あっ!』
シャワーを浴び終えた光輝が振り返ると、
体の前側に小さな尻尾が生えていました。
『どういうことですか。
何で尻尾が前から?
形も変だし小さいです』
ヴァル・ラゴウの尻尾は8両編成の列車並みで、170メートルほどあり、
全高と大体一緒です。
尻尾とは長く太くて雄々しい物なのです。
光輝の尻尾は足の付け根にあるのだから尻尾に違いないのです。
けど、位置が前後逆です。
普通、尻尾はお尻側に有るはずなのです。
『もしかしたら何かの病気かもしれません。
画像をナコトに送って見てもらうのです』
緊急回線でナコトに画像を送りました。
けど、返事を待っている暇はありません。
分かる範囲で調査しなければなりません。
もし怪我や病気だったら大変なのです。
『むむむ。
あんなに小さな尻尾で、どうやって走るときにバランスを取るのでしょう。
敵に叩きつけることもできませんよ。
それに何より、体の前にあったら邪魔なのです』
随分と柔らかそうで小さい尻尾なのに、
なんだかワタシの視線を惹きつけて止まないのです。
『あっ。あっ。もっと見ていたいのに』
光輝が脱衣所に移動。
カメラの死角になっていてワタシからは見えません。
控え室に視点を移して数分経過。
見慣れたパイロットスーツの光輝がやってきました。
着替えを持ってこなかったようです。
排泄物を分解吸収するパンツは捨てたと思うので、多分、ノーパンです。
ノーパン。
光輝は自販機でペットボトルのスポーツ飲料(ぜんぶ無料!)を手に入れると、
4人がけソファの真ん中に尻から飛び込みました。
ピロリローン。
『あっ、ナコトからメッセージが届いたです』
件名「Re:可愛い尻尾の画像」
本文「死ね」
『死ね?! なんで!
なんで怒ってるのですか?
ついさっきの優しさはどこ行ったです?』
むうう。
ナコトの怒りを静めに行くべきかもしれませんが……。
うとうとし始めた光輝の観察を優先するのです!
寝落ちする寸前のとろとろ顔が可愛いのです。
『こんなところで寝ては風邪をひくのですよ』
部屋の空調を弄って、室温を上げておきましょう。
AKAGIはエンジンの廃熱を暖房に転用しているので、
燃料を気にせず使い放題です。
あっ……。
風向きを変えて、風を額にあてて髪の毛ふわふわ揺らして遊ぶの楽しい……。
むっ。
人が光輝の寝顔を堪能しているというのに、部屋の外から、何者かが走って近づいてくる音がします。
嫌な予感がします。
現在AKAGIのパイロット控え室を使用するのは第1ETR戦隊だけです。
同隊に所属するのは、ひとり乗りETRが2機。
つまり、この部屋を使用する人間は、あと1名だけなのです。
自動ドアが横にスライドする音で、光輝も気付いたようです。
ドアが開ききるよりも先に、
光輝とおそろいのパイロットスーツを着た小僧が勢いよく入ってきました。
光輝は立ち上がって敬礼でもしようとしたのか、
わずかに上体を起こしましたが、小柄な姿を見ると、すぐに脱力しました。
「よう、ヘンリー。
さっきの支援攻撃、助かったよ」
「ヘンリーじゃない!
ア、ン、リ、だ!」
小僧はソファの前まで来ると、光輝の眉間に人差し指を突き付けました。
動くたびにママレード色の短い髪がフワフワと揺れる、落ち着きのない子供です。
「ヘンリーはイギリスやドイツ語の発音だ。
ボクの母国ではアンリと発音する」
「悪かった。ヘンリー。
次からは気をつけるよ」
「ふん。分かればいいんだ。分かれば。
次は間違えるなよ」
会うたびに同じやりとりをする小僧はヘンリー。
異世界のエルフと地球人のハーフという、実にレアな存在なのです。
地球は異世界と敵対するようになってしまったので
新生児もあまり増えないでしょう。
AAAFが把握しているハーフエルフは世界に2名のみらしいので、
ソシャゲメーカーもびっくりのレアリティですよ。
髪は琥珀のような光沢を放ち、肌は濡れたような艶を帯びています。
さきほど衛星軌道から支援攻撃してくれたETRのパイロットです。
衛星軌道にいたんだから、日本の基地に直接、帰還すればいいのに。
なんでわざわざ、太平洋上を航行中のAKAGIに来るんでしょう。
さっきはAKAGIから遠隔操縦していたのです?
