第2話 必殺! グラヴィティ、ナックゥ!

 高温でセンサー類が死亡しましたね。

 ワタシの体がいったいどういう状態なのか、自分のことなのに完全に不明です。


「くそっ……。どうなった」


 光輝の汗が額から顎へと流れていきます。

 コクピットは常温を維持しているので、緊張や疲労による汗です。


 汗を拭う余裕すらなくワタシの愛おしい人は、息を切らせて呻きます。


「バハムートの攻撃力は想定以上だな……」


 光輝が愚痴りながら睨みつける先で、多用途ディスプレイのステータス画面が機体の表面温度を表示しています。


 2000℃。

 ヤバい。ワタシの装甲、融けちゃう……。


「モニターに出ているこの警告の意味は? まだいけるか?」


 光輝がディスプレイの画面をタッチ操作で切り替えていくと、計器類のことごとくが異常値を示しています。

 申しわけないのです。

 ハッキリ言って、限界なのです。


 大量の数値を見せても意味が通じないのでワタシは簡潔に報告。


「我々は地中にめりこんでます。

 装甲が限界。

 次の攻撃は防げません。

 機体速度80%以下に低下。

 左腕消失」


 一部の戦闘機動は不可能になっているので、目下、機動プログラムを修正して最適化中。

 バハムートからの追撃がないのは、向こうも大ダメージを喰らったからでしょう。


 両者共に立ち直るのに若干の時間を要しています。


 ワタシは自動修復フル回転中。


 むむっ。朗報です。

 AKAGIとのデータリンクが復旧しました。

 味方の退避は間に合ったようです。


 データリンクによって周囲の状況が分かりました。

 ワタシ達を中心とした半径20キロメートルにおよぶ焦土の周辺では火炎嵐が荒れ狂っています。

 爆心地の中央でバハムートが鎌首をぶん回しのた打ち回っているようです。


 ああ、それで震度5みたいな揺れが連発しているんですね。

 復旧ミスで故障したのかと思いましたよ。


「明らかに格上のラスボス候補に、ゲーム中盤で挑むようなものだろ、これ」


『でも、何とかなりつつありますよ。

 ワタシ達だけで敵の最強格をぶっ倒せば大金星です。

 オーストラリア奪回にグッと近づきますよ!』


 焦ってもしょうがないので、修復機能をフル稼働させつつ、ワタシは光輝とお喋りです。


 バハムートが回復しきったらAKAGIから連絡が来るはずですし、少しは余裕があるはず。


「この作戦はクリスマスまでに終わるって聞いたのに、来週、バレンタインだぞ」


『ワタシはクリスマスに光輝と一緒に過ごせて、楽しかったですよ』


「わざわざAKAGIからケーキを送ってもらったけど、オーストラリアは真夏だから雰囲気はまるでなかったよな」


 リラックスできたらしく、光輝の口元に小さな笑みが浮かびました。


『ケーキと知らずに阻止しようとしてきた敵集団と無駄な戦闘になりましたよね……』


 あの時は味方部隊と敵部隊が衝突して、友軍の大型ETRが1機、中型ETRが2機損傷する被害を出しちゃいました。

 我々の我が儘で用意してもらったケーキのせいで……。


 おっ。雑談終了です。

 バハムートが落ち着きを取り戻してきたようです。


「敵の状況は?」


『地上。2キロメートル前方』


「指揮所から命令の変更はないな?

 次の手順、いけるのか?

 支援攻撃は?」


「連携パターン修正済み。

 今のワタシにあわせてくれます。

 支援砲撃、来ます!」


「よし、突撃ッ!」


 光輝が操縦レバーを倒すのと同時に、ワタシは地中から跳びだします。


 ちなみに操縦レバーは雰囲気づくり。

 ヴァル・ラゴウは脳波コントロールなので、ワタシは光輝の意のままに動きます。

 パイロットのために開発されつくしているのです!


 ワタシは尻尾をぴんと立てて、相手の胴体に向かって疾走開始。

 眼前の地面が棘のように隆起し、ワタシを突き刺そうとしてきます。

 無数の刺突攻撃は、ワタシを足止めしようとする敵魔法の効果でしょう。


 しかし、ワタシは物ともせずに体当たりで大地の棘を粉砕して疾走。


 バハムートが鎌首をもたげ、頭部がワタシを追跡してきます。

 口腔内に高熱現反応。


『回避します!』


「敵は撃てない。突撃だ!」


『撃てない根拠は?』


「さっき撃たれたばかりだ!

 こっちのフルパワーを相殺するほどの攻撃を連射できるなんて、想像したくもない。

 撃てるなら俺たちの負けだ。

 だから、突撃だ!」


『なんですかそれは! ああっ、もうっ!』


「撃つなよ、撃つなよ、撃つなッ!」


 光輝が命令するように、モニター越しの敵を睨みつけます。


 ワタシには過去3年間におよぶ異世界陣営との戦闘データが蓄積してあります。

 だから、敵が撃ってくると判断したのです。


 けど、統計データを基にしたワタシの未来予測を、光輝は無視します。

 機械のワタシには不可能な、直感による判断です。


 悔しいことに、ここぞというときの光輝の直感は、ワタシの予測よりも良い結果を残してきました。


 神滅の炎撃(ドラゴンブレス)の仕組みは不明ですが、体内の可燃物か魔力が尽きたのか、撃ってきません。


「あと一歩で死角に潜り込む! 撃つなよ!」


 光輝の叫びと同時に、陽の沈みかけた地平線の彼方に一瞬の輝き。


 マッハ100で飛来した自動車サイズの金属隗×20がバハムートの左肩に命中。

 友軍のブランシュ・ネージュによる衛星軌道上からの宙対地攻撃天空からの鉄槌(ヴァサラ・タイバールタ)です。


 単なる金属塊の投擲に過ぎませんがマッハ100という速度の暴力が、バハムートの表皮を容易く貫通し、山のような巨体の動きを一瞬、止めます。


「タイミングばっちし!

