第十二章最終話 戦争の爪痕

 ようやく調整が着いたとの連絡を受け、私たちは案内役の人に連れられてサキモリの町へとやってきた。なんでもレッドスカイ帝国軍の船が春の嵐で大量に転覆し、戦争を続けられなくなって撤退していったのだそうだ。


 久しぶりにやってきたサキモリの町だが、残念ながら当時の面影は全く残っていない。サキモリ天満宮も私たちが泊ったあの宿も、豚骨ラーメンを食べた屋台街も、すべてが灰へと変わってしまった。


「ひどいですね」

「ここまでやる必要があるでござるか?」

「ですが、住民の避難が終わっていたというのは不幸中の幸いですね」

「そうですね」


 だがここまで燃えてしまうと、復興するのに一体どれだけの時間がかかるのだろうか?


 将軍も吸血鬼退治ということで気がはやっていたのかもしれないが、いくらなんでもこれはやりすぎだ。


 聖女は政治に口を出すのはご法度なのかもしれないが、こんなことをしてはきっと憎しみが生まれ、その連鎖がやがて大きな瘴気となって返ってきてしまうことだって考えられる。


 やはりレッドスカイ帝国に戻ったらきっちり抗議をしておかなくては。


 さて、ここでの私の役目は二つある。一つはもちろん負傷者の治療で、もう一つは死者の葬送だ。死者の大半は兵士だろう。だがいくら戦争を仕掛けて攻め込んできた国の兵士とはいえ、そのままゾンビとして彷徨わせるのは忍びない。


「あの、すみません」


 私は案内役の一人の男性に声を掛けた。


「はい? なんでしょうか?」

「遺体はどこにありますか?」

「え? それでしたらすでに天満宮の近くに集めてありますが……」


 案内役の男性はそう言ってサキモリ天満宮のほうを指さした。


「なら、ここから葬送はやってしまいますね」

「えっ?」

「葬送!」


 私はとりあえずサキモリ天満宮のあった方向に向かって葬送魔法を発動した。


 ああ、うん。たしかに大勢の遺体がそこにあったようだ。しっかりした手応えがある。


「はい。終わりました。これでもうゾンビになって彷徨うことはないはずですから、あとはお墓に埋葬してあげてください」

「い、今ので、ですか?」

「はい。もう終わりました。早く怪我人の治療に行きましょう」

「は、はい。さすが、スイキョウ様がご指名されるだけのことはありますね。このような異国の方をこのようなときに遣わせてくださるとは、さすがはスイキョウ様だ」

「……そうですね。スイキョウ様はすごいお方ですね」


 そのスイキョウはずっと操り人形なわけだが、知らぬが仏とはこのことだろう。


 それから私たちはあちこちの野戦病院で両軍の兵士の治療を行ったのだが、その過程で許せない話を聞いてしまった。


 それはオキツ島というサキモリの沖合に浮かぶ島でのことだ。


 なんと島民のほとんどが虐殺されており、そのほとんどが明らかに民間人だったということだ。


 洞窟に隠れて生き残った島民の話によると、赤ちゃんや妊婦さんまで殺されたそうだ。さらに女性たちは乱暴された挙句に手のひらに穴を開けられ、船に括りつけられて連れていかれたらしい。


 遺体はすべて島の墓地に埋葬された後で、女性たちもすでに連れていかれた後なので真偽のほどは分からないが、もしそれが事実だったのであればとんでもない話だ。どうしてそんな残酷なことができるのか理解できない。