ヘンリーは壁際の棚から2つの封筒を取ると、1つを光輝に渡しました。
2人は口に笑みを浮かべ視線を重ねると、同時に封筒を破ります。
何度も何度も細かくすると、部屋に撒き散らしました。
家族宛の遺書が不要になったということでしょう。
小僧が光輝の隣に飛び込み、
ペットボトルを奪って飲みだした挙げ句に「ぬるい」と突き返しました。
何という生意気なガキですかコイツは。
光輝の方が上官なんですよ、偉いんですよ。
光輝は大尉、とても偉い。
ヘンリーは中尉、光輝よりも下っ端!
「ところで、だ。ボクは言ったよな。
この戦いが終わったら秘密を打ち明けると」
「ああ。
重大な秘密って言っていたよな。
なんだよ」
光輝が隣の小僧を向きますが、ヘンリーは正面を見たまま続けます。
「戦いは終わったんだ。
ボクは、そろそろ、このパイロットスーツを脱がなければならない」
ん?
なんか組んだ手で指先をくるくるして、もじもじしてます?
分かった。
うんこだ!
ワタシと同じ結論に達したらしく、光輝が小僧を肘でつつきます。
「着替えてトイレ行けよ。
分解吸収するパンツに慣れて、普段から漏らすようになったらお終いだぞ」
「違う!
そういう意味じゃない。
これから先、このパイロットスーツを着ることが
できなくなるかもしれないという意味だ」
「あー。
俺も中学のとき、1年で一気に10センチ伸びて制服やジャージを
買い換えたなあ。
お前くらいの年齢だと身長を測るの楽しいだろ」
「違う。
背が伸びたわけじゃない。
いや、伸びたけど、そんなに伸びたわけじゃないし」
「じゃあ、なんだよ。
他にパイロットスーツを着られなくなる理由なんて……。
まさか……退役?」
「ちーがーう。
この1年、ボクを最も近くで見てきた人間はお前だろう。
なら、気付いてもいいんじゃないのか?」
「……まさか!」
「ふん。
鈍い貴様でもうすうす気付いていたようだな。
その、まさかだ」
近い。近い!
小僧が光輝に体重を預けるようにして身を乗りだし、
鼻先がくっつきそう位置で不敵な笑みを見せつけています。
「昇進するんだな。
おめで――痛い!」
「違う!
なあ、おい、サバイバル訓練で疲れ切って、
重なり合って眠ったことがあったよな」
「俺ほ、倍以上ろメニューをこなしていたお前ほ、普通に凄いと思っは。
いひ加減喋りにくひから、手を放へ。
……だいたいあの訓練、意味無いだろ。
わざわざ機外に脱出しなくても、コクピット内で救助を待つほうが安全だ」
「万一に備えないといけないだろ。
貴様はボクと違って貧弱なんだから」
「お前が異常なんだよ。
右足が沈む前に左足理論で水面を走るやつをリアルで見たときときは笑ったぞ。
あの訓練は水中で意識を失った俺を救助するという設定だろ。
笑ったせいで水を飲んで、本当に溺れるところだったんだぞ」
「溺れているように見えたから本気で助けにいったんだろ!
あの後、救命訓練で心肺蘇生をしたよな」
「透明なシート越しとはいえアレが俺の初めてだったんだぞ。
嫌なことを思いださ――痛ッ。
つねるな!」
「ボクも初めてだったんだが、嫌なこと扱いされるとムカつく!
いや、今はおいておこう。
いつもお前にシャワーを先に浴びさせたよな」
「ああ、俺は先輩だし上官だからな。
気を遣ってくれなくてもいいんだがな……。
つうか分かってんのか。
作戦行動中の俺は大尉、お前は中尉。
俺の方が偉いの」
「一緒に風呂に入ったことはないよな」
「風呂なんて他人と一緒に入るものじゃないだろ?
