第一章 発動! ラブコメ作戦
第3話 赤ちゃん産みたい!
『えへへ。
というわけで、赤ちゃんの作り方を教えてくださいです』
「は?」
ぽけーっとワタシを見上げてくる、ぬいぐるみのようなちびっ子は、ナコト。
ワタシは現在、ナコトの部屋の天井にある防犯カメラから視覚情報と音声を得ています。
ヴァル・ラゴウ本体は飛行空母AKAGIにつり下がった状態でまだ太平洋上です。
光輝が眠ってしまったので、ヴァルは意識だけAAAF日本支部にあるナコトの部屋に遊びに来ているのです。
「赤ちゃん?
ちょっと待て。たった今、バハムートと戦ってきたんだろ?
意味が分からん。オマエの記憶を覗く」
ナコトは
ヴァルの人格を創りだしたママです。
お尻まで届く黒髪と白衣の組み合わせは子パンダみたいです。
「オレは17歳だ。ママと呼ばれるような年齢じゃない」
ナコトは口を尖らせてワタシを見上げてきました。
いつもの平坦なしゃべり方です。
感情の起伏はあるんですけど、ほとんど表情に出しません。
多分、表情パターンのプログラムがバグってるんです。
濃い隈と蛇のような目付きは、ワタシの身を案じて眠れぬ夜をすごしたからでしょう。
「誰が蛇目のちびっ子だ。オレは朝昼晩、しっかり寝てるぞ」
ワタシの思ったことは言葉にしなくてもナコトに伝わるので、便利な反面、余計なことまで筒抜けでたまに困ります。
『寝る子なのにぜんぜん育ってないですね。背も胸も尻も』
「オマエ、映像解析機能が壊れているんじゃないのか?」
『え?』
改めて見ると、ナコトの瞳には大人の女性だけが持ち得る妖しい色気が見え隠れしています。椅子に座って足を組む姿はセクシーで、同性でありながらワタシは――。
『――って、やめるのです。
人の思考を勝手に操作しないでください!
誰がセクシーですか! ちびっ子! ちびっ子!』
開発者であるナコトは、いつでもワタシの思考や記憶を編集できるのです。
「オレは、オマエを娘というより、妹だって認識しているけどな」
『えー。ナコトはお姉ちゃんって感じでもないですよー。
ちっちゃいし。ワタシの小指の半分もないじゃないですかー』
ナコトはお尻が小さいから椅子のスペースは余っているし、足の裏は床から浮いてぶらぶらしているし、ちびっ子以外の何者でもありません。
あと2、3人は同じ椅子に並んで座れるんじゃないですかね!
端から見れば、天井を見上げてぶつぶつ独り言を零している可哀相な人です。
ひとり部屋で良かったですね。
友達がいないのか、人が訪ねてきているのを一度も見たことありませんよ。
「可哀相な人で悪かったな。ネット引きこもりといい勝負だ」
『引きこもってないですよ!
半年間の作戦が終わって帰ってくるところですよ!』
「でもオマエ、生まれて半年間は、シミュレーターでの訓練が大半で、ずっと格納庫だったじゃねえか」
うっ……。
確かにワタシは地域住民との交流イベントや災害派遣で出撃したことはありますが、基本的に待機ばかりでした。
ワタシの意識が生まれたのが1年前で、それ以前に体はできていたので、実際の待機期間はもっと長いはずだし……。
ナコトがただの「引きこもり」ではなく、「ネット引きこもり」といったのは、いつからか忘れたけど、ヴァルが意識を本体から切り離して基地内のネットワークに侵入して遊び歩くようになったからなのです。
AAAF――Anti Another world Allied Forces――対異世界連合軍の日本支部。
名古屋から30キロメートルほど南下したところにある、低い山と林に覆われた8キロメートル四方がAAAF日本支部です。
基地の西端は伊勢湾岸に達し、研究と発電を兼ねた原子炉や、軍民共用の海上空港があります。
ワタシのパイロット光輝は、敷地内にある軍学校の生徒です。
軍事施設が集まった区画が主にワタシの活動範囲です。
侵入できなところはないと言っても過言ではないのです。
「ほらな、まさにネットひきこもりじゃねえか。
よし、オマエの記憶をだいたい把握した。
赤ちゃん発言の意図が分かった」
『はい。ヴァル・ラゴウの戦いが一区切りついたのでメンテナンスですよね?