 瘴気のことも考えれば、もしかしたらそんな人たちは存在しないほうがいいのかもしれない。


 もちろんそんな考えは間違っているとは思うが、なんとも複雑な気持ちになる。


「フィーネ様、どうなさるおつもりですか?」

「決まっています。レッドスカイ帝国に言って、連れ去った女性たちを解放させます」


 シズクさんもうんうんと頷いている。


「こんなことは許せませんし、何より瘴気が増えてしまいます」

「ですが……」

「クリスさん、こんなことが起きたのに、まさか聖女は国同士の争いに首を突っ込むな、なんて言いませんよね?」

「……かしこまりました」

「それじゃあ、決まりですね」

「はい」


 こうして私たちは吸血鬼討伐の名を借りた虐殺と拉致に抗議するため、レッドスカイ帝国へと向かうことにしたのだった。


◆◇◆


 ここは魔大陸にあるベルードの居城。その一室にベルードとその軍の幹部たちが勢揃いしていた。


「……レッドスカイ帝国がゴールデンサン巫国に兵を向け、敗れたそうだ」


 ベルードがそう言うと、ヘルマンのほうをじっと見る。


「左様でございますか。人間の数が減るのは良いことです。それに、あの吸血鬼も安住の地を追われたくはなかったのでしょうな」

「……その吸血鬼に情報を渡したのはヘルマン、貴様だろう」


 ベルードが鋭い視線を向けるが、ヘルマンはどこ吹く風だ。


「そもそも、我々とあの吸血鬼は聖女を理由として協力関係にあります。恩を売りつけておいて損はありますまい」

「ちっ。それはそうと、レッドスカイ帝国に吸血鬼の情報を流した者がいたな」

「おや? それは存じませんでした」


 じっとヘルマンを見つめるベルードだったが、ヘルマンは表情一つ動かさずにそう返した。


 すると突如、扉が開かれローブ姿の男が入ってきた。


「深淵よ、遅いではないか」


 ヘルマンに咎められるが、深淵に悪びれた様子はない。


「そんなことより、新しい情報を手に入れた来たぞ」


 深淵の表情はローブのフードに隠れて見えないが、声色は至って冷静のようだ。


「情報だと?」

「ああ。遺跡の調査を進めた結果、進化の秘術の鍵が判明した」

「鍵だと? それはなんだ?」

「龍核だ」

「龍核? たしか特に強い力を持った龍の持つ魔石のことだったな?」

「そうだ。炎龍王があれだけの力を持っていたには、間違いないその龍核が深く関係している」

「だが龍核を持つ龍となると……」

「四龍王、冥龍王、そして聖龍王だろうな」


 それを聞き、ベルードは苦い表情をする。


「炎龍王は進化の秘術を使っていた。他の龍王たちもその可能性は高いのではないか?」

「封印を解いておけば、あとは勝手に勇者と聖女が倒すだろう? その後、残った龍核を奪い取れば良いではないか」

「……聖女とはできる限り敵対するのは避けるべきだ」

「ならばどうするのだ?」

「龍核以外の方法を探せ。現状、手に負えない相手をわざわざ封印から解き放つ必要はない」

「そんな悠長なことを言っていられるのか? 炎龍王が滅びて以来、瘴気の量は増え続けている。ベルードよ、残された時間はわずかなのではないか?」

「……黙れ。聖女とは敵対しない。これは命令だ。手出しも許さん」

「そうか。ならば私は再び遺跡の調査に戻るとしよう」


 深淵はそう言うと、そのまま部屋を出ていったのだった。


================

 お読みいただきありがとうございました。これにて第十二章は完結となります。


 本章は食事と観光メイン……じゃなかった、精霊の島へ行き、過去から現在まで続く因縁が明らかになりました。フィーネたちからするとほとんどバトルらしいバトルもなく、巻き込まれそうになった戦争もアデルローゼの配慮もあって巻き込まれずに済みました。


 瘴気を浄化する種の力の源泉もわかりましたが、この種では問題を根本的に解決することはできないことも同時に明らかとなってしまいました。


 果たしてフィーネたちは瘴気の問題をどう解決するのでしょうか?


 また、ベルードたちはベルードたちで相変わらずのようですが、何やら不穏な空気も漂っております。今回の戦争にも関係しているようで、オレンジスター公国での件といい、裏から色々とちょっかいを出しています。龍王たちについてもターゲットとなったようですので、いずれなんらかの形で関わることもあるかもしれません。


 さて、第十三章では大陸に戻って冒険を続けることになりますので、今後の展開にご期待いただけますと幸いです。


 この後はいつも通りフィーネちゃんたちのステータス紹介と設定のまとめなどを一話挟みまして、第十三章を投稿して参ります。


 まとめの更新は通常どおりのスケジュールを予定しております。

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