 背後に回ると見せかけて、直上を取れ!」


『了解! ヴァルルルルッ!』


 ワタシはバハムートの後ろ足を駆け上がり、背中側に飛び上がりました。

 ワタシってば30万トンの体重に似合わず、機敏なのです。

 飛びすぎたワタシは空に作った重力の足場を蹴り、バハムートの背に向かって轟然と急降下。


「いけええっ!」


 ワタシの右拳が敵肩甲骨の中間に突き刺さり、胴体内部に侵入。

 10の20乗分の1秒間、拳の直線上にブラックホールを発生。


 ヴァル・ラゴウ最強の必殺技が、敵の中心部、つまり心臓を消滅させました。


 地味な決着です。

 相手が生物だから、爆発しないんです。


 むしろ、ガタがきているワタシの体の方が爆発寸前ですよ。


 というか、先ほどもげた左腕はいつの間にか爆発していたようですし、右腕もデロデロに融けてます。


 ヴァル・ラゴウは宙でくるっと一回転して着地。


「……やったか?」


『ワタシのセンサーで観測する限り、やりました。

 敵構造99%が残っていますが、機能中枢は消滅。

 反撃能力を奪いました。

 ですが、警戒を続行します』


 とはいえ、心臓を消したのだからさすがに……というのは浅はかな考え。

 バハムートは「グゴオオオオッ!」と咆哮し一気に飛び上がりました。


 巨大な質量が起こした振動で地割れが発生。

 満身創痍のワタシは地割れに落ちないように、バランスを取りつつバックステップ。


 火山の噴火のように巻き上がった瓦礫や土砂の煙の遥か上方に、悠然と飛び去るバハムート。


 マジですか。

 心臓を消滅させたはずなのに、なんという生命力。

 巨体の周辺で発光する魔方陣は回復魔法? 防御魔法?


 ほんと、魔法世界の連中は訳の分からないことをしてくれるから困りものです。


 追撃命令はなし。

 バハムートの撤退予想進路がオーストラリア大陸中央ではなく南極方面なので、当初の目的は一応、達成。

 仕留めきれなかったのは残念ですが、敵軍でも最強とされるバハムートを追い払えたのでよしとしましょう。


 さて……。


『……光輝の嘘つき』


「……何がだ?」


『グラビティ・ナックルです!

 もしくは、ヴァル・ラゴウ・グラヴィトン・スマッシュ!

 使うときは叫んでくれるという約束でした。

 何で無言でやっちゃったですか!』


「……」


『無視しちゃ、やなのです!』


「う……」


『う?』


 様子が変だなあと思っていたら、ワタシがモニタリングしている光輝のバイタル情報に複数の警告が出ています。

 光輝は顔を青くして、吐き始めました。


 といっても、胃の中はほとんど空っぽらしく、出す物もなく苦しそうに呻くばかりです。


「……限界。

 ……まじ、限界……。

 帰るぞ……」


『はい。

 上陸支援作戦、完了なのです。

 我々第201艦隊のお仕事は終了です。

 少し離れた位置で中型以下のモンスター群が存在しますが、あとは第101艦隊に任せましょう。

 オージービーフを目の前にしたヤンキー達は強いですよ!』


「ああ……」


『大丈夫ですか?』


 どうやら緊張からの解放と疲労により、意識が朦朧としているようです。


『空母への帰還はワタシに任せて、光輝は少し休んでいてください』


「ああ、そうする……」


『我々は勝ったのです。きっと目覚めたら日本ですよ』


 光輝の目蓋が閉じると、直ぐに脳波が弱くなっていき、浅い睡眠状態に入りました。


 戦いが終わると、いつも光輝はふらふらになって吐いちゃいます。

 高速戦闘に対応するためのお薬が合わないのかもしれません。

 医者はなんの副作用もないと言っているのですが、問題ありのようです。


『うふふ。

 下に行けばベッドがあるのにコクピットで寝ちゃったです』


 光輝の寝顔を見つめていたら、何だか胸部が熱くなってきました。

 火炎攻撃を食らったときよりも、ぽっかぽかです。


 胸部装甲の内側に生まれる熱を初めて経験したときは戸惑いましたが、今のワタシは、この異常が何なのか、知っています。


 全身を駆けめぐる電気信号が早くなり、エネルギーパイプが破裂しそうな勢いで脈打っています。


 でも、この温かい気持ちも、せいぜい残り数日。


 ワタシの所属するAAAF太平洋軍第201艦隊は半年間かけて、オーストラリア上陸支援作戦を遂行しました。

 任務を終え、これから母港のある日本へと帰還します。


 日本に帰ればヴァル・ラゴウは長期メンテナンスです。

 ワタシの意識はなくなり、数ヶ月も眠り続けることになります。


『ううっ……。嫌ですよ。

 何ヶ月も光輝とお別れなんて……』


 戦況が悪化して、ワタシの休む暇がなくなればいいのに……。


 許されることではないと分かってはいても、今が続くことを願わずにはいられないのです。

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