早ければ来週にはワタシは完全停止してしまいます。
眠りにつく前に思い出が欲しいのです。
ワタシが生きた証しとして、光輝との愛の結晶が欲しいのです』
「深刻になるなよ。
システムダウンしても別にオマエの自我は消滅しないぞ。
長期メンテ中はワタシの中に戻ればいいだけだろ。もともとワタシの一部なんだし」
ワタシの記憶は後に戦闘詳報として文書化されるので、読んだ人が混乱しないように補足しておきますねー。
ワタシの自我は複合合金のでっかい体(身長170メートル! 体重30万トン!)に入っているけど、元々はナコトと同一人物であり、その別人格なのです。
いわゆる二重人格の片割れがワタシなのです。
ヴァル・ラゴウが脳波を感知できる距離にいれば、ワタシの人格はいつでもナコトの体に戻れるらしいです。
試したことはないんですけどね。
『そんな小っちゃくて柔らかそうな体は嫌ですよ。
ワタシ、生まれたときからずっとヴァル・ラゴウなんですよ』
「単なる里帰りだろ。
そりゃあ、人格が混ざるのか共存するのか、どうなるのか分からないけど、オレは構わんぞ。
オマエはオレなんだし」
『逆を想像するといいです。
ナコトは巨大人型兵器の制御システムになりたいですか?』
「そう言われると嫌だが……。
でも、オマエはオレの中に戻ってくればいい」
『ナコトが死ぬリスクを心配してくださいよ』
「人格に影響が出るかもしれないってだけで、死なないって」
『生身の体が無いワタシにしてみれば、人格の消滅は死と同義です。
ワタシはナコトを殺す危険は冒せません』
「そういう言い方は卑怯だろ。
何があろうとも、オレはオマエを失いたくない。
オマエがオレのことを大事に思っているのと同じくらい、オレはオマエが大事だ」
声は相変わらず平坦だけど、ナコトはカメラから視線を逸らしました。
照れてます?
ワタシのこと好きすぎー?
「茶化すなよなー」
『人格の融合はNGなのです。
光輝への思いや共に過ごした記憶は、ナコトに覗かせることはできても、あげることはできないのです。
これはワタシだけの宝物なのです。ナコトのそれと同じです』
ナコトが振り返り、ソファの上に置いてある箱を見つめました。
飾りのない真四角な白い箱です。
ナコトが大事にしている、大事な記憶が隠してある宝物です。
「これはただの箱だ。
鍵を無くしたし、何が入っているのかも忘れた」
『でも、いつもそれを抱いて寝ています。
きっと、大切な思い出が詰まっているんですよ』
箱を抱いて丸まったまま泣いているときもあります。
ナコトの表情は変わりませんが、悲痛な面持ちで(だって眉毛が少し下がってるもん)黙り込んでしまいました。
ナコトは思い出がどれだけ大事なのかワタシ以上に知っているのです。
だから、赤ちゃんを産んで思い出を残したいというワタシの気持ちを分かってくれるはずなのです。
『しょうがないのですよ。
ワタシは戦争のために生まれた兵器に過ぎないのです。
ロボットなのです。ダダッダーッ! なのです。
でも……。最後に少しくらい、いい思いをしたいのです』
だって……。
好きになってしまったんです。
光輝は内弁慶だし、すぐすねるし、ワタシの言うこと聞かないし、操縦はカン頼りでぜんぜん上達しないし、ミスしたときはワタシのせいにするし。
でも、訓練で好成績が出たときの笑顔は可愛いし、テンション高い時は必殺技の名前を叫んでくれるし、作戦が成功したらワタシのおかげだって褒めてくれるし。
雨の日も嵐の日も、ずっと一緒だったのです。
好きになってしまったのです。
「オマエの気持ちはよく分かった」
ナコトが勢いよく椅子から飛びおりました。
「オレが何とかする」
カメラ越しに視線が重なり、思わずドキッとしました。
いつもの無表情な瞳なのに、熱い意思が見えたような気がして、ワタシの感情が揺らぎます。
『ナコト……?』
「しんみりするのはなしだ。
長期メンテナンスに入る前に、お前の思ったとおり、最高の思い出を残そう」
『ナコト!
ワタシに、光輝の赤ちゃんを産む方法を教えてくれるのですね!』
「いや、先ずは赤ちゃんを産む前に恋愛だ。
2人は恋人同士になる必要があるんだ。
戦闘だって、いきなりオマエが出撃するんじゃなくて、先に色々あるだろ?」
『はい!
先に電子攻撃機や偵察機を出します!
さらにその前に偵察衛星で情報収集します!
さらにさらに先に諜報活動します!』
「そう、情報だ。
戦争も恋愛も情報がすべてを左右する。
だからオレが恋愛のなんたるかを調べてきてやる。
情報が揃い次第、敵の目を潰してから偵察だ」
『なるほど。恋愛も戦闘と同じなのですね!
確かに、恋は戦いだという言葉を何処かで見た気がします!』
「そのとおり!
時間が惜しい。オレが情報収集し作戦を練っている間、オマエは少しでも光輝と一緒にいて思い出を作るんだ。
1秒たりとも無駄にするな」
『はい! 迅速な行動は成功の友、です!』
「行け!」
『了解!』
さあ、いきますよ。
光輝の乗ったヴァル・ラゴウは日本から南方へ2000キロメートル太平洋上空です。
長期メンテナンスでワタシというシステムが停止する前に、思い出作りです。
ヴァルルルルーッ!
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