それに『背中に負った恥ずべき傷があるから裸は見せられん』とか言ってただろ」
「実は、それは嘘だ。
ボクの体は、その」
小僧は少し言いよどんでから、僅かに頬を赤くして
「傷一つないし、綺麗だと思う」
と付け足しました。
なんなんですか。
さっきから黙って聞いていれば小僧はわけの分からないことばかり。
「ヘンリー。
俺はついさっきまで新条少将に戦闘報告をしていて、疲れていて眠いんだ。
はっきり言え……」
「う……。
いざ言おうとすると、ボクから言うことではなく
貴様が気付くべきことだとも思えるし」
ヘンリーは俯くとぼそぼそと早口で喋りました。
「そもそも、貴様がボクのことをアンリと呼ぶようになってからではないと、
話が始まらないというか。
でも、貴様がボクの名前を言い間違えるのは、
ある種の儀式だというのは分かっているんだ。
ボクも貴様も、生きて帰ってこられるか分からないだろ。
だから、次、また同じやり取りをするために、
貴様はわざと間違えているんだ。
そうだろ?」
光輝の返事を待つことなく小僧は瞼を閉じ、まくし立てます。
「だから、ボクは今後も貴様と次を迎えたいから、
ヘンリーと呼んでくれるのは構わないんだ。
だけど、そろそろアンリと呼ばれたいと思わないでもないというか。
一緒に寝たり、キ、キキ、キスみたいなことまでしたし。
話が振り出しに戻ってしまうんだが、
貴様との関係が変わってしまうような秘密に関わってきて、ん?」
ヘンリーはようやく独り相撲をとっていたことに気付いたようです。
光輝はとっくに眠ってしまっています。
「光輝!」
「失礼しました! 寝ていません!」
ガバッと立ち上がり敬礼する光輝。
「って、なんだ、ヘンリーか。
いや、寝てない。寝てないぞ。ちゃんと聞いていた」
「ボクの目を見て同じことをもう一度言ってみろ」
小僧も立ち上がり、ソファに乗って(ちびっこだから身長差を埋めるため)光輝の額に額をぶつけてぐりぐり。
「近痛い! 近痛い!」
「ふんっ。もういい!」
小僧はソファを飛び降り、悪態。
「ボクはシャワーを浴びてくる。
全身に火傷の痕があって恥ずかしいから、覗くなよ。
いいな、絶対に覗くなよ!」
「背中の傷じゃないのか?」
「覗くなよ!」
小僧は大きな音を立ててドアを閉め、隣の部屋に姿を消しました。
もう、何なんですかあの態度は!
生意気なのです!
こうなったらヴァルが更衣室の防犯カメラを使って、
小僧が隠したがっている秘密を握ってやるです!
『小僧はいっつも光輝に付き纏ってきて邪魔なのです。
作戦行動中なのに何度もヴァル・ラゴウにやってきたし。
ワタシの中に部屋が余っているのは、小僧を泊めるためじゃないのですよ!
単独での長期任務を想定しているだけなのです!』
脱衣所は見えませんが、マイクの感度を上げたら小さい声が聞こえてきました。
「いくらボクが小柄だとはいえ、いつまでも騙せてしまう体格に問題があるのか?
でも、少しくらい疑ってもいいんじゃないのか?
ボクは光輝みたいにのど仏は出ていないし、首は細いし肩幅だって狭い。
腕も細いし、指は長いし、あいつみたいに足に毛なんて生えてないし、
足を組んで座らない。
あいつと違ってズボンのお尻で手をふかないし。
って、別にボクはあいつのことをジロジロと観察しているわけじゃないからな!」
ようやくシャワールームに出てきたヘンリーの体は、
丸みを帯びていて、いかにも華奢です。
シャワーのお湯が、脇から腰を経て太股に沿って流れていきます。
「散々、覗くなって言ったんだから、むしろ覗きにくるだろ?
来たら、あいつに負い目を与えた上でボクは秘密を打ち明けられるんだけど……」
ふっふっふっ。
小僧の秘密を掴みました。
隠したくなるのも当然ですね。
小僧はあろうことか、尻尾が生えていません!
前も後ろもつるんつるんです。
ぷー。くすくす。
尻尾がないなんて、はっずかしー!
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