第十章第12話 動き出した魔族
ここは魔大陸にあるベルードの居城。その一室にベルードとその軍の幹部たちが勢揃いしていた。ベルードの他に全身をすっぽりと包み込むようなローブ姿の男、全身黒ずくめの女騎士、全身が黒い靄で包まれた怪しい影のような男、そして鎧を着込んだ獅子の頭を持つ男が円卓を囲んでいる。
「さて、今日集まってもらったのはブラックレインボー帝国の件についてだ。ヘルマンよ。なぜ人間どもにあの力を渡したのだ?」
するとローブ姿の男がそれに答える。
「魔大陸では瘴気が濃すぎるため実験には不向きでした。そこでブラックレインボー帝国の皇太子であったアルフォンソと取引をしたのです。あの男は力を、我々はデータを得ることができました」
「……私は魔大陸以外への干渉を許可した覚えはないぞ?」
「ええ。ですが、実験場の確保は別だったはずです。レッドスカイ帝国の山中に作った実験場はベルード様もご承知のはずです。別の場所に移すとご報告した際にも、承認いただきました」
「だが、進化の秘術を人間に与えるとは聞いていないぞ?」
「人間ではありませんよ。取引をした時点でアルフォンソには進化の秘術を施しましたからな」
「屁理屈を!」
「ですが、ご命令には背いておりません」
「だが、その結果として進化の秘術を利用して侵略戦争を起こしたそうではないか!」
「ええ。ですが一体なんの問題がありましょうか。人間どもが勝手に争い、数が減るならば我ら魔族を苦しめる瘴気も減ります。そうすれば、魔物たちも衝動が減って楽になるというものです。いっそ人間の数が今の一割ほどにまで減れば、我々も楽ができるのではありませんか?」
「私はそのようなことを許した覚えはない。まずは魔大陸を平定し、進化の秘術で魔物たちを楽にしてやるのだ」
「承知しております。ですがこのままのペースで瘴気が濃くなれば、ベルード様の引き受ける衝動があまりにも大きくなりすぎます。多少は間引いても良いのではありませんかな?」
「私はそれを許可しない。しかも、よりによって聖女を襲ったそうではないか」
「聖女を?」
ローブ姿の男は怪訝そうに聞き返した。
「いえ、私ではございません。そもそも聖女は我々にとっても必要な存在です。しかも今代の聖女は瘴気を浄化する術を持っているそうではありませんか。あれをこちら側に引き込むために何かすることはあれど、害するなど考えられません。大体、そんなことをすればあの吸血貴族が黙っておりますまい。そんな状況で聖女を害するなど、考えられませぬ」
「どういうことだ? ヘルマン、貴様ではないのか?」
「はい。誓って私ではございません」
「……そうか」
ベルードはそう言って腕組みをした。
「それに、ブラックレインボーでの件については結果的に大成功と言えるでしょう。何しろ瘴気の元凶が減り、我々も良質なデータが取れましたからな。これで進化の秘術は完成に一歩近づいたと言えます。しかもアルフォンソはきちんと始末されました。とはいえ勇者が現れて勝手に始末してくれると考えておりましたので、まさか聖女がしてくれるとは思いませんでしたが」
「それはそうだが、今後はそのようなことをする前に私の許可を取れ」
「ははっ」
ヘルマンは恭しく頭を下げた。
「さて。では進化の秘術について報告しろ」
「はっ。実験の結果、魔石を核として埋め込んで進化の秘術を施すことで実際の魔物に近しい存在となること、魔石を埋め込んだとしても瘴気による衝動から逃れられないということも同時に確認できました。一方で魔石を埋め込んでおけば、瘴気を力として利用しない限り衝動による浸食は少ないということも確認できております」
ヘルマンの報告にベルードは眉をピクリと動かした。
「少ない、ということは結局影響を受けるということか?」
「はい。アルフォンソも少なからず影響を受けておりました」
「……そうか。衝動の影響を防ぐ方法はないのか?」
「今のところはまだ見つかっておりません。それが今後の課題でしょう」
ヘルマンは首を横に振り、そんなヘルマンにベルードは質問を投げかける。
「何か当てはあるのか?」
「いえ。実験を繰り返すほかないかと」
「そうか……」
そう答えたベルードに対し、影のような男が口を開いた。
「いいかな?」
「なんだ? 深淵」
「私のほうで調査をした結果、どうやら進化の秘術は四龍王たちの時代に生み出されたらしいということがわかった」
「四龍王だと? あの伝説の?」
「ああ。これがその時代の遺跡から発見された石板だ」
深淵と呼ばれた男は靄の中から一枚の石板を取り出すとそれを宙に浮かせ、そのままベルードの前へと移動させた。
「これは?」
「おそらく、進化の秘術について書かれた石板だ」
ベルードは石板に目を落とした。そこには見たこともない文字でびっしりと文章が書き込まれており、ところどころに魔法陣が描かれてる。
「この魔法陣は!」
「そういうことだ。そこに書かれている内容がわかれば研究は進むだろう。だが、残念ながらこの文字は私にも読めぬ」
「魔術を極めんとしている貴様ですら読めぬのか……」
「ああ。私とて万能ではない。しかしその時代に生きた者であれば、何か知っている可能性があるのではないか?」
「その時代に生きた者? まだ生きている者がいるのか?」
「ああ。いるぞ」
「どこにいるのだ?」
「プラネタ砂漠の南西の果て。人間どもが炎の神殿と呼んでいる場所にあの炎龍王が封印されている。しかもおあつらえ向きなことに、部外者を拒むため結界にはなぜか穴が開いている。ベルードよ。貴様ならば容易く突破できよう」
「……伝説の炎龍王か。だが意思は残っているのか? 奴は大魔王に破れ、操り人形になったのではなかったか?」
「そうかもしれん。だがもしそうであるならば、ベルードよ。貴様が調伏すればよかろう。そうしたうえで進化の秘術で大人しくさせれば良いのではないか?」
「……それもそうか」
ベルードが納得した様子で頷くと、獅子の頭を持つ男が嬉しそうに目を輝かせる。
「おっ? 戦か? 最近は歯ごたえの無いやつばかりだったからな。伝説の炎龍王が相手なら不足はない。なぁ、ベルード。さっさとやろうぜ?」
そんな彼を黒い鎧の女騎士が非難するような口調で諫める。
「ゲンデオルグ。貴様、主君であるベルード様になんという口を!」
「ああ? ノーラ、やるか?」
「貴様!」
「やめろ!」
一触即発の空気になった二人をベルードが一喝した。
「今は仲間同士で争っている暇はない。深淵よ。良く調べてきてくれた。まずは炎龍王に会いに行ってみるとしよう。ヘルマン、ついてこい」
「ははっ」
「深淵。貴様はどうする?」
「ヘルマンが行くのであれば私が行く必要はあるまい。私は引き続き他の遺跡の調査をしておこう」
「わかった」
「おい、ベルード。俺様も行くぞ。こんな面白そうなのに仲間外れとか言わねぇよな?」
「構わんが、戦いに行くのではないからな?」
「ああ、わかってるって」
「ゲンデオルグ! 貴様が行くなら私も行くぞ」
「おう。だが俺の邪魔はすんなよ?」
「貴様こそ、ベルード様の邪魔をするな」
「ええい! いい加減にしろ! 喧嘩をするなら二人とも置いていくぞ!」
「ちっ」
「申し訳ございません」
「では、私はこれにて失礼しよう」
喧嘩をする二人をよそに深淵はそう言って席を立ち、そのまま会議室から退出していった。その様子を見送ったノーラがぼそりと呟いた。
「……やはり胡散臭い男です」
「そう言うな。進化の秘術を完成させるには奴の魔術に関する膨大な知識が必要なのだ」
「はい」
不承不承といった様子ではあるがノーラも頷く。
「では我々も行くぞ」
「ははっ」
こうしてベルードたちも席を立ち、会議室を後にしたのだった。
================
もしよろしければ、★で応援していただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます