第十二章第39話 決着
フィーネたちがシンエイ流道場で報せを待っているころ、サキモリの沖合には多数の船が停泊したまま上陸する機会を窺っていた。しかもその数はかなり増えている。
どうやら第二陣も続々と到着しているようだ。
一方、燃え尽きたサキモリの町はゴールデンサン巫国の手に戻っており、しっかりとした陣を敷いてレッドスカイ帝国軍の上陸に備えている。
その陣には夜襲に備えるためだろうか。あちこでかがり火が
そんなサキモリの町の上空に一羽の蝙蝠の姿が飛来した。アデルローゼである。
「ふうん。うじゃうじゃ来ちゃって。でも、あんまり美味しそうなのはいないわね」
アデルローゼは上空からレッドスカイ帝国軍の様子を眺めながら、そんなことを
海面に浮かぶ船は波で大きく揺れており、ずっと海上にいるせいだろうか?
兵士たちには疲労の色が濃い様子だ。
「……そういえば、あの有名な将軍は来るのかしら? それっぽいのは見当たらないわね。巻き込まれてくれればラッキーだったけど、仕方ないわね」
そう呟くと、アデルローゼは陸のほうへと引き返していくのだった。
◆◇◆
翌朝、サキモリ一帯はかなりの強風に見舞われていた。陣幕は風に飛ばされ、かがり火も風で倒れてあちこちで火災が発生している。
ゴールデンサン巫国の兵士たちは大慌てで消火作業をしているが、レッドスカイ帝国軍の船はその比ではないほどの状況となっていた。
港に入れておらず、外海の荒波を受けた船は人が立っていられないほど大きく揺れている。
レッドスカイ帝国軍の兵士たちは必死にバランスを取ろうと操船しているものの、沈まないようにするのがやっとといった状況だ。
そしてその風は時間を追うごとに強くなっていき、ついには雨まで降り始めた。
すると一隻、また一隻と波にあおられ、また別の船と衝突して次々とレッドスカイ帝国軍の船は沈没し始める。
その様子をアデルローゼは海沿いの洞窟から見つめていた。
「あーあ、やっぱりああなったわね。この国は毎年この季節に嵐が来るっていうのに、馬鹿な奴ら」
つまらなそうにそう呟いたアデルローゼはそのまま洞窟の奥へと姿を消したのだった。
◆◇◆
五日後、サキモリにやってきたルゥー・フェイ将軍が見たのは焼け落ちたサキモリの町と致命的な打撃を受けた自軍の船団だった。
「ええい! 一体何が起きた! 俺が来るまでに港を制圧しているのではなかったのか! リィウ・ドンは何をしている!」
「そ、それが……」
なんとか嵐による沈没を免れた船の兵士が恐る恐るルゥー・フェイに顛末を報告する。
「何!? 町を丸ごと囮に使われて焼き殺されただと? 馬鹿がっ!」
ルゥー・フェイ将軍は怒りを抑えきれない様子だ。
「ど、どうなさいます?」
「ええい! これほど兵を失って土地を制圧できるはずがない! 撤退だ!」
「ははっ!」
こうしてルゥー・フェイ将軍は自慢の武勇を振るうことなく、すごすごとゴールデンサン巫国から撤退していった。
そしてその夜、ナンハイの港へと向かう船の甲板の上で不機嫌そうに海を眺めているルゥー・フェイ将軍の背後にアデルローゼが降り立った。
「こんばんは」
アデルローゼの挨拶にルゥー・フェイ将軍は斧槍の一撃を返したが、アデルローゼは余裕の表情でそれを躱した。
「あらあら、ずいぶんと熱烈な歓迎ねぇ。あなたがレッドスカイ帝国一の武勇を誇る将軍ね?」
「……貴様はっ!」
ルゥー・フェイ将軍はすさまじい形相でアデルローゼを睨みつける。
「俺の村を焼いたあの吸血鬼か!」
「吸血鬼? うーん、ちょっと違うわね。私は吸血貴族よ。そんじょそこらの吸血鬼と一緒にしないでちょうだい。それに、私は私の意志で村を焼いた覚えはないわね」
「なんだと!? だが金髪の女吸血鬼はっ!」
「金髪の吸血鬼? 髪の色だけで判断するなんて、あなた相当頭が悪いのね」
「なんだと!?」
アデルローゼの挑発にルゥー・フェイ将軍は顔をさらに紅潮させる。
「大体、あなたがいくつぐらいのころか知らないけれど、吸血鬼が犯人ならそれはすべてシュヴァルツのせいよ」
「シュヴァルツ?」
「そうよ。聖女フィーネ・アルジェンタータによって滅ぼされた吸血鬼を統べていた男」
