第十二章第37話 瘴気と吸血鬼
サキモリに入ったリィウ・ドンたちが火に巻かれていたころ、別働隊が別の上陸地点を探すべくサキモリ近郊の海から海岸線を偵察していた。そうしているうちに見つけた浜辺に彼らが近づくと、なんとその浜辺には高さ二メートルほどはあろうかという石垣が延々と築かれていた。
「お、おい。どうしてこの国は浜という浜にあんな石垣が作られているんだ?」
「わからん。だがこれはまるで俺たちが来るのを知っていたみたいじゃないか」
「あんなところを攻めても突破できる気がしない……」
「撤退するか?」
「でも勝手に戻ったらリィウ・ドン将軍に……」
「ああ、殺されるな」
「殺されなくても家族は……」
兵士たちはそう言って顔を見合わせると、一斉に大きなため息をついた。
「別の場所を探すか」
「ああ」
こうして別働隊の船は浜を離れ、別の場所を探してゆっくりと船を動かす。だが見つかるのは切り立った崖やごつごつとした岩場ばかりで、とても上陸できそうにない場所ばかりだった。しかもときおり見つかる上陸できそうな場所には高い石垣が築かれている。
「な、なあ。無理じゃないか?」
「だよなぁ。やっぱり戻って指示を仰ぐか?」
「そうだな」
こうして別働隊は上陸を諦め、サキモリのほうへと引き返すのだった。
◆◇◆
「おい。どうなってんだ? これ?」
「さ、さぁ」
戻ってきた別働隊は完全に焼け落ちたサキモリの町と港を見て呆然としている。
「港が……」
「あれじゃあ使えないな」
「どうすんだよ?」
「リィウ・ドン将軍はどこだ?」
「……」
別働隊の兵士たちは困り果てた様子だ。
「な、なぁ。とりあえず撤退したほうが良くないか?」
「いや、でもリィウ・ドン将軍の指示なしでここからも撤退したら……」
その言葉に兵士たちは青ざめ、体を震わせる。
「と、とりあえず指示があるまで待つか」
「おう」
こうして彼らは町の様子を確認するのでもなければ撤退するのでもなく、沖合で停泊するという選択をしたのだった。
◆◇◆
精霊の島から無事に帰還した私たちは来た道を戻り、ミヤコへと戻ってきた。残念ながら私たちが精霊の島へと行っている間にミヤコの桜は終わってしまっており、葉桜となってしまっている。
といっても北からの旅だったので道中で桜を見ることはできたが、ミヤコのような桜並木があったわけではないのでちょっぴり残念だ。次回こそはきちんと桜の開花に合わせてミヤコを訪れたいものだ。
さて、ミヤコに戻ってきた私たちは早速アーデの招待を受けて御所へとやってきた。そしてスイキョウと当たり障りのない話をしたのち、再び前回泊めてもらった部屋へと通される。
するとそこにはやはりというか、当然のようにアーデの姿があった。
「フィーネ、おかえりなさい」
「え? ああ、はい。ただいま?」
「まあっ! 嬉しいわ。やっぱり婚約者のわたしがいる場所が帰るべき場所だって思ってくれているのね?」
「ええと、そういうわけじゃないですし、婚約もしていないんですけど……」
「いいじゃない。これからするんだから」
「いえ、しないと思います」
「またまた、照れちゃって」
「ええぇ」
アーデは相変わらずだ。まあ、面倒くさいだけで特に害はないのだが……。
「それで、どうだったの? 精霊の島には行けたの?」
「はい。精霊神様に会ってきました」
「まあ! それはすごいわ! さすが、わたしの婚約者ね!」
「いえ、それは違います」
「そのうち結婚するんだから、婚約者でしょ?」
「ですから、しませんって」
「またまた、照れちゃって」
「ええぇ」
先ほどまでまったく同じやり取りを繰り返し、話がよくわからない方向に行きかけたところでアーデがすかさず話題を戻す。
「それで精霊神様はなんて?」
「それが――」
私は精霊神様の話をかいつまんで説明した。するとアーデはいつになく真剣な表情になった
「……そう。そんな歴史があったのね」
「はい」
「それで、水龍王の封印を解くのかしら?」
「いえ。勝てるという確証がないのでまだ解かないつもりです。それに、ここで封印を解いたらミヤコが大変なことになりますから」
「そうね。もし封印を解くなら私は逃げるつもりよ」
「え?」
「だって、水龍王なんかに勝てっこないもの。それにあいつ、まだある程度の理性が残っているでしょう?」
「はい。そうですね」
「だから、やるなら確実に無力化できる方法を見つけてからにしてちょうだい。水龍王は絶対、わたしに復讐しに来るでしょうし」
「わかりました」
言われてみればアーデは水龍王の操り人形だったスイキョウを奪い取ったのだ。理性が残っているとはいえ……ん?
「そういえば、水龍王はどうして理性が残っているんですか? 炎龍王も冥龍王も理性など残っていませんでしたよ?」
「さあ。どうしてかしらね。でも、話しなんて聞けないと思うわよ?」
「え?」
「だって、あなた前に殺されかけたでしょう?」
「……そうでした」
精霊神様から聞いた話とはまるで印象が違うせいで勘違いしていたが、あのスイキョウを操っていたのが水龍王なのだ。あのようなことを平気でしていたのだから、話合いで解決は難しそうだ。
「それはそうとして、もしかするとわたしたち吸血鬼も瘴気の問題に対処するために生み出された種族なのかもしれないわね」
「え? どういうことですか?」
「だって、吸血鬼という種族が生まれたのは大魔王の時代よりも後だもの」
「そうなんですか?」
「ええ。少なくともわたしの知り合いに大魔王の時代を知っている吸血鬼はいないわ。それこそ、あなたが倒したあのシュヴァルツだってそこまで古い存在ではないはずよ」
「ええと……」
どういうことだろうか?
「……アデルローゼ殿、それはつまり人間の数を減らすことで生み出される瘴気の量を減らすために神が吸血鬼という種族を創造したと言いたいでござるか?」
「っ!?」
まさかそんなことを!?
「……あなたに話していたわけじゃないけど、まあそういうことよ」
アーデは少し不機嫌そうな様子になりつつもシズクさんの疑問を肯定した。
「ほ、本当ですか?」
「恐らくね。だって、吸血鬼も魔族もデフォルトの管轄神は人の神よ?」
「えっ!?」
「フィーネ、あなただってそうだったでしょう?」
「……はい」
「つまり、そういうことよ」
「……」
いまいちしっくりこない部分もあるが、言われればそうかもしれないと思う部分もある。
吸血鬼が本当に力を持ってしまえば、人間が滅びる結果だってあり得たはずだ。
それに大魔王の後ということは、そのときの人の神は代理とはいえあのハゲということになるはずだ。
あのハゲは私を魔王にし、殺させることで瘴気の問題を先送りしようとしていた。そのこと自体は腹立たしいが、いくらなんでも人間を滅ぼすことなど意図していないはずだ。果たしてあのハゲが人間を滅ぼしかねないことまでするのだろうか?
「フィーネ、難しい顔しないで。あなたは笑っているほうが似合うわ」
「え? あ、はぁ」
アーデの言葉になんだか毒気を抜かれてしまった。
「あ、そうだ」
「なあに?」
「レッドスカイ帝国はどうなりましたか?」
「え? ああ、そういえば攻めて来ていたわね」
「えっ!?」
「なんでも、サキモリの町がまるごと火の海になったそうよ」
「「「「ええっ!?」」」」
私たちは一斉に驚きの声を上げたのだった。
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※博多湾などには元寇防塁と呼ばれる遺構が残されています。博多湾のそれは福岡市西区今津から東区香椎までのおよそ20kmほどとされています。また、長崎県にも40~50kmほどの防塁が古代のまま現存しているそうですが、詳しい学術調査はなされていないため詳細は不明とのことです。
次回更新は通常どおり、2023/01/26 (木) 19:00 を予定しております。
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