第十二章第36話 サキモリの戦い

 オキツ島が蹂躙されてから数日後、略奪によって補給を終えたレッドスカイ帝国の大船団がサキモリの沖合へとやってきた。


「よし。このまま港に矢を射掛けろ! 迂回して浜から上陸する部隊を待つ!」

「ははっ!」


 リィウ・ドンの命令によって兵士たちが矢を射かける。すぐさま応射されるかと思いきや、散発的に矢が飛んでくるのみでまとまった反撃はない。


「なんだ。大したことないではないか。これは……もしや備えができていないのではないか?」

「かもしれません」


 部下の男はそう言ってリィウ・ドンの意見に賛意を示す。


「……戦は天の時、地の利、人の和と言うが、これはもしや地の利を覆す好機ではないか?」

「さすが将軍、ご明察です」

「……そうか。お前もそう思うか。よし! 全軍! サキモリの港に強行上陸するぞ!船を前に出せ! 敵の弓は少ない! 行けるぞ!」

「おおお!」


 リィウ・ドンが命令を下してしばらくすると命令が行き届き、ゆっくりとサキモリの港へと向かって船が侵入していく。


 サキモリの港から射掛けられる矢の数も増えるが、レッドスカイ帝国の兵士たちは矢盾を使ってそれを防いでいる。


 そうこうしているうちに最初の船が港に接岸し、兵士が一気に上陸してきた。それから続々と船が接岸し、次々と兵士たちが上陸してはサキモリの町に散っていく。


「吸血鬼の手先を殺せ!」

「吸血鬼には聖水だ!」


 レッドスカイ帝国の兵士たちはほとんど抵抗らしい抵抗を受けずに町の半分ほどを制圧した。そして残る東半分を制圧しようと足を伸ばしたところでようやくゴールデンサン巫国の兵士たちが立ちはだかる。


「いたぞ! 吸血鬼の手先だ!」

「殺せ!」


 レッドスカイ帝国の兵士たちは矢を射掛けるが、ゴールデンサン巫国の兵士たちは矢盾でそれを防いだ。すると建物の陰に隠れていたゴールデンサン巫国の兵士が狙撃手のようにレッドスカイ帝国の兵士に射掛けた。


 強烈な矢の一撃がレッドスカイ帝国兵の頭部を鉄製の兜ごと射貫いた。それもそのはずで、ゴールデンサン巫国の兵士たちは全員長弓を装備しているのだ。


「なっ!?」

「ば、馬鹿なっ!」


 兜を射貫かれたことに驚き、レッドスカイ帝国兵の表情に恐怖の色が浮かぶ。その隙を見逃さず、ゴールデンサン巫国の兵士たちは次々とレッドスカイ帝国の兵士を射殺していくのだった。


◆◇◆


 それからも兵士たちは続々と上陸し続ける。ゴールデンサン巫国の兵士たちも奮戦はしていたものの、やがて数に押されたのかあっさりとサキモリの町を捨てて撤退していった。


 あまりにもうまくいった上陸作戦にリィウ・ドンはにやけた表情を浮かべている。


「ふ、ふはははは。やった! やったぞ!」

「将軍、さすがですな」

「この私にかかればこんなものだ。いっそ赤天将軍の到着を待たず、このままミヤコまで攻め入って吸血鬼を滅ぼしてやろうか?」

「将軍であれば可能かもしれませんな」


 するとリィウ・ドンはその言葉に満足したのか、再び残虐な命令を下す。


「よし! お前たち! 住民を全員連れてこい! 物資はすべて奪え!」

「「「ははっ!」」」


 その命令を聞き、兵士たちは嬉々として民家に押し入っていくのだった。


◆◇◆


 それから一時間後、リィウ・ドンのもとへと伝令の兵士が慌てた様子でやってきた。


「将軍! 一大事です!」

「どうした! 何事だ!」

「住民の姿が見当たりません!」

「なんだと!?」

「しかも物資が! 物資が何一つありません!」

「何ッ!? どういうことだ!」

「食糧も水も武器も、何もかもがありません!」

「水もだと? そうだ! 井戸を探せ!」

「井戸には糞が!」

「なんだとっ!?」


 リィウ・ドンは青ざめた表情でそう叫んだ。


「大変です! 将軍!」

「今度はなんだ!」

「火事です! 町のあちこちで火の手が!」

「何っ!?」

「どうやら吸血鬼どもはこの町諸共、我々を焼き殺すつもりのようです!」

「なんだとっ!?」

「このままでは!」

「ええい! 仕方ない! 船に避難するぞ! 急げ!」

「ははっ!」


 リィウ・ドンは部下を伴い、大急ぎで港へと向かう。だが町の各所で同時に発生した火災は瞬く間に燃え広がり、火と煙がレッドスカイ帝国の兵士たちを飲み込んでいく。


「くそっ! まさか誘い込まれたというのか!? ええいっ! 貴様! なぜこのことを黙っていた!」


 リィウ・ドンは八つ当たりをするかのように、自分の意見に賛同していた部下を怒鳴り散らした。


「ひっ、そ、そんな……!」

「……戻ったら覚えていろ!」

「ひっ」


 反論を許されず、部下の男はこの世の終わりとでも言わんばかりの表情でリィウ・ドンの後に続く。


 やがて港にたどり着いたリィウ・ドンたちが見たのは、自分たちの軍船が勢いよく燃えている様子だった。


「なっ!? なぜだ! どうして船が燃えているのだ! 貴様! 見張りの兵は何をしてがっ!?」


 リィウ・ドンは突如、その場に崩れ落ちた。その頭にはゴールデンサン巫国のものと思われる矢が深々と突き刺さっている。


「ひっ!? しょ、将軍!?」


 情けない叫び声を上げた部下の男の頭部にも矢が突き刺さり、それが彼の最後の言葉となったのだった。


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※天の時、地の利、人の和というのは孟子の言葉で、好機は地理的有利さに及ばず、地理的有利さは人心の一致にかなわない。事をなすには人の和が第一であるという教えです。つまり、リィウ・ドン将軍は意味を正しく理解していません。


次回更新は通常どおり、2023/01/24 (火) 19:00 を予定しております。

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