「……」
「シュヴァルツが滅ぶまでの五十年くらいの間は、ほとんどすべての吸血鬼がその支配を受けていたもの。命令されて逆らえない人形に恨みをぶつけたって無意味ね」
「なんだと! だが吸血鬼は人間を襲い、国を破壊する! 吸血鬼は俺の敵だ!死ね!」
ルゥー・フェイ将軍がそう叫ぶと、眼にも止まらぬ速さで斧槍を振り下ろした。
「ふふ。雑魚ね」
アデルローゼはそう言うと、ルゥー・フェイ将軍の放った斧槍を左の人差し指と中指で挟んで受け止めた。
「なっ!?」
ルゥー・フェイ将軍は目を見開いて驚いた。その様子をアデルローゼは冷ややかな目で見ていた。
「あなた、期待外れだわ。もっとまともな奴なら配下にしてやろうと思ったけど、こんな程度で最強だなんてね。笑わせるわ」
「ぐっ」
ルゥー・フェイ将軍はなんとか斧槍を引き戻そうとするが、アデルローゼの指で挟まれた斧槍はびくともしない。
「これなら、聖女の刀をやってるあの半黒狐の足元にも及ばないんじゃないかしら? あ、もしかしてもうボロ負けしてたりして?」
ルゥー・フェイ将軍はさらに顔を紅潮させる。
「あら? 図星だったの?」
「ぐっ」
「やあね。人間が弱いのなんて当然なんだから、気にすることなんてないわ」
「なんだとっ! 俺は!」
「はいはい。あなた、血もまずそうだし要らないわ。それに生かしておいたら随分と瘴気を生みそうだしね」
「何? 貴様、一体なんの話だ?」
「もういいわ」
次の瞬間アデルローゼの姿が消え、いつの間にか将軍の鎧に守られた腹をアデルローゼの手刀が貫いていた。
「な……馬鹿な……」
アデルローゼが手刀を引き抜くと、将軍はその場に力なく崩れ落ちた。アデルローゼは手に付着した血をぺろりと舐めるとすぐに顔をしかめる。
「まずい。こんな血、飲めたものじゃないわね」
アデルローゼはおもむろに右足を上げ、力いっぱい甲板を踏み抜いた。すると甲板はその一撃で粉々に砕け散り、さらに竜骨がぽきりと二つに折れる。
「な、何だっ!?」
「うわぁぁぁぁ」
「沈む!」
異変に気付いたレッドスカイ帝国の兵士たちが慌てふためいているが、竜骨の折れた船はすぐさま浸水し、あっという間に沈んでいく。
その様子をいつの間にか蝙蝠となったアデルローゼは上空から眺めていた。
「これで少しはフィーネの役に立てたかしら? ま、シュヴァルツに逆らえなかったとはいえ、あの将軍がああなった原因はわたしみたいだし、このくらいはね」
アデルローゼはルゥー・フェイ将軍の乗った船が沈没したのを確認し、ゴールデンサン巫国のほうへと飛び去ったのだった。
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元寇では二度とも神風が吹いたおかげで日本は侵略を免れたと教科書で教わったと思いますが、少なくとも文永の役(一度目)での元軍が撤退した理由は無理に攻めた結果として多大な損害を被ったことです。その帰り道に危険な夜間撤退を選び、その途中で暴風雨に遭ってさらなる損害を出しました。弘安の役(二度目)は鎌倉幕府が徹底的に防衛を固めていたことが原因で元軍は思うように上陸できず、台風が来るシーズンにもかかわらず二か月以上海上で足止めされました。その結果として台風に襲われ、多大な損害を出して撤退していきました。
神風がここまで広まった背景としては、まず当時の価値観として元寇が日本の神々と異賊との争いとする観念が共有されていたことに加え、公家など武家以外の勢力が盛んに祈祷を行い、自分たちの権威を高めようとしていたことも挙げられます。その証拠に公家の広橋兼仲は「逆風の事は、神明のご加護」 と神に感謝しており、当時から神風という認識が存在していたことがわかります。
その後、第二次大戦中に戦況が悪化すると国民の国防意識を高めるため、教科書に大風の記述が登場し、戦後になって教科書から武士の奮戦に関する記述が削除されました。最近の教科書では記述が変化しているとも聞きますが